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令和3年度学習院大学史料館秋季特別展「ボンボニエールが紡ぐ物語」

2021年11月15日号

会期:2021/09/13~2021/12/03

学習院大学史料館[東京都]

かつて仕事やプライベートで有田焼の産地に何度も足を運んでいた頃、いままでに見たことのないアイテムとして目に止まったのがボンボニエールだった。さまざまな形をした蓋付きの小さな箱で、一見、何の道具なのかがわからない。それが金平糖などを入れる菓子器で、主に皇室の御慶事や公式行事の際に配られる品であることを知り、ますます興味が湧いた。なんと風流な贈り物だろうか。菓子のためのパッケージというよりは、あくまでパッケージである菓子器が主役となっている点が潔いし面白い。名前から察するとおり、ボンボニエールの発祥はフランスである。もともと、西欧諸国で結婚や出産などのお祝いに砂糖菓子(ボンボン)を贈る習慣があり、その砂糖菓子を入れる器にさまざまな加飾を施すようになったのが始まりだとか。脱亜入欧を目指す明治時代の日本で、それが皇室に取り入れられて習慣化したのだ。形式こそ西欧流であったが、しかしボンボニエールの製作技術やデザイン自体は日本独自の発展をした。その様子がよくわかるのが本展である。


鶴亀形 明治天皇大婚25年祝典 明治27年3月9日(個人蔵)


私が初めて目に触れたボンボニエールは、冒頭のとおり磁器製だったが、皇室が脈々と受け継いできたのは銀製である(ただし、近年には陶磁器や漆器、七宝、プラスチックまで登場している)。日本で初めてボンボニエールが登場するのは明治22年2月11日、大日本帝国憲法発布式にともなう宮中晩餐会だ。食後のプティフールとして供されたという。その後も英国王室をはじめ外国から賓客を招いた際の宮中晩餐会や天皇の即位礼、皇族の結婚や誕生、成年式などに際して、ボンボニエールが製作され配られてきた。いずれも日本の伝統文様や吉祥文様、皇室の紋章や皇族が個々に持つ「お印」を基にした凝ったデザインであるのが特徴だ。器自体を何かの形に象ったり、器の表面に文様を刻み付けたりと細工が非常に細かい。つまりボンボニエールを製作することで、日本の伝統工芸の技術を継承し、職人を保護育成した側面もあるわけだ。さらにボンボニエールが外国の賓客にわたることで、日本の伝統文化を伝える媒体にもなった。ただのかわいらしい菓子器だけではないところが侮れない。


丸形鳳凰文 令和即位記念 令和元年10月22日(個人蔵)


犬張子形 継宮明仁親王(上皇陛下)誕生内宴 昭和9年2月23日(個人蔵)


さて、最近、秋篠宮家の長女・眞子さんが結婚した。皇室としての儀式を一切行なわない「異例の結婚」だったため、おそらく恒例のボンボニエールも製作されなかったのだろう。彼女は内親王だった頃、学芸員資格や博物館勤務の経験を生かし、日本工芸会の総裁を務めるなど工芸分野での御公務に邁進されていた。それだけに工芸の粋を集めたボンボニエールが製作されなかったことは、非常に残念に思う。


公式サイト:https://www.gakushuin.ac.jp/univ/ua/exhibition/

2021/11/01(月)(杉江あこ)

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