2018年6月1日号:号で見る|美術館・アート情報 artscape

2018年08月01日号
次回9月3日更新予定

artscapeレビュー

2018年06月01日号のレビュー/プレビュー

開館45周年記念展 絵画と想像力 ベルナール・ビュフェと丸木位里・俊

会期:2018/03/17~2018/06/12

クレマチスの丘 ベルナール・ビュフェ美術館[静岡県]

ビュフェ美術館が開館45周年だという。ベルナール・ビュフェといえば戦後まもない時期に10代でデビューし、早熟の天才画家と騒がれたものだ。戦後の荒廃した時代気分を映し出すかのような鋭い線描は、贅肉をそぎ落としたジャコメッティの彫刻とともに実存主義にも結びつけられ、人気を博した。だが、こうした厳しい時代背景の下に生み出された芸術というのは、衝撃力はあるけど往々にして長続きしない。社会的にも個人的にも平穏な時代が訪れると次第にマンネリに陥り、また抽象芸術の全盛期には時代遅れと見なされていく。

まあ日本では地理的にも文化的にも時差があるので、この美術館が建った70年代前半にはまだビュフェの威光は輝いていた。今回初めてビュフェの作品をまとめて見て、いったいこの画家はモダンアートの文脈のなかでどのように位置づけられるのか、首をひねった。とくに60年代以降どんどんマンガチックになっていき、芸者を描いた《日本女性》や関取を描いた《相撲:睨み合い》などはご愛嬌としても、1988年の超大作「ドン・キホーテ」シリーズなど笑いをとろうとしたとしか思えないほど。

だが、最後に大展示室に掛かっていた作品を見て、少し見方が変わった。そこには丸木伊里・俊の《原爆の図第三部 水》と、ビュフェの「キリストの受難」シリーズ2点が比較できるように展示されていた。どちらも「受難」をテーマに同時期に描かれたほぼモノクロームの大作で、「原爆の図」は180×720センチ、「キリストの受難」は1点が280×500センチある。こうして比べてみると、「原爆の図」が水墨画ベースのため線が薄くて細く、意外にも黒い輪郭線でかたちづくったビュッフェの人物が力強く感じられたのだ。もちろんテーマも違うし、ビュフェはまだ若く勢いがあったころの作品だから、比較してもあまり意味はないかもしれないが、それにしてもビュフェの人物像に力強さを感じるとは、予想外の発見だった。

2018/04/22(村田真)

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オパンポン創造社『さようなら』

会期:2018/04/19~2018/04/22

花まる学習会王子小劇場[東京都]

オパンポン創造社は大阪を拠点とする野村有志のひとり演劇ユニット。CoRich舞台芸術まつり!2018春の最終審査に選出された本作は、劇団としては久々の東京公演となった。

舞台は淡路島のネジ工場。そこで働く柴田(野村有志)の毎日は、同じ工場で柴田を「かわいがる」先輩・宮崎(川添公二)、同僚の暗い女・末田(一瀬尚代)、風俗狂いの中国人・チェン(伊藤駿九郎)、工場の社長(殿村ゆたか)そして行きつけのスナックのママ(美香本響)という狭い人間関係で完結していた。ところがある日、末田とチェンが社長の金を盗み出す計画を柴田と宮崎に持ちかけて──。

冒頭、末田とチェンが柴田・宮崎を裏切り、金を持ち逃げしたことが明かされると、そこに至る彼らの日常が描かれる。退勤、飲みの誘い、スナックでのカラオケオール、ラジオ体操、就業、退勤、そしてまた飲みの誘い。柴田は乗り気ではないのだが、宮崎の誘いを断ることができずに毎日朝まで付き合うハメになる。毎日、毎日、毎日、毎日。執拗に描かれる日常は、繰り返すたびに少しずつ省略され、機械的な反復になっていく。磨耗する感情。繰り返しと省略が暴き出すのは、渦の中心に凝縮されていく鬱屈だ。

関西の劇団らしく、デフォルメされたキャラとテンポのいいやりとりが笑いを呼ぶのとは裏腹に、全体のテイストは苦い。抜け出せない日常に不満を覚えながらもそれをやり過ごす柴田は、変わりたいと思うことすら放棄していたことを末田に指摘される。ヘラヘラしたうわべとその向こうに垣間見える苛立ち、それでいて変化を望まぬ弱さを野村が巧みに演じていた。犯罪計画は露呈し、変化は望まぬかたちで訪れるものの、柴田は再び工場で働くことになる。行方を眩ましていた末田も戻り、変わらぬ日常が再開する……かのように思えたが、それは持ち逃げした金を使って末田と同じ顔に整形したチェンだった(!)。衝撃の結末に、しかし柴田の漏らす乾いた笑いはどこか明るい。

公式サイト:https://opanpon.stage.corich.jp/

2018/04/22(山﨑健太)

ターナー 風景の詩(うた)

会期:2018/04/24~2018/07/01

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館[東京都]

2、3年前に大規模なターナー展をやったせいか、今回は中規模の展覧会。カタログを見ると、全187点と点数こそ多いものの、版画が112点を占め、水彩66点、油彩はわずか9点しかない。しかも版画の大半は郡山市立美術館の所蔵品。つまり6割以上は国内から調達したものなのだ。だいたいターナーの主要作品はロンドンのテート・ブリテンが持っているのに、今回はテートから1点も借りていない。これでよく「ターナー展」が成り立ったなと感心してしまう。しかし発見もあった。本の小さな挿絵として描かれた「ヴィニェット」と呼ばれる水彩画だ。風景画を枠のない円形内に収めたもので、縦横が各10センチちょっとしかないけど、細密に描かれている上、色彩は虹色に輝き、ミニアチュールのように美しい。これはほしくなってしまう珠玉の小品。壮大な風景画を得意とするターナーとしては、らしくないけどね。らしくないといえば、横浜美術館の「ヌード」展にターナーの春画が出ていてびっくり。ターナーって、意外と奥が深いのかもしれない。

2018/04/23(村田真)

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Q『地底妖精』

会期:2018/04/20~2018/04/23

早稲田小劇場どらま館[東京都]

市原佐都子の演劇ユニット・Qはこれまで、女性の性や人間の動物性を中心的な主題とする作品を発表してきた。今秋には女性アーティストおよび女性性をアイデンティティとするアーティストやカンパニーにフォーカスを当てたKYOTO EXPERIMENT2018公式プログラムへの参加が決定している。

『地底妖精』は妖精と人間のハーフであるユリエリアを主な登場人物とする(ほぼ)ひとり芝居。妖精というモチーフは社会的に見えないことにされているもの、見ないふりをしているものをめぐる思考へとつながっている。白目を剥いた永山由里恵の怪演が強烈だ。本作は昨年、「こq」名義で初演され、現代美術作家の高田冬彦(演出・美術としてクレジット)とのコラボレーションでも話題を呼んだ。今回の再演では「劇場版」ということで美術がスケールアップするとともに戯曲が一部改訂され、演出にも変更が加えられた。

その変更された部分が問題だ。本作にはユリエリアが恋愛成就のおまじないをやってみせる場面がある。初演ではユリエリアひとりによって演じられたが、今回の再演では観客のひとりが恋愛成就の相手役として(半ば無理やりに)舞台に上げられた。おまじないは二つ。ひとつはローズウォーターと呼ばれる液体を相手=観客に飲ませるおまじないで、おそらくこちらは多くの観客の許容範囲内だろう。だがもうひとつはどうだろうか。 次に観客は舞台上で仰向けになるよう指示される。渋々従う観客にユリエリアは馬乗りになり、取り出したリップクリームをその顔面に塗りたくる。なぜこれが問題なのか。あるいは、なぜこれが問題にならないのか。

馬乗りになっている人物を男性だと仮定してみればよい。私が観劇した回ではここで客席から男性の笑い声が聞こえてきた。堂々たる犯行は不均衡な構造により隠蔽され、そのこと自体がある種の復讐となる。強烈な皮肉と怒りが込められた「犯罪計画」は、残念ながら成功してしまったと言わざるをえない。

[撮影:中村峻介]

公式サイト:http://qqq-qqq-qqq.com/

2018/04/23(山﨑健太)

建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの

会期:2018/04/25~2018/09/17

森美術館[東京都]

本展のタイトルは「日本の建築展」ではない。「建築の日本展」である。つまり建築のなかから日本特有の“遺伝子”を読み解こうという趣旨なのだ。日本で西洋建築が発達したのは明治時代からであるため、実質わずか150年しか経っていない。それにもかかわらず、いま、世界で日本人建築家が大いに活躍しているのはなぜなのか。本展ではその謎を解き明かすように、日本の建築の特徴を九つのセクションで紹介している。まず「可能性としての木造」と題して、日本が古代から育んできた木の文化を取り上げる。次に「超越する美学」と題して、もののあはれ、無常、陰影礼賛などに代表される日本の繊細な美意識に焦点を当てる。さらに「安らかなる屋根」と題して、機能性のほか象徴性をたたえる屋根に着目する、といった具合だ。本展監修に建築史家の藤森照信が就いていることもあり、その視点は面白くわかりやすい。日本の建築史を横断的に、一気に見ていく気持ち良さがあった。

九つのセクションを通して観るうちに、私は日本の建築の特徴をもうひとつ思い浮かべた。それは現代の日本人建築家が模型製作を重視している点だ。以前、私は伊東豊雄や山本理顕、妹島和世、隈研吾ら、それこそ世界で活躍する建築家何人かに、模型をテーマにインタビューをしたことがある。するとスケッチや図面を描くのと同じような感覚で、自身のアイデアや造形の可能性を広げるために模型をつくる建築家が多いことがわかった。まるで手のひらのなかで建築を模索するような姿勢が日本人建築家にはあるのだ。これを題するなら「模型から創造する」か。こんなふうに自分なりに“遺伝子”を探るのも楽しい。

模型と言えば、本展では模型展示も充実していた。丹下健三の自邸を1/3スケールで再現した模型も迫力があったが、何と言っても千利休の茶室《待庵》の原寸スケール模型である。いや、模型というより、これは本物の複写だ。外観も内観も忠実に再現されており、会期中は中に入ることもできる。私も実際ににじり口からにじって入ってみた。なるほど、これが茶室建築の原形になったのかと思うと感慨深く、これだけでも観に来た甲斐があった。

伝千利休《待庵》(1581頃[安土桃山時代]/2018[原寸再現])
制作:ものつくり大学
展示風景:「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」森美術館(2018)
[撮影:来田 猛/画像提供:森美術館(東京)]

公式ページ:http://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/japaninarchitecture/index.html

2018/04/24(杉江あこ)

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