artscapeレビュー
小平雅尋『杉浦荘A号室』
2023年02月15日号
発行所:Symmetry
発行日:2023/01/09
小平雅尋の新しい写真集『杉浦荘A号室』のページを繰っていて、彼が東京造形大学の学生だった頃から私淑していた大辻清司の作品《間もなく壊される家》(1975)、《そして家がなくなった》(1975)を思い出した。同作品は、「大辻清司実験室」と題する連載の第11回目と12回目(最終回)として、『アサヒカメラ』(1975年11月号、12月号)に連載されたもので、大辻の代々木上原の古い家が取り壊されるまでのプロセスを淡々と記録したものである。小平もまた、長く住んだ世田谷区のアパートの部屋から移転することになり、その最後の日々をカメラにおさめようとした。部屋の中のさまざまな“モノ”の集積を、丹念に押さえていこうとする視線のあり方も共通している。
だが、小平の今回の作品は、彼自身の姿が頻繁に映り込んでいることで、大辻の旧作とはかなり印象の違うものになった。セルフタイマーを使った画像から浮かび上がってくるのは、まさに「写真家の日常」そのものである。撮影やフィルムの現像などの作業のプロセスを、これだけ見ることができる写真シリーズは、逆に珍しいかもしれない。それに加えて、窓の外の庭にカメラを向けて写した植物や小鳥の写真が、カラー写真で挟み込まれている。写真集の最後のあたりには、結婚してともに暮らすことになる女性の姿も見える。大辻の作品と比較しても、より「私写真」的な要素が強まっているといえそうだ。
小平の前作『同じ時間に同じ場所で度々彼を見かけた/I OFTEN SAW HIM AT THE SAME TIME IN THE SAME PLACE』(Symmetry、2020)は、それまでの抽象度の高いモノクローム作品の作家という彼のイメージを覆す意欲作だった。今回はさらに、プライヴェートな視点を強めて、新たな領域に出ていこうとしている。写真家としての結実の時期を迎えつつあるということだろう。
関連レビュー
小平雅尋『同じ時間に同じ場所で度々彼を見かけた/I OFTEN SAW HIM AT THE SAME TIME IN THE SAME PLACE』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)
2023/01/10(火)(飯沢耕太郎)