artscapeレビュー
生誕120年 木村伊兵衛回顧展
2022年02月01日号
会期:2021/11/13~2022/01/23
秋田県立美術館[秋田県]
木村伊兵衛の写真を秋田で見ることには特別な感慨がある。1920年代以来、50年以上にわたる彼の写真家としての経歴をたどり直すと、1952年に「第5回秋田県総合美術展覧会」の写真部門の審査に招かれて以来、1971年まで21回にわたって繰り返し秋田を訪れて撮影した「秋田シリーズ」は、質量ともに最も充実したものといえるからだ。ところが、これまで「秋田シリーズ」を含む木村伊兵衛の代表作を秋田で見る機会はほとんどなかった。その意味で、今回の「生誕120年 木村伊兵衛回顧展」は、特別な意味を持つ展覧会といえる。
展示の全体は、「夢の島──沖縄」「肖像と舞台」「昭和の列島風景」「ヨーロッパの旅」「中国の旅」「秋田の民俗」の6部、132点で構成されている(カタログを兼ねた写真集『木村伊兵衛 写真に生きる』(クレヴィス、2021)には177点を収録)。写真家としての初心を生き生きとさし示した「夢の島──沖縄」から、生涯を締めくくる大作「秋田の民俗」まで、広がりと膨らみを備えた写真世界を堪能することができた。こうしてみると、木村の写真の真骨頂が、人間、とりわけ集団(群れ)としての人間の姿をとらえることにあったことがよくわかる。彼の写真に写っている人間たちは、多くの場合、孤立した個ではなく、互いに結びつき、影響を与え合っている。彼らの表情や身振りなどによって開示される、ダイナミックな関係性、生命力の発露が、融通無碍なカメラワークで見事に切り取られているのだ。木村伊兵衛の「名人芸」についてよく言及されるのだが、単純にシャッターチャンスや構図の素晴らしさだけでなく、人間観察、人間探求の凄みを味わうべきだろう。
今回の秋田県立美術館の展覧会では、3階のギャラリー・スペースで「秋田の写真家たち」と題して、岩田幸助、千葉禎介、大野源二郎の作品、38点が特別展示されていた。秋田県在住の3人の写真家たちは、1952-71年の木村伊兵衛の秋田滞在に際して案内役を買って出て、行動を共にしていた。たしかに、題材、スタイルにおいて、木村の影響を強く受けていることは否めない。だが、そこには秋田という土地に根ざして活動してきた写真家たちに特有の、被写体との細やかで、息の長いかかわりのあり方が、しっかりと写り込んでいる。木村伊兵衛と秋田の写真家たちとの関係のあり方については、次世代の写真家たちも含めて、あらためてより大きな規模での展覧会が考えられそうだ。
2021/12/28(火)(飯沢耕太郎)