2021年07月15日号
次回8月2日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

大山エンリコイサム展 夜光雲

会期:2020/12/14~2021/01/23

神奈川県民ホールギャラリー[神奈川県]

最近、立て続けに作品発表と著書の出版を行なっている大山の最大規模の個展。大山は主に、グラフィティ(彼の用語によればエアロゾル・ライティング)特有の勢いあるジグザグの線を抽出した「クイックターン・ストラクチャー(QTS)」を用いて、壁画やペインティングなどを制作している。こうした絵画作品のタイトルはすべて「FFIGURATI」に統一され、作品ごとにナンバーが振られている。

最初の部屋は「レタースケープ」シリーズの2点。長さ6メートルほどの台紙に、漢字やアルファベットなどさまざまな言語で書かれた手紙をツギハギしたもので、片隅に「QTS」モチーフが小さく描かれている。どこか絵巻やパピルス文書を思わせるそれは、グラフィティの起源が文字と絵の融合にあることを証しているようだ。これも「FFIGURATI」の比較的初期の作品。次の部屋には2メートルを越す縦長の画面に、少しずつ異なる「QTS」を書いた「FFIGURATI」の新作9点が並ぶ。もっとも大山らしい作品だろう。逆によくわからないのは、黒い板状のスタイロフォームを斜めに天井まで積み上げた3点の立体。タイトルは「Cross Section/Noctilucent Cloud」で、訳せば「断面/夜光雲」となる。展覧会名にもなっている「夜光雲」は、噴霧状のエアロゾルからの連想だろうか。映像を見ると、黒いスタイロフォームを使っているのではなく、明るい色のスタイロフォームを積み上げて黒いエアロゾルを吹きつけているのがわかる。なにもない宇宙空間を切り取った暗黒の断片のようにも見える。

広大なメインギャラリーには、1点の《無題》と5点の「FFIGURATI」(うち2点は1枚の表裏に描かれている)が宙吊りになったり、壁にかけられたりして、スポットライトが当てられている。これこそ「夜光雲」か? 作品の下の床には塗料の滴りが認められるので、その場で制作し(または仕上げ)たのだろう。最後の部屋は真っ白で作品らしきものは見当たらない。よく見るとスピーカーがあり、エアロゾルの噴出音が流れているだけ……。ほかのアーティストなら笑ってしまうところだが、ここは大山だから納得する。あれこれ出している割にテーマも作品も絞れており、統一感のある展示に仕上がっている。が、裏を返せば、会場の広さに比して作品量が少なく、しかも色彩がないこともあって寂しい印象を受けたのも事実だ。

2020/12/19(土)(村田真)

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海を渡った古伊万里~ウィーン、ロースドルフ城の悲劇~

会期:2020/11/03~2021/01/11(会期変更)

大倉集古館[東京都]

陶磁器にはまったく興味ないが、この展覧会は興味深く見ることができた。なにが興味深いかって、美術品の破壊と再生を目の当たりにできたからだ。展示は「日本磁器誕生の地─有田」「海を渡った古伊万里の悲劇─ウィーン、ロースドルフ城」の2部構成。1部は古伊万里の紹介だから素通りして、2部へ。ここでウィーン郊外にあるロースドルフ城の陶磁器コレクションの歴史が明かされる。城主のピアッティ家は代々中国や日本の陶磁器をコレクションし、19世紀にこの城を入手してからもコレクションを拡張。ところが第2次大戦後に旧ソ連軍の兵士たちが城を接収し、これらの陶磁器をことごとく破壊して去っていったのだ。まさに蛮行というほかないが、ピアッティ家はこの戦争の悲劇を記憶に留めるため、破片を捨てずに保存公開しているという。

これを知った日本人が古伊万里再生プロジェクトを立ち上げ、破片を調査研究し、一部を復元。西洋では一般に破損した陶磁器は廃棄されるので、日本のように高度な修復技術はないらしい。今回は部分的に修復したもの(足りない部分はそのままにして破片を組み上げる「組み上げ修復」)、足りない部分は補ってオリジナルのとおり修復したもの、および無傷のものを並べて見せている。陶磁器は同じ器を何点もセットでつくることが多いので(もちろん厳密には同じでないが)、修復前と修復後を比較展示することができるのだ。日本で修復された器は、どこが割れたのかわからないほど完璧に復元されていることに驚くが、欠けた部分を空白のまま残した組み上げ修復にも新鮮な驚きと危うい美しさがある。しかしいちばん驚いたのは、破片をそのまま床に並べた展示だ。これはまるで現代美術のインスタレーションではないか。

2020/12/18(金)(村田真)

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PUBLIC DEVICE──彫刻の象徴性と恒久性

会期:2020/12/11~2020/12/25

東京藝術大学大学美術館陳列館、絵画棟大石膏室[東京都]

これはおもしろい。2020年のベスト3に入るかも。公共彫刻をめぐる問題に焦点を当てた展覧会で、企画は小谷元彦と森淳一、共同キュレーターに小田原のどかが入っている。小田原は「展覧会に寄せて」のなかで、出品作家のひとり会田誠の「モニュメントには何らかの罪深さがある」「美術家としてモニュメントを作りたくなる誘惑への自制、自戒」という言葉を引き、「公共彫刻」における「自制、自戒」が本展に通底しているという。出品作家は20組。うち北村西望、本郷新、菊池一雄の3人は戦前・戦後を通じてモニュメントを手掛けてきた「旧世代」だ。北村はモニュメントの親分ともいうべき長崎の《平和祈念像》に関連するデッサン、本郷は旭川にある《風雪の群像》のプランドローイング、菊池はもともと軍人像が鎮座していた台座に3人の女性ヌードを載せた《平和の群像》のマケットなどを展示。菊池の作品は芸大所蔵だが、あとの2人はアウェーなのによく借りてこれたなあ。

戸谷成雄は日本の現代彫刻の転換点ともいうべきデビュー作《POMPEI・・79》など、森淳一は近代日本の問題が凝縮したいわゆる軍艦島をモチーフとする「Hashima Island」、小谷元彦はミケランジェロ作のダヴィデ像を模した高さ5メートルの女子高生モニュメント、青木野枝は未公開だったインスタレーションのマケットや作品解体中の映像、会田は「モニュメント・フォー・ナッシング」シリーズの写真や資料、および同シリーズの一環として兵庫県立美術館で発表した巨大ハリボテ彫刻の一部を展示。ある意味、自虐的ともいえそうな「自制、自戒」に満ちた作品群だ。

会場は絵画棟の大石膏室に続く。いまではほとんど無用の長物と化した大石膏室だが、同展には絶好の舞台だ。まず目に入るのが、騎馬像のあいだに挟まったブヨブヨの生命体みたいな椿昇のバルーン彫刻《Mammalian》。等身大の騎馬像が飲み込まれそうなほどデカイ。井田大介の《欲望の台座》は、彫刻に近くて遠いマネキンの「皮を剥ぐ」ことで近代彫刻を逆照射する。作品配置図にはロダンの《青銅時代》の石膏像も含まれ、(2020修復)と記されている。はてどういうことかとよく見ると、台座の欠けた部分が新しい石膏で補われていることに気づく。これか? その前には、サイドコアが「東京藝術大学」の文字をコピーした石膏の看板を台座に据えている。石膏に支えられてきた日本の美術教育のモニュメント。いや、墓碑か。

2020/12/16(水)(村田真)

桑久保徹「A Calendar for Painters without Time Sense. 12/12」

会期:2020/12/12~2021/02/07

茅ヶ崎市美術館[神奈川県]

コロナ禍で企画展の自粛や延期が重なったせいか、ようやく年末になって見応えのある展覧会が増えてきた。これもそのひとつ。桑久保が2014年から、12人の画家のスタジオをカレンダー仕立てで描いてきたシリーズが完成、全12点およびLPレコード付きドローイングを公開している(1点は海外にあるため映像を出品)。なぜカレンダーかといえば、日本で西洋名画を身近に親しむメディアがカレンダーだったからではないか。画集のようにわざわざ開く必要がなく、毎日のように眺めるし、月替わりで異なる作品が鑑賞できるのだから。

桑久保が取り上げた画家は、1月のピカソから、ムンク、フェルメール、アンソール、セザンヌ 、ボナール、スーラ、ゴッホ、ホックニー、マグリット、モディリアーニ、そして12月のマティスまで、フェルメールを除いて近現代の巨匠たちばかり。おそらく作者が影響を受けた画家たちなのだろう。おもしろいのは、彼らのスタジオを描くという設定なのに、背景はマティス以外すべてオープンエアの浜辺であること。さらに瞠目すべきは、それぞれの代表作がことごとく描き込まれていることだ。つまり1枚の画面のなかに、巨匠たちの絵が「画中画」として何十点も模写されているのだ。痛快なのは、もともと画中画を描いているフェルメールやホックニーやマティスには「画中画中画」まであること(笑)。細密というほどではないけれど、1点1点どの作品か特定できるくらい忠実に再現されていて、画中画ファン(少数ながらいる)にとっては垂涎のシリーズというほかない。

それだけではない。例えば、1月のピカソは《ゲルニカ》に合わせてか全体がモノクロで描かれ、3月のフェルメールには全作品だけでなくヴァージナルやカメラオブスクーラまで並べられ、5月のセザンヌは遠景にサント=ヴィクトワール山らしき山塊を望み、8月のゴッホは星月夜の見事な夜景で、10月のマグリットは作品の半分以上が空に浮き、12月のマティスは眼下に海岸を見渡せる赤い室内風景になっている、といったように、それぞれの画家のアトリビュートを画面のどこかに忍ばせているのだ。これは何時間でも見ていられるなあ。ところで、タイトルの最後に「12/12」とあるけど、会期が12/12からなのは偶然か?

2020/12/13(日)(村田真)

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千葉市美術館拡張リニューアルオープン・開館25周年記念 宮島達男 クロニクル 1995−2020

会期:2020/9/19~2020/12/13

千葉市美術館[千葉県]

宮島の作品はしばらく見ていなかったなあ。美術館の常設コレクションでたまに目にすることはあるけれど、ある程度まとめて見るのは、森美術館の「STARS」展と今回の個展が久しぶりな気がする。そう思ってカタログの年表を調べてみると、なんと2000年の東京オペラシティでの個展以来、じつに20年ぶりと判明。なぜ見なくなったのかというと、ひとつには日本より海外での発表が増えたから。これは仕方がないというか、よいことだ。二つ目は、海外が増えたのは広くアーティストとして認められたということであり、エラそうにいえば、ぼくが見る必要がなくなったということだ。見ていてワクワクするのはエマージングの段階であって、宮島はもうその域を超えてしまったからだ。三つ目は、そのころから「Art in You」を提唱し、芸術による平和を唱えるなど、ヒューマニズムが前傾化してきたから。それ自体は悪いことではないが、それが前面に出てくると違和感も増してくるのだ。

と、見なかった弁解を長々書いたが、久しぶりに見てどうだったかというと、案外おもしろかった。作品は相変わらずデジタルカウンターなのだが、それをここまで拡大するかというくらいさまざまなかたちで見せているからだ。展示はタイトルにもあるように、1995年から2020年までの4半世紀の作品に絞っている。1995年というと戦後50年に当たり、阪神大震災や地下鉄サリン事件など時代を画する災害が起き、宮島が「柿の木プロジェクト」を始めた年でもある。加えて、千葉市美術館が開館したのもこの年だ。

展示の前半は、身体を使ったパフォーマンスや多くの人たちを巻き込んだプロジェクトを中心に紹介。赤ワインや墨の中に顔を浸けて10カウントしたり、顔や身体の一部にデジタル数字を書いたりするパフォーマンスの記録映像を見せているが、パフォーマーは本人だけでなく、西洋人、東洋人、日本人など多彩な人種を選んでいる。10進法は世界共通なので、液体の種類や肌の色を変えることで多様性を確保したともいえる。長崎で被爆した柿の木の2世を各地に植樹する「時の蘇生・柿の木プロジェクト」は、学生時代に対峙したヨーゼフ・ボイスの「7000本の樫の木」に触発されたプロジェクトだろう。日本でその後ブームになる「アートプロジェクト」の先駆けとなった。

後半は数字を描いたドローイング、LEDのデジタルカウンターを用いたオブジェやインスタレーションの展示。ドローイングといってもただ紙に数字を書くだけでなく、裁断前のドル紙幣を数字の形に焼いたり、楽譜を切り取ったりあれこれ試しているし、デジタルカウンターも鏡面に取り付けたり模型機関車に乗せたりプールの底に沈めたり、さまざまなバリエーションを試みている。もちろんそれぞれに意味づけされているが、それをひとまず置いても楽しめるのは、チカチカと数字が変わることに加え、手を替え品を替えアイディアを繰り出す宮島のサービス精神ゆえではないだろうか。

一室に、千葉市美術館のコレクションから選んだ河原温、菅井汲、杉本博司、中西夏之、李禹煥の5作家による作品とコラボレーションする《Changing Time/Changing Art》というインスタレーションがあった。陳列ケースのガラスを鏡面状にしてデジタル数字の形に抜き、その透明な窓を通して5人の作品をかいま見るというものだ。自分の作品と先輩アーティストの作品を重ねたこの作品から、彼らに対する尊敬の念とともに強烈な自負も伝わってくる。デジタルを使いながら人柄がにじんでくる個展であった。

2020/12/12(土)(村田真)

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