2020年11月15日号
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artscapeレビュー

2013年08月01日号のレビュー/プレビュー

大橋可也&ダンサーズ『グラン・ヴァカンス』

会期:2013/07/05~2013/07/07

シアタートラム[東京都]

上演直前、席おきのパンフレットを目にして、上演時間が「2時間半」とあり、驚愕した。ピナ・バウシュならば休憩込みでそんな尺の作品もあったかもしれないが、日本のダンス作家の作品としてはほとんど前代未聞。「どうなることか」と始まる前は不安もあったし、正直、前半はなくてもいいのではないかとも思ったものの、後半はまるでインド映画でも見ているときのような「ハイ」な状態が訪れ、終幕のころには「まだ30分くらいは全然見ていられる」なんて気持ちになってしまった。日本のダンスのなかでは珍しく原作のある作品だった(ちなみに、大橋の師・和栗由紀夫には美学者・谷川渥の著作をベースにした作品がある)が、SF小説を忠実にダンス化したというよりは、原作とつかず離れずの距離を取り、彼のキャリアの集大成的な作品に新味な彩りを施す手段として、大橋は原作を大胆に利用しているようだった。その点で、飛浩隆ファンにとってはわかりにくい公演になっていたかも知れない。けれども、大橋はそうした大橋作品未体験者を彼独自の舞踏世界へとまんまと誘拐しえたわけで、実際、長丁場の舞台に、客席はうとうとする者は少なく、観客が終始高いテンションを保っていたのは印象的だ。振付の方向としては、2011年の『驚愕と花びら』を思い起こさせる。この作品では、見なれないダンサーたちが舞台を埋めていた。彼らは当時大橋が行なったダンスワークショップに参加した若者たちだった。今作『グラン・ヴァカンス』でも、古参のダンサーたちによって重要場面が引き締められていたとはいえ、多くの時間で、彼らを中心とした新参のダンサーたちの存在が目立っていた。前半は、若い男性ダンサーたちのまだ出来上がっていない気がする身体に戸惑った。それとは対照的に、後半、若い女性ダンサーたちの訓練の跡を感じさせる身体は美しく、見応えがあった。いや、でも、そうしたばらつきのあるダンサーたちが、かたまりとして、醜さも示しつつ美しくまとまってゆくところに大橋の狙いはあったのだろう。そうした傾向は、大橋が「タスク」というよりも「振付」をより積極的に志向しはじめた『驚愕と花びら』に顕著だった。正直に言えば、ぼくは『ブラック・スワン』の頃の大橋が好きだ。緻密で繊細な動作に、見ている自分の記憶があれこれと呼び覚まされてしまう。そうした独特の感覚は今作ではあまり強調されていなかった。先述したことだが、今作でわかりにくかったのは、なにより原作とダンスとの関連性だった。原作があることで大橋が自由になれた部分と、原作があることで原作と今作との関係を問われてしまう部分とが出てくる。前者の効果は非常に大きかったと思う反面、後者に関して、原作を読み込んではいない筆者のような人間には、戸惑う面があった(あるいは小説のファンで大橋作品をはじめて見る観客にも、似たような戸惑いがあったと想像する)。提案なのだが、もっとわかりやすい原作に挑戦してみてはどうだろう。例えば、いま人気の押見修造『悪の華』はどうだろうか。あるいはいっそのこと『くるみ割り人形』でもいいかも知れない。その場合には、今度はバレエ愛好者たちが興味を抱かされることだろう。そう、今回の大橋の試みでもっとも評価すべきは、摩訶不思議なダンス公演というものの前で逡巡する潜在的な観客に、入りやすい「入口」をこしらえるやり方を示したことだ。宝塚歌劇団では、テレビゲームを原作とする作品を上演していると聞く。そうした「あざとさ」を一種の誘惑の戦略としてどう活用できるのかは、ダンスをどうポップなものにするのかという点のみならず、ダンスをどう刷新していくのかという点にも繋がっているはずだ。

「グラン・ヴァカンス」トレーラー

2013/07/06(土)(木村覚)

新収蔵品紹介I 信濃橋画廊コレクション

会期:2013/07/06~2013/11/10

兵庫県立美術館[兵庫県]

1965年に産声を上げ、2010年に惜しまれつつ閉廊した大阪の信濃橋画廊。45年にわたるその活動は、そのまま関西現代美術史と重なり合う。画廊主の山口勝子は閉廊にあたり約600点もの所蔵作品を兵庫県立美術館に寄贈したが、それらのうち169点が新収蔵品展の一部として公開された。作品の傾向はさまざまだが、比較的小品が多く、なかには同画廊で一度も個展を行なったことがない作家も含まれる。学芸員によると「このコレクションでなければ、美術館では引き受けなかった作家・作品も含まれる」そうだ。しかし、たとえ作品の質にばらつきがあったとしても、影響力のある画廊のコレクションが散逸を免れたことは幸いと言えるだろう。今後研究が進み、関西現代美術史に新たな視点が付け加えられることを望む。最後に出品作家の名前を挙げておこう。河口龍夫、福岡道雄、ヨシダミノル、井田照一、久保晃、関根勢之助、山本容子、木村秀樹、白髪一雄、石原友明、松井智惠、堀尾貞治、榎忠、奈良美智、中ハシ克シゲ、植松奎二、山口牧生、村岡三郎、松谷武判、元永定正、大島成己、松井紫朗、今村源……、これでもほんの一部である。

2013/07/06(土)(小吹隆文)

鳳が翔く──榮久庵憲司とGKの世界

会期:2013/07/06~2013/09/01

世田谷美術館[東京都]

たとえ「榮久庵憲司」あるいは「GK」の名前を聞いたことがなくても、彼らが手がけたデザインに触れたことがない人はほとんどいないに違いない。小さなものではキッコーマンの卓上しょうゆ瓶、大きなものではJR東日本の各種鉄道車両から都市計画まで、GKグループが扱うデザインの領域はとても広い。プロダクト関係では、家電やOA機器、産業機械や医療機器、モーターサイクル、モーターボート、鉄道車両や航空機の座席など。グラフィックの分野では、ポスターやパッケージからCIや商品のブランディング、情報機器のインターフェースや博物館・博覧会の情報コンテンツなど。都市、公共施設の設計や、ストリート・ファニチュア、サイン計画など、多様な分野の専門家を揃えている。領域別のグループ会社5社を東京に置くほか、京都、広島、北米、欧州、中国に六つのグループ会社(中国に2社)を置き、200名を超える社員がいる。これらのデザイン企業を統括しているのが、株式会社GKデザイン機構であり、そのトップがインダストリアルデザイナー榮久庵憲司(1929- )である。
 榮久庵憲司は、1950年代に東京藝術大学工芸科助教授の小池岩太郎の下で学んだ仲間たちとともに、GK(Group of Koike)を結成。以来60年にわたってインダストリアルデザインを中心として、私たちの生活に直接・間接に関わる数々の優れたデザインを生み出してきた。その事業は実践に留まらない。GKグループの理念には、「運動」「事業」「学問」の三つが挙げられている。「運動」は、人とモノとの美しい関係──ものの民主化・美の民主化──を人々に伝えること。「事業」は、適切な価値観によるデザインを具体化すること。「学問」は、時代調査・生活調査などの研究を通じて、人の暮らしとモノの関係にある普遍的な方程式を発見することである★1。GKグループは、企業から依頼されたデザインワークを実現するばかりではなく、そのデザイン思想を榮久庵憲司の著書や、グループ内外の展示会、道具学会などの研究会を通じて公にしてきた。
 規模が大きく、手がけてきた領域は多岐にわたり、60年にわたる歴史を経て未来へと歩み続けるデザイン企業の仕事を包括的に見せようとするとき、いったいどのような方法がありうるのか。榮久庵憲司とGKグループ、そして世田谷美術館の野田尚稔学芸員が今回の展覧会でとった手法は、GKグループの具体的な仕事を紹介すると同時に、グループを統括してきた榮久庵憲司の思想世界を提示するというものであった。
 美術館入口にはヤマハのモーターサイクルVMAXのフォルムを削りだしたオブジェがある。最初の展示室では、構想に終わったものも含めてGKが手がけた代表的なプロジェクトが紹介されている。卓上しょうゆ瓶はもちろん、各種のパッケージデザイン、GKのオリジナル商品、博覧会のゲート、都市計画などの実物、模型、映像である。雲がたなびく暗いトンネルを抜けると、真っ白な展示室が現われる。ここでは、竹村真一氏とコラボレーションした「触れる地球」、ヤマハ・モーターサイクルのコンセプトモデル、住居都市や浮遊する居住空間などの自主研究プロジェクトが紹介されている。最初の展示室が過去から現在までのプロダクトだとすると、ここにあるのは未来への提案である。そしてさらに奥に進むと、そこには「道具曼陀羅」と「道具千手観音像」による「道具寺道具村構想」、そして天女が舞い降り蓮が咲き乱れる池の上に鳳が飛翔する「池中蓮華」のインスタレーションへと至る。ここに示されるのは時間や空間を超越したモノの普遍的な美の世界である。じつに驚きの展示風景。ここにはあえて写真を示さない。実際の展示で体感されたい。
 父の後を継いで浄土宗の僧侶であった榮久庵は、敗戦後アメリカ軍がもたらした数々のモノに圧倒され、レイモンド・ローウィの『口紅から機関車まで』に影響を受け、東京芸術大学でデザインを学び、また、アメリカに留学しアートセンター・スクールでも学んでいる。日本人の生活にもアメリカの文化が流入してくるなかで、彼はインダストリアルデザインによって人々の生活が進むべき方向を示そうとしてきた。その理念が「ものの民主化」「美の民主化」であり、榮久庵とGKは人々の生活を改善し、かつ豊かにするデザインを生み出していった。同時に、アメリカ的なデザインの手法と、榮久庵のバックグラウンドである仏教思想とのあいだに、独自のデザイン観である「道具世界」を唱える。「道具」とは「道に具わりたるもの」。英語では「the Way of Life」、すなわちモノとともにある人々の生活秩序を意味する★2。「インダストリアルデザイン」という言葉には特定の価値観はなく、目指すべきデザインの方向を示してはいない。それに対して「道具」は人とモノ、人と空間、人と社会との関係をも指し示す言葉である。それゆえ道具世界では、デザインの対象はプロダクトやグラフィックに留まることなく、生活空間すべてに敷衍し、また特定の時代に属することなく、拡張されうるのである。そして、モノは人との関係にあって初めて「道具」となる。展覧会会場でモノを人から、あるいは本来の場から切り離して展示しても、ただの商品カタログ、編年的記録にしかならない。本展の展示・インスタレーションは、多様な領域にまたがるプロダクトが、榮久庵憲司というデザイナー・思想家をトップに抱く創造集団GKのもとで生み出されてきた「道具」であることを明らかにするひとつの方法といえよう。
 この展示に足りないものをあげるとすれば、それは榮久庵の思想がどのようにグループ企業12社、200人を超える社員のあいだで共有され、現実のプロダクトへと反映されているのかという視点である。ただこれは経営論、組織論でもあり、美術館での展示という枠組みを超えた話かもしれない。さしあたり、美術館の企画としては異例のデザイン展、「ぶっとんだ」インスタレーションから、榮久庵憲司の「道具世界」をじっくりと読み解いていきたい。[新川徳彦]

★1──『GK物語──The Story of GK Since 1952』(GKデザイン機構、2002)142~145頁。
★2──同、54~56頁。

2013/07/09(火)(SYNK)

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Kalle Lampela─Collected papers─

SAI GALLERY[大阪府]

会期:2013/07/09~2013/07/13、2013/07/30~2013/08/10
フィンランド人アーティストのカッレ・ランペラは、過去に同画廊で何度も個展を開催し、その度に異なる作風を見せていた。特定のスタイルを持たない柔軟さが彼の特徴なのかもしれない。本展では、独自に改造したタイプライターを駆使した作品を発表。このタイプライターはアームの先の活字部分に異物を挟む、削るなどしたもので、プリペアド・ピアノならぬ「プリペアド・タイプライター」と命名されていた。文字とも模様ともつかないイメージで埋め尽くされた画面は、さながら古代文明、あるいは未知の惑星からもたらされた図面のよう。見ようによってはお洒落なテキスタイル風でもあり、不思議な魅力を放っていた。

2013/07/10(水)(小吹隆文)

北尾博史 展 古書の森 森の部品─星と祭り─

会期:2013/07/07~2013/07/24

三密堂書店[京都府]

京都の繁華街にほど近い古書店で、彫刻家の北尾博史が個展を行なった。会場は古書が並ぶ1階と催し場の2階。1階では木の枝や果実の姿をした作品が、まるで書棚の隙間から生えてきたかのように点在し、2階では書籍と一体化した植物をモチーフとした作品のほか、線路状の溝を切った座卓と茶碗を載せた列車型作品などもあった。また書店主が「星と祭り」をキーワードに選定した貴重な古書も展示されており、これらを手にとって読むことも。北尾と書店主は中学時代の同級生であり、共に京都の街中で育った生粋の京都人だ。会期をあえて祇園祭に合わせて設定したこともあり、本展からは京都人が貴ぶ知的遊戯の精神が色濃く感じられた。

2013/07/11(木)(小吹隆文)

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