artscapeレビュー

橋本貴雄『風をこぐ』

2021年12月01日号

発行所:モ*クシュラ

発行日:2021/09/28

福岡に住んでいた橋本貴雄は、2005年に白っぽい毛並みの犬が路上で倒れているのを見つけ、家に引き取ることにした。フウと名づけられたその犬は、事故の後遺症で後ろ脚が不自由になっていたが、既に二匹いた橋本家の飼い犬として暮らすようになった。橋本はその後、2006年に大阪に、2008年には東京に、2011年からはベルリンに移り住む。ベルリン在住の途中で、フウの後ろ脚の機能が低下し、車椅子が必要になるが、2017年に亡くなるまで12年間を共に過ごした。

『風をこぐ』には、そのフウの姿を福岡時代から折に触れて撮影した写真がおさめられている。特に「作品」として発表しようと考えていたわけではないようだが、結果的に犬と人との関係のあり方が細やかに、しかも奥深くとらえられた、あまり例を見ない「私写真」となった。後書きにあたる文章に「ただ、フウの歩いているほうに歩いていき、流されるように、そこに現れてくるものを撮った。12年間、私はフウのそばにいて、ただ見つめていたように写真が残った」と記しているが、その自然体の撮り方によって、橋本とフウとの一心同体の関係のあり方がじわじわと浮かび上がってくる。見終えた後に、心に沁みる余韻が残る写真集である。小さめの、ポストカード大の図版を配した岡本健+の装丁・レイアウト、大谷薫子の丁寧な編集も、写真のよさを最大限に活かしたものになっている。

2021/11/21(日)(飯沢耕太郎)

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