2021年04月01日号
次回4月15日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

シンビズム4 ─信州ミュージアム・ネットワークが選んだ作家たち─

会期:2021/02/13~2021/03/14

サントミューゼ 上田市立美術館[長野県]

「シンビズム」とは、長野県内の学芸員が協働して県ゆかりの美術家を紹介する試みで、信州+美+イズムの造語らしい(ほかにも「新美ズム」「真美ズム」などの語呂合わせもあるようだ)。4回目を迎える今回の出品作家は、戸谷成雄、辰野登恵子、母袋俊也、小山利枝子の4人。いずれも1950±5年の生まれで、70年代前後に活動を始めたいわゆる「ポストもの派」と呼ばれる世代だ。ポストもの派とはごく簡単にいえば、ミニマルアートやもの派によって解体されたモダンアートを問い直し、ゼロ地点からもういちど「絵画」や「彫刻」を立ち上げようとした作家たちといえるだろう。わざわざ金沢に行く道すがら途中下車して見たかったのは、ぼく自身が世代的に近いからであり、彼らが長野出身であることなどはどうでもいいことだ。

展示順に見ていこう。最初は、花をモチーフにした絵画で知られる小山利枝子。1993年から30年近くに及ぶ大作を10点ほど展示している。1点だけ絵画ではなくメッシュを丸めて壁に取り付けた作品を出しているが、「再制作」とあるので初期の作品だろう。彼女は早い時期にいったん制作を中断しているので、この作品は明らかに異質だ。花を描き始めるのは80年代からで、90年代はまだ花の実体感が残っているが、次第に花弁が湧き上がる液体のように流動化し、近作では物質感がほとんどなくなって気体化してきている。このような絵画の漸進的展開を目の当たりにできるのは眼福といっていい。彫刻家の戸谷成雄は、シンプルに「ミニマルバロック」シリーズの《双影景》1点を、ドローイングとともに出品。1点といっても、ひとつの大きな木の塊を分割して切り出した角柱にチェーンソーで複雑な斬り込みを入れた26本のセットだ。戸谷は一貫して彫刻の原点である「彫る」「刻む」という行為にこだわり続けているが、初期の概念的な彫刻を脱し、現在の表現主義的なスタイルに結実したのはやはり80年代のこと。

上田市出身の母袋俊也は、屋外を含めて30点近く(シリーズの小品をカウントすれば100点以上)出品し、集大成的な展示となった。導入部として、通路の左右の壁から正方形の「Qf」シリーズを交互に突き出して展示。このシリーズは、絵画の出発点ともいうべき3つの宗教美術、すなわちイコンの三位一体とキリストおよび阿弥陀如来の手の図像によって構成されている。大きい展示室には、郷里(まさにこの地)の風景を描いた「TA」シリーズを中心に出品。また館内の窓や屋外にも、山を借景にした《絵画のための見晴らし小屋》をはじめとする「絵画論」的作品を設置している。いずれも画面の比率や枠など絵画のフォーマットを考察し、絵画を原点からもういちど立ち上げようという姿勢がうかがえる。最後は7年前に亡くなった辰野登恵子。70年代の格子パターンの版画も出ているが、大半は表現主義的なペインティングから奥行きのある色彩絵画まで、80年代以降の作品で占められ、約40年に及ぶ画業の足跡をたどることができる。

4人とも初期はミニマル、コンセプチュアルに感化されたものの、その影響を脱して80年代に自分のスタイルを確立している点で共通している。これはポストもの派ならではのプロセスといえるだろう。だが今回、それ以上のことに気づかされた。それこそ「シンビズム」というほかないものだ。小山は、花弁の輪郭が山の稜線と酷似していると語り、戸谷は、山の輪郭が山肌ではなくその上を覆う樹冠で決まることを、彫刻の表面の問題として捉えていた。母袋は先述のように、郷里の山をモチーフにシリーズを展開しているし、岡谷市生まれの辰野は、小学生のころ諏訪湖をよく描いていたことについて語っている。彼らの作品から「長野」らしさなど感じられないし、「信州」をイメージすることもできないが、しかし意外にも彼ら自身は山や湖など長野の自然からインスパイアされていたのだ。そしてこのことは今回「シンビズム」として一堂に会されなければ気がつかなかったに違いない。まあ気づいたところで、長野県人以外にはどうでもいいことだけど。

2021/02/25(木)(村田真)

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岡本光博 「オキナワ・ステーキ」

会期:2021/02/06~2021/02/27

eitoeiko[東京都]

「オキナワ」をモチーフにした岡本の個展。岡本と沖縄といえば、2017年に沖縄の伊計島にあるスーパーのシャッターに、墜落するヘリコプターやパラシュートなどを黄地に黒でペイントした《落米のおそれあり》(2017)を発表して物議を醸したことが記憶に新しい(その2年後、同作品は「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」に出品され、さらに有名になった)。しかし岡本と沖縄の関係はさらに10年以上も前に遡り、2004年から2年ほど岡本が沖縄の大学の非常勤講師を務めていたときに始まるという。今回の出品作品も《落米のおそれあり》を除き、大半はこの時期につくられたものだ。

展覧会名にもなった《OKINAWAN STEAK》(2005)は、日米のコックが巨大なステーキを料理する姿をポップに描いた作品で、このコックは沖縄の有名な2店のステーキハウスの看板から引用したものだという。ステーキは沖縄本島のかたちをしており、日米に翻弄される現状を表わしている。街で見かける「工事中」の看板が「演習中」に書き換えられている作品も2点ある。「ご迷惑をおかけします」と書かれた言葉の下には、それぞれ兵士姿の白人と黒人がおわびしている。床には赤く塗られた紙が数百枚、赤絨毯のように敷かれているが、これは摩文仁の丘に建つ戦没者24万人の氏名が刻まれた「平和の礎」を赤鉛筆でフロッタージュしたもの。そのとき削った赤鉛筆のカスを泡盛の小瓶に詰めた作品もある。

《to MANKO》(2005)と題された映像は、那覇にある前島アートセンターから漫湖までボートで川沿いに遡上するパフォーマンスを記録したもの。しばらく見ていたけど、映像そのものはおもしろくもなんともない。漫湖は現在ラムサール条約にも登録される干潟になっているが、別に環境保護を訴えるわけでもなく、ただ漫湖に行ってそれをタイトルに使いたかっただけなのでは? こういう下ネタも岡本の得意とするところだ。ちなみに同展をキュレーションした工藤健志氏は展覧会名を「to MANKO」にするつもりだったが、広報がやりにくくなるのでやめたらしい。「オキナワ・ステーキ」なら「沖縄・素敵」とも読めるし。

この個展にあわせ、渋谷の水野学園に併設されたHOLE IN THE WALLという展示スペースでも「MUNI」と題する個展を開催しているので(2/15-27)、ついでに足を伸ばしてみた。こちらは岡本のもうひとつの得意技であるブランドいじり。「MUNI」とは無印良品とユニクロを合体させた偽ブランドで、実際に両製品を半分ずつ使ってシャツやパンツを仕立て上げている。ほかにも、サンローランやポール・スミスなどブランドタグをつぎはぎして一枚のシャツに仕立てたり、ルイ・ヴィトンのロゴの入った革でバッタをつくったり、いじり放題。さらにブランド企業から送られた抗議や警告文をそのまま大理石に刻字した「作品」もあって、とても楽しめる。


MUNI

会期:2021年2月15日(月)〜27日(土)
会場:HOLE IN THE WALL(東京都渋谷区渋谷1-20-5)

2021/02/24(水)(村田真)

岩岡純子 個展

会期:2020/12/19~2021/02/20

オークウッドアパートメンツ六本木セントラル ロビー[東京都]

六本木の長期滞在型アパートメントのロビーで作品を展示している。セキュリティがかかっているため、あらかじめ日時を予約して案内してもらわなければならない。作品は名画のコラージュと風景画シリーズの2種類だ。コラージュのほうは、ブリューゲル、ゴーガン、ゴッホ 、ロートレックの複製画を使ったもの。横長のキャンバスを2分割して左半分に複製画を貼り、そこから切り抜いた人物を、右半分に描いた風景の中に登場させるという趣向だ。右側の風景はこのアパートメントの室内だったり、ドン・キホーテ六本木店だったり、小山登美夫ギャラリーだったり、いずれも六本木界隈が選ばれている。

今回のメインである風景画シリーズのほうは、文字どおり風景を描いたもの。といっても山でも海でも街でもなく、タイルやガラス窓やカーテンや座布団など、それだけでは主役にならないだろう背景の脇役をズームアップして描いているのだ。いずれも実物の何倍も拡大してオールオーバーに描写しているので、表面の模様がクローズアップされ、ほとんど抽象画と見紛うばかり。これはおもしろい。でもこれ1点だけ飾ってもなんだかわからないし、おもしろくもなんともない。そこがまた一周回っておもしろい。



岩岡純子《窓》(2018)西治コレクション [筆者撮影]


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2021/02/16(火)(村田真)

丸山純子「いきて展」

会期:2021/02/04~2021/02/11

ギャルリーパリ[神奈川県]

BankARTのR16にスタジオを構える丸山の、ドイツ渡航前の個展。ギャラリーの壁に沿って簡素な棚をつくり、その上に木の枝や針金、陶片、プラスチック片などの拾いものを縄で結んだり、ワックスで固めたりしたオブジェを数十個並べている。すべて黄ばんだり褐色に変色したガラクタなのだが、こうして並べるとそれなりに価値あるものとして見えてくるから不思議だ。壁にはワックスや鉛筆で描いたドローイングがかけられ、奥のスペースにはJの字型の白い物体が鎮座している。一見、建築のマケットのようなこの物体、石鹸の塊だという。その向こうの窓の下には、丸山の代表作ともいうべきレジ袋の花が顔をのぞかせている。

ぼくが最初に見た丸山の作品は、女体をかたどったアイスキャンディだった。女体をペロペロなめて溶かしていくというキワドいもので、フェミニズムなのかアンチフェミニズムなのか判断しかねた。その後、レジ袋を再利用した花のインスタレーションで評価を得たが、そこにとどまることなく、試行錯誤しながら石鹸を使った作品を制作し続けている。以前、丸山に「なぜ石鹸か」を問うたとき、「人間に近いから」という答えが返ってきた。確かに石鹸の成分は脂肪だし、肌と親和性があるから人間に近いといえるが、でもそのときぼくが連想したのは、ナチスがユダヤ人の人体から石鹸をつくったというおぞましい蛮行だった。丸山の作品は、本人がどこまで意識しているかは別にして、つねに両義性をはらんでいる。そこがおもしろい。

今回の作品に共通しているのは、廃物を利用していること。きれいは汚い。汚いはきれいであること。そしてレジ袋の花を除くと、ヨーゼフ・ボイスを彷彿させることだ。いまはどうか知らないけれど、かつてドイツの大きな美術館に行くと、必ずといっていいほどボイスの部屋があり、古びた脂肪の塊やフェルトや得体の知れない液体の入った瓶など、それこそガラクタが無造作に並べられていたものだ。ボイスが脂肪やフェルトを使うのは、人間の生命維持に欠かせない素材だからだと聞いたことがある。丸山は知ってか知らずか、ボイスの近くにいる。彼女がドイツを選んだのか、ドイツが彼女を選んだのか。

2021/02/11(木)(村田真)

BankART AIR 2021 WINTER オープンスタジオ

BankART Station、R16 studio[神奈川県]

みなとみらい線新高島駅に直結したBankART Stationと、旧東横線高架下の空間を利用したR16で、昨年12月から制作を行なってきたアーティストたちが成果を発表した。ステーションは16組、R16は7組の計23組。素人からプロまでピンキリのなか、目立ったものをいくつか紹介したい。まずはステーションの庄司朝美。作品は、暗い背景に手の長い人物や骸骨を描いた幻想的な絵画だ。イメージそのものは新表現主義華やかなりしころに見かけたような既視感を覚えるものだが、アクリル板に油彩で描いた画面を裏返して見せるため、絵具の滑りがよく、一風変わった筆触になっている。大学で銅版画をやっていたそうで、そういわれれば黒っぽい絵具のかすれ具合は銅版画のイメージにも通じる。

石川慎平の「彫刻」にも興味をそそられる。雨のなかをジャケットを被って歩くジャコメッティの有名な写真(ブレッソン撮影)を彫刻化した《statue of a sculptor》を中心に、チープな置物を金色に塗って大理石の台座にのせた《warp》、昨年のBLM(Black Lives Matter)運動によって倒されたテネシー州のエドワード・カーマックの銅像を、極少に再現して転がした《easy fall, easy stand》など、いずれも小品ながら彫刻の本源を問う作品ばかり。絵画を額縁ごと木彫した《DAYDREAM》や、表面に凹凸のある油絵をシリコンで型取りし、さまざまな色の素材で複製した《painting sculpture》など、絵画と彫刻の境界を綱渡りする作品もある。

細淵太麻紀の「八百万の神」シリーズも瞠目に値する。アマゾンの箱やマグカップ、キャンベル・スープ缶、マッチ箱、マグリットの画集、リンゴなど、身近にある容器に穴を開けて(リンゴは芯をくり抜いて)ピンホールカメラをつくり、その場で撮影した写真を展示している。露光に数分かかるし、画像も鮮明ではないものの、どれもちゃんと写っている! 次は脳内カメラとか胃カメラに挑戦しては?

R16では渡辺篤がすばらしい作品を見せている。渡辺は「ひきこもり」との協働プロジェクトで知られるが、現在は「同じ月を見た日」というプロジェクトを推進中。これは国内外を問わず、自粛生活という名目でひきこもりをなかば強制されている人たちに呼びかけ、それぞれの場所から見える月の画像を送ってもらい、それらをつないで大きな月を映し出そうというもの。月というのは地球上からならどこでも同じ面が見られるわけで、考えてみればそんな場所は月以外にない。太陽はまぶしくて見られないし、星は光の点にしか見えないからだ。このプロジェクトの肝は、地球上の人間が誰でも同じものを見ることができるという点にあり、それは月をおいてほかにないのだ。こうして内外から集めた画像をつなぎ、三日月から満月までの満ち欠けを円形ボードに投影。実際、暗くなると高架下に現われる月は圧巻で、平面上に映しているのに、月の陰影のせいかまるで球体のような立体感をもって現われるのだ。この作品は3月21日までの17時以降、改めて公開される予定。



渡辺篤の展示風景 [筆者撮影]

会期:2021/02/05~2021/02/07、2021/02/12~2021/02/14

2021/02/05(金)(村田真)

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