artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

澤田知子 狐の嫁いり

会期:2021/03/02~2021/05/09

東京都写真美術館[東京都]

自らが変装したセルフポートレイトといえば森村泰昌の作品が挙げられるが、澤田知子の作品もまったく異なるベクトルで、刺激的である。25年間に及ぶ新旧代表作が一堂に会した本展も、非常に面白かった。「外見と内面の関係」をテーマに制作を続ける、彼女のほとんどの作品において、モデルは自分ひとり。髪形とメイク、服装で何十人もの人物に自在に変装する。グリッド形式で均一に並べられたそれら1枚1枚の写真を順に眺めると、よく見れば同じ人だとわかるが、一瞥しただけでは本当に別人に見えるのだ。微妙な差異と差異とが組み合わさると、こうも別人に見えるのかと感心してしまう。しかも作品が新しくなるほど変装のレベルが上がっており、《Recruit》《これ、わたし》《FACIAL SIGNATURE》などになると、服装が同じであったり、黒背景で顔しか見えていなかったりするので、髪形とメイクだけでその差異を表わすことになる。しかも顔は無表情で正面を見据えた写真ばかりなので、差異の範囲はますます狭い。それなのに、別人に見えてしまう巧みさ……。

澤田は変装が得意であると同時に、人間観察力が非常に優れているのではないかと思った。1枚1枚の写真を見ていくと、「あぁ、こんな人いるな」とか「この人、知り合いに似ている」といったことが想起されるからだ。そのうち「これは自分に似ているかも」と自分探しまで始まってしまう。まるで三十三間堂の千手観音像のなかから、自分に似ている顔を見つけ出そうとするかのような心理に近い。

《Recruit》部分(2006)発色現像方式印画(100枚組3点)
作家蔵 ⓒTomoko Sawada


《FACIAL SIGNATURE》部分(2015)発色現像方式印画(300点組)
タグチ・アートコレクション ⓒTomoko Sawada

実は澤田の作品のなかで、自分以外を被写体にした作品もある。そのひとつが《Sign》だ。アンディ・ウォーホール美術館主催のレジデンスプロジェクトにて制作された、ハインツ社とのコラボレーション作品とのことで、被写体にしたのは同社の商品「トマトケチャップ」と「イエローマスタード」である。それぞれの正面ラベルの文字をさまざまな国の言語に“変装”させた作品だ。この作品を見て、そうか、人間の変装はパッケージのリニューアルと同じだと腑に落ちた。商品があまり売れていないから、もしくは特定のターゲット層に売りたいからなどの理由で、中身を変えないまま、パッケージだけリニューアルして売上増加を図るマーケティング方法がある。人間も内面は変わらないのに、外見だけ積極的にイメージチェンジを図ると、周囲からの反応が変わることがある。すると、不思議なことに外見(パッケージ)に引きずられて内面(中身)まで変わってしまったような印象を与える。彼女の作品はそうした「外見と内面の関係」の危うさや脆さまでも含んでいるように感じた。

《Sign》部分(2012)発色現像方式印画(56点×2組)
作家蔵 ⓒTomoko Sawada


公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3848.html

2021/03/04(木)(杉江あこ)

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川口翼「THE NEGATIVE〜ネ我より月面〜」

会期:2021/02/23~2021/02/28

TOTEM POLE PHOTO GALLERY[東京都]

毎年この時期になると、各写真学校、大学の写真学科の学生たちの卒業制作の審査、講評の日程が組まれる。本年度は新型コロナウイルス感染症の拡大で、学生たちも大きな影響を受けた。自宅待機を余儀なくされ、対面授業がまったくできない時期もあったはずだ。だが、どうやらそのことがポジティブに働いたのではないだろうか。写真についてもう一度きちんと考え、自分のやるべきことを見直すことができたからだ。そのためか、各学校の卒業制作にはかなりレベルの高い作品が目立った。コロナ禍の緊張感が、逆にプラスになったということだろう。

先日おこなわれた東京ビジュアルアーツ写真学科の卒業制作の審査でも、テンションの高いいい作品が多かったのだが、その中でも特に目を引き、最終的に最も点数の高い作品に与えられるグランプリを受賞したのが川口翼である。トランクに20冊余りの手作りのZineを詰め込んだ「どうしやうもない私が歩いている」、スクラップ帖にトランプ大の小さな写真をびっしりと貼り込み、イラストや言葉で余白を埋め尽くした「SCRAP!」など、まずはその意欲の高さと旺盛な生産力に驚かされた。その川口は、ちょうど同校の講師でもある有元伸也が主宰するTOTEM POLE PHOTO GALLERYで初個展を開催していた。既に会期は終わっていたのだが、特別に開けてもらって展示を見ることができた。

出品作の「THE NEGATIVE〜ネ我より月面〜」は、プリントした写真の明暗、色相を反転させて、ネガの状態にして壁に貼り巡らしたシリーズである。体の一部、風景、ほとんど抽象化されたモノなど、被写体の幅はかなり広いが、触覚的な要素を強調した写真の選択と配置はかなりコントロールが効いている。会場全体を赤いライトで照らし出し、暗室の中にいるような雰囲気を作り出すとともに、プリントの色味をかなりドラスティックに変化させた。一見衝動に身をまかせているようで、何をどのように見せるのかを、きちんと考えていることが伝わってきた。

21歳という若さを考えると、今はやりたいことをやりたいようにやっていっていい時期だと思う。だが、すぐにセンスのよさだけでは限界が来るはずだ。ロジカルな思考力に、より磨きをかけるとともに、垂れ流しではなく、写真集や写真展の形で集中した作品づくりをしていく必要がある。深瀬昌久、鈴木清など、自らの生のあり方と作品とを密接に結びつけ、制作活動を展開してきた日本の写真家たちの伝統を、しっかりと受け継いでいる彼には、さらなる飛躍を期待したい。

2021/03/01(月)(飯沢耕太郎)

「写真の都」物語 —名古屋写真運動史:1911-1972—

会期:2021/02/6~2021/03/28

名古屋市美術館[愛知県]

「『写真の都』物語」という展覧会のタイトルは、大正~昭和初期に、ゴム印画法による繊細で優美な風景写真で知られた日高長太郎の「そして共に倶に進んで写真の都!!名古屋たらしめたい」という言葉に由来するという。今回の展示を見ると、愛友写真倶楽部の中心メンバーで、名古屋における「芸術写真」の草分けの一人でもあった日高の願いが、その後に多くの写真家たちによって受け継がれ、発展させられていったことがよくわかる。

本展は「写真芸術のはじめ―日高長太郎と〈愛友写真倶楽部〉」「モダン都市の位相―「新興写真」の台頭と実験」「シュルレアリスムかアブストラクトか―「前衛写真」の興隆と分裂」「“客観と主観の交錯”―戦後のリアリズムと主観主義写真の対抗」「東松照明の登場―リアリズムを超えて」「〈中部学生写真連盟〉―集団と個人、写真を巡る青春の模索」の6部構成で、雑誌等の複写や資料展示を含めて、まさに「名古屋の写真運動史」の総ざらいというべき内容だった。これまで名古屋市美術館では、学芸員の竹葉丈の企画で、愛友写真倶楽部、坂田稔、山本悍右らの前衛写真、東松照明などの写真展が開催されてきたが、今回はその集大成と言ってよいだろう。どうしても東京や大阪、神戸などの関西エリアの写真家たちの活動の間に埋もれがちな「名古屋の写真運動」の厚みと質の高さに、あらためて瞠目させられた。

個人的に特に興味深かったのは、最後のパートの「〈中部学生写真連盟〉―集団と個人、写真を巡る青春の模索」である。大学や高校の写真部の学生たちが組織した全日本学生写真連盟は、1965年から写真評論家の福島辰夫の指導の下に、共通のテーマで写真を撮影していく「集団撮影行動」を基軸とした政治性の強い写真表現を模索し始める。それに応える形で、全日本学生写真連盟の支部、中部学生写真連盟に属する大学、および高校の写真サークルの学生たちも、「集団撮影行動」を推し進めていった。今回の展覧会には、名古屋電気高等学校写真部の石原輝雄や杉浦幼治らによる写真集『大須』(1969)、名古屋女子大学写真部のメンバーによる「郡上」(1968~70)などのプリントが展示されていた。全日本学生写真連盟による「集団撮影行動」の成果、『10・21とは何か』(1969)、『ヒロシマ・広島・hírou-ʃímə』(1972)なども含めて、揺れ動く政治状況を背景にしたこの時期の学生たちの「写真を巡る青春の模索」は、注目すべき内容を含んでいる。写真集の復刻や新たな資料の掘り起こしを含めた展覧会を企画するべきではないだろうか。

2021/02/28(日)(飯沢耕太郎)

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The power of things

KAMU Kanazawa[石川県]

昨年、コレクターの林堅太郎氏が金沢市内に開設した私設の現代美術館「KAMU Kanazawa」。会場は、金沢21世紀美術館近くの3階建ビルを改造した「KAMU Center」をはじめ、竪町の商店街の細長いスペースを利用した「KAMU Black Black」、片町の屋台村の店内を丸ごとアートスペースにした「KAMU L」、香林坊の商業ビルの屋上を使った「KAMU sky」の4カ所で、いずれも徒歩10分以内で行ける距離。「KAMU Center」でチケットを購入し、地図を見ながら4カ所を巡り歩く都市回遊型のミュージアムだ(この日は悪天候のため「KAMU sky」はお休み)。

「KAMU Center」は3フロアに分かれ、1階がレアンドロ・エルリッヒのインスタレーション、2階がステファニー・クエールの動物彫刻、3階が桑田拓郎の陶磁器の展示。圧巻はレアンドロのインスタレーション《INFINITE STAIRCASE》で、部屋に入ると中央が吹き抜けの階段室が横倒しになっている。吹き抜けをのぞき込むと、両サイドにしつらえた鏡によって階段が永遠に続いているように見える。垂直を水平に転倒させ、イメージを増殖させる二重の仕掛け。トリックアートといえばそれまでだが、よくできているので大人でも楽しめる。21世紀美術館の《スイミング・プール》ともども観光名所になりそうだ。



レアンドロ・エルリッヒ《INFINITE STAIRCASE》[筆者撮影]


商店街の一角に位置する「KAMU Black Black」は、間口は狭いが奥行きの長い町屋のスペースを丸ごと黒川良一の光と音のインスタレーションの場にしたもの。入ると暗闇のなか長辺方向にレーザー光が飛び交っているので引きがない。しかも2階吹き抜けで鏡も使われているうえ、名称どおり壁も黒いため、鑑賞するというより作品のなかに取り込まれる、あるいは吸い込まれるという印象だ。



黒川良一《Lithi》[筆者撮影]


飲み屋の内部を改装した「KAMU L」は、ドアを開けるとアッと驚く。壁から天井、テーブル、エアコンまですべて森山大道撮影の真っ赤な唇の写真で覆われているのだ。題して《Lip Bar》。1960年代のいわゆるサイケ調ってやつ。夜はこのまま営業するそうだが、悪酔しそうな気がしないでもない。



森山大道《Lip Bar》[筆者撮影]


大規模な美術館が展示しきれないコレクションを公開するために分館を設ける例はよくあるが、KAMUは初めから1カ所にコレクションを集約させるのではなく、分散型の美術館として構想されたようだ。会場を巡り歩くのは面倒だけど、商店街や飲み屋などそれぞれ特徴ある環境と空間でサイトスペシフィックな作品を鑑賞することができるし、街歩きが好きな人にとってはむしろ喜ばしいこと。街をアートで活性化させようという近年の芸術祭の美術館版といえるかもしれない。もっといえば、1つの空間に1作品だけをパーマネントに展示するというアイディアは、美術館という枠組みを突き崩す可能性を秘めている。規模の点では比ぶべくもないが、かつてニューヨーク市内のいくつかのビルのフロアを借りて、ウォルター・デ・マリアらのインスタレーションを常設展示していたディア芸術財団を思い出す。これはだれでもどこでもできる事業ではないけれど、できれば市街地の空きスペースにどんどん増殖していってほしい。

2021/02/26(金)(村田真)

アネケ・ヒーマン&クミ・ヒロイ、潮田登久子、片山真理、春木麻衣子、細倉真弓、そして、あなたの視点

会期:2021/01/16~2021/04/18

資生堂ギャラリー[東京都]

4人+1組の写真を使う女性アーティストをフィーチャーした展覧会である。共通するテーマは「境界」。といっても同じ傾向の作品が並んでいるわけではなく、それぞれの方向性はかなり違っている。

アネケ・ヒーマン(ドイツ出身)とクミ・ヒロイ(岐阜県生まれ)は、オランダ在住のアート・ユニットで、資生堂のキャンペーン・ポスターを題材に消費社会における女性像を問いかける。潮田登久子は「本の景色/BIBLIOTHECA」シリーズから、「女性」や「境界」をキーワードに写真をセレクトした。片山真理は義足を装着したセルフポートレートを出品し、春木麻衣子は穴が開いた壁の裏側に、スリットから覗いたような状況を撮影した写真を並べている。細倉真弓は、ゲイ雑誌やネット上のセルフィーの画像をコラージュした新作の写真・映像作品を出品した。

どちらかというとアーティストたちの顔見せ的な要素が強く、「境界」というテーマから何が浮かび上がってくるのかはそれほど明確ではない。各作家の作品とインスタレーションのレベルが高いので、見応えのある展示にはなっていた。ただ、そろそろ「女性アーティスト」という括りだけで展覧会を企画すること自体の意味は失われつつあるのではないかと思う。「本展会期中の3月8日には国際女性デー International Women’s Dayを迎えること」が企画意図として意識されているようだが、男性やゲイの作家を加えてもいいのではないだろうか。

2021/02/21(日)(飯沢耕太郎)

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