artscapeレビュー
池内晶子 あるいは、地のちからをあつめて
2022年02月01日号
会期:2021/12/18~2022/02/27
府中市美術館[東京都]
最近、コロナ禍で企画展を組みにくくなっていることもあって、空っぽの展示室をそのまま見せる美術館が出てきた。展示作品より建築自体に目を向けてもらおうとの意図もあるようだ。池内晶子の美術館初の個展は、もちろん建築を見せるのが主眼ではないものの、結果的に展示室をつぶさに見せられるばかりか、ふだんは気にもしていない美術館の立地条件さえ暴いていた。
池内は絹糸を素材にしたインスタレーションで知られるアーティスト。その作品はきわめて繊細ではかなく、目に見えないほどか細いものもある。今回のインスタレーションは、企画展示室の1~3とエントランスロビーに設えた計6点の「Knotted Thread」シリーズ。だが、なんとそのうち2点は「見えなかった」。まず、企画展示室1のインスタレーションは、円筒状の赤い絹糸が壁の四方から吊るされ、その下に、中心から遠ざかるにつれてまばらになるように同心円状に糸が置かれている。絹糸はきわめて細く、1本ではほとんど見えないが、円形に蓄積されることで床がうっすらと赤く染まる程度には存在感を主張する。使った糸は全長2万2千メートルに及ぶという。
企画展示室2は照明が落とされ、遠くからはなにも見えない。近づくと、スポットライトのなか、床すれすれまで1本の糸が垂れているのがわかる。その糸は壁の2方から伸びてきた糸でY字型に支えられている。それだけ。おそらくこの美術館で展示された作品のなかでもっともか細く、軽量な作品に違いない。
企画展示室3には立ち入り禁止の仕切りが置かれているだけで、最初はなにも見当たらない。仕切りに沿って移動していくと、光の加減でわずかに赤い糸が見えてくる。両側の壁から弧を描くように無数の糸が横断しているのだ。「鑑賞ガイド」を見ると、この展示室にはガラスケースのなかにもう2点あるらしい。よくよく探したら手前の作品は見つかったけど、奥にあるはずの作品は見つからなかった。ぼくの目が悪いせいか、それともだれにも見えないのか。ひょっとしたら展示してなかったりして。エントランスロビーの吹き抜け空間にも1本の糸が張られているというが、2階から、階段を降りながら、下からそれぞれ目を凝らしたが、とうとう見つからなかった。
そんなわけで、作品を鑑賞するより、つい作品を発見することに一生懸命になってしまうが、同展には糸が隠れているだけでなく、また別の意図も隠れている。「鑑賞ガイド」を見るとわかるが、壁から伸びる糸はすべて壁面に対して斜めの角度になっている。これは糸を東西または南北の方向に張り渡しているからで、逆にいうと、この美術館建築が東西または南北の方角を向いていないということを示している。これまで意識したこともなかったが、図らずも府中市美術館がどういう方角に建てられているかを明らかにしたわけだ。ではなぜ東西南北かといえば、それがもっともわかりやすい基準だからだろう。彼女はどの美術館、どのギャラリーで展示するときも、建物の方角に関係なく糸は東西南北に渡される。それが彼女のか細い作品を支える骨格になる。そしてこの原則を設けることによって、作品はすべて統一されたフォーマットのなかに位置づけられるのだ。
2022/01/09(日)(村田真)