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平川恒太 「Talk to the silence」

2021年12月01日号

会期:2021/10/02~2021/12/19

カスヤの森現代美術館[神奈川県]

久しぶりに訪れた横須賀のカスヤの森現代美術館。今回は、一貫したテーマの下に多様な作品展開を見せる平川恒太の個展だ。瀟洒な尖塔を持つ教会風の建物に入ると、右手にこれも教会風の木の長椅子が置かれ、その上に黒く塗られた赤いバラ(造花)がシリンダーに挿してあり、脇に聖書が置かれている。赤いバラは同館がコレクションするヨーゼフ・ボイスのアトリビュート(持物)ともいうべきもので、平川のボイスに対する敬意を表わしているようだ。 入り口の正面には《Sarcophagus-トリニティ、トリニティ、トリニティ(ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ)》と題された3つの石の箱が並んでいる。「sarcophagus」は石棺を意味し、「トリニティ」は三位一体を指すと同時に「トリニティ実験」といえば史上初の核実験のことで、核の時代の幕開けを表わす。これら3つの石棺は、向かって左から広島の議院石(国会議事堂の外壁に使われた)、長崎の諫早石、福島の三板石でつくられ、蓋の部分に「Reflection」「Action」「Faith」の言葉と▷△◁の記号が彫られている。これらは過去、現在、未来を表わしているそうだ。


展示風景[筆者撮影]


こうした被爆や戦争をテーマにした作品が展示の中心となっている。《Trinitite-サイパン島同胞臣節を全うす》は、藤田嗣治が戦争末期に描いた最後の戦争画を黒一色で再現した大作で、近寄って凝視しないとなにが描かれているのかわからない。この作品は2013年の制作だが、同じ黒い絵画シリーズの新作として《Trinitite-悲しみの聖母》《Trinitite-三位一体の人形》があり、この2作は広島と長崎の被爆を扱っている。ちなみに「trinitite(トリニタイト)」とは、トリニティ実験の際に高温で溶けて固まった人工鉱物のこと。

今回はトリニティに因んだのか3点セットが多く、「何光年も旅した星々の光は私たちの記憶を繋ぎ星座を描く」シリーズも、「夏の大三角形」「こいぬ座」「や座」の3点からなる。これらはいずれも天井から吊るしたモビール状の作品で、重りにした従軍勲章を星座に見立てたもの。敵を倒せば倒すほどたくさんの勲章がもらえるのなら、これらの勲章は倒されて星になった兵士たちを表わしていることになる。「死んだら星になる」のではなく、「殺したら星=勲章がもらえる」のだ。こうした勲章はいまではネットで安く手に入るというから、なにをかいわんや。その領収書を添付した星座のドローイングも出品されている。

《PRISMEN-約束と祈りの虹(広島)》は、バーコードみたいなモノクロームの斜線が走る正方形の絵画。一見、名和晃平の作品と間違えそうだが、おそらく「黒い雨」を暗示しているのだろう。しかしそれで終わりではない。画材に光学実験用ガラスビーズを用いているため、見る位置によって画面の下方にうっすらと虹が浮かび上がるのだ。なるほど、黒い雨に虹をかけるとは。ことほどさように、平川の作品は解説を聞き、意味を考えながら見ればいちいち納得するものの、言葉なしで見ると近ごろ珍しいほど無愛想な作品ばかりで、取りつく島もない。その落差もまた魅力だといっておこう。

2021/11/07(日)(村田真)

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