2020年10月15日号
次回11月2日更新予定

artscapeレビュー

星野太のレビュー/プレビュー

松本卓也『創造と狂気の歴史──プラトンからドゥルーズまで』

発行所:講談社

発行日:2019/03/13

これまで、『人はみな妄想する』『享楽社会論』を始めとする著書を世に送り出してきた松本卓也(1983-)が今年上梓したのが、本書『創造と狂気の歴史』である。すでに刊行から半年以上が経過しているが、本書の読者層は意外に美術に関心を寄せる人々と重なっていないのではないかと思い、年内最後のこの機会に当欄で取り上げることにした。

著者が勤務する京都大学での講義をもとにした本書は、語り口こそ平易であるものの、その射程はきわめて遠大であるといってよい。西洋の思想を「創造と狂気」という観点から捉え、古代ギリシアのプラトン、アリストテレスから、20世紀フランスのデリダ、ドゥルーズまでの2500年におよぶ長大な歴史が辿られる。これだけでもそのスケールの大きさはうかがい知れるだろうが、これほど長大なスパンに及ぶ書物であるにもかかわらず、クロノロジカルに進む各章の緊張感がまるで失われていないことは、加えて特筆に値する。おそらくその理由は、第1章で提示されるひとつの前提が、本書を強力に牽引しているからだ。すなわちその前提とは、近代において「創造と狂気」の関係を問うてきた病跡学という学問が、狂気のなかでも統合失調症のなかに優れた創造を見いだしてきた、という事実である。はるか過去のプラトンやアリストテレスに始まる本書の思想史的作業も、病跡学の言説を支配する「統合失調症中心主義」(23頁)がいったいいかなる条件のもとに成立したのか、という問いをめぐって進められるのだ。

本書前半では、古代ギリシアにおける「ダイモーン」および「メランコリー」、キリスト教世界における「怠惰」の否定的なイメージとその転換、さらにはデカルトやカントが排除しようとした「狂気」の内実が、それぞれ手際よく整理されていく。だが、議論が佳境に入るのは、やはり本書の主役であるヘルダーリンの登場後にあたる後半部だろう。ヤスパースはほかならぬヘルダーリンを念頭におきながら、統合失調症者においては、一時的にせよ「形而上学的な深淵が啓示される」と論じた。いっぽうハイデガーは、ヘルダーリンから大きな影響を受けながら、「詩の否定神学」(218頁)とでも呼ぶべき思索にいたった。そのハイデガーを経て、ラカンやラプランシュといったフランスの精神分析家により、この「否定神学」的図式が20世紀にいかに構造化されてきたのかが、本書ではきわめて説得的な仕方で論じられる。さらにそれにはとどまらず、前述のような「病跡学」的な見方の問題点を突くアルトー、デリダの議論を経由して、最終的にはドゥルーズの文学論のなかに、データベースとアルゴリズムに依拠し、偶然と賭けを肯定する「ポスト統合失調症」的な文学観が見いだされる。

以上のような専門的な内容を含みながらも、前述のように大学での講義をもとに書き下ろされた本書の説明は、終始丁寧なものである。最終章に登場する草間彌生と横尾忠則の対比をはじめ、全体の議論に挟まれる個々のケース・スタディもきわめて興味深い。他方、これはあくまで評者の印象だが、一般的に美術に関心を寄せる人々のあいだでは、そもそも本書において「統合失調症中心主義」や「悲劇主義的パラダイム」と結びつけられる従来の病跡学についての認識すら、ほとんど共有されていないように思われる。そのような人たちに対する病跡学への入門書としても、本書は好適な一冊である。

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2019/12/09(月)(星野太)

山本浩貴『現代美術史──欧米、日本、トランスナショナル』

発行所:中央公論新社

発行日:2019/10/17

ここ数ヶ月のあいだ、書店や美術館のショップで、本書が平積みにされている光景を幾度となく目にした。その理由は言うまでもなく、山本浩貴(1986-)による本書が、日本語によるはじめての本格的な「現代美術史」の入門書として広く受け入れられているからだろう。過去にも現代美術の入門書を謳う書物は数多く存在したが、新書サイズで国内外の現代美術「史」を通覧しようとした日本語の書物は、本書がはじめてと言ってよいはずである。

とはいえ、著者も早々にことわっているように、限られた紙幅で包括的な「現代美術史」を書くことには大きな困難が伴う。そこで本書が選択したのは、「芸術と社会」というテーマをその中心に据えることであった。本書は1960年代を「現代美術史」の出発点に定めるが、序章でその「前史」として紹介される戦中・戦後の芸術運動は、「アーツ・アンド・クラフツ」「民芸」「ダダ」「マヴォ」の四つである。この選択は、専門家や美術愛好家を含む多くの読者にとって、かなり大胆なものと映るのではないか。だが、芸術をひとつの社会実践としてとらえる本書の立場からすれば、現代美術の「前史」は、いわゆる近代美術(モダン・アート)の名作の数々などではなく、これら四つの芸術運動にほかならないということなのだろう。

第一部の「欧米編」で取り上げられる60年代から80年代の芸術は、ランド・アート、インスティテューショナル・クリティーク、ハプニング、フルクサス、ヨーゼフ・ボイス、シチュアシオニスト・インターナショナルである。これもいくぶん大胆な選択であると思われるが、その後に来る90年代以降の美術がリレーショナル・アート、ソーシャリー・エンゲージド・アート、コミュニティ・アートであることに鑑みれば、この選択も首肯できるものだろう。第二部の「日本編」はさらに大胆で、九州派、万博破壊共闘派、美術家共闘会議といった、従来の歴史記述では周縁に置かれがちな活動が中心に据えられている。これもまた、その後で論じられる90年代以降の美術がアート・プロジェクトや3・11以降のアートであることから、遡行的になされた選択であることは明らかだろう。

印象的なのは、第一部と第二部では、個々の作家や芸術運動に対する論評が、いずれもごく控えめなものにとどまっている点だ。おそらく意識的な選択として、著者はすでに専門的な研究のある各トピックについてはあらためて詳述することを避け、運動の周辺にいた人物や後世の研究者をはじめとする、固有名のネットワークを浮かび上がらせることに専心しているように見える。そのため記述がいささか平板に流れているきらいもあるが、限られた紙幅で、意欲的な読者のさらなる探求を促そうとする配慮を、ここには見て取ることができる。

第三部の「トランスナショナルな美術史」では、それまでの第一部、第二部とは打って変わって、戦後ブリティッシュ・ブラック・アートと、東アジアの現代美術におけるポストコロニアリズムについてのまとまった分析がなされる。欧米と日本の現代美術史を通覧する前二部とは異なり、この第三部では「国家」単位ではない、国家横断的な現代美術史の可能性が示唆される。この前者から後者への流れに、アンバランスな印象を抱く読者もいるかもしれない。しかしおそらく著者の意図は、従来の慣習的な「美術史」の作法にある程度まで倣いつつ(第一部、第二部)、昨今の「グローバル・スタンダード」としての世界美術史へと読者の目をむけさせることにあるのではないだろうか(第三部)。終章の「美術と戦争」も含め、本書後半の詳細な記述からは、新書という体裁に応じた「入門書」であることを超えた、そのような野心を読み取ることができる。

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2019/12/09(月)(星野太)

國分功一郎『原子力時代における哲学』

発行所:晶文社

発売日:2019/09/25

前著『中動態の世界』(第16回小林秀雄賞)に続く著者の2年半ぶりの新著が、本書『原子力時代における哲学』である。とはいえ、本書は2013年に行なわれた全4回の連続講義をもとにしており、そこには2011年の福島第一原発事故以来、原発をめぐるあらゆる議論が背負うことになった「緊張感」(317頁)が生々しく刻印されている。

本書の導入にあたる第一講「一九五〇年代の思想」では、核兵器、およびその「平和利用」を謳った原子力発電に対して、過去いかなる議論が重ねられてきたのかが紹介される。たとえば、原子力に対して過去なんらかの理論的考察を行なった哲学者に、ギュンター・アンダースとハンナ・アレントがいる。しかし、アンダースの批判対象はほぼ核兵器に限定されていたし、「核の平和利用」を謳う原発についての考察を行なっていたアレントも、それを技術による疎外という図式に引きつけて論じるにとどまっていた。著者によれば、いまだ多くの人々が原子力に「夢」を見ていた20世紀半ばにおいて、原子力そのものに根本的な批判を加えていた哲学者はただ一人しかいない。その人物こそ、かのマルティン・ハイデッガーである。

本書の中盤は、そのハイデッガーのテクストを実際に読んでいくかたちで進む。とりわけ、そのほとんどが講義録であるハイデガーの著作集のなかでも、生前に刊行された例外的な書物のひとつである『放下』が読解の中心に位置づけられる(講演「放下」は1955年、著書としての『放下』の刊行は1959年だが、本書で述べられるように、その成立経緯はきわめて複雑である)。その前提として、比較的よく知られるハイデッガーの技術論や、ソクラテス以前の自然哲学に対する関心にまで視野を広げつつ(第二講)、著者は本書最大の関門である対話篇「放下の所在究明に向かって」を、慎重かつ大胆に読み進めていくのだ(第三講)。

とはいえ、「科学者」「学者」「教師(賢者)」を登場人物とするこの謎めいたハイデッガーの対話篇が、いったい原子力の何を明らかにしてくれるというのか──いつものごとく、大きな問いへとむけてゆっくりと、しかし着実に歩みを進めていく本書の結論を、ここで明らかにすることはしない。ただ、これは本書の議論が深まる後半(第三講・第四講)に顕著なのだが、『スピノザの方法』における「真理」、『暇と退屈の倫理学』における「環世界」、そして『中動態の世界』における「中動態」概念などに立脚しながら開陳される著者の思想は、これまでの仕事から驚くほどに一貫している。考察の対象となるテーマはそのつど異なっていながら、著者の問いはいつも「この」時代にむけられてきたことを、読者は本書を通じて身をもって感じることになるだろう。本書の読後に「原子力時代」とはつまるところ何か、と問われれば、それは「完全に自立したシステム」(271頁)を夢見るナルシシズムに満たされた時代だ、ということになろう。「原子力時代における」哲学の仕事とは、そのような時代にいかなる哲学が可能かを考えることにほかなるまい。


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2019/10/07(月)(星野太)

Boyan Manchev『Clouds. Philosophy of the Free Body』

発行所:Metheor

発売日:2019/09

ソフィアおよびベルリンを拠点とする哲学者ボヤン・マンチェフは、2年前、母語であるブルガリア語で新著『雲』を上梓した★1。過去に英語、フランス語、イタリア語をはじめとする複数の言語で著されてきた哲学的散文とは打って変わって、同書は全体にわたり断片的な、ほとんど詩的と言ってもよいテクストによって構成されている。「雲とは……である」というセンテンスの執拗な反復に貫かれたこの書物では、ボードレール、ブレイク、シェリーをはじめとするわずかな例外を除けば、明示的に第三者のテクストが引用されることもない。そのスタイルは、ジョルジュ・バタイユの思想を主要な導きの糸とする『世界の変容──ラディカルな美学のために』(Éditions Lignes, 2009)や、ドストエフスキー、アルトー、ブランショらの作品をつねに傍らにおいた『変身と瞬間──生の脱組織化』(La Phocide, 2009)といった旧著(いずれもフランス語)のそれとは際立って対照的である。

筆者がマンチェフ本人から『雲』の話を聞いたのは、彼がドラマトゥルクとして関わる「メテオール」という集団が、新たに同名の出版レーベルを立ち上げたときのことだった。アニ・ヴァセヴァ(演出家、アーティスト)、レオニード・ヨフチェフ(俳優)、ボヤン・マンチェフ(哲学者、ドラマトゥルク)の3名を中心とするメテオールの舞台作品は、すでにブルガリア国内で高い評価を獲得し、その次のステップとして、同名の叢書の設立を計画しているところだった。それからわずか2年ほどのあいだに、メテオール叢書から刊行されたブルガリア語の書籍はすでに8冊におよぶ★2。そして、同叢書から刊行される9冊目の書物にして、はじめての英語の書物となるのが、ボヤン・マンチェフによる『雲』の英訳(本書)である。

はじめにも述べたように、本書は「雲」にまつわるいくぶん詩的なテクストである。同書の「プロレゴメナ」(序文)によれば、雲についての書物は、同時にそれ自体が雲のような書物でなければならない。著者の言い方に倣えば、「雲についての書物(book on clouds)」は、同時に「雲の書物(book of clouds)」にして、「雲のなかの書物(book in clouds)」でもなければならない(p. 15)。要するに本書がめざすのは、雲をめぐる抽象的な思索それ自体を、雲の形象へと接近させることである。これも著者が述べていることだが、「新たな哲学」は「新たな形式」の発明と不可分である(p. 16)。複数の文体を矢継ぎ早に切り替えていく『雲』の叙述形式もまた、まさしくそうした「新たな形式」を生み出すために選ばれたものにほかならない。

形式面だけでなく、内容面でもひとつ、本書の読みどころを紹介しておきたい。本書でもっとも特権的な人物として扱われるのは、哲学者でも文学者でもなく、ロンドン生まれの科学者ルーク・ハワード(1772-1864)である。もともと気象学には門外漢でありながら、若い頃から雲におおいに魅せられていたこのイギリス人は、のちに今日までつづく雲の分類の基本形を作り上げたことで知られる。かのゲーテとも交流のあったハワードによる雲の研究を、本書は──いささか驚くべきことに──カントの『判断力批判』(1790)とともに読むことを提案する。

なるほど、1783年に起こったアイスランドの大噴火が象徴的に示すように、雲はカントが同書で「崇高」と呼んだ自然現象と容易に結びつくものである。しかし、それはまだ物事の一面にすぎない。天空のいたるところで集合・離散を続け、そのたびごとに姿を変える雲は、噴火や雷鳴といった「崇高な」自然の象徴である以前に、私たちの思考を刺激する「形」をともなった「不定形な」現象の最たるものである(ここで著者はカントとともに、バタイユの名にも抜かりなく言及している)。そしてそれを、カントが「美的理念」と呼んだもの、すなわちいかなる概念もなしに、しかし思考を大いに刺激する理念に結びつけるのだ(p. 78)。そのような理念を産出する、「概念−以前のマグマ」としての雲(p. 80)──著者マンチェフが雲のうちに見いだすのは、「美」や「崇高」の手前に位置する、そうした感覚と理念の媒介のアナロジーなのである。

★1──同年にソフィアとプロヴディフの二都市で行なわれた『雲』のリーディング公演については、次の拙文のなかで詳述したことがある。星野太「アペイロンと海賊──『雲』をめぐる断章」、小林康夫編『午前四時のブルー』第1号、水声社、2018年。

★2──http://desorganisation.org/index.php/en/

2019/10/07(月)(星野太)

中村稔『回想の伊達得夫』

発行所:青土社

発売日:2019/07/01

詩人・中村稔(1927-)による、伊達得夫をめぐる回想録。伊達といえば、書肆ユリイカの創業者にして、のちに戦後を代表することになる若き詩人たちを世に送り出してきた伝説的な編集者である。あまり知られていないことかもしれないが、現在青土社から刊行されている雑誌『ユリイカ』は、伊達の死後に清水康雄が故人の遺志を継いで──伊達のそれと同名の雑誌として──創刊したものだ。中村稔は大作『私の昭和史』(青土社)でも伊達得夫の回想に少なくない頁を割いているが、その後『ユリイカ』に書き継がれた「私が出会った人々」でも、伊達については例外的に連載3回分が割かれている。本書の前半(第一部)にはそれら既発表原稿に加え、伊達の生前は詳らかにされることのなかった稲垣足穂との交流を追ったエセーが収められている。また本書の後半(第二部)では、伊達の生い立ちや高校・大学時代の活動をめぐる貴重な伝記的事実が明らかにされている。

伊達得夫という編集者の仕事ぶりについては、長谷川郁夫『われ発見せり──書肆ユリイカ・伊達得夫』(書肆山田、1992)や、田中栞『書肆ユリイカの本』(青土社、2009)をはじめとする先行する書物に詳しい。また、生前に伊達が書き残したものについては、『詩人たち──ユリイカ抄』(平凡社ライブラリー、2005)が幸いにして現在でも入手できる。それでもなお本書が興味深いのは、これが中村稔という詩人・弁護士の目を通した、戦後詩のある側面を伝える貴重なドキュメントになっているからだろう。著者は、あるときは刊行物の奥付や検印を手がかりに、原口統三『二十歳のエチュード』をはじめとする作品の刊行経緯をごく客観的な手法により問い詰める。いっぽう、著者の知る伊達の人柄を捉え損ねていると見える記述に対しては、ごく主観的な断言をもってこれを否定することも少なくない。本書は伊達得夫の生涯を追った包括的な伝記でもなければ、書肆ユリイカという出版社についての網羅的な研究書でもない。終始、脱線や連想を恐れない自由なスタイルで書かれた本書は、表題が示すように「回想」と形容するほかないものだろう。まるですべてを所定の型にはめていくかのような昨今の風潮のなかで、こうした自由な書物に出会えることは、おそらくそれなりに稀有な幸運であるように思われる。

2019/07/22(月)(星野太)

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