artscapeレビュー

大橋仁『そこにすわろうとおもう』

2013年01月15日号

発行所:赤々舎

発行日:2012年11月20日

年も押し詰まってきた時期に、とんでもない重量級の写真集が届いた。大橋仁の『そこにすわろうとおもう』はA3判、400ページ、重さはなんと5キロもある。デビュー作の『目のまえのつづき』(青幻舎、1999)以来、彼の作品には「これを撮らなければならない」という思い込みの強さを、恐るべき集中力で実際に形にしていく気魄に満ちあふれている。時にその強引さに辟易することもないわけではないが、被写体との関係が穏やかで希薄になりがちな日本の現代写真において、アウトロー的な凄みを前面に押し出す彼の存在そのものが貴重であるといえそうだ。
今回も、最初から最後まで全力疾走で突っ走る「奇書」としかいいようがない写真集だ。「奇書」というのはむろん褒め言葉で、「奇妙」でありながら「奇蹟」でもあるということ。中心的なテーマは、男女数百人が入り乱れるオージー(集団乱交)の現場なのだが、その様子を、ここまで徹底して微に入り細を穿って撮影し続けたシリーズは、いままでほかになかったのではないだろうか。大橋の視線は、彼らのふるまいに対する純粋な驚きと好奇心と共感とに支えられており、腰が引けた覗き見趣味やネガティブな感情とは無縁のものだ。「奇妙」でありながら「奇蹟」でもあるというのは、実は彼の基本的な人間観でもあるのだろう。大橋が本書の刊行にあたって書いた文章の次の一節からも、そのことがよくわかる。
「今日この場に、自分が生きていること、この世というひとつの場所に人類がそろって生きていること、自分はそこにすわろうとおもった」。
今回一番問題になったのは「性器」の扱い方ではなかっただろうか。現在の日本の出版状況においては、男女の性器が露出した状態で写っている写真を掲載・出版するのはかなりむずかしい。結果的に、本書では局部にぼかしを入れた印刷を採用した。これはとても残念なことだ。おそらく、一番心残りなのは大橋本人だろう。いろいろ問題はあるだろうが、すべてをクリアーに印刷した「海外版」の刊行を考えてもいいと思う。

2012/12/30(日)(飯沢耕太郎)

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