artscapeレビュー
杉江あこのレビュー/プレビュー
May I Start? 計良宏文の越境するヘアメイク展
会期:2019/07/06~2019/09/01
埼玉県立近代美術館[埼玉県]
一般にヘアメイクアップアーティストというと、モデルにヘアメイクを施す人という、いわば裏方のイメージが強い。しかし本展を見て、そんなイメージは吹っ飛んだ。「メイク」という言葉どおり、まさに創作なのだ。現にメイク道具が展示されているコーナーでは、化粧筆やファンデーション、口紅などのほか、ハンダゴテなどの工具類まであり、創作の現場をリアルに物語っていた。
本展は資生堂ビューティークリエイションセンターに属するトップヘアメイクアップアーティスト、計良宏文(けら・ひろふみ)の仕事を紹介する展覧会である。同センターには約40人のヘアメイクアップアーティストが在籍しており、なかでも最高レベルの技術を有する者には「トップ」と冠がつけられる。計良はそのうちのひとりというわけだ。最初のフロアでは美容専門誌や資生堂「TSUBAKI」の広告などで担当したヘアメイクを写真で展示。それぞれの企画意図に沿いながらも、斬新なヘアメイクに挑んだ姿勢が伝わる。
しかしそれらはまだ序の口だった。次のフロアでは「LIMI feu」「ANREALAGE」「SOMARTA」など、最前線で活躍する日本人デザイナーのファッションブランドとの仕事が紹介される。パリコレクションをはじめとするファッションショーで実際に使われたヘア(ウィッグ)の展示を観ると、冒頭で述べたとおり、まさに彼の仕事が創作であることがひしと伝わる。ヘアメイクはファッションブランドの世界観をつくり上げるための重要な要素であり、ともすれば洋服の一部にも代わる存在なのだ。デザイナーとともにその世界観を共有しながら、さらに自身の感性と表現力、技術力で勝負しなければならない。そして最後のフロアではアーティストの森村泰昌や華道家の勅使河原城一との共作が展示されていた。特に勅使河原と共作した、花とヘアとを融合させた写真作品《Flowers》ではヘアメイクの新たな境地を見ることができた。ここまでくると、ヘアメイクもファインアートとなる。
私がもっとも興味を惹かれたのは、ファッションデザイナーの坂部三樹郎との共作で、ひとりの女性に39通りのファッションとヘアメイクを施した新作映像インスタレーションである。ごく普通の顔の女性がファッションとヘアメイクによって、清楚にも、アイドルっぽくも、オタクっぽくも、幼くも、大人っぽくも、強くも、怖くもなることを見事に表現していた。つまり腕さえあれば、ヘアメイクによって自分の姿をどうとでも創作できることをつくづく思い知ったのである。
公式サイト:http://www.pref.spec.ed.jp/momas/index.php?page_id=413
2019/07/21(杉江あこ)
Archives: Bauhaus 展
会期:2019/06/28~2019/09/23
無印良品 銀座 6F ATELIER MUJI GINZA Gallery2[東京都]
2019年はバウハウス創立100周年にあたる節目の年である。これを記念する展覧会やイベントなどが昨年から各所で開かれており、本展もそのひとつにあたる。バウハウスというと、どうしてもヴァルター・グロピウスをはじめ、ミース・ファン・デル・ローエ、マルセル・ブロイヤーといった建築家らがその教師陣として思い浮かぶが、本展で主に取り上げられたのは同校の金属工房で優れた才能を発揮したという女性デザイナー、マリアンネ・ブラントだ。正直、本展を観るまで彼女の存在を知らなかったが、円形や半球形を基調とした金属製灰皿などはとても端正で美しく、バウハウスの血を受け継ぐデザインであると感じた。また同じく同校で学び、教鞭を執ったデザイナー、ウィルヘルム・ワーゲンフェルドのポットやカップなどのガラス製品も展示されており、こちらも端正で美しい造形をしていた。これらはバウハウスが残した工業製品のごく一端に過ぎないだろうが、それでも20世紀初めに工業デザインの基礎がドイツで築かれたことを十分に物語っていた。
本展の見どころのもうひとつは、マリアンネ・ブラントが残した写真である。校内のどこかで撮影されたと思われる写真には学生たちの姿も写っており、当時の学校風景をふわりと伝える。そして魚眼レンズで撮ったような凝ったアングルからも、彼女のセンスが垣間見られた。バウハウスが実践した総合的造形教育の賜物がまさにここにあった。
さて、本展を主催するのは無印良品である。バウハウスの作品や製品に混じって、無印良品の製品も併せて展示されていた。例えばマルセル・ブロイヤーのカンチレバーの椅子と無印良品の椅子など、構造や形状がよく似ているもの同士を並べた展示もあれば、素材、形状、機能をシンプルに突き詰めたという点で似ている生活道具の展示もあった。互いに学校と企業という違いはあるが、つまりそこには「無印良品は現代のバウハウス(の精神を受け継いだ企業)である」というメッセージがあるように感じた。
公式サイト:https://www.muji.com/jp/ateliermuji/exhibition/g2_190429/
2019/07/05(杉江あこ)
田名網敬一の観光 Keiichi Tanaami Great Journey
会期:2019/07/05~2019/08/21
ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]
幼少期の頃に見た原風景や体験した原体験が、クリエイションの原点になっているというクリエイターは案外多い。グラフィックデザイナーでありアーティストである田名網敬一もそのひとりだ。
私は数年前に田名網にインタビューをしたことがあるのだが、そのときに聞いた話がとても強烈でいまでも忘れられない。太平洋戦争中のある晩、空襲警報が鳴り響き、幼かった田名網は家族とともに防空壕へ避難した。庭の防空壕の側には大きな水槽があり、そこに金魚が泳いでいた。空からはアメリカ空軍による焼夷弾がどんどん降ってくる。そのときに照明弾が水槽に当たり、強い光の中で金魚の鱗がピカピカ、キラキラと輝いた。その様子を「火の海に浮かぶ金魚」と田名網は形容し、幼すぎたゆえに、恐怖よりもワクワクとした興奮を覚えたと話す。この原体験が、大人になった後にアメリカで触れた1960〜1970年代のサイケデリック・ムーブメントとひとつにつながった。奇怪で色鮮やかな田名網の作品はサイケデリックと評されることが多く、それゆえに熱烈なファンも多いが、田名網にとってのサイケデリックの原点は幼児期の戦争体験にあるのだ。
すでに80歳を超えた年齢でありながら、いまもなお精力的に創作活動を続ける田名網の展覧会が開かれている。新作プリント作品のほか、立体作品、アニメーション、食器のデザイン、書籍や雑誌の装丁など、幅広いジャンルにわたり、田名網は独特の世界を表現し続ける。そこに見られるモチーフはアメリカンコミックから引用された爆撃機や爆弾、金魚、鶏、ミッキーマウス、ロボット、橋などさまざまで、一見、混濁した印象を受ける。しかしどれも自身の記憶や夢が元になった曼荼羅図のようなものだという。そう、戦争体験すらも明るいポップな作品へと昇華されるのだ。いま、世の中のありとあらゆるものが清潔で端正なものが良しとされ、それに慣れきってしまった。そんな時代だからこそ、暴力的なまでに心がかきむしられる田名網の作品は、ときには良い刺激になるのではないかと思う。
公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000739
2019/07/05(杉江あこ)
LOEWE FOUNDATION CRAFT PRIZE
会期:2019/06/26~2019/07/22
草月会館[東京都]
先日、取材したパリのサロン(展示・商談会)「レベラション」でブースを構え告知していたのが、この「LOEWE FOUNDATION CRAFT PRIZE(ロエベ ファンデーション クラフト プライズ)」だった。レベラションと同じく、同プライズでも核とするのがクラフトの進化である。ロエベ財団ではこれを「モダンクラフト」や「コンテンポラリークラフト」と称しているが、レベラションが提唱する「ファインクラフト」とおそらく同義だろう。工芸作家が素材を重んじ、卓越した技術で、芸術的価値を生み出す。いま、こうしたムーブメントが世界中で起きていることを改めて感じた。
同プライズは2016年にロエベ財団が立ち上げたもので、今年で3回目を迎える。100以上の国から工芸作家やアーティストの応募があり、2500点を超える作品が集まった結果、ファイナリスト29人の作品が選出され、展覧会として発表された。会期前日には29人のなかから大賞1人と特別賞2人が選ばれ、盛大なセレモニーも行なわれた。そして大賞と特別賞の各1人がいずれも日本人だったことが話題にもなった。
大賞を受賞した石原源太の作品《Surface Tactility #11》(2018)は、伝統的な乾漆技法でつくられた有機的な物体である。デコボコとした形状は、スーパーマーケットで売られている網に入ったオレンジの塊がモチーフとなったそうだ。しかしその身近なモチーフとは相反して、何層にも塗り重ねられ、艶やかに磨かれた漆は不思議な魅力を湛え、見る者を惹きつける。このように「伝統を進化させ、革新的であること」、また「芸術的な指針を示していること」が応募作品の要件であり、評価の対象なのだ。日本には優れた伝統工芸がたくさんあるが、伝統だけでは同プライズの評価の対象にならないのである。
同プライズでもうひとつ注目したのは、11人の審査委員のうち唯一の日本人がプロダクトデザイナーの深澤直人だったことだ。知ってのとおり、現在、日本民藝館館長でもある深澤が世界の最先端クラフトに関わっていたことは興味深い。かつて民藝運動が「用の美」を提唱したとおり、工芸はあくまで生活道具を生み出すための手段だった。そこに美しさや愛おしさを偶然見出されたのが民藝であったわけだ。しかしその後、機械による大量生産が主流となり、工芸はいわば時代に取り残され、ローテクに甘んじることになった。次第に淘汰されていった工芸が、現代になり、最後の生き残りのために踏み入れた領域が実はアートだったのではないか。工芸には手仕事ゆえの温もりや丁寧さがある一方、人間の手でしか成し遂げられない大胆さや情熱を込めることもできる。工芸とアートは案外近しく、相性のいい分野なのかもしれない。
公式サイト:http://craftprize.loewe.com/ja/home
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REVELATIONS|杉江あこ(2019年06月01日号artscapeレビュー)
2019/06/25(杉江あこ)
大日本タイポ組合展 文ッ字─いつもの文字もちょッと違ッて見えるかも─
会期:2019/04/20~2019/06/30
町田市民文学館ことばらんど[東京都]
大日本タイポ組合は、1993年の結成以来、非常にユニークな活動を続けてきた2人組のタイポグラフィユニットである。1990年代半ばからちょうどパソコンが普及し始め、一般の人々の間にもタイポグラフィに関する認識が広まった時代背景が、彼らの活動をさらに後押ししたように思う。そんな彼らの集大成ともいえる展覧会が開かれた。その展覧会名からしてユニークだ。チラシを見るとわかるが、「文ッ字」を縦書きにすると、「文学」という文字が浮かび上がる。会場が町田市民文学館ことばらんどということから、「文字」と「文学」との字形の共通点を探り、命名した展覧会名なのだ。
このように大日本タイポ組合の手にかかると、平仮名や片仮名、漢字、数字、アルファベットの垣根を越えて、元の文字がいったん解体され、新たな文字が再構築される。その手腕たるや、お見事としか言いようがない。そもそも平仮名や片仮名、漢字、数字、アルファベットとさまざまな文字を扱う日本語自体、外国語と比べると非常に特殊である。その特殊性ゆえに、彼らのような自由な発想が生まれるのだろう。
例えば新元号が発表された4月1日、使命感にかられ、ほかの仕事もそっちのけで約5時間かけて仕上げたという、一見「令和」と読める作品。目を凝らして見ると、文字のところどころが分割されていて、少しだけ不自然な箇所が見て取れる。さらによく観察すると、こう読める。「ヘイセイオツカレ」と。時間はかかるが、なぜ読めるのかというと、上から下へ、左から右へと、漢字の書き順に沿って新たな文字が配列されているからだ。彼ら曰く、どんな文字をつくるにあたっても、このルールは最低限守るようにしているのだという。本展ではほかに、片仮名を新たな漢字のように組み立てた印章文字、滑らかな平仮名の線を生かして動物たちを描いた絵本、アルファベットを解体して同義の漢字と動物の線画へと展開した作品、「米寿」などに倣い、漢字を数字に分解することで各年齢に相応しい「寿」を考案した作品など、ありとあらゆる手法による文字作品が展示されていた。
もともと、日本語の文字の起源は誰もが知るように、象形文字として生まれた漢字から平仮名がつくられ、片仮名がつくられた。そう考えると、何かの形から新たな文字を生み出すことは、実は理にかなった行為とも言える。本展を観た後には、街にあふれるいろいろなものが文字に変換されて見えるというマジックにかかった。
公式サイト:https://dainippon.type.org/mojji/
2019/06/21(杉江あこ)