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世界遺産キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々

2016年03月01日号

会期:2016/01/16~2016/03/21

パナソニック汐留ミュージアム[東京都]

英国のボタニカル・アートの数々と、植物園発展に資した人々の業績、植物をモチーフにしたデザインと工芸、そしてイングリッシュ・ガーデンの造園家まで、イギリス・キュー王立植物園の所蔵品を中心として紹介する展覧会。キュー王立植物園は、ジョージ二世の皇太子妃であり、ジョージ三世(1760年即位)の母であったオーガスタが1759年頃に設けた私設の植物園を始まりとし、1841年に国の施設となった。世界中から集めたさまざまな植物を育ているほか、22万点のボタニカル・アートをコレクションしている。植物学研究の場であるから、必然的にそれは美術的であることよりも科学的に正確であるかどうかという点が重要である。しかしそれが花や植物をモチーフにしているが故に、本来の目的を超えて人々を魅了し続けている。そして興味深いことに、写真が発達した現代においてもボタニカル・アートの本来の役割は失なわれていない。「描くという行為は一種の『編集』に相当する。学術的解釈によって難解な文章が解き明かされるように、正確な図や絵画はカメラよりも多くを説明することができる」★1。写真に写るのは特定の個体でしかないが、絵は種の特徴を一般化してひとつのものとして描くことが可能なのだ。なお今回の展示では、現代イギリス画家の作品と並んで唯一の日本人画家として「きのこ画家」小林路子氏の作品が出品されている。
 科学的であるかどうかが求められるボタニカル・アートであるが、一見フォークアートのように見える作品も出展されている。「カンパニースクール」と括られているこれら一連の作品は、インド人アーティストたちが描いた植物画。「カンパニー」とは「East India Company」すなわちイギリス東インド会社のことで、インドを統治していたイギリス人たちが現地の生活や風習、資源を調査・記録するために現地のアーティストを雇って描かせたものなのだそうだ。植物採集の歴史自体がイギリスの世界進出の歴史と重なっているばかりではなく、ボタニカル・アートの描き手や作品にもまた帝国の歴史が刻まれているのだ。
 デザインの視点からは、第3章「花に魅せられたデザイナーたち」が興味深い。ここではクリストファー・ドレッサーとウィリアム・モリスの仕事が対比されている(ドレッサーらによる自然の過度な様式化に対して、モリスは反対の立場であったと)ほか、ウィリアム・ド・モルガンのタイル、ウォルター・クレインのイラストなど、植物をイメージの源泉にした作品が並ぶ(なお、これらはキュー王立植物園の所蔵品ではない)。
 キュー王立植物園に関わった人物のコーナーでは、その草創期を支えたジョセフ・バンクス(1743-1820)、国の施設となってから初代の園長を務めたウィリアム・ジャクソン・フッカー(1785-1865)とその子で2代の園長を務めたジョセフ・フッカー(1817-1911)、そしてフッカーの友人で『種の起源』を書いたチャールズ・ロバート・ダーウィン(1809-1882)らが紹介されている。ダーウィンの史料の隣には蓮の花を描いたウェッジウッド社のプレートが置かれている。じつはダーウィン家とウェッジウッド家には深い関わりがある。チャールズ・ダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィン(1731-1802)は、リンネの著作の翻訳者であり、またウェッジウッド社を創業したジョサイア・ウェッジウッド(1730-1795)の親友であった。そしてエラズマスの息子ロバート(1766-1848)とジョサイアの娘スザンナ(1764-1817)が結婚して生まれたのがチャールズ。チャールズにとってジョサイア・ウェッジウッドは母方の祖父にあたる。さらには、チャールズの妻エマ(1808-1896)はたジョサイア二世(1769-1843)の娘、ジョサイアの孫なのだ。また本展では紹介されていないが、ジョサイア・ウェッジウッドの長男ジョン(1766-1844)、すなわちチャールズの叔父もまた植物と縁が深い人物であることを付記しておきたい。家業の製陶所の経営を弟のジョサイア二世に譲って植物学と園芸学に没頭したジョン・ウェッジウッドは、ジョセフ・バンクスや、ウィリアム・フォーサイス(1737-1804、ジョージ三世の庭師)らとともに、1804年に王立園芸協会(Royal Horticultural Society)を創設したメンバーの一人である★2。また上に挙げた蓮の花のプレートのデザインと制作を指示したのもジョン・ウェッジウッドで、チャールズの父、ロバート・ダーウィンは1808年にこれをジョサイア二世から購入したと言われている★3
 汐留ミュージアムの展示室は毎回画家や展示テーマに合わせた演出をしており、そのたびごとに雰囲気ががらっと変わる。今回は植物園の温室をイメージしたつくりで、会場にはほのかに花の香りが漂っている。[新川徳彦]


会場風景

★1──本展図録、144頁。
★2──Jules Janick, 'The Founding and Founders of the Royal Horticultural Society', Chronica Horticulturae, Vol. 48, 2008, pp. 17-19.
★3──Robin Reilly, 'Wedgwood: The New Illustrated Dictionary', Antique Collectors Club, 1995, p. 456.

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