artscapeレビュー
2023年05月15日号のレビュー/プレビュー
TOPコレクション セレンディピティ 日常のなかの予期せぬ素敵な発見
会期:2023/04/07~2023/07/09
東京都写真美術館 3階展示室[東京都]
東京都写真美術館の「TOPコレクション」展は、これまでも恒例の企画展として開催されてきたが、今回はとても面白かった。美術館のコレクションをどのような切り口で見せるかは、担当の学芸員の腕の見せ所であるとともに、頭を悩ませる課題ではないかと思う。回を重ねるごとに、同工異曲の企画になりがちだからだ。今回の写真におけるセレンディピティ(偶然による予期せぬ出来事や発見)というテーマも、決して目新しいものではない。だが、写真の選択が的確なのと配置やインスタレーションに工夫が凝らされていたことで、まさに予期せぬ出会いを生み出す、見応えのある展示になっていた。
会場は4部構成で、第1部「しずかな視線、満たされる時間」には北井一夫、牛腸茂雄、吉野英理香、今井智己、島尾伸三、潮田登久子が、第2部「窓外の風景、またはただそこにあるものを写すということ」にはエドワード・マイブリッジ、相川勝、葛西秀樹、山崎博、佐内正史、鈴木のぞみ、浜田涼が、第3部「ふたつの写真を編みなおす」には奈良美智、中平卓馬、齋藤陽道、エリオット・アーウィットが、第4部「作品にまつわるセレンディピティ」には齋藤陽道、本城直季、ホンマタカシ、井上佐由紀、畠山直哉、石川直樹が出品していた。
たとえば、北井一夫の知られざる名作《ユズが3個》(2008)を展示のトップにもってきたり、奈良美智と中平卓馬の作品を、2枚の写真を結びつけるという観点から対比したり、吉野英理香「JOBIM」や齋藤陽道《感動》のように複数の写真を集合させることで見えてくる世界を提示したりという具合に、気配りのある展示によって、学芸員の武内厚子によるキュレーションの意図がよく伝わってきた。カタログも「ジョビンとマギーの素敵な探検」という絵本のような導入部(イラスト・小池ふみ)を置くことで、手にとりやすいものになっていた。このテーマは、コレクション展以外でも展開できる余地がありそうだ。
公式サイト:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4530.html
2023/04/06(木)(飯沢耕太郎)
植田真紗美「Microcosmos」
会期:2023/03/28~2023/04/09
Koma gallery[東京都]
植田真紗美は日本写真芸術専門学校卒業後、2013年から仲間たちと写真誌『WOMB』を出版したり、写真集『海へ』(trace、2021)を刊行したりといった活動を続けてきた。今回東京・恵比寿のKoma galleryで展示したのは、ずっと続けているスナップ写真の成果である。被写体がくっきりと形をとり、何を見せたいのかが明確だった『海へ』の写真群と比較すると、今回はより曖昧で不分明な日常の領域へと、「写真を手がかりにして」踏み込んでいこうという思いが強まってきている。自分の写真家としての原点をもう一度確認することをめざす仕事ともいえるだろう。スライドショーを中心とした展示構成も、自己主張よりは自己確認にふさわしいものだったのではないかと思う。
そうやって見えてきた植田の写真の世界は、光、影、イルミネーションなどに抽象化された世界と、より具体的に被写体との遭遇の手触りを確かめようとする試みとの二つに、大きく分裂しているように見える。今のところ、その分裂を再統合していくための手がかりを、まだうまく掴みきってはいないようだ。だが、このような試行錯誤を続けていくことで、何かが見えてくるのではないだろうか。展覧会に寄せたコメントで、植田は「さまよいながら、写ったものと真っ直ぐに向き合い続けることからしかはじまらない」と書いていた。たしかにそのような気配を感じさせる写真が何枚かあったが、スライドショーの形だと、その意図はなかなか伝わりにくい。最終的には写真集にまとめるような道筋をつくっていくべきではないだろうか。
公式サイト:https://www.komagallery.com/%E8%A4%87%E8%A3%BD-past-2022
2023/04/06(木)(飯沢耕太郎)
甲斐啓二郎「綺羅の晴れ着」
会期:2023/03/25~2023/04/22
ZEN FOTO GALLERY[東京都]
スポーツの起源というべき祭事を、世界各地で追い求めて撮影してきた甲斐啓二郎は、2015年頃から「裸祭り」を集中して撮影するようになった。今回展示されたのは、2017~2019年に撮影された「西大寺会陽」(岡山県)、「ざるやぶり神事」(三重県)、「ヤッサ祭り」(群馬県)、「黒石寺蘇民祭」(岩手県)の写真群である。
主に夜に、狭い室内で男たちが激しくぶつかり合うこれらの祭事には、ほかの行事にはない特徴がある。いうまでもなく、参加者全員が「はだか」であるということだ。そのことによって汗が飛び散り、怒鳴り声が飛び交い、濃密な体臭が立ちのぼる、異様にテンションの高い時空間が出現してくる。甲斐がこれらの祭りに魅せられ、ときには自分自身も「はだか」になって撮影を続けてきたのは、単純に被写体の面白さということだけでなく、そこに人と人とが接触するときに生じる、恐怖感と嫌悪感とエクスタシーとが混じり合った、ほかに類を見ない状況が生じるからではないだろうか。このような祭事は、なぜかほかのアジア諸国も含めて、日本以外ではほとんどおこなわれていないという。もしかするとそのあたりにも、日本人のやや異様な同調性、一体感の根拠があるのではないだろうか。本作は、限定された時空間における日本人のふるまいを、思いがけない角度から探求しようとする試みともいえるだろう。
大きめのプリントを中心に展示したZEN FOTO GALLERYのインスタレーションは迫力満点で、とてもうまく構成されていた。展覧会に合わせて刊行された同名の大判写真集(アート・ディレクション=山田洋一)も、印刷、デザイン、レイアウトともに素晴らしい出来栄えである。
公式サイト:https://zen-foto.jp/jp/exhibition/keijiro-kai-%E2%80%9Cclothed-in-sunny-finery%E2%80%9D
2023/04/12(水)(飯沢耕太郎)
藤岡亜弥「BangBang」
会期:2023/04/13~2023/05/14
コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]
藤岡亜弥は2007年に文化庁の新進芸術家海外研修制度でニューヨークに赴き、2012年まで5年間滞在した。「なにもかも勉強し直すつもり」と、意気込んで暮らし始めたのだが、そこでどのように過ごせばいいのか、うまくそのやり方を見つけることができず、迷いと戸惑いの日々が続いた。今回、コミュニケーションギャラリーふげん社で展示したのは、そのニューヨーク滞在中に、ハーフサイズのカメラで撮影したモノクロームのスナップショットである。
どうやら、ニューヨークという街はハーフサイズのカメラと相性がいいようだ。あまり構えることなくシャッターを切ることができるので、とめどなく移り動いていく街のたたずまいにフィットしているのかもしれない。色やフォルムよりも、被写体を取り巻く空気感に鋭敏に反応してシャッターを切っているのが、ややくぐもったトーンの、断片的な写真群から伝わってきた。「Bang Bang」と「無意味を撃つ」ように撮影していくことの自由と不安と孤独感とが、どこか湿り気を帯びたスナップショット群に刻みつけられているように感じる。
藤岡の写真には、ニューヨークでも、ブラジルでも、東京でも、広島でも、居場所がどこであろうと、いつでも心ここにあらずという雰囲気が刻みつけられている。その場所にうまく馴染むことができず、地に足がつかないで少し浮遊しているような感覚というべきだろうか。それが、やや単純化されたモノクロームの画面構成によって、より強まってきている。判型はそんなに大きくなくてもいいから、ぜひ写真集にまとめてほしい写真群だ。
公式サイト:https://fugensha.jp/events/230413fujioka/
2023/04/14(金)(飯沢耕太郎)
ダニエル・マチャド「Tango×3」
会期:2023/04/13~2023/05/14
太郎平画廊[東京都]
ダニエル・マチャドはウルグアイ出身の写真家、アルゼンチン、スペインなどを経て日本に定住し、ニコンサロン等で展覧会を開催し、写真集『幽閉する男』(冬青社、2021)を刊行するなどの活動を続けている。今回の東京・日本橋本町の太郎平画廊での写真展も、いかにも彼らしいユニークな発想の産物だった。
展示は「タンゴ・コンフュージョン」「脚とバンドネオン」「音楽ラッキーホール」の3部構成。アルゼンチンのブエノスアイレスで撮影した「タンゴ・コンフュージョン」は、タンゴを踊るダンサーたちをデジタル処理で増殖させた連作、ウルグアイのモンテビデオで制作した「脚とバンドネオン」は、赤い網目のストッキングを履いた女性の脚とバンドネオンの蛇腹を合体させたシュールなイメージの写真群、東京で撮影した「音楽ラッキーホール」では、蓄音機と女性モデルとを軽やかに画面に配している。この3部作で、ジャズのような他ジャンルも取り込んで、ハイブリッド化しつつある「ニュー・タンゴ」の世界を、「一種のパロディ」として浮かび上がらせようとした。
そのもくろみは、豊富なアイディアと的確な画像処理によって、かなりうまく実現している。1993年に創設されたという太郎平画廊のスペースは、やや癖が強く、展示がむずかしい会場だが、古風なインテリアを活かした写真の配置、構成もうまくいっていたと思う。日本人の写真家とは異質な、遊び心が感じられるマチャドの作品世界を、充分に堪能することができた。
公式サイト:https://tarohei-gallery.com/2023/04/12/tangox3/
2023/04/14(金)(飯沢耕太郎)