artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
所蔵作品展 デザインの(居)場所
会期:2019/05/21~2019/06/30
東京国立近代美術館工芸館[東京都]
デザインという概念の誕生には、18世紀後半から19世紀前半にかけてイギリスで起こった産業革命が大きく影響している。ウィリアム・モリスは職人の手仕事が失われていく状況を嘆き、大量生産に異を唱えた人物として知られるが、一方、同国で活躍したクリストファー・ドレッサーは大量生産を受け入れ、機械生産のための専門知識を学んだ最初のインダストリアルデザイナーだった。さらに19世紀末から20世紀初めにかけてフランスから世界に広がり流行したアール・ヌーヴォーやアール・デコといった装飾美術、20世紀前半にドイツで開校したバウハウスが推し進めた合理主義に基づく製品の規格化など、世界のデザイン史を大きく振り返るところから本展は始まる。そのなかでデザインがどう関わり、デザイナーがどのような理念を掲げたのかを紹介していく。
例えば合板を曲げる技術を利用して椅子を設計したチャールズ&レイ・イームズ。日本の素材と伝統技術を生かした家具を生み出し、ジャパニーズモダンを提唱した剣持勇。彫刻を通じて、芸術と人々と社会との間の橋渡しをしようとしたイサム・ノグチ。グラフィックデザインを学んだ後、新しい友禅のあり方を探求した森口邦彦。家具、日用品、ポスター、テキスタイル、陶磁器、ジュエリーなどさまざまな分野を横断して、その時代に活躍したデザイナーの象徴的な作品を取り上げる。
結局、いつの時代もデザイナーは挑戦してきた。本展のメッセージはそういうことではないか。そもそも産業革命が起こる以前、工芸しかなかった時代にはデザインという概念が希薄で、工業化が進んだことでインダストリアルデザイナーの存在が明確となり必要となった。しかしデザインという概念がいったん確立されると、工芸にも工業にも、デザインの力は多かれ少なかれ必要であることがわかってくる。いまの日本のものづくりを見ても然り。工芸事業者とデザイナーが組み、モダンクラフトやプロダクトを生み出す例は枚挙にいとまがない。本展は工芸館ゆえに主に工芸にスポットを当てた内容だったが、極論を言えば、日常生活のありとあらゆるものにデザインが介在する。「デザインの(居)場所はどこ?」という命題に対し、「すべて!」と答えられる人は果たしてどのくらいいるだろうか。
公式サイト:https://www.momat.go.jp/cg/exhibition/wheredesign2019/
2019/06/08(杉江あこ)
JAGDA新人賞展2019 赤沼夏希・岡崎智弘・小林一毅
会期:2019/05/28~2019/06/29
クリエイションギャラリーG8[東京都]
今年もJAGDA新人賞展の季節がやってきた。同賞には毎年、3人前後の受賞者が選ばれるが、受賞者のキャリアは大半が決まっている。大手広告代理店か大手メーカー、もしくは有名デザイン事務所に所属しているか出身者である。いずれも広告の世界で敏腕を振るってきた実績が受賞につながる場合が多いのだ。しかしたまに例外もいる。今年の受賞者のひとり、岡崎智弘(1981年生まれ)もそうではないか。39歳以下という対象年齢もギリギリなうえ、岡崎は広告よりも、映像制作や展覧会の空間構成などで独特のセンスを発揮し、注目されてきたデザイナーだからだ。今年の受賞者に岡崎の名前が入っていたこと自体、正直、とても驚いた。逆に言えば、彼が受賞することで、JAGDA新人賞の懐の深さを見たような気もした。
岡崎の作品は、2018年の個展のポスターや出品作品、空間構成、映像「イメージの観測所」、また博物館・放送局の企画展(「デザインあ」展)の出品作品「概念のへや じかん」、同グッズ「しめじの解散!」などである。まさにNHK Eテレの子ども番組「デザインあ」での「解散!」をはじめとする映像制作こそ、岡崎の真骨頂と言えるだろう。これは身の周りのものの部品や要素をバラバラに分解し、それらを体系的に並べ、ものの成り立ちを観察する映像だ。コマ撮りによる緻密な作業にはただただ脱帽するばかりだが、何しろ映像がユニークなので、本人がもっとも楽しんでつくっていることが伝わる。そこが岡崎の作品の魅力であり、本展ではかなり異彩を放っていた。
ほかの受賞者は博報堂に所属する赤沼夏希(1990年生まれ)、資生堂に所属したのち、独立した小林一毅(1992年生まれ)である。赤沼が手がけた美濃吉食品「みやこの鯖寿し」のロゴや一連のポスターは潔く、爽やかで、古色蒼然となりがちな老舗料理店のイメージを覆す、好感の持てるグラフィックデザインだった。一方、資生堂で商品広告やパッケージデザインを手がけてきた経験を持つ小林は、本展では個展のポスターや自主制作作品を中心に出品しており、イラストレーションによる大胆なアイコンが印象的だった。来年はどんな若手デザイナーが選ばれるのだろう。また良い意味での裏切りを期待したい。
公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/201905/201905.html
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2019/06/08(杉江あこ)
GRAPHIC TRIAL 2019 EXCITING
会期:2019/04/13~2019/07/15
印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]
本展を観て痛感したのは、プリンティングディレクターという職能の重要性である。例えばグラフィックデザイナーがこういう表現をしたいと試みたとしても、彼ら自身がコントロールできるのは入稿データの作成までだ。印刷会社に入稿データを渡した途端、彼らは制作のバトンも渡さなければならない。印刷工場では製版、刷版、印刷、加工・製本という工程を経るが、そこでグラフィックデザイナーに代わって、技術的なサポートとディレクションを行なうのがプリンティングディレクターである。建築で言えば、建築家と現場監督の関係みたいなものか……。
第14回を迎える本展のテーマは「Exciting」。参加クリエイターはアートディレクターの葛西薫、アートディレクターのテセウス・チャン、グラフィックデザイナーの髙田唯、アートディレクターの山本暁の4人である。個々にプリンティングディレクターが一人ひとり付き、まさにクリエイターとプリンティングディレクターとの高度な掛け合いとも言えるような協働の過程と成果を見せてくれた。
葛西はそのまま「興奮」と題し、自分がかつて興奮したという中国での思い出の35mmネガフィルムの写真をB1サイズ5連のポスターに引き伸ばすトライアルを行なった。そのまま引き伸ばせば、当然、ボケた画像となる。そこで高解像度の写真ではないことを逆手にとり、スクリーン線数を極端に粗くし、さらにCMYKの各版を異なる線数にしたり、CMYKの4色に銀や金を混入したりして、見え方がどのように変わるのかを実験した。チャンは「Colour Noise」と題し、印刷適正のない不織布にどこまで鮮やかさを再現できるのか、カレイドインキや蛍光インキを刷るトライアルを行なった。髙田はモニター上で鮮やかに発色するRGBの青を印刷で再現できないかという思いに端を発し、「見えない印刷」と題して、ブラックライトで発光・発色する蛍光メジウムに着目。来場者が実際にポスターにブラックライトを当てると、色とりどりの蛍光色とともに詩が浮かび上がり、その場で詩も楽しめるというインスタレーションを展開した。山本は「オフセット印刷の不良」と題し、水濡れや凹凸のある紙への印刷、またインキが裏抜けした印刷、画像のネガとポジを重ね合わせた場合の印刷など、印刷にまつわる失敗やあり得ない実験を果敢に行ない、ユニークな表現を試みた。
このようにトライアル内容がどれも非常にマニアックであることに驚いた。それこそグラフィックデザイナーなど印刷に関わりのある職業でなければ一見理解しにくい内容かもしれない。しかしチラシや雑誌をはじめ、われわれの身の周りには印刷物が山のようにある。それらが実はプリンティングディレクターらによる、高度な技術者の賜物であることに気づく良い機会となるかもしれない。
公式サイト:https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2019/
2019/05/29(水)(杉江あこ)
REVELATIONS
会期:2019/05/23~2019/05/26
グラン・パレ[フランス・パリ]
19世紀後半のイギリスで興ったアーツ・アンド・クラフツ運動は、デザイナーのウィリアム・モリスの思想に端を発したものだったが、21世紀になり、新たな工芸運動がフランスで興り始めている。それがファインクラフト運動だ。ひと口に言えば「工芸作家によるアート運動」で、アーツ・アンド・クラフツ運動に対して、これは「アーツ・バイ・クラフツ運動」とでも言うべきか。
ファインクラフト運動を主導するのは、フランス工芸作家組合(Ateliers d’Art de France)である。これまでアーティストよりも低く見られてきた工芸作家の地位向上を目指し、工芸作家がアート界に参入し始めたのだ。そのサロン(展示・商談会)「REVELATIONS(レベラション)」が、2019年5月にフランス・パリで開催された。同展は2013年から隔年開催を続け、今年で4回目を迎える。出展者は33カ国、約500人、4日間で37,522人の来場者が集まり、いまやヨーロッパを中心に世界中の注目を集めるサロンに成長しつつある。同展がユニークなのは、狙うのがプロダクト市場ではなくあくまでアート市場である点だ。工芸作家が素材の持ち味を生かしながら、自身の持てる技を大いに発揮し、アートとして鑑賞に耐える作品を世に問う。アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けたとされる、日本の民藝運動が提唱した「用の美」とは根本的にそこが違う。「用」は不要なのだ。主な顧客は個人のアートコレクターやギャラリーオーナー、美術館のキュレーターらである。
同展を取材すると、日本からは沖縄県石垣市の石垣焼窯元、茨城県結城市で結城紬の産地問屋を商う奧順といった工芸事業者が出展していたほか、フランスに在住する日本人工芸作家が数名出展していた。彼らからは同展について「工芸分野ではトップレベルのサロン」「最高級の手仕事を伝えるにはもっとも適した場」「文化レベルが非常に高いサロンなので、作品が売れるか売れないかよりも、作品をどう評価してくれるのかが重要」といった声が聞かれた。
しかし他国と比べると、日本国内での同展の認知度はまだ低いと感じる。会場中央には「バンケット」と呼ばれるエリアが敷かれ、カナダやチリ、インド、タイなど11の国や地域が参加し、それぞれを代表する工芸品が華やかに展示されていた。ここに「Japan」の存在がなかったことを非常に残念に感じたのである。日本は欧米諸国に比べると、アート市場の成熟度は低いが、工芸の熟練度は最高水準にあると日々の取材や支援活動、視察などで痛感する。だからこそ同展は日本の工芸作家や職人、事業者にとってはチャンスと映った。次回2021年の開催時に、もっと多くの日本人の活躍が見られることを期待したい。
公式サイト:https://www.revelations-grandpalais.com/fr/
2019/05/24(金)、25(土)(杉江あこ)
視覚の共振・勝井三雄
会期:2019/04/14~2019/06/02
宇都宮美術館[栃木県]
勝井三雄は、田中一光や永井一正、福田繁雄らと並び、戦後日本の高度経済成長期を支えてきたグラフィックデザイナーのひとりである。とはいえ私がわずかに知るのは、色彩を駆使した作品のイメージくらいでしかなく、本展を観て、勝井の力量を改めて思い知らされた。会場に入り、膨大な年表が貼り出されたプロムナード・ギャラリーを通り過ぎると、中央ホールへと導かれる。ここでアッと目を惹くのが、吹き抜けの天井を生かした色彩の巨大インスタレーションだ。これは人間が知覚できる可視光を表わした作品で、赤から紫まで虹色をまとった何枚もの薄い布が凛と吊り下がっていた。さらに「色光の部屋」へ入ると、色彩を操りながら多様な表現を試みたポスター作品群がワッと押し寄せる。その奥では映像インスタレーションが3面の壁にわたって映し出され、うごめく色彩の波に飲み込まれていくような感覚を味わう。ここまでは勝井のダイナミックで華やかな一面と言うべきか。
もうひとつの「情報の部屋」へ移動すると、ひるがえって勝井の堅実な一面を見ることができた。勝井は長いグラフィックデザイナー人生のなかで、ポスターをはじめ、エディトリアル、CI、空間構成など、ありとあらゆる分野に携わってきたようだ。それらがずらりと壁や展示台に並ぶなか、私がもっとも注目したのは職業柄か、やはりエディトリアルである。書籍や雑誌のほか、教科書、作品集、写真集、楽譜集、百科事典と、その範囲も幅広い。例えば化学の教科書やピアノ教本など見覚えのある本を目にし、あれも?これも?と、懐かしさと驚きを覚えてしまった。
何より興味深かったのは『現代世界百科大事典』である。いまでこそ何でもネットで検索するのが当たり前となっているが、同書が創刊された1971〜72年当時は百科事典が情報源の花形だった。これは全3巻に及ぶ、日本で初めてデザインシステムに則った百科事典で、勝井がまず取り組んだのはルールづくりだったという。色彩の使い方、図表の表現方法、各種記号、書体、レイアウトなどのシステムを構築するのに3年余も費やしたそうだ。展示ではそのデザインシステムの一部が解剖されていて、その丁寧な仕事ぶりが窺えた。いや、確かにここまで徹底してルールづくりをしなければ、収拾がつかなくなるのは明らかなのだが、それにしても気が遠くなるような編集作業である。情報を編集することとは何かということを、改めて教わる機会となった。
公式サイト:http://u-moa.jp/exhibition/exhibition2.html
2019/04/27(土)(杉江あこ)