artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
開校100年 きたれ、バウハウス ─造形教育の基礎─
会期:2020/07/17~2020/09/06
東京ステーションギャラリー[東京都]
2019年に誕生100年目を迎えた、ドイツの造形学校バウハウスの記念すべき巡回展がいよいよフィナーレを迎えた。本展に限らず、これまでバウハウスに関連する展覧会や書籍などは数多く発表されてきた。造形学校を母体としながら、その教育理念や方針、初代校長のヴァルター・グロピウスをはじめ指導にあたった教師や卒業生の活躍、各工房で生み出された作品など、後世に与えた影響が計り知れないだけに、その切り口は実にさまざまである。では、記念すべき本展での切り口は何かと言うと、副題にもあるとおり、「造形教育の基礎」である。バウハウスに入学すると、学生はまず「予備過程」と呼ばれる基礎教育を半年(後に1年に延長)受けたという。この「予備過程」に携わった代表的な教師7人による授業内容と、授業を受けた学生が生み出した習作が、本展の「Ⅱ バウハウスの教育」で詳しく展示されている。これが大変興味深かった。
バウハウスでは、当時、まったく新しい造形教育を学生に施した。かの有名なグロピウスによる宣言「すべての造形活動の最終目標は建築である」のとおり、最終目標を同じにするには基盤を共通にしなければならない。その土台づくりのための普遍的で包括的な教育が「予備過程」だった。学生が持つ既成概念や先入観を払拭し、個々人の創造力を引き出すことを重視して、教師はそれぞれの信念や哲学のもと、独自に授業を組み立てたという。
例えばラースロー・モホイ=ナジはさまざまな材料をバランス良く組み立てる「バランスの習作」や、「触覚板」を使った触覚訓練を行なった。ヨゼフ・アルバースは、白い紙を切ったり折ったり曲げたりして形をつくる「紙による素材演習」がよく知られていた。ヴァシリー・カンディンスキーは、正確に対象を見ることと構成的に絵をまとめることを目的にした「分析的デッサン」を実施した。これらの習作を見ると、学生は手をよく動かし、身体を使って、言わば「汗をかいて」基礎教育を受けたことが伝わる。特にデザイン分野においてパソコンを使うことを前提としたいまの造形教育とは、この点が根本的に違うと感じた。これはただ単にツールの違いの問題でもない。新しい教育理念のもと、当時、教師も学生も自ら新しい時代を切り拓くという気概がおそらくあったのだろう。いま、美術やデザインを学んでいる学生が観たらどんな感想を持つだろうか。
公式サイト:http://www.bauhaus.ac/bauhaus100/
※来館前に日時指定のローソンチケットの購入が必要です。
2020/07/16(木)(杉江あこ)
古典×現代2020 時空を超える日本のアート
会期:2020/06/24~2020/08/24
国立新美術館 企画展示室2E[東京都]
温故知新とはこのことか。古典作品と現代作品とを対にして展示する、ユニークな試みの展覧会である。言うまでもなく、我々は過去の歴史の延長線上に生きている。したがって何かを創作する際に完全なオリジナル性というのはあり得ず、過去の遺物や作品から何かしらの影響を大なり小なり受けているものだ。その点で古典作品を現代作家が見つめ、インスピレーションを得たり、引用したり、パロディーにしたりすることは大いに結構だと思う。古典には伊藤若冲、葛飾北斎、仙厓義梵、円空、尾形乾山、曾我蕭白らの巨匠作品が並び、対する現代は川内倫子、鴻池朋子、しりあがり寿、菅木志雄、棚田康司、田根剛、皆川明、横尾忠則の8作家が参加し、計8組の展示で構成されていた。ご覧のとおり現代作家には美術家のみならず、写真家、漫画家、建築家、デザイナーとさまざまな分野のクリエイターがいる点も面白い。
なかでも凄みがあったのは、「仏像×田根剛」の展示である。滋賀県の西明寺に安置されている日光菩薩と月光菩薩の仏像2体を使ったインスタレーションだ。西明寺では、光差す池の中から薬師如来と脇侍である日光菩薩、月光菩薩が現われたと伝わっているという。場所や土地の記憶をリサーチし、未来の建築を思考することで知られる建築家の田根剛は、実際に西明寺を訪れ、そこで「時間と光」「記憶」などのテーマを見出した。具体的には真っ暗闇の中で、自動昇降する照明器具を使い、全身を金箔で覆われた仏像2体に上から下へ、下から上へと光を滑らせるように当て、なんとも言えない荘厳な雰囲気をつくり上げていた。暗闇の中で上から下へと光が移動する様子は日没を思わせ、逆に下から上へと光が移動する様子は日の出を思わせる。昔の人々もこのように日の出や日没時に仏像を眺め、祈りを捧げていたのではないかとさえ思えてくる。ホワイトキューブの中で、俗世から切り離された瞬間を味わった。
また「乾山×皆川明」はとても完成されていた。江戸時代の陶工、尾形乾山がつくった華やかな器が、皆川明が主宰するブランド「ミナ ペルホネン」のテキスタイルや洋服と一緒に並べられると、まるで乾山の器までもがミナ ペルホネンの作品のように見えてくるから不思議だ。有機的な造形や自然に着想を得た模様、温かみのある雰囲気など、いくつもの類似点が示されているが、これほど世界観が似ていたとは。ほかにも「北斎×しりあがり寿」はクスクスと笑えてしかたがなかったし、「花鳥画×川内倫子」はその透明感に心をハッとつかまれた。新たな発見があり、楽しく鑑賞できた展覧会だった。
公式サイト:https://kotengendai.exhibit.jp/
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[特別編:比較して見る]コロナ退散せよ! 葛飾北斎×しりあがり寿|影山幸一:アート・アーカイブ探求(2020年05月15日号)
2020/06/29(月)(杉江あこ)
特別展「きもの KIMONO」
会期:2020/6/30~2020/8/23(※)
東京国立博物館 平成館[東京都]
「鎌倉時代から現代までを通覧する、初めての大規模きもの展!」というキャッチフレーズのとおり、本展は本当に盛りだくさんの内容だった。約300件という展示規模のみならず、国宝や重要文化財の着物が何点か登場するのも見どころだ。まさに東京国立博物館のコレクション力を見せつけられた。例えば重要文化財のひとつである《小袖 白綾地秋草模様 尾形光琳筆》。これは尾形光琳が京都から江戸へ向かう途中、寄宿した商家の奥方に、世話になったお礼に描いたと伝わる逸品だ。光琳が小袖に直接描いた作品のうち、完全な着物の形で遺されているのはこれただひとつだという。そんなすごい作品だと知ると、鑑賞する目も変わってくる。また何でもそうだが、本物を間近で見られるのが良い。着物の織りや地模様、絞りや文様染め、刺繍などの細工がありありと伝わってくるからだ。
もっとも見応えがあったのは「3章 男の美学」である。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3武将が着用したと伝えられる着物が展示されていた。これこそ本物を見られる機会なんて滅多にない。なかでも織田信長所用の陣羽織がユニークだった。腰から上の身頃がすべて山鳥の羽毛で覆われていたのだ。背中に大きく揚羽蝶の家紋が入れられているのだが、その家紋は白い羽毛で、背景は黒い羽毛で表現されていた。羽毛一本一本を生地に刺し込んだ後、表面を切り揃えて仕立てられたもののようだ。当時、戦国武将は珍しい素材と突飛な技術を用いて比類ない着物を誂え、その勇姿を誇示したそうだが、3武将のなかでも信長はどこかエキセントリックな印象がある。それゆえ羽毛を意匠に用いたのもなんとなく頷けた。
また、鳶の者が火消しの際に身につけた火消半纏も見応えがあった。裏地に刺子で武者絵の模様を描き、火事を無事に消し止めると、半纏を反転させてその派手な模様を見せて市中を歩いたのだという。なかには前身頃から袖にかけて髑髏模様、後ろ身頃に平知盛の亡霊を描いた火消半纏があり、その迫力ときたらなかった。それは武将と同じく勇敢さを誇示するという面もあるが、悪霊や亡霊などの霊力を借りて、火の中に飛び込んだという面もあったのではないか。まさに江戸時代の男の美学を知る一端である。衣服やファッションという概念を超え、文化人類学的な視点で着物を考察する良い機会となった。
公式サイト:https://kimonoten2020.exhibit.jp/
2020/06/29(月)(杉江あこ)
建築をみる2020 東京モダン生活(ライフ):東京都コレクションにみる1930年代
会期:2020/06/01~2020/09/27
東京都庭園美術館[東京都]
いわゆる「戦前」を指す昭和初期に、私は興味がある。それは戦争と戦争との貴重な狭間であり、日本がゆっくりと近代化の道を歩んだ時代だからだ。関東大震災後の「帝都復興」を果たした東京には、コンクリートとガラスの近代建築が建ち並び始め、上野〜浅草間で地下鉄が開通した。そして銀座には洋装したモガ・モボが闊歩したと言われる。現実的にはビジネスシーンを中心に男性の洋装が進んだ一方で、女性の洋装は銀座においてもわずか1%程度だったそうだ。しかし衣服は和服でも結い髪を断髪にするなど、洋装スタイルの浸透が少しずつ進んでいた。このゆっくりとした変化が奥ゆかしくて良い。本展はそんな「モダンの息吹」を探る展覧会だ。
展示は本館と新館とに分かれており、昭和初期つまり1930年代の東京の様子を紹介するのは新館の方である。絵画、写真、家具、雑誌、衣服などの展示品から当時の人々の生活が浮かび上がってくる。なかでも写真がもっとも資料性が高く、見応えがあった。展示写真を見ていて気づいたことは、銀座はすでに現代の街並みの骨格が出来上がりつつあったことだ。特に銀座4丁目交差点あたりの写真を見ると、そこが銀座であることを認識できた。一方で、渋谷は風景がまるっきり変わっていて想像もつかない。このように新陳代謝の激しい街と伝統を大事にする街との差が浮き彫りになった点が興味深かった。またモガの格好が、いま見ても、大変おしゃれだったことがわかる。彼女らが非常に先鋭的で、ファッションリーダー的存在だったのは確かだろう。現代にたとえるなら、タレントかカリスマ店員のようなものか。
本館の方は年に一度の建物公開展である。つまり1933年に竣工された朝香宮邸を紹介しているのだが、実はこれまでにも本館は展示品を展示する「箱」として公開されてきた。したがって私は同館を訪れるたびに見てきたのだが、今回、改めて朝香宮邸とはどんな存在だったのかを考える良い機会になった。そもそも施主である朝香宮夫妻が、1925年にパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博)」を訪れたのは、朝香宮が欧州視察中、交通事故による治療でフランスに長逗留したためというのが運命的である。ともかくアール・デコ博に大変感銘を受けた夫妻は、後の新邸建設にあたり、フランス人装飾美術家のアンリ・ラパンやルネ・ラリックらを登用してアール・デコ様式を積極的に取り入れた。また基本設計を手がけた宮内省内匠寮にとって、これは威信をかけた大仕事だったのだろう。突板、壁紙、ガラスレリーフやエッチングガラス、タイル、鋳物など、あらゆる内装材が逐一凝っていて、邸内が“素材の見本市”の様相を呈していた。1930年代、庶民の間にはひたひたとモダンの波が押し寄せ、さらに宮中には大波が訪れていたことを知れる展覧会である。
公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/
2020/06/27(土)(杉江あこ)
フランチェスカ・ビアゼットン『美しい痕跡 手書きへの讃歌』
翻訳:萱野有美
発行:みすず書房
発行日:2020/04/16
著者はイタリアカリグラフィー協会会長で、イタリアを代表するカリグラファーである。本書は「手で文字を書くこと」への熱い思いが込められたエッセイなのだが、共感できる部分がたくさんある一方で、欧州と日本との文化の違いも感じずにはいられなかった。私が小学生の頃、習い事の定番といえば、そろばんと書道(習字)であった。現代の小学生はさすがにそうではないだろうと思ったが、インターネット調査などを見ると、意外にもこれらの人気が再燃しているという。小学校でも国語科の一環として「書写」の授業は変わらずある。文字を正しくきれいに書くことへの意識が、日本人はいまだ高いのだ。ところが本書を読むと、イタリアではかつてカリグラフィーを学校で正式教科として教えていたにもかかわらず、1960年代末に廃止してしまった。そのためカリグラフィーというと、「中世の薫り漂う異物」や「異国情緒の漂うもの」と思われるのだという。だからこそ、カリグラフィーの希少価値が高まっているのかもしれない。
私自身、原稿を書くときはパソコンを使うが、実はそれ以外の場面では手で文字を書くことが多い。インタビューや取材ではノートにペンでメモを取るし、校正するときにも赤ペンで指示を書く。何か企画やラフ案を考えるときにもノートや紙にペンや鉛筆で自由に書いたり描いたりする。案外と私はアナログ人間、いやカリグラフィー人間なのかもしれないと気づいた。本書に「手で書くと脳のさまざまな部位が使われることが、神経科学の研究では示されている」という指摘がある。まさに手で文字を書くと、脳が刺激されてアイデアが引き出されたり、書いた内容が身についたりするような感覚がある。これはパソコンで文字を打つときには得られない感覚だ。それゆえに、私は手で文字を書くのかもしれない。
パソコンと手との違いをもうひとつ挙げるとしたら、手で文字を書くときには字体そのものをなぞって書くが、パソコンでは記号化して文字を打つ。この違いがとても大きい。具体的に言えばキーボードで日本語を打つとき、我々の多くはローマ字入力を使う。「か」は「ka」、「きゃ」は「kya」と打つ。日本語を書くのに、その媒介として、なぜ他言語のアルファベットを利用しなければならないのか。もちろん便利なツールではあるのだが、そこに何か根本的な矛盾を感じてしまう。本書のイタリア人著者も、そんな我々の葛藤にまで想像は及ばないだろう。その点においてはうらやましい限りだ。
2020/06/23(火)(杉江あこ)