2020年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

VOCA展2020 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─

会期:2020/03/12~2020/03/30

上野の森美術館[東京都]

上野の美術館や博物館が2月末から次々と休館するなか、なんとか開催にこぎつけた「VOCA展」だが、最後の週末はやむをえず休館するというので、あわてて最終日に駆けつけた。同じような駆け込み組が多数いて入場制限されるんじゃないかと思ったが、やっぱりそんなことはなく空いてた。安心したけど、ちょっと寂しくもある。

今年のVOCA賞は、何百枚も重ねた写真を彫って作品にしたNerhol。田中義久と飯田竜太の二人のアーティストによるユニットで、ひとりがアイディアを練り、もうひとりが彫るから「ネルホル」と読むそうだ。同一写真ではなく連続写真を重ねて彫っていくため、部分的に時間の推移が読み取れる。いわば4次元の世界における写真ともいえるが、べつに錯視的なおもしろさを追求しているわけではなく、積層した時間を即物的に掘り起こしていくことで、イメージと物質の対比を際立たせようとしているようにみえる。確かにサブタイトルに謳われているように、「新しい平面の作家たち」ではある。

奨励賞は菅美花と李晶玉で、彼女たちも写真を用いた作品で受賞している。菅のほうは二人の女性が左右対称に並んだダブルポートレート。よく見ると二人は同一人物(作者自身)で、片方はホンモノ、片方は精密な人形だそうだ。修整が施されているので、どっちがどっちかほとんど見分けがつかない。ドッペルゲンガー、いやクローンというべきか。いまのデジタル技術を使えば、わざわざ人形をつくらなくてもできるはずだが、あえて人形にして並んで撮るところに菅の狙いがあるのだろう。でも修整をどんどん加えると、どちらも等しくヴァーチャルな存在に近づいていく。

李の作品は、巨大な競技場を前にひとりの女性がたたずみ、背後に赤い太陽が浮かぶ図。女性が着ている白い服は、1936年のベルリン・オリンピックに出場し、マラソンンの日本代表として金メダルを穫ったソン・ギジョン(孫基禎)の体操服だそうだ。背後の競技場はてっきり新国立競技場かと思ったら、ベルリンのオリンピアシュタディオンだという。さまざまな政治的意図を含んだ作品。

あと気になったものを2、3点。佳作賞の黒宮菜菜は、草花や雪が舞い散るような一見にぎやかな画面だが、よく見るとその奥に人物像が浮かび上がる。油彩にアクリル、さらにシルクスクリーンも併用し、重層的なイメージをつくり出すことに成功している。高山夏希はパネルに糸をびっしりと水平に張り、上から絵具を盛り上げた作品。一見、絵具がぐちゃぐちゃに混ざり合って汚らしく見えるけど、これが自然の風景を描いたものだとわかると、にわかに美しく感じられ、崇高ささえ漂ってくるから不思議だ。

今回いちばん感心したのは水木塁の作品。紙ヤスリのようなザラザラした画面に白い絵具が塗られ、上から記号のようなものが印されている。画面は紙ヤスリではなくスケボーの表面に使う素材で、絵具は道路用の塗料、記号は工事関係者が使う符号だそうだ。つまりこれ、道路に描いたストリート絵画をはがして垂直に立てたようなもの、ともいえるが、推薦者の遠藤水城氏によれば「絵画の道路化」だという。これは納得。

2020/03/27(金)(村田真)

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第23回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)

会期:2020/02/14~2020/04/12

川崎市岡本太郎美術館[神奈川県]

新型コロナウイルスの影響で美術館や展覧会が次々と閉鎖されるなか、開いててよかったー! 岡本太郎美術館。駅から遠いし、観客もまばらだから感染の恐れは少ないだろうと判断したのかもしれない。道中、平日は人もまばらな生田緑地に子供たちの元気な声が響いていた。君たち、安倍首相に感謝するんだぞ。なに? ほんとは学校に行きたかったって? そりゃ安倍のせいだ。

さすがに美術館内は閑散としているかと思ったら、意外や若者のカップルが多かった。ほかに行くところがないんだろう。展覧会は相変わらず元気だ。数ある公募展のなかで、いつもここだけ熱を感じる。岡本太郎の名を冠しているだけあって、エクストリームな作品が多いのだ。その最たるものが、岡本太郎賞の野々上聡人《ラブレター》。中央に木彫りの彫刻を積み上げ、それを囲むように3面の壁に100点を超す絵画をびっしりと飾り、自作アニメも流している。

作者によれば、「絵が完成し変化をやめた時、死体のように思えて淋しくて、動く絵(アニメーション)を作り始めた。またそれらを握りしめたい、撫で回したいという思いが立体作品になった」。そうした無軌道な軌跡を盛り込んだものだという。1点1点の絵画はスズキコージの絵を彷彿させる密度の濃い画風で、完成度が高く、全体として濃密なインスタレーションと捉えることもできるが、これまでの作品を並べた個展会場として見ることもできる。その対面の壁には、本濃研太(特別賞受賞)による段ボール製のカラフルな仮面がびっしりと飾られ、この周辺だけきわめて濃密な空気が漂っていた。

もうひとつ感心した作品が、特別賞の村上力《㊤一品洞「美術の力」》。「弊社の軍船で掻き集めた、古今東西の美術品を展示するギャラリー」との設定で、絵画、彫刻から木工、陶芸まで、幅広く展示している。絵画も彫刻も素材は粗い麻布でできていて、絵画は風景画から抽象画まで幅広く、このブースの展示風景を入れ子状に描いた画中画もある。ちょっと久松知子を思い出した。彫刻は阿修羅像から岡本太郎、ボブ・ディランらしき肖像まであり、テクニックは確かだ。これも全体でひとつのインスタレーションをなしていると同時に、グループ展内個展(公立美術館内私設ギャラリー)を実現させている。

新型コロナウイルスの影響は同展にもおよんでいる。そんたくズのコントライブ「死ぬのはお前だ!」が中止になった。ライブが作品なのでこれはツライ。「首相から言われたのでコントライブが出来なくなりました」と恨みがましく書いてある。もうひとつ、コロナとは関係なさそうだが、大木の芯をくり抜いた藤原千也《太陽のふね》(特別賞)が「メンテナンス中」とのことで展示中止になっていた。別に機械仕掛けの作品でもないのにメンテナンス中とはどういうことだろう。朽ち木だからカビか虫が発生したのだろうか。美術館は表現内容に関しては包容力があるが(ないところもあるが)、物理的な脅威には弱いようだ。そういえば今日は東日本大震災から9年目。

2020/03/11(水)(村田真)

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生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和

会期:2020/02/21~2020/04/12

練馬区立美術館[東京都]

日本の美術史上、洋画も日本画も手がける画家はしばしばいるし、絵を描きながら図案で稼ぐ画家も少なくないが、図案から始めて日本画を学び、洋画に転向してフランスに留学、後半生は文人画に没頭した画家は珍しいと思う。明治・大正・昭和を生き、98歳の大往生を遂げた津田青楓だ。

津田は1880年、生け花の家元の次男として京都に誕生。生活のため図案制作をしながら、日本画家に師事したり、染織学校で学んだりしたが、20歳で徴兵されて日露戦争に従軍。除隊後は一転して関西美術院でデッサンを学び、本格的に油絵を習得するため1907年にパリに留学。帰国後、保守的な洋画壇に背を向け、1914年に二科会を創立し、フォーヴィスムの画風で会を盛り立てていく。と、ここまででもめまぐるしく仕事が移り変わっていくのがわかるが、このあとさらに大きな変化が訪れる。

1923年、関東大震災をきっかけにマルクス経済学者の河上肇と知り合い、次第に社会運動に目覚め、プロレタリア美術にのめり込んでいくのだ。ぼくがこれまで知っていた津田青楓の作品は《研究室に於ける河上肇像》と、拷問を受けた左翼運動家を描いた《犠牲者》の2点だけだが、いずれもこの時期の作品だ。しかし《犠牲者》を制作中に治安維持法違反で検挙され、拘留中に社会運動から身を引くことを誓約させられる。この「転向」は、同時に油絵の断筆宣言でもあった。油絵は社会的関心をリアルに絵に表わすものだと考えられていたからだ。以後、第2次大戦を挟んで半世紀近く、浮世離れした水墨画や書に親しんでいくことになる。

図案、日本画、油絵、文人画、書と多様な仕事を展開した画家の回顧展なので、作品も多彩きわまりない。しかも油絵だけでもフォーヴ風のヌードから社会主義リアリズムまで振れ幅が大きい。だから見ていて退屈しないけど、図案とか水墨画とか興味ない部分はスルーしたから、しっかり見たのは油絵だけで、全体の3分の1にも満たなかった。

2020/02/28(金)(村田真)

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コレクション展 越境者たち—BEYOND THE BORDERS

会期:2020/02/15~2020/03/22

目黒区美術館[東京都]

美術館のコレクション展だが、「越境者たち-BEYOND THE BORDERS」というテーマの下、日本画と西洋画の境を超えた画家たちの作品を特集している。出品は、屏風や絹本、扇面などに油彩で日本の風物をリアルに描いた川村清雄から、戦後日本画に前衛表現を採り入れたパンリアルの画家たち、そして現代美術から日本画に接近した諏訪直樹まで、40点余り(それとは別に「山下新太郎のファミリーポートレート」も同時開催)。

川村清雄にも興味はあったが、2日前に三重県の「諏訪直樹展」に行ってきたので、そこに出ていなかった《無限連鎖する絵画》を見たくなって訪れたのだ。この作品は1988年から亡くなる1990年まで描き継がれた計50点におよぶ大連作。1年ごとに「Part1」から「Part3」に分かれ、目黒区が所蔵しているのは「Part2」の17点だ。いま50点とか17点と言ったが、物理的に画面が分かれているだけで絵柄はすべてつながっているので、全体で1枚の絵とも言える。原則的に終わりはないが、作者が死ねば「未完のまま完結」するという矛盾した存在なのだ。形式的には、時間軸に沿って横に(左右は逆だが)展開していく点で絵巻に似ているし、物理的には屏風絵や襖絵に近い。いずれにせよ前代未聞の絵画であることに間違いない。

「Part2」は1989年に描かれた部分で、画面にはまず鋭角の三角形や菱形が現われ、その内外に金や緑青、群青などの絵具が荒々しいタッチで塗布されている。やがて扇形、菱形格子が現われ、色彩や形態が重なって複雑なパターンを形成していく。絵具の撥ねや滴りは絶妙で、作者は自らのタッチに酔っているようにさえ思える。諏訪はこれを描くとき、どの程度先まで構想していたのだろう。あまり先まで決めていたら連鎖させる意味がないし、かといって1点1点場当たり的に描いていたとも思えない。日々の移ろいや季節による変化も反映されているのだろうか。フォーマットを決め、死ぬまで続けるという点では、河原温の「Today」シリーズに近いかもしれない。

2020/02/26(水)(村田真)

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没後30年 諏訪直樹展

会期:2020/02/01~2020/04/05

三重県立美術館[三重県]

津市の三重県立美術館へ。新型コロナウイルスのせいか、祝日なのに観客はぼくを除いて2、3人しかいない。これはゆっくり見られるぞ。諏訪直樹は1970年代後半から80年代にかけて独自の絵画を追求し、1990年に36歳の若さで不慮の死を遂げた画家。同展は没後30年を記念して館のコレクションを公開するもの。

諏訪は1980年以降、伝統的な日本絵画の形式を採り入れた独特の絵画を発表して注目されたが、今回はそれ以前の1970年代後半の初期作品がおよそ半数を占めており、当時の時代状況も浮かび上がってくる。70年代というと、表現を極度に抑制するミニマリズム、コンセプチュアリズムが美術シーンを支配し、「絵画」「彫刻」は死んだといわれ、「平面」「立体」に言い換えられていた時代。若い作家たちはこうした閉塞状況を脱して新たな表現を獲得するため、普遍的な幾何学的構成から始めたり、矩形のキャンバスを放棄したり、抽象表現主義に立ち戻ったり、日本の伝統形式に着目したり、試行錯誤を繰り返していた。まだ20代前半だった諏訪は、貪欲にもこれらすべてを試みた。

《IN・CIRCLE NO.1》は、7枚の画面を垂直に分割して点描で彩色した連作で、分割の比率も色彩の配置も厳密なシステムに則っていることがわかる。これらを横にぴったり並べて遠くから眺めると、個々の画面を超えて別のパターンが浮かび上がってくる仕掛け。個で完結せず全体でひとつの作品に見せるのは、のちの《無限連鎖する絵画》にもつながる発想だ。諏訪はさらに黄金分割を使って画面を縦横に組み合わせたり、斜めにカットしたりするシェイプトキャンバスのシリーズ「The Alpha and the Omega」を発表。アルファとオメガはギリシャ文字の最初と最後で「永遠」を意味し、これも《無限連鎖する絵画》を予感させる。ここまでが初期作品だ。このように数字や幾何学などの外的システムに頼るのは、諏訪に限らず、内発的表現が困難だった当時としては、「美術」「絵画」を再起動するために必要とされた方便だったのだ。

そして1980年、その後の諏訪の方向性を決定づける「波濤図」シリーズを始める。これは画面を屏風のように折り曲げ、荒々しいタッチで(しかし幾何学的パターンに沿って)伝統的モチーフである波濤を描いたもの。これを懐古的な日本回帰と見る向きもあるが、そうではなく、日本絵画の形式に当時流行の兆しを見せていた新表現主義のエッセンスを採り入れた、ハイブリッドな現代絵画と見るべきだろう。同展では、衝立状の「日月山水」シリーズ、掛軸の形式を借りた「PH」シリーズ、屏風仕立ての「八景残照」へと展開していく過程が見て取れる。絵の内容も初期のように分割した画面に均質に色彩を置くのではなく、幾何学的形態のせめぎあう空間に奔放にストロークを走らせている。このあと諏訪は死ぬまで終わることのない、従って遺作となった《無限連鎖する絵画》に着手することになるのだが、この3部からなる超大作が単なる思いつきなどではなく、初期作品にすでに胚胎していたことは前述のとおりだ。

いま見てきた作品は《無限連鎖する絵画》を除き、すべて三重県立美術館のコレクションに収まっている。それは諏訪が四日市出身の、いわば地元作家だからだが、なぜか最重要の《無限連鎖する絵画》の3部作だけは宇都宮美術館、目黒区美術館、千葉市美術館に分散している。これらをまとめて見られないのは残念だけど、もしすべてが1館に集中していたら地域の人以外はあまり訪れず、それこそ地元作家の1人として埋もれてしまいかねない。3館に分散させたのは偶然かもしれないが、ある意味戦略的とも言えるだろう。

2020/02/24(月)(村田真)

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