2020年01月15日号
次回2月3日更新予定

artscapeレビュー

高嶋慈のレビュー/プレビュー

ヤネック・ツルコフスキ『マルガレーテ』

会期:2019/05/17~2019/05/24

ロームシアター京都 ノースホール[京都府]

ポーランドの演出家、ヤネック・ツルコフスキの作品の日本初公開。見知らぬ他人が撮影した古い8mmフィルムを蚤の市で手に入れた彼が、複数のフィルムに登場する女性(「マルガレーテ」)に関心を持ち、フィルムに映ったものの分析やリサーチを経ながら、「彼女は何者だったのか」に迫っていくという筋立てだ。観客数は毎回25名と少人数に限定。じゅうたんの上に置かれた小ぶりのスクリーンを囲んで観客は座り、紅茶を飲んでくつろぎながら、ホームビデオの上映会に招かれたようなアットホームな雰囲気のなか、ツルコフスキが語りかける。観客には受信機とイヤホンが配られ、ツルコフスキの話す英語は、背後のブース内にいる「日本人俳優の吹き替え」によって、あたかも同時通訳を聞くかのように体験される。本作がフィクションであることを逆手に取りつつ、上演のライブ性を損なわない、優れた仕掛けだ。未編集の、あるいは自ら編集した8mmフィルムの粗い映像を見せながら、個人的な体験とともに「マルガレーテ」の謎に迫っていくソロ・パフォーマンスは、「物語る」行為そのものを前景化する演劇の実験的形式であり、「ファウンド・フッテージ」でもあり、真偽の曖昧な領域に観客を連れ出しながら、記録メディアと記憶に関する複数の問いを照射する、親密にして刺激的な試みだった。



[撮影:守屋友樹]


ツルコフスキの語りは、ある個人的な体験を遡ることから始まる。2008年6月、ポーランドの国境に近い旧東ドイツの街に行った際、蚤の市で、誰のものとも知れない8mmフィルム数十本を買ったこと。それらのフィルムを映写機にかけてスクリーンに映し出しながら、その夜、静かな興奮とともに、たくさんのフィルム=誰かの記憶を見た経験が語られる。犬を連れて、林のなかを散歩する男女。友人たちとのホームパーティ。観光旅行で訪れたと思われる、ポツダムのサンスーシ宮殿。バルト海のリューゲン島。ツルコフスキは、フィルムの多くに、同じ白髪の女性が映っていることに気づく。フィルムを収めた箱に書かれていた名前から、彼女を「マルガレーテ」と呼ぶことにしたツルコフスキは、「映像のなかの秘密」の解読に乗り出す。「マルガレーテ」とよく一緒に映っている似た格好の女性は、姉妹なのか。撮影者はどんな人物で、なぜ彼女を執拗に撮り続けたのか。地面に一瞬映った撮影者の男の影を、ツルコフスキは見逃さない。カメラに目線を向ける「マルガレーテ」の手の動きには、どんな意味があるのか。

「マルガレーテ」の映ったフィルム以外にも、ツルコフスキの興味を引くものがある。例えば、共産主義時代に行なわれていたパレード。1989年、共産主義体制の崩壊を14歳で経験したツルコフスキにとって、その映像は複雑な感情を呼び起こすものだ。オークションでポーランドのほぼ同時代のフィルムを入手した彼は、旧東ドイツとポーランド、それぞれで撮影されたパレードの映像を比較する。カメラアングル、人々の動き方、道路の曲がり具合……。

また、フィルムの「焼け」の質感が好きと言うツルコフスキは、「焼け」の部分だけをつなぎ合わせて1本のフィルムを編集し、元々はサイレントだったものに音楽を付けて上映してみせる。甘く郷愁を誘うような音楽は、フィルムの粗くざらついた質感や、斜陽が差し込んだようなオレンジ色に染まった「焼け」の効果と相まって、ノスタルジーへの誘いを加速させる。それは、「共産主義時代」がすでにノスタルジーの対象、すなわち「安全に眺められる過去」になったことを示唆する。



そして後半、「マルガレーテ」の謎が明らかにされていく。箱に書かれていた「ルーベ(Ruhbe)」という苗字が珍しい姓であることを手掛かりに、「親類.com」というサイトや電話帳で調べ、彼女がある特別養護老人ホームに「いる」ことを突き止め、会いに行く。だが、まもなく100歳になるという「マルガレーテ」は、会話も覚束ない状態で、もう目もよく見えないという。100歳の誕生日に、30年前に撮られた、彼女と双子の姉の誕生パーティの映像を見せるが、「思い出せない」と彼女は言う。そしてラスト、再び蚤の市を訪れた映像が流れ、フィルムを売った店主は言う。「誰がフィルムを売りにきたかは不明だが、唯一確かなことは、フィルムが手に入ったのは、彼女が死んでからだよ」と。「マルガレーテ」の実在性、ツルコフスキ自身の語りの真偽を宙吊りにしながら、「映像記憶の亡霊性」を突きつけるラストだ。



見知らぬ他人の記憶を盗み見するという好奇心とともに、サスペンス仕立てで観客を引きつけつつ、より深い審級の問いを開いていく本作。「物質的に窮乏」「抑圧されていた」という画一的なイメージを抱きがちな共産主義時代にも、家族や友人との談笑や旅行など、穏やかな日常生活があったこと。アナログフィルムの粗い質感とノスタルジー化の共犯関係。共産主義時代の無害なノスタルジー化。プライベートなフィルムが、蚤の市のみならずネットオークションでも日々売買されていることへの倫理的問い。アマチュアフィルムの凡庸さと、それらが潜在的に秘める物語の可能性。「対面して物語る」こと、すなわち「演劇」の発生への探究。「ファウンド・フッテージ」の形式を借りつつ、真実の究明が同時にフィクションの構築でもあるという両義性。そして、映像の記録性と被写体本人の忘却とのあいだで宙吊りになった、記憶の確かさと不確かさ。被写体自身の記憶が消滅しても、さらに被写体の肉体がこの世を去った後も、アナログフィルムからデジタル信号へと変換されてメディアを乗り換えながら、スクリーンの皮膜の上に留まり、こちらに眼差しを向け続ける、そうした亡霊的存在を「マルガレーテ」と名付けよう。


2019/05/19(日)(高嶋慈)

生きられた庭

会期:2019/05/12~2019/05/19

京都府立植物園[京都府]

京都府立植物園の広大な敷地内に点在する作品を、「キュレーターによるガイドツアー」形式で鑑賞する、異色の企画展。約1時間のガイドツアーは1日7回行なわれ、記録映像をウェブ上に公開・保存するなど、実験的な形式性に富んだ企画だ。キュレーターの髙木遊は東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻に在籍し、本展は同研究科の「修了要件特定課題研究」として開催された。



「ガイドツアー」は、個別の作品解説に加え、京都府立植物園の歴史や特色ある取り組みについても多く触れるものであり、個人的には後者の方が興味深かった。園内のさまざまなエリアを巡りながら、この場所に堆積した歴史の重層性とともに、「庭」のもつ多義的な意味(境界画定、人為的管理と「自然」の同居、多様性の共存)が語られていく。

園内にある神社をとりまく一帯の「なからぎの森」は、園内唯一の自然林であり、原植生がうかがえること。また、正門を入ると出迎える「くすのき並木」は印象深いが、敗戦後の1946年から12年間、植物園はGHQに接収され、家族用住宅建設のために多くの樹が切り倒された。返還後の60年代に新たに植樹されたものは樹高が低く、樹の高さが歴史を物語る。また園内には、倒木や切り株が点在する。これらは、昨年9月の台風の被害の物理的証言であり、「自然災害の爪痕を教訓的に残す」意味合いと、「倒れた木や切り株が苗床となり、新たな命を育む様子を「展示」として見せることで、生と死の循環や両者の切り離せなさについて考えさせる」狙いがあるという。

また、「日本の森・植物生態園」のエリアでは、日本各地に自生する植物の多様性を、九州と四国の暖地性植物、関西から中部、関東にかけての植物、東北と北海道の寒地性と亜高山帯の植物、水辺の植物ごとに植栽。だが、本来はそれぞれ異なる環境や気候に属する植物をひとつのエリアで育てることは難しく、人間の管理がより必要だという。私たちを取り巻く人工的に管理・演出された「自然さ」について問うとともに、「多様性社会」を考える上でも示唆に富む。


このように、「京都府立植物園」という固有の場所の持つ歴史の重層性や、「庭」が喚起するメタフォリカルな意味は大変興味深い。だがそれらは、「府立植物園についてのガイドツアー」で与えられる情報であり、展示作品がこうした歴史性やテーマに応える力を持っていたかどうかは疑問が残った。

植物園の空間性を活かした展示としては、例えば多田恋一朗は、単色に塗られた変形キャンバスを、苗床となった切り株の上に設置した。また、山本修路は、ピンホールカメラのような木箱を各所に設置。小さな穴を覗くと、節くれだった樹の根元、遠くの山並みなど風景の一部がピンポイントで丸く切り取られる。「新鮮な視点の発見」とともに、カメラのフレームが「フレーム外の要素の排除」「視線の強制」でもあることを示し、両義的だ。また、石毛健太の《Not just water/ただの水ではない》は、噴水の真上に仮設の小屋を設置し、「噴水の頭」を観客が間近で眺められる作品。狙いは映像の方にあり、「93年にメキシコで撮影された、川の濁流の上を飛び跳ねるエビのような謎の生物」についての検証が、「PCのデスクトップ上に次々と映像の再生ウィンドウが立ち上がる」という自己言及的な形式によって展開される。都市伝説を生んだ「未確認生物」の正体は最後に明かされ、コマ数の少ない家庭用ビデオカメラで撮影した際、水しぶきの残像が「飛び跳ねる謎の生物」に見えたからだという。「映像上のみに存在する未確認生物」をめぐるそれ自体真偽の曖昧な話を、次々と重なり合う「動画再生ウィンドウ」によって展開し、ネット上における映像の流通や消費、知覚について自己言及的に問う姿勢は興味深いが、例えばヒト・シュタイエルのそれを容易く想起させる。



多田恋一朗《「君」に会うための微細な毒》



山本修路《風景を読む》


こうしたなか、本展での収穫は、積み上げた巨大な段ボールが自重で崩壊していく、野村仁の初期の代表作《Tardiology》(1968-69)の、野外での再制作だった。京都市美術館の屋外敷地で初めて発表されたこの作品は、美術館のホワイトキューブでは何度か再制作されているが、野外での再制作は25年ぶりである。さらに、今回の設置場所は、台風で枝を失った樹や切り株に囲まれた場所であり、「時間とともに姿を変える非永続的な作品」の「(再)生と死」を考える上でも示唆的だった。「作品の保存=延命装置」である美術館の静的環境ではなく、生きている樹、倒木や切り株、それら死を糧として再生する命、そうした循環する自然の動的な相の元で本作の再制作を見られたことは、極めて意義深い。



野村仁《林間のTardiology》


公式サイト:https://ikiraretaniwa.geidai.ac.jp/

2019/05/19(日)(高嶋慈)

開館30周年記念特別展 美術館の七燈

会期:2019/03/09~2019/05/26

広島市現代美術館[広島県]

1989年、公立館としては国内初の現代美術専門館として開館した広島市現代美術館の30周年記念展。19世紀イギリスの美術評論家、ジョン・ラスキンの著書『建築の七燈』にならい、同館の軌跡や美術館に必要な要素、担う役割、今後の課題を「七つの灯り」になぞらえた章立てで構成。「観客(参加型)」「建築」「ヒロシマ」「保存修復」「資料と記録」「リサーチと逸脱」「あいだ」といった切り口から、コレクションや資料、新作インスタレーションが全館を用いて展示された。


全体を見終わって感じたのは、「歴史を編む装置」としての美術館のあり方を、(作品ではなく)自館を対象にインストールし、普段は表に出にくい潜在的な地盤を課題とともに浮かび上がらせた印象を持った。例えば、館の独自性として「ヒロシマ」を扱った作品の収集や制作委託を振り返った章。作家への「制作委託」が、開館時の1期には78作家、被爆50周年にあたる1995年の2期には50作家、1999~2005年の3期には128作家に行なわれたことが解説パネルに記され、着実な積み重ねによって館のアイデンティティが構築されてきたことがわかる。

だが、2006年以降、制作委託による収集はストップし、石内都の撮った被爆衣服、旧広島市民球場に「地蔵建立」した小沢剛、都築響一の撮った路上生活者のポートレートは、個展開催時に「寄贈」された旨が記される。 また、3年毎に開催される「ヒロシマ賞」の歴代受賞作家の紹介でも、近年になるに従い、先細りが目立つ。シリン・ネシャット(第6回受賞者)とドリス・サルセド(第9回受賞者)は収集から抜け落ち、オノ・ヨーコ(第8回受賞者)とモナ・ハトゥム(第10回受賞者)については、大型のインスタレーションではなく小品に留まる。「コレクションを通した館のアイデンティティ構築」という使命が置かれた厳しい状況を、(同館だけでなく)国内の美術館に共通する課題として物語っていた。


また、「『残すこと』作品の修復、コンサベーションの現在」と題された4章も、コレクションが直面する課題について、「保存修復、作品の生と死」をめぐる異なる考え方や対処法を、実作品とともに提示した。「物理的な修復による延命」としては、吉原治良の絵画作品の修復現場を公開。ニス層の除去と再塗布を定期的に行なうことで、表面の汚れや経年による黄変を取り除く。「最小限かつ可逆的な介入」を基本理念に、モノとしてできるだけ現状維持での保存と延命を目指す。



会場風景
[Photo: Kenichi Hanada]


一方、プラスチック製の日用品やトイレットペーパーなど消耗品を「逸脱的・遊戯的に使用」した記録映像とともに、それらの現物を床に散乱させた田中功起の作品は、「大量生産品や永続性のない素材の代替がどこまで可能か」という問いを投げかける。作品に使用された日用品は、台湾で購入された発表当時のままだという。再展示の際に取り換えが可能か、どのような配置が望ましいかは、作家と所蔵者や美術館のあいだで「インストラクション(指示書)」を今後協議する必要がある。こうした指示書は、非永続的もしくは実体的な境界が曖昧な作品を時間の隔たりを乗り越えて何度でも再生させる「譜面」の役割を果たすとともに、「作品のオーセンシティ(真正性)を保証・決定するのは誰か」という問題も含む。



田中功起《everything is everything》  2005-2006
[Photo: Kenichi Hanada]


また、66台のブラウン管テレビをV字型に積み上げたナムジュン・パイクの《ヒロシマ・マトリックス》は、メディア・アート作品が本質的に内包する「機材の劣化や技術的更新のネガとしての寿命」を浮上させる。ソニーのブラウン管テレビは2008年に生産中止になったが、パイク作品は「(テレビ)映像」の視覚的快楽の称揚とメディア批判に加え、彫刻的性質も併せ持つため、ブラウン管を液晶モニターで代替することは作品の本質を損なう。オリジナルの再生機器であったレーザーディスクはDVDに変換したというが、ブラウン管テレビについては、液晶への代替もやむなしと判断するのか、上映時間を限定して少しでも寿命を延ばすのか、交換用の部品のストックを可能な限り増やすのか、今後の対策と判断にかかっている。



ナムジュン・パイク《ヒロシマ・マトリックス》 1988
[Photo: Kenichi Hanada]


上述した「コレクションによるアイデンティティ構築(と予算的困難)」「保存修復(の異なる考え方)」は、国内外の美術館に共通する役割や課題だが、本展のもうひとつの軸は、「広島市現代美術館それ自体についてのアーカイブ」にある。ヒロシマ賞の歩みの紹介に加え、黒川紀章が手がけた建築のドローイングや模型、ロゴや椅子などデザイン設計、開館紹介の「ビデオサイン」、未完に終わった「比治山芸術公園基本計画」の図面や報告書などの資料が展示される。また、デザインユニットの又又は、美術館の準備室から現在までに残された資料を、インスタレーションとして構成。ポスターやパンフレットなど広報物、オリジナルグッズといった「外の目に触れる」資料とともに、建設時や野外彫刻設営時、公式行事の記録写真、テープカットに使われたハサミやテープ、保管理由不明な謎の品々までをリズミカルに配置。普段は「表舞台」には現われない潜在的な存在が、地層を掘り起こすように露わになった。



会場風景
[Photo: Kenichi Hanada]


また、田村友一郎は、30年前の開館日に撮影された一枚の写真──館内の公衆電話から電話をかける女性たち──を起点に、歴史のある定点からフィクションを生成。写真のなかの空間が舞台装置か撮影セットのように精巧に再現され、男女の会話で展開するストーリーが、イメージを欠いた字幕だけの映画として投影される。これらをとおして、アーカイブは「過去において描かれた未来」という分岐的な未完の像を含むものであり、その解釈行為は、これからの未来にありうる姿を(ただし欠落を含みながら)逆照射する営みであることを浮かび上がらせていた。


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2019/05/15(水)(高嶋慈)

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オサム・ジェームス・中川「Eclipse:蝕/廻:Kai」

会期:2019/04/13~2019/05/20

ギャラリー素形[京都府]

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2019のアソシエイテッド・プログラムとして、ニューヨークで生まれ日本で育ち、2国のアイデンティティを踏まえて活動する写真家オサム・ジェームス・中川の個展が開催された。展示内容は、1990年代の初期作品をベースに、トランプ政権後のアメリカ社会の変容を意識して新たに制作した「Eclipse:蝕」と、自身の両親の死や老い、妻の妊娠、娘の誕生といった家族を通して生命と死を考える「廻:Kai」の2つのシリーズから成る。社会批評と極私的なプライベートという2つの対極的な軸から成る構成だが、両者に通底するのは、「写真イメージ」への自己言及性だ。

「Eclipse: 蝕」では、無人の荒涼とした風景のなかに、朽ちかけた巨大なスクリーンが壁のように建つ。これらは、野外の駐車場にスクリーンを設置し、車に乗ったまま映画を鑑賞できる「ドライブ・イン・シアター」の残骸である。1930年代にアメリカで始まった、車社会を象徴する娯楽であり、1950年代末~1960年代初頭に最盛期を迎えた。中川は、ハリウッド映画や大企業の広告が、「アメリカン・ドリーム」という虚構の神話を大衆に浸透させる一方で、宗教や人種的対立、移民労働、経済格差などの不都合な問題を隠蔽している構造への批判から、90年代に「ドライブ・イン・シアター」と「ビルボード」のシリーズを制作した。本展でも紹介されたこれらの作品では、荒れ果てた風景のなかに建つ巨大スクリーンに、KKK(白人至上主義者)のデモや移民労働者のイメージが合成され、「隠蔽された社会的真実が当の隠蔽装置それ自体を用いて上映・広告されるが、誰も見る者はいない」という強烈な皮肉を放つ。


[©︎ Osamu James Nakagawa Courtesy of PGI]


一方、トランプ政権成立後に制作された「Eclipse:蝕」では、スクリーンには何も投影されず、ただ空白のみが提示される。よく見ると、スクリーンの背後の鬱蒼とした木立や手前に生い茂る植物、散乱したゴミの一部はネガポジ反転され、視界が奇妙に歪む。暗く沈んだ空も時間の把握を狂わせ、「日蝕」のように夜なのか昼なのか、現実なのか虚構なのか判然としない空間が立ち現われる。同一画面におけるネガとポジの入り組んだ混在は、ポジ(ハリウッド映画やメディアが喧伝する多幸的な未来)とネガ(それらが破綻したディストピアの荒廃)が同居する社会の像とメタフォリカルに重なり合う。こうした「Eclipse:蝕」には、90年代の過去作品のネガをデジタルに起こしたものと、新たに撮影されたものとが混在する。それは、アメリカ社会のかつての繁栄と現在の荒廃、自作の過去と現在といった時間の層を何重にもはらみ込みつつ、入れ子状になったスクリーンの空白は、未来の展望の不在、視覚イメージの飽和、不気味な沈黙の圧力、そしてイメージが消去された検閲的状況さえ匂わせる。


[©︎ Osamu James Nakagawa Courtesy of PGI]


一方、もうひとつのシリーズ「廻:Kai」では、遺影のようなポートレートが暗示する父親の死や不在、老いていく母親の身体、妊娠した妻、娘の誕生と成長といった自身を取り巻く家族の生と死が、象徴的なイメージとともに紡がれる。ナチュラルな木枠と黒枠のフレームが二対になった構成は、生命/老いや死のイメージを対置させるが、氷漬けにされた写真、その解けかけた様子が示唆する記憶の凍結と解凍、ガラスに反映したカメラを構える自己像、無邪気にカメラで遊ぶ娘を挟んで両脇に落ちる自身と妻の影、スクリーンや皮膜を思わせる存在の挿入など、「写真」への自己言及的な眼差しに満ちていた。


[©︎ Osamu James Nakagawa Courtesy of PGI]

2019/05/12(日)(高嶋慈)

KG+ 國分蘭「In The Pool」、平野淳子、叶野千晶「Shower room」

会期:2019/04/12~2019/05/12

五条坂京焼登り窯[京都府]

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2019の同時開催イベント、KG+の会場のなかでも、例年、異彩を放つ五条坂京焼登り窯。五条坂など京都の東山山麓の一帯は、昭和30年代まで、数十基の窯が稼働する製陶業の一大産地として栄えた。多くの登り窯が操業を停止し、窯も失われた現在、操業当時の姿を留める貴重な歴史遺産であり、巨大な登り窯と作業場、煉瓦づくりの煙突が残されている。普段は一般非公開だが、KG+などアートイベントの会場として活用されている。今年は特に、場所の記憶に繊細な眼差しを向け、写真資料を用いて、あるいは歴史の潜在性と可視化するメディアである写真との拮抗関係を探る3人の女性写真家(國分蘭、平野淳子、叶野千晶)が、問題意識の共通性と差異という点でも目を引いた。

國分蘭は、出身地である北海道の留萌(るもい)が、かつてニシン漁で栄えた歴史に着目。ニシン漁は雇用を生み出し、「ニシン御殿」を建てるほど財を築く人もおり、一大産業として栄えたが、昭和30年代を境に漁獲量は激減した。だが現在、孵化させた稚魚をプールで飼育し、海へ放流する取り組みが行なわれている。また、産卵期のニシンが浜に戻ってくるようになり、オスが放出した精子で沖合が白く染まる「群来(くき)」という現象が再び見られるようになった。まだ雪を被った浜辺の彼方の海面が、薄いエメラルドグリーンのような色を帯びて輝く、神秘的な光景だ。プールで泳ぐ稚魚の群れは、人工的な設備や管理下に置かれながら、人間の介入を凌駕するほど生命力にあふれ美しい。

また、秀逸だったのが、登り窯の特異な空間性を活かした、資料写真の展示方法だ。ニシン漁で栄えた往時の記録写真は、洞窟か小さなトンネルのように開いた窯の入り口や窪みのなかに置かれ、鑑賞者は手持ちライトで照らさないと、よく見えない。「(そこにあるにもかかわらず)見る者が働きかけないと気づかない、よく見えない」という能動的・身体的関与を通して、文字通り「過去に光を当てる」営みは、歴史資料それ自体との向き合い方についても示唆的だった。


國分蘭「In The Pool」 展示風景


また、平野淳子は、2020年の東京オリンピックに向けて解体と建設工事が進む国立競技場の変容を継続的に撮影しつつ、この土地が国家的欲望とともにはらんできた重層的な歴史へと眼差しを誘う。全面建替工事にむけて競技場が解体され、池ができて、繁った草地を鳥が飛び交う様子は、モノクロで撮影されていることも相まって、江戸の街が形成される前の湿地の姿という遠い過去の残滓を呼び寄せる。一方、建設途上の様子は、直線が交差する構成的なアングルで切り取られ、著しい対比をなす。添えられた2枚の資料写真は、かつてこの地が、青山練兵場と、昭和18年の学徒出陣の壮行会会場であったことを示す。自然へと還る作用と人工性を行き来しつつ、2度のオリンピックと戦争という国家的欲望を刻まれた場所の歴史、さらには未来に到来する廃墟の残像さえも思わせるような不穏さに満ちていた。


平野淳子 展示風景


一方、叶野千晶の「Shower room」は、一見すると、ひび割れや青カビに蝕まれた朽ちかけの壁、あるいは厚塗りの地に青や白の絵具が滴った静謐な抽象画を思わせる。だが、「Shower room」というタイトルが示すように、これらは、ポーランドのマイダネク強制収容所のガス室の壁を捉えたものであり、青い染みは、一酸化炭素が送り込まれた部屋の壁にシアン化水素が付着して残ったものである。叶野は、資料写真の併用や収容所の外観を捉えることはせず、ただ「壁」の表面だけを凝視し続ける。それは、物理的には化学物質の痕跡だが、涙や血の堆積した跡のようにも見え、メタフォリカルな意味の読み取りを誘うとともに、「私たちが目にできるのは痕跡でしかない」という写真の事後性を突きつける。その営みは、「表象不可能性」というすでに手垢にまみれた諦念の身振りを、粘り強い凝視によって超えていこうとする意志を感じさせる。


叶野千晶「Shower room」 展示風景



© Chiaki Kano


「かつての窯の跡」という場所の歴史性も相まって、産業とその衰退、土を焼いて造形する「陶芸」とも共通する人為的介入と自然作用の関係、現実の窯の存在感や「焼成」のプロセスとも結びついてしまう「ガス室」の記憶など、写真表現を通した歴史的記憶への対峙について考える機会となった。

2019/05/12(日)(高嶋慈)

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