artscapeレビュー
小平雅尋『同じ時間に同じ場所で度々彼を見かけた/I OFTEN SAW HIM AT THE SAME TIME IN THE SAME PLACE』
2020年12月15日号
発行所:シンメトリー
発行日:2020/10/19
とても奇妙な、複雑かつ微妙な味わいを残す写真集である。場所はどうやら東京・六本木のようだ。いつもきっかり同時刻に、交差点を小走りに渡っていく若者がいる。やや小太りの体型、大抵チェック柄のシャツを身につけ、チノパンを穿いている。小平雅尋は彼の姿を目に止め、おそらく何気なくシャッターを切った。そのうちに、彼が必ず同時刻に現われることに気がつき、意識的にその後ろ姿を撮影するようになった。写真集にはそうやって撮り溜められた、2019年2月23日から2020年3月5日までの約1年間の写真、56枚が淡々とレイアウトされて並んでいる。
小平は、彼が何者であり、何を目的として、どこに行こうとしているのか、という謎解きをしようとしているわけではない。そのことは、やや距離を置いて後ろ姿だけを写した写真を選んで、顔のような彼の特定に繋がる部位を注意深く避けていることからもわかる。とはいえ、56枚の写真を見ているうちに、この男が写真家にとって、また写真を見るわれわれにとっても、何かしら特別な意味を持つ存在として、じわじわと浮上してくるように感じる。どこかしら、フランツ・カフカの短編小説を読む時のような、細部は明晰であるにもかかわらず、全体としてみるとあやふやで不条理な世界に誘い込まれるような気分になってくるのだ。
小平雅尋はこれまで、写真集『ローレンツ氏の蝶』(シンメトリー、2011)や写真展「他なるもの」(タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム、2015)などで、写真表現の本質的な要素を、抽象度の高いモノクローム写真で追求していくような作品を発表してきた。一転して本作では、曖昧な日常に潜む陥穽を明るみに出すような作品にシフトしている。とても興味深い作風が生まれつつある。
2020/11/21(土)(飯沢耕太郎)