artscapeレビュー

映画をめぐる美術──マルセル・ブロータースから始める

2014年06月01日号

会期:2014/04/22~2014/06/01

東京国立近代美術館[東京都]

ベルギー出身のアーティスト、マルセル・ブロータースを中心に国内外のアーティストによる映像作品を展示した展覧会。興味深かったのは、展覧会のコンセプトと展示構成が照応していたこと。会場中央のブロータースの部屋から四方に向かって暗幕の小道がいくつも伸び、その先にそれぞれの参加作家の作品が展示された。暗闇の道を歩いて映像を訪ね歩く鑑賞方法が面白い。
とりわけ注目したのが、エリック・ボードレールとピエール・ユイグ。前者はパレスティナの風景やさまざまなイメージを映しながら、パレスティナ解放戦線に身を投じた重信房子の娘メイと、重信に合流した映画監督の足立正生による語りを聞かせる作品だ。映像化されていない27年間という時間について足立とメイが口にする言葉と、それらにあわせて映し出される映像は直接には対応していない。けれどもその音声と映像が脳内でまろやかに溶け合うとき、眼前の映像とはまったく別の映像を見ているような気がしてならない。映像を見ていながら、実はもうひとつ別の映像を見ているのだ。もちろん、それは単なる眼の錯覚なのかもしれないが、しかしそれこそが紛れもない映像詩と言うべきだろう。言葉の奥にイメージを見通すのが詩であるとすれば、エリック・ボードレールの映像作品は確かに映像の向こうを垣間見させたからだ。1時間ほどの尺がまったく苦にならないほど濃密で洗練された詩情性が実にすばらしい。
一方、ピエール・ユイグの作品の主題は、銀行強盗。1970年代にニューヨークで起きた銀行強盗事件の犯人に、当時の現場を再現したセットで証言させた。行員や警備員、警察官役のエキストラに指示を出しながら事件の経緯と内情をカメラに向かって話す犯人の男の口調はなめらかで意気揚々としている。だが、時折差し込まれる同事件に着想を得た映画『狼たちの午後』からの引用映像や、当時の現場を報じるテレビのニュース映像は、基本的には犯人の証言に沿いながらも、正確にはわずかにずれており、犯人が詳らかに語れば語るほど、その微妙な差異が逆説的に増幅していくのだ。おそらくピエール・ユイグのねらいは事件の真相を解明することにあるのではない。さまざまな視点による複数の映像を縫合することなく、あえて鑑賞者の眼前にそのまま投げ出すことによって、私たちの視線を映像と映像の狭間に導くことにあったのではなかったか。映像を見る快楽とは、視線がその裂け目にゆっくりと沈んでいくことに由来しているのかもしれない。
両者は、方法論こそ異なるとはいえ、ひとつの共通項を分有していた。それは、視線の焦点が映像そのものにあるのではなく、その先に合わせられているということだ。そこに、映像表現を楽しむための手がかりがある。

2014/05/17(土)(福住廉)

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