artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
2018年度グッドデザイン大賞展「おてらおやつクラブ 丸の内別院」
会期:2019/04/02~2019/04/22
法事などでお寺を訪れる際、たいていお布施に添えて手渡すのが、仏様へのお供え物である。結果、お寺には菓子や果物などの食品が山のように集まる。住職や僧侶、その家族、また訪れてきた檀家らにそれらの食品をお裾分けしても、その実、食べきれずに持て余してしまうことがほとんどだという。フードロスが深刻な問題となっているいま、お供えという風習に歪みが生じているのだ。一方で、現在、日本の子どもの7人に1人が貧困で苦しんでいるというデータがある。なかでも、ひとり親家庭の2人に1人が貧困状態である。この社会の矛盾に気づいた、奈良県の安養寺住職の松島靖朗が始めたのが「おてらおやつクラブ」だ。2018年度グッドデザイン大賞を受賞し、ある意味、話題を呼んだ。ある意味というのは、「これのどこがデザインなの?」という賛否両論に湧いたからだ。
はっきり言おう。これはデザインである。「お寺の“ある”と社会の“ない”とをつなげる」のが「おてらおやつクラブ」のテーマだという。つまり、これは仕組みのデザインなのだ。同団体は全国にあるお寺1000以上と支援団体400以上とをネットワーキングし、近くにあるお寺と支援団体とをマッチングして、お寺に集まったお供え物を仏様からのお下がりとして、経済的に苦しい家庭の子どもたちにお裾分けする活動をしている。全国いたるところに7万以上もあると言われるお寺。その数はコンビニエンスストアよりも多い。そのお寺を、社会問題を解決するためのインフラとして活用した点に評価が集まったのだ。
そんな同団体の活動をわかりやすく体現したのが本展だった。「おてらおやつクラブ 丸の内別院」というタイトルのとおり、安養寺がそのまま出張してきたかのような展示空間となっていた。まず入り口付近で出迎えるのは仏様や三方である。実際に展示会場でも来場者からのお供え物を預かる。そして中央には畳が敷かれた展示台が広がる。畳の上に載っているのは無数のダンボールだ。安養寺のお堂では、実際にこのようにダンボールを広げてボランティアがお供え物をせっせと詰めているのだという。お供え物はもはや菓子や果物だけに留まらない。もともと「おやつ」から始まった活動だが、いまでは子どもたちの健康的な生活を願い、缶詰やレトルト食品などのほか、歯ブラシといった日用品までが集まっているそうだ。日本人に馴染み深いお寺が、人々への慈悲という根本的な姿勢に基づきながら、時代に合わせた方法で社会問題を解決しようとする試みに、深く共感した。
公式サイト:https://otera-oyatsu.club/2019/03/marunouchi/
2019/04/11(木)(杉江あこ)
プレビュー:写真展「EXIT」
会期:2019/03/29~2019/04/19
BOOTLEG GALLERY[東京都]
2019年3月29日のEU離脱
に向けて、いまイギリスが混乱している。この日から始まる本展は、写真家の金玖美がまさに「ブレグジット」をテーマに発表する写真展だ。混乱しているのは政治家や議員ばかりでなく、市井の人々も然り。本展はそんな市井の人々に焦点をあてた、私的なドキュメンタリーである。金は幼少の頃、イギリスの伝承童話『マザーグースのうた』を繰り返し読み、そのなかに登場するイギリスの地名に惹かれ、いつか行ってみたいと思いを馳せて大人になったと言う。20歳のときに一人旅でイギリスを初めて訪れ、さらに写真家になった後、2004年にロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションに留学し、その地に2年半滞在した。そんな金が2004年から15年間かけて、ロンドンを中心にイギリス各地で撮り溜めた写真が、本展では展示される。
おそらく『マザーグースのうた』が生まれた頃のイギリスと現在のイギリスとでは、国のあり方がずいぶん変わっているはずだ。金が最初に訪れたときのイギリスは、多民族、多文化が共存する、多様性のある国だった。彼女はそこに魅力を感じ、居心地の良さも感じたと言う。ちなみに金自身も在日コリアンとして生まれ、その出自に戸惑う経験もしたが、イギリスの寛容さに触れたことが自身のアイデンティティを確認する良い機会になったと言う。
写真に写されているのは、金がイギリス滞在中に引っ越しの内見で知り合った人やいっしょに暮らした人、学校の友人やそのまた友人、街で声をかけた人、そして街の何気ない風景などだ。金がかつて住んだ地域は、1990年代以降、賃料の安い空き倉庫を目当てにクリエイターが多く移り住んでいたイーストロンドンで、そこには移民も多く暮らしていた。2016年以降には、彼らにブレグジットについて話を聞きながら、撮影した。彼らはあくまでも仕事や家族、生活環境などの個人的な事情に基づいて、離脱か残留かの見解を述べた。これまで多様性を受け入れてきたイギリス社会だけに、彼らの自己主張は強く、ゆえに戸惑いも大きい。金はそんな彼らを優しく見つめるように、シャッターを切る。素のままの顔でカメラを真っ直ぐに見つめる人、カメラの存在すらないかのように部屋でくつろぐ人、抱き合うカップルなど。それらの写真はフィルムカメラで撮影され、金が調整して手焼きしたものであるため、昔のフィルム写真のように柔らかな質感をまとっている。そのためか、彼らの混乱や戸惑いよりも、その奥にある本性だけがすっと写し出されているようにも見える。この先、彼らの生活がどう変わりゆくのか……と想像を巡らせると、胸がやや詰まる。
※2019/07/05〜2019/07/29、静岡県浜松市BOOKS AND PRINTSにて巡回展を予定。
※2019/04/11追記:会期の延長にともない、展示終了日を04/14から04/19に変更した。
2019/03/26(火)(杉江あこ)
菅俊一展 正しくは、想像するしかない。
会期:2019/03/20~2019/04/15
松屋銀座7階デザインギャラリー1953[東京都]
例えば2つの点が左右に並んでいて、その真下に1つの点があるだけで、人の顔に見えるという現象がある。壁や天井に付いた模様やシミを眺めて、人の顔を想像したという経験はないだろうか。本展は、そんなふうに人が根本的に持つ想像力を試す実験のような内容だった。実験されるのは、鑑賞者だ。「ここに並んでいるのは手がかりだけです。正しいイメージは、鑑賞しているみなさんの頭の中にしかないのです。」というメッセージが、まさに本展の主旨を物語っている。
「1. 透明の発生」では、透過の感覚をつくり出す試みとして、さまざまな線の質感や表現方法が紹介される。4つのディスプレイに、斜めに傾いた正方形が、大きな長方形の中を通過していく様子が映る。その通過の過程で、正方形の輪郭が長い点線や短い点線、二重線であったり、四つ角の点しかなかったり、黒く塗りつぶされていたり、または何も映らないだけで、透過の感覚がそれぞれ微妙に異なって見える。いや、目に見えるのはあくまでも点や線でしかないため、心の中での想像が微妙に異なるというわけである。
「2. 乗り越える視線」は、「視線」の実験だ。これはやられた、という感じである。まず正面のディスプレイに映っている、四角と線だけで描かれた単純な顔を見ると、黒目がある方向を向いている。その視線の方向を辿ると、その先の壁には同じ単純な顔があり、また黒目がある方向を向いている。その視線の方向を辿ると……ということを繰り返していくと、気がつけばあちこちを向かされ、最終的に元のディスプレイに戻ってくるという仕組みだった。これは視線同士をつないで、空間に見えない線を描く試みだそうだ。
「3. その後を、想像する」では、ディスプレイ映像と、本を模した板の図版とで、日常的な行為の続きを想像させる試みが行なわれる。例えば、トングで掴んだ角砂糖をカップに入れようとする。映像や絵はそこでストップし、その後どうなるのかは、鑑賞者の想像に委ねられる。液体がカップの外にまでポチャンと飛び跳ねるのか、液体の水面が少しだけ揺れ動くのか、その想像は鑑賞者自身の経験値によって変わる。いわば想像力が働くことで、人は日常生活のなかで危険回避ができるというわけだ。これら3つの展示を通して、限られた視覚情報であっても、想像力でさまざまな情報を補うことができる人の知能の偉大さを、改めて教えられた。
2019/03/23(土)(杉江あこ)
フレンチ・デザイン展「NO TASTE FOR BAD TASTE スタルク、ブルレック…」
会期:2019/03/15~2019/03/31
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3[東京都]
先日、パリに駐在する日本人からこんな話を聞いた。彼は多くのフランス人と接するなかで、フランス人のなかに「アール・ド・ヴィーヴル」という思想があることに気づいたと言う。直訳すれば「暮らしの芸術」「日常に息づく芸術」ということだが、彼はこれを「心の琴線に触れる素晴らしいものを暮らしに取り入れること」と意訳してとらえていた。フランス人はそうしたものへの欲求が強く、暮らしに積極的に取り入れて人生を楽しみたいと考えるのだと言う。本展でもこの言葉が最初に登場し、腑に落ちた。
本展はVIA(フランス創作家具振興会)が主催する世界巡回展である。国際的に活躍するデザイナーや建築家、シェフら40人のクリエイターにより結成されたシンクタンクが、「フレンチ・デザイン」を定義する10のキーコンセプトを導き出し、これらを象徴する家具などのプロダクトを選出。会場ではテントに愛らしいイラストレーションが描かれた各ブースで、それぞれのキーコンセプトとプロダクトとが展示されていた。
東京展で紹介されたのは、10のうち5つのキーコンセプトである。それらは「ラグジュアリーの香るエレガンス」「持続可能な革新性」「大胆さ」「サヴォアフェール(職人技)」そして「アール・ド・ヴィーヴル」である。実際に観てみると、キーコンセプトとそのプロダクトとが「なるほど」と結びつくものもあれば、「そうなの?」と思うようなものもあったが、総じていずれのプロダクトもこれらのキーコンセプトに当てはまるような印象を受けた。
やはりフレンチ・デザインは独特の魅力を持っている。誤解を恐れずに言えば、それは型にはまらないということではないか。「伝統」や「品格」といったキーコンセプトも10のうちに入っているので、もちろん破天荒や羽目を外すということではないのだが、結局は「心の琴線に触れる」ことをもっとも大切にし、生きるうえでの信条としているのではないか。タイトルの「NO TASTE FOR BAD TASTE」とは、「悪趣味のセンスはない」。フランス人の飽くなき芸術への追求と、それを世界に知らしめようとするアピール力を思い知った展覧会であった。
公式サイト:https://www.lefrenchdesign.org/
2019/03/23(土)(杉江あこ)
国立西洋美術館開館60周年記念 ル・コルビュジエ 絵画から建築へ──ピュリスムの時代
会期:2019/02/19~2019/05/19
国立西洋美術館 本館[東京都]
日本で唯一のル・コルビュジエの建築作品である国立西洋美術館で、ル・コルビュジエの展覧会が開催されるとあらば、これほど話題性に富んだ話はない。しかも同館は「ル・コルビュジエの建築作品──近代建築運動への顕著な貢献」の1資産として、2016年にユネスコ世界文化遺産に登録されたばかりである。いったいどんな展示内容になるのかと思えば、焦点を当てたのは、ル・コルビュジエの“原点”だった。ル・コルビュジエが建築家として本格的に活動を始める前、絵画を通して「ピュリスム(純粋主義)」の運動を推進した頃から、代表作「サヴォワ邸」を設計した頃までの10年間に焦点を当てたのである。
1918年末のパリで、ル・コルビュジエは画家のアメデ・オザンファンとともに冊子『キュビスム以後』を発行し、ピュリスムを宣言する。当時、パリの美術界で注目を浴びていたキュビスムを批判し、新しい芸術論を展開するのだが、幾何学を用いて構成する手法はキュビスムとよく似ていて、その違いについて解説されているものの、いまひとつピンとこない……。と思っていたら、最終的にル・コルビュジエはキュビスムを認めて、積極的に紹介する立場へと変わっていくため、やや肩透かしを食らってしまった。それでも平面図と立面図を合体させた独特の構成や、黄金比を用いた計算し尽くされた構成などは、ル・コルビュジエらしく、その後に建築家として開花していく予感をすでにはらんでいた。
個人的には、ル・コルビュジエの絵画にとても好感を持った。正直、ル・コルビュジエが描いた絵画を何作もじっくりと鑑賞したのは初めてのことかもしれない。まさに絵画からル・コルビュジエの思想の変遷を垣間見ることができ、これはこれで大変興味深かった。その多くが静物の抽象画である。瓶やグラス、ランタン、ギター、本などの日用品が抽象化され、それらが規則的に配置され、制御された色と色とが重なり合い、複雑に見えるようで秩序立った世界として描かれている。何と言うか、心地が良いのだ。誤解を恐れずに言えば、アンビエントミュージックならぬ、アンビエントアートのような存在に感じた。空間を構成するように絵画を構成すると、このような世界が生まれるのか。複製画でいいので、叶うなら、わが家のリビングにも掛けたいと思った。
公式サイト:https://www.lecorbusier2019.jp
2019/02/24(杉江あこ)