artscapeレビュー

The power of things

2021年04月01日号

KAMU Kanazawa[石川県]

昨年、コレクターの林堅太郎氏が金沢市内に開設した私設の現代美術館「KAMU Kanazawa」。会場は、金沢21世紀美術館近くの3階建ビルを改造した「KAMU Center」をはじめ、竪町の商店街の細長いスペースを利用した「KAMU Black Black」、片町の屋台村の店内を丸ごとアートスペースにした「KAMU L」、香林坊の商業ビルの屋上を使った「KAMU sky」の4カ所で、いずれも徒歩10分以内で行ける距離。「KAMU Center」でチケットを購入し、地図を見ながら4カ所を巡り歩く都市回遊型のミュージアムだ(この日は悪天候のため「KAMU sky」はお休み)。

「KAMU Center」は3フロアに分かれ、1階がレアンドロ・エルリッヒのインスタレーション、2階がステファニー・クエールの動物彫刻、3階が桑田拓郎の陶磁器の展示。圧巻はレアンドロのインスタレーション《INFINITE STAIRCASE》で、部屋に入ると中央が吹き抜けの階段室が横倒しになっている。吹き抜けをのぞき込むと、両サイドにしつらえた鏡によって階段が永遠に続いているように見える。垂直を水平に転倒させ、イメージを増殖させる二重の仕掛け。トリックアートといえばそれまでだが、よくできているので大人でも楽しめる。21世紀美術館の《スイミング・プール》ともども観光名所になりそうだ。



レアンドロ・エルリッヒ《INFINITE STAIRCASE》[筆者撮影]


商店街の一角に位置する「KAMU Black Black」は、間口は狭いが奥行きの長い町屋のスペースを丸ごと黒川良一の光と音のインスタレーションの場にしたもの。入ると暗闇のなか長辺方向にレーザー光が飛び交っているので引きがない。しかも2階吹き抜けで鏡も使われているうえ、名称どおり壁も黒いため、鑑賞するというより作品のなかに取り込まれる、あるいは吸い込まれるという印象だ。



黒川良一《Lithi》[筆者撮影]


飲み屋の内部を改装した「KAMU L」は、ドアを開けるとアッと驚く。壁から天井、テーブル、エアコンまですべて森山大道撮影の真っ赤な唇の写真で覆われているのだ。題して《Lip Bar》。1960年代のいわゆるサイケ調ってやつ。夜はこのまま営業するそうだが、悪酔しそうな気がしないでもない。



森山大道《Lip Bar》[筆者撮影]


大規模な美術館が展示しきれないコレクションを公開するために分館を設ける例はよくあるが、KAMUは初めから1カ所にコレクションを集約させるのではなく、分散型の美術館として構想されたようだ。会場を巡り歩くのは面倒だけど、商店街や飲み屋などそれぞれ特徴ある環境と空間でサイトスペシフィックな作品を鑑賞することができるし、街歩きが好きな人にとってはむしろ喜ばしいこと。街をアートで活性化させようという近年の芸術祭の美術館版といえるかもしれない。もっといえば、1つの空間に1作品だけをパーマネントに展示するというアイディアは、美術館という枠組みを突き崩す可能性を秘めている。規模の点では比ぶべくもないが、かつてニューヨーク市内のいくつかのビルのフロアを借りて、ウォルター・デ・マリアらのインスタレーションを常設展示していたディア芸術財団を思い出す。これはだれでもどこでもできる事業ではないけれど、できれば市街地の空きスペースにどんどん増殖していってほしい。

2021/02/26(金)(村田真)

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