artscapeレビュー

池内美絵「コサージュ」

2021年11月15日号

会期:2021/10/12~2021/10/17

KUNST ARZT[京都府]

展示の妨害や中止を訴える攻撃や嫌がらせに対し、作家は「作品の制作」という本領でもってどのように応答できるのか。

池内美絵の《コサージュ》は、薄緑色の紙でつくった菊の花のコサージュを、リバティプリントの布で仕立てた上品な小箱に収めた作品である。花びらの一枚一枚には印刷された文字が見え、ディティールを引き伸ばした写真作品を見ると、「トリエンナーレ」「除外」「率直なご意見」といった文言がうかがえる。


この《コサージュ》の素材は、2019年秋、ART BASE百島での企画展「百代の過客」に池内が参加した際、あいちトリエンナーレでの「表現の不自由展・その後」の騒動が飛び火し、展示会場に何者かが置いた抗議ビラである。「百代の過客」展には、「表現の不自由展・その後」の出品作家の大浦信行と小泉明郎が参加し、ART BASE百島の設立者であり自身も出品した柳幸典は「国家」の虚構性を問う作品群を制作してきたことから、同様に抗議対象となった。

また、抗議は池内の作品の「素材」にも及んだ。池内はこれまで、自身の排泄物、尿、経血、恋人の精液などを素材に、「汚物」「不潔」と見なす価値観を裏切るような、美しく繊細で宝物のような造形作品をつくってきた。例えば、《アリス》はミニチュア人形を飲み込み、排泄後、バラバラになったパーツを組み立てたものだ。純白の花の輪の《リース》の素材は精液の染み込んだティッシュであり、経血は砂糖と卵白を混ぜてスイーツやバラのアイシングに仕立てられる。宝石や高級スイーツのように美しい化粧箱に丁寧に収められたそれらは、むしろ「愛おしいもの」「大切な宝物」として聖別化されている。そこには、特に女性の身体に対して一方的に向けられる「美/醜」「不快」「隠すべきもの」という価値判断に対して、「誰が私の身体(の一部)を『汚い』と判断するのか」という抗議が込められている。

このように池内の過去作品を踏まえて改めて《コサージュ》に眼を向けると、「右翼の攻撃を、彼らが絶対視して掲げる『菊の花』に転換する」という毒のあるユーモアとともに、より本質的な反転の操作が見えてくる。つまり、排除の論理や排斥しようとする力それ自体を「排除されるべき対象」に反転してしまう。そのうえで、そうした「他者や異物の排除の論理」を自らにも内在するものとして見つめ直し、咀嚼するのだ。それは、理不尽な暴力に対する、作家の本分による痛烈かつ誠実な応答である。さて、抗議ビラの主はこの《コサージュ》を胸に飾るだろうか。



[撮影:高嶋清俊]



[撮影:高嶋清俊]


2021/10/17(日)(高嶋慈)

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