artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
nendo×Suntory Museum of Art
information or inspiration? 左脳と右脳でたのしむ日本の美
会期:2019/04/27~2019/06/02
サントリー美術館[東京都]
佐藤オオキ率いるデザインオフィスnendoの著書に『ウラからのぞけばオモテが見える』(日経BP社、2013)がある。本展をひと言で言い表わすのなら、まさにこの言葉が当てはまるだろう。展示室に入ろうとすると、入り口が二つある。「どちらかお好きな入り口からお入りください」とスタッフに誘導される。片方は真っ白な空間への入り口「information」、もう片方は真っ黒な空間への入り口「inspiration」。そのときはあまり深く考えず、なんとなくその場の足取りから「information」に進んだ。最初の角を曲がると、まっすぐに通路が伸びている。全体の照明は暗めだが、壁にいくつものスポット照明が当たっており、そこには作品解説が載っていた。やや長めの文章に加えて、イラスト図解まである。対面の壁には窓が均一にくり抜かれており、そこを覗き込むと、まさに解説の作品を観ることができた。いずれもサントリー美術館が所蔵する、日本の美術品である。角をくねくねと曲がりながらも、ずっと続く一本道の展示空間にやや動揺を覚えつつ、ひとまず1フロアの鑑賞が終了。階下に降りると、やはり同様の展示構成となっており、ここでようやく本展の趣旨が身をもってわかってきた。
つまり「information」は左脳的なアプローチ、「inspiration」は右脳的な感じ方を提供するものだった。左脳は言語や文字などの情報処理を行なうため論理性に優れ、対して右脳は非言語の情報処理を行なうため直感力に優れると言われる。そういえば私は展覧会を観る際に、つい解説から見る癖がついているかもしれない。「information」から観た人は階下のフロアでも「information」から観るようにとの順路説明があったため、引き続き「information」の空間を観終え、もう一度階上へ引き返して、今度は「inspiration」の空間へと入った。すると、さらに唖然とした。真っ暗闇の中、やはり壁に窓が均一にくり抜かれており、そこを覗き込むと先ほどと同じ美術品が見えた。しかし今度は見え方が異なる。作品解説がまったくないだけでなく、作品の背面や茶碗の高台部分だけ、陰影だけ、フィルム越しに見えるもやっとした像だけ、果ては拡大された茶碗の染付や切子の模様、レイヤー化された色紙、バラバラになった重箱など、一見訳がわからない作品もある。作品全体像を正面から見せる「information」に対し、「inspiration」はひとつの要素にフォーカスして切り取って見せる、いわば編集された“偏った”展示方法であるからだ。しかし真っ暗闇の中に身を置き、静かにこれらを眺めていると、感性が次第に研ぎ澄まされ、純粋に右脳だけが働いてくるような気になってくる。普段、左脳ばかりを働かせて展覧会を観ていた私にとって、この右脳的感動は新鮮だった。まさにひとつの展覧会を2度楽しめる、画期的な企画である。
公式サイト:https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2019_2/
2019/04/26(金)(杉江あこ)
FERMENTATION TOURISM NIPPON
会期:2019/04/26~2019/07/08
d47 MUSEUM[東京都]
「発酵デザイナー」という肩書きがインパクトある小倉ヒラクは、以前からずっと気になる人物だった。もともと、彼はグラフィックデザイナーとしてキャリアを始めたのにもかかわらず、あるときから東京農業大学で研究生として発酵学を学んだという異色の経歴の持ち主である。現在は「見えない発酵菌のはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとともに、発酵や微生物をテーマにしたプロジェクトに数々携わっている。そんな小倉がキュレーターを務める展覧会と知り、私は開催前から大変楽しみにしていた。
いざ観てみて、彼の底力を改めて思い知った。d47 MUSEUMは、毎回あるひとつのテーマに基づいて、全国47都道府県の産品を画一的に展示するスタイルを通している。しかし、小倉はその展示スタイルすらも変えてしまった。彼が行なったカテゴライズは、「海の発酵」「山の発酵」「島の発酵」「街の発酵」という地理的要素に基づいていた。そのなかで全国47都道府県の産品を展示していくことには変わりはなかったが、さらに「種類が被らないこと」「ルーツに忠実なこと」「現場に行くこと」といったルールを自らに課し、非常にマニアックなローカル発酵食品を揃えるに至ったのである。正直、実際に私が口にしたことのある発酵食品は10点もあるかないか、か。聞いたことも見たこともない発酵食品が大半を占めた。小倉はこの日本全国の発酵食品を巡る旅を8カ月かけてこなしたという。彼が旅先で感じた言葉、訪ねた景色や人々の写真に会場はぐるりと囲まれ、まさに彼の旅を追体験するような展示構成となっていた。
本展を何よりすごいと思ったのは、一部、発酵食品の匂いを嗅げるようになっていた点である。というのも、発酵食品に欠かせないのは匂いだからだ。この点を小倉はよくわかっている。しかも私が鑑賞したのは会期初日だったため、それほど感じなかったが、会期中、その匂いは日に日に増してくる。展覧会として、これは前代未聞の挑戦と言っていいだろう。一次産業と二次産業をまたぐ発酵食品は、日本の土着産業のひとつである。日本を俯瞰するのに、これほど相応しいものはないのかもしれない。芳しい発酵食品を通して、連綿と続いてきた日本人の暮らしの一端を垣間見ることができる。
公式サイト:http://www.hikarie8.com/d47museum/2018/11/fermentation-tourism-nippon.shtml
2019/04/26(金)(杉江あこ)
ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道
会期:2019/04/24~2019/08/05
国立新美術館[東京都]
今年は日本とオーストリアの国交150周年を迎えることなどから、19世紀末ウィーンや当時を代表する画家グスタフ・クリムトに関する展覧会が、各所で相次いで開催されている。本展もそのひとつなのだが、私が本展に注目した理由は、絵画だけでなく工芸、建築、インテリア、ファッション、グラフィックデザインなども展示されているからだ。クリムトやエゴン・シーレの絵画はもちろん見応えがあったが、本稿ではあえて絵画以外の分野について触れたい。
19世紀末ウィーンに台頭した芸術運動の一派といえば、クリムト率いる若手芸術家らが結成したウィーン分離派である。それまでの保守的なウィーン造形芸術家組合に不満を抱いていた彼らが目指したのは、美術市場から独立した展覧会を開催すること、他国の芸術家らとの交流を深め、絵画や建築、工芸などの垣根を越えて、芸術全体を統一することだった。さらにウィーン分離派のメンバーだった建築家のヨーゼフ・ホフマンとデザイナーのコロマン・モーザーを中心に、1903年にウィーン工房が設立される。ユダヤ人富裕層をパトロンにつけ、彼らはギルド組織を築いたのだ。一方、ウィーン分離派に参加しつつ、近代建築の先駆者となったのが、建築家のオットー・ヴァーグナーである。彼はさまざまな国家的プロジェクトに携わり、ウィーンの街並みを一新し、またホフマンら後継者を育てた。
こうした歴史的背景のなかで、まず興味深く鑑賞したのが、ウィーン分離派展ポスターや同機関紙『ヴェル・サクルム』に見られるグラフィックデザインである。色数は限られているが、大胆な構成に、レタリングされた文字、後のアールデコにも通じる幾何学的な装飾などは、現代においても遜色ない。
またウィーン工房に関する展示も興味深かった。ウィーン工房は英国のアーツ・アンド・クラフツ運動の思想に影響を受けたと言われるが、実はほかにも着想源があった。それは1800年代前半のウィーン市民に浸透した、「ビーダーマイアー」と呼ばれる生活様式だ。当時、急激な都市化と政治的抑圧が強く、それに対する反動として人々が心地良い生活空間を求めた結果、豪華絢爛な貴族趣味ではない、シンプルで軽やかな生活道具が生まれたのである。このビーダーマイアーのテーブルウエアや家具が実に良かった。何と言うか、日本の民藝運動の「用の美」にも通じる健やかさを感じたのである。ウィーンの近代史をしっかりと辿りながら、こうしたさまざまな背景や副産物を知り得たことが収穫だった。
公式サイト:https://artexhibition.jp/wienmodern2019/
2019/04/23(火)(杉江あこ)
第21回亀倉雄策賞受賞記念 色部義昭展「目印と矢印」
会期:2019/04/04~2019/05/21
クリエイションギャラリーG8[東京都]
本展のタイトル「目印と矢印」とは、グラフィックデザイナーの色部義昭が一般の人に向けて、グラフィックデザイナーの職能をわかりやすく説明する際によく用いる言葉だという。「目印と矢印をつくる人」あるいは「目印と矢印をデザインする人」とでも言っているのだろうか。確かにその言葉どおり、色部の仕事には美術館や公共施設のブランディング、サイン計画が多い。「design」という単語には「sign」という単語が隠れているとおり(デザインの語源については諸説あるが)、「印」をつくることはグラフィックデザイナーにとって基本中の基本とも言えよう。そんな色部が手がけたOsaka MetroのCI計画に、第21回亀倉雄策賞が与えられた。本展はその受賞記念展である。
会場を訪れると、市原湖畔美術館、須賀川市民交流センターtette、東京都現代美術館、天理駅前広場コフフンなどの公共施設のサインが原寸模型として展示されていた。いわば立て看板のような状態で、会場のいたるところにサインが置かれているのだ。原寸ゆえにそのサインが伝える指示もリアルで、矢印の方向へ進むと、本当にその先にトイレや展示室、ホールがあるような錯覚すら起こす。サインとひと口に言っても、その形態や形状はさまざまで、色部の表現の幅を思い知った。しかもどれを取っても、どこか人間的で、親しみやすさを抱ける点に共感を持てる。
そして会場の奥へと進むと、いよいよ受賞作が登場する。これは公営から民営への移行に伴ない、2018年に新会社として開業したOsaka MetroのCI計画である。チラシなどに載っているグラフィックだけでは気づかなかったが、まるで新体操のリボンのように螺旋状にくるくると回る様子を彷彿とさせる「M」の文字は、視点を90度回転させて見ると、なんと「O」の文字をも内包していた。車内や駅構内のスクリーンで流しているというモーションロゴを見ると、その構造がよくわかり、思わずハッと息を飲む。もっとも奥まった展示室では2面の壁面を使って、実際の地下鉄車内や大阪市内の街の風景を映した映像が流れていた。以前に大阪に住んでいたことのある私にとってそれは懐かしい風景であると同時に、「M」のロゴが新しく加わった街の風景はどこかよそゆきの顔をしているようにも見えた。しかし採用から1年が経ったいま、大阪市民にとって「M」のロゴはもはや馴染みの顔となったのかもしれない。
公式サイト:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/201904/201904.html
2019/04/11(木)(杉江あこ)
POP-UP SHOP 福永紙工×21_21
会期:2019/04/10~2019/04/22
21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3[東京都]
会場に入ると、宙には無数の「空気の器」がふわふわと浮かんでいる。福永紙工の代表製品のひとつで、デザインしたのはトラフ建築設計事務所。円形の紙に幅0.9ミリ単位で点線状の規則的な切り込みが入っており、紙を引っ張り上げることで、網目状の器が自在にできあがるという製品である。平面から立体へという驚きもそうだが、簡単に破れたりへたりそうに見える繊細な紙が、器状になることで案外と強度と張りが増すという実態にも驚く。紙なのに、まさに器としての機能を果たすのだ。
そうした「紙なのに」という驚きの製品が、福永紙工ではたくさん生まれている。なぜか。それは同社が自社工場内で印刷から加工までを一貫して行なうことができる強みを生かし、多くのクリエイターと協働して、オリジナル製品の開発を積極的に行なっているからだ。こうした開発は、2006年に発足されたプロジェクト「かみの工作所」から始まった。発足から10年以上が経ったいま、プロジェクトや製品数はどんどん増え、同社は多くの人々に認知されるクリエイティブな紙工会社へと成長した。何より同社とクリエイターとの信頼関係が各プロジェクトを支えている。
本展は「POP-UP SHOP」と謳っているとおり、展示販売を目的としている。しかし製品をあれこれと観ているだけでも楽しい。そして結局は手に取って楽しく触っているうちに、つい購入したくなるのである。小さな紙製品ゆえに購入しやすい価格帯で、また実用的とは言い難いのに、なぜか欲しくなる魅力を備えているからだ。例えば「空気の器」と並んで、もうひとつ有名な代表製品が「TERADAMOKEI」である。これは建築家の寺田尚樹がデザインした「1/100建築模型用添景セット」が始まりで、もともとは「建築模型をつくる際に添える人や家具、街路樹などをあらかじめ既製品にしておくと便利なのでは」という建築家らしい発想から生まれたもの。しかしシリーズが大量に増えたいまでは、建築家向けというより、一般の人が楽しむコレクションアイテムと化した。紙のプラモデル感覚で、パーツを切り離して組み立て、ある種のジオラマとして楽しむ製品となっている。ものづくりに携わる企業のブランド価値をどう上げ、世間にPRしていくか。人々の心をくすぐる愛らしい製品をつくり発信することに尽力する福永紙工に、学ぶべき点が多くあるように思う。
公式サイト:https://www.fukunaga-print.co.jp/shikoutsushin/event/2019/190325-1/
https://goo.gl/HruQQw
2019/04/11(木)(杉江あこ)