artscapeレビュー
伊奈英次「残滓の結晶CRYSTAL OF DEBRIS」
2021年02月01日号
会期:2020/12/17~2021/02/03
キヤノンギャラリーS[東京都]
2020年の写真展の掉尾を飾る意欲作である。1984年に、8×10インチ判の大判カメラを使って東京の風景を緻密な画像で定着した「In Tokyo」を発表して以来、伊奈英次の関心は都市という多面的な構造体をどのように写真化するかに向けられてきた。今回の「残滓の結晶CRYSTAL OF DEBRIS」では、それがひとつの臨界点に達しつつあるように見える。
伊奈は画像合成ソフトを使うときに出現する画像の欠陥(バグ)を意図的に利用して、ヴァーチュアルな都市空間を立ち上げることをもくろんだ。そのプロセスの要約は以下の通りである。「バグのコピーを繰り返すと、ある単純な反復画像が出現し、その反復画像を元の画像と再び合成することで、また新たな差異をともなったバグ画像があらわれる。その作業を繰り返すと単純な反復画像に回帰していく。再帰性のジレンマを回避するため、遊びや気まぐれといった恣意性をともなうコピーを重ねた果てに、この作品は完成する」。
このような偶発性と必然性を共存させたプロセスを経てでき上がった作品群は、まさに「結晶」という言葉にふさわしい、硬質な輝きを放つ画像の集積となった。元の画像は羽田空港、東京スカイツリー、六本木サウスタワー、品川インターシティといった、ある意味、よく見慣れたランドマークなのだが、それらの風景が元々孕んでいた内発的な崩壊感覚が、解き放たれて出現してきているようにも感じる。まさにデジタル時代の「In Tokyo」の試みともいえそうだ。普段は黒い壁面に、白い皮膜をかぶせて大画面の作品を並べた展示(会場構成・鵜澤淑人)もうまくいっていた。だが、フレームに入れて白枠をつけた写真作品は、ややタブロー的で、おさまりがよすぎるようにも見える。さらに徹底して、壁面全体(床や天井も含めて)に画像が増殖するようなインスタレーションもあり得たのではないだろうか。
2020/12/25(金)(飯沢耕太郎)