2022年10月01日号
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artscapeレビュー

ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み

2022年02月01日号

会期:2021/12/10~2022/03/12

ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)[東京都]

マンガは紙媒体で読むものだと思っているので、よっぽどのことがない限り美術館やギャラリーのマンガ展に行くことはない。原画やエスキースが公開されようが、作者の用いたペンやインクが出品されようが、わざわざ公共的な空間に赴いて鑑賞するのはまっぴらごめん。春画と同じくひとりプライベートに楽しみたい。でもソール・スタインバーグは見に行ってしまった。ぼくにとっては「よっぽどのこと」なのだ。

いつからスタインバーグに惚れ込んだのか忘れたが、学生時代からであることは間違いない。当時買ったスタインバーグの画集『新しい世界』を引っ張り出してみると、1970年発行とあるから半世紀以上も前のこと(買ったのはその数年後)。なんと出版社はみすず書房で、装丁は瀧口修造。小文ながらハロルド・ローゼンバーグと瀧口が論を寄せるくらいだから、現代美術の巨匠並みの扱いだ。ほかにもホイットニー美術館での回顧展(1978)のカタログをはじめ、イエナ書店や丸善で画集を何冊も買い込むほど熱を上げたが、日本ではほとんど話題に上ることもなく、いつのまにか忘れかけていた。今回久しぶりに名前を聞いて駆けつけた次第。

スタインバーグ(1914-99)はルーマニアに生まれ、イタリアで建築を学んだが、ファシズムから逃れて渡米。以後半世紀以上にわたり、主に『ニューヨーカー』誌を舞台に作品を発表してきた。先にマンガと書いたが、確かにマンガ(コミックではなくカートゥーン)ではあるけれど、マンガを超えたメタマンガというか、現代美術のなかでもとびきり洗練された現代美術と言ってもいいくらいの質を備えているのだ。ローゼンバーグが入れ込むのも無理はない(ちなみにホイットニー美術館のカタログにもローゼンバーグが長文を掲載)。

いつからスタインバーグに惚れたかは忘れたが、最初にどの作品でぶっ飛んだかは覚えている。『ニューヨーカー』の表紙を飾った《9番街からの世界の眺め》ってやつだ。画面の下半分にビルの立ち並ぶマンハッタンの9番街、10番街が描かれ、その上にハドソン川、その上にところどころ岩の突き出た四角い平面(アメリカの国土)があり、その先に太平洋、さらに向こうに中国、日本、ロシアが1本線で表わされている。なんという大胆かつ斬新な世界観であることか! しかもそれを、とても建築を学んだとは思えない雑なパースで描いてみせるのだ。この号の発行日は1976年3月29日だから、ぼくは70年代後半にどこかでこれを目にしてファンになったわけだ。

スタインバーグのいちばんの魅力はウィットに富んだ記号表現にある。たとえば、ひとりの男が相手になにかを延々と話している絵。話の内容はアルファベットらしき線を書き連ねているだけなので不明だが、そのフキダシが大きな「NO」の字になっている。なんだかんだ理屈をつけてるけど、結果は最初から「ノー」だってこと。こうしたアルファベットや記号を用いた作品はたくさんあって、チケット売り場の前に1から12まで数字が並び、6だけ男の姿が描かれている絵は、人間を数字としてしか見ない現代社会への皮肉と読むこともできる。などと解説するのが野暮なくらい、絵=線描そのものに魅力があるのだ。たとえば、天秤の片方に2、4分の3、5、4分の1という数字が載り、もう一方に小さな8が載ってバランスをとっている絵。意味的には正しいのだが、そんなことよりひとつひとつ数字のスタイルを変え、数という抽象概念に個性を持たせているのが笑えるのだ。

スタインバーグのマンガは現代美術といったが、それは現代美術が内容より形式を重視するという意味においてだ。マンガというのはたいてい描かれる意味や内容に笑ったり感動したりするものだが、彼のマンガは「線」「平面」「スタイル」「セリフ」といったマンガを成り立たせている要素そのものをイジる。そのことでマンガが1枚の平面に引かれた線にすぎないことを暴くのだ。しかもそれを現代美術のように深刻ぶらず、軽妙な線でトボけてみせる。こんなに知的でナンセンスなマンガがほかにあるだろうか。展覧会を見た後、久しぶりに画集を引っ張り出して耽溺した。やっぱりマンガはひとり家で読むに限る。

2021/12/11(土)(村田真)

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