artscapeレビュー
語りの複数性
2021年11月15日号
会期:2021/10/09~2021/12/26
東京都渋谷公園通りギャラリー[東京都]
インディペンデント・キュレーターの田中みゆきの企画による「語りの複数性」には8人の作家の作品が出展されている。作品はそれぞれに「語りの複数性」、つまり世界の捉え方の多様さを体現するもので、どれも興味深く見た。だが、私にとって個々の作品以上に面白かったのは、展示を順に観ていくことで立ち上がるトータルとしての鑑賞体験だった。建築家の中山英之によって構成された会場を進んでいくことで、鑑賞者である私のなかに世界を捉えるための複数の方法が自然とインストールされ、モードが変更されていくような感触があったのだ。
最初の部屋に展示されているのは川内倫子の写真絵本『はじまりのひ』とそれを壁面に展開したもの。この部屋には加えて、目が見える人と見えない人が一緒に『はじまりのひ』を読んだ読書会の成果物として、目が見えない4人が『はじまりのひ』を読んだ体験を言葉や立体造形などで表現したものが展示されている。展示全体の導入としての具体的な「語りの複数性」の提示だ。
次の展示空間に続く廊下部分に展示されているのは真っ白な空間で落語を演じる柳家権太楼を撮った大森克己の連続写真《心眼 柳家権太楼》。そこに写っているのは全盲の人物が主人公の『心眼』という演目を演じている姿らしいのだが、声が聞こえない写真から私がそれを知る術はない。
だが、百瀬文《聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと》に出演しているろう者の木下知威は、対談相手である百瀬の口唇の形を頼りに、つまりは視覚を使って百瀬の言葉を「聞き取り」、自身には聞こえない口唇の動きを伴う声を発していた。やがて百瀬の発話には口唇の形は同じでありながら別の音が混ざっていき、それは聴者である私にとっては奇妙な言葉に聞こえるのだが、しかし木下は何事もないかのように会話を続ける。いや、実際に木下にとっては何事も起きていないのだ。百瀬の声がカットされるに至って彼女の言葉を私が知る術は字幕しか残されていないが、それでも二人の会話は続いていく。
続く映像作品も対話を映したものだ。山本高之《悪夢の続き》では二人一組の出演者の一方がこれまでに見た悪夢について話し、もう一方がその続きを考えてハッピーエンドにするというルールで対話が行なわれる。続きを考えるはずが相手の夢に対して別の解釈をしはじめる人、ハッピーエンドが思いつかない人、提示されたハッピーエンドに対してあからさまに納得していない顔で「なるほど」と応じる人、などなど。なかにはコンセプトをきちんと実現している対話もなくはないのだが、多くの対話には何らかの形で「うまくいかなさ」が滲み、それが微苦笑を誘う。
小島美羽の作品は小島が遺品整理や特殊清掃の仕事を通して触れてきた孤独死の現場から要素を抽出しミニチュアとして再構成したもの。あらゆるコミュニケーションには不全が潜在しているが、小島のミニチュアにはそれが凝縮されているように思えた。誰にも見られずに誰かが亡くなった孤独死の現場のミニチュアをよく見ようと覗き込むことの後ろめたさ。その行為は見過ごされた死の穴埋めにはならないが、それでも知ろうとする態度にはつながっている。
緻密な世界を覗き込む姿勢は岡﨑莉望の緻密なドローイングへの鑑賞態度に引き継がれ、岡﨑の線の運動は展示空間を泳ぐようにダイナミックに吊られた小林沙織《私の中の音の眺め》の五線譜のそれへとつながっていく。音を聴いたときに浮かんだ情景、色彩や形を描いたものだというそのドローイングを見ていく私の体には自然と、五線譜に導かれるようにして運動が生じている。音は視覚と運動へと変換される。
導かれた先には最後の作品、山崎阿弥《長時間露光の鳴る》が展示されている部屋がある。そこで聞こえてくるのはそこにある「窓から視界に入る範囲と、聞こえてくる音の源泉を録音範囲として、複数の時間と季節、天候のもとで」録音した音を編集したもの。一瞬、窓の外の街の音が聞こえてきているのかと錯覚するが、音に集中しはじめるとそれは私に見えている風景とは一致せず、むしろ窓の外の風景の方がずれているような奇妙な感覚が生じてくる。
この部屋は展示空間の突き当たりにあり、ということは、鑑賞者である私は来た道を今度は逆に辿っていくことになる。すでに作品はひと通り見終えているので真っ直ぐに出口に向かってもいいのだが、順路を逆に辿りながら見ていくことで作品が別の姿を現わすこともある。例えば、初見ではその緻密さに目が行った岡﨑莉望のドローイングが、小林沙織《私の中の音の眺め》の後に見ると線の運動としてより強く体験される、というように。「語りの複数性」ということがさまざまなレベルで体感される優れた企画と会場構成だった。
「語りの複数性」:https://inclusion-art.jp/archive/exhibition/2021/20211009-111.html
2021/10/28(木)(山﨑健太)