2024年02月15日号
次回3月1日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

菅野由美子展

会期:2023/09/19~2023/10/07

ギャルリー東京ユマニテ[東京都]

1980年代にニューウェイブのひとりとしてデビューして約40年。数年の中断を経て、「器」を描くようになってからも早20年近くが経つ。初めは身近なグラスや食器をひとつだけ、あるいは2つ3つ並べただけの、まるで17世紀スペインのボデゴン(厨房画)のような、素朴で静謐な静物画だった。2007年のコメントを見ると、「作為、意図、あるいは表現というようなものを極力排しながら、淡々と、普通に、ものがそこにあるさまを描きたい」と述べているように、もの派もニューウェイブも通過した後の普遍的な絵画表現を目指しているようにも映った。

ところが何年か描いているうちに、画面を極端に横長(または縦長)にしたり、背景を幾何学的に構成したり、遠近感を消したり、少しずつ表現に欲が表われてくる。ある意味初心を裏切っているようにも見えるが、しかし職人じゃあるまいし、5年も10年も同じモチーフを描き続けていればおのずと変化が訪れるもの。むしろ変化を受け入れないのは不自然だし、アーティストなら変化を恐れてはいけない。2年前の個展では、コロナ禍で会えなくなった友人たちからマグカップの画像を送ってもらい、それらを画面上で組み合わせて描くなど、彼女としては珍しく社会との接点を探ったりもしている。

そして今回、さらなる変化が見られた。ひとつの画面に同じ器がプロポーションを変えて何度も登場したり、同じ画面なのに器の影が右を向いたり左を向いたり、空間がねじれ、変容してきているのだ。たとえば《five_15》は、棚が大きく上段、中段、下段に分かれ、上の棚からそれぞれひとつ、4つ、8つの器が置かれている。ところが下段左の3つの器はサイズとプロポーションを変えて下段右と中段にも登場し、下段の右端のカップは幅が広がって上段に鎮座している。いや鎮座しているというより、パソコンのウィンドウのように嵌め込まれているといったほうがいいか。

《nine_1》は濃紺の地に9個の器が配されているが、縦長の画面にどれもほぼ同じ大きさで描かれているので遠近感がなく、左上の器だけ背景が黒いため影がなく宙に浮いているように見える。また、地が暗いのでわかりづらいが、ほかの器の影は右を向いたり左を向いたりてんでばらばら。要するに現実感が希薄化しているのだ。と思ったら、《two_28》のように、正方形の画面にふたつの器を奇を衒うことなくシンプルに描いた作品もある。さてこれからどのように変わっていくだろうか。



展示風景[写真提供:ギャルリー東京ユマニテ]


菅野由美子展:https://g-tokyohumanite.com/exhibitions/2023/0919.html


関連レビュー

菅野由美子展|村田真::artscapeレビュー(2021年11月01日号)
菅野由美子展|村田真::artscapeレビュー(2019年11月01日号)

2023/10/04(水)(村田真)

パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展─美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ

会期:2023/10/03~2024/01/28

国立西洋美術館[東京都]

キュビスムは20世紀の初めにピカソとブラックが始めた芸術運動で、セザンヌの形態の捉え方やアフリカの仮面彫刻などに触発され、世界を立体(キューブ)や円柱といった幾何学的形態に還元し、面の集まりとして再構築していくスタイルを確立。ルネサンス以来の一点透視図法を否定する多焦点的なものの見方を提示し、20世紀美術に革命を起こした。……くらいの知識しか持っていなかったので、この展覧会はとても刺激的だった。

展示の最初はやはりセザンヌから始まり、ゴーガン、ルソー、アフリカ彫刻へと続く。同展はタイトルの頭に「パリ ポンピドゥーセンター」とついているように、大半の作品は同センターからの借りものだが、最初のセザンヌ、ゴーガン、ルソーはポンピドゥーの守備範囲ではないため国内で調達したもの。キュビスムへの影響を見るなら、もっとふさわしいセザンヌやゴーガンの作品がありそうだけどね。続いてピカソ、ブラックらの初期キュビスム作品が並ぶ。当然ながらMoMA所蔵の《アヴィニョンの娘たち》(1907)は出ていないが、1907〜1908年に制作されたピカソの《女性の胸像》や、ブラックの《大きな裸婦》および「レスタック」連作は、セザンヌやアフリカ彫刻からキュビスムが形成される過程が見てとれる。

いちばんの見どころは、1909〜1911年のピカソによる《裸婦》《女性の胸像》《肘掛け椅子に座る女性》あたり。切り子ガラスのように人物や背景が幾何学的に分割され、キュビスムといえば思い浮かぶイメージそのものだ。これら人物画に対抗するかのように、1910〜1913年にブラックは《円卓》《ヴァイオリンのある静物》など一連の静物画を制作。これも直線によりモチーフや背景が分割されているが、なぜか水平線は右肩下がりだ。キュビスムは理知的、幾何学的ともいわれるが、こうした画家のクセが出てしまうところが人間臭い。この時期二人は影響を受け合ったのだろう、1914年のピカソの《ヴァイオリン》とブラックの《ギターを持つ男性》を比べると、素人ではどちらがどちらの作品か区別がつかない。

1910年を過ぎると、ピカソとブラックのほかにもキュビスムの影響を受けた画家たちが続々と登場してくる。レジェ、グリス、メッツァンジェ、ドローネー夫妻らだ。レジェとグリスはキュビスムの造形表現をさらに進化させ、メッツァンジェは多焦点的な表現の帰結として時間と動きを与え、ドローネーはモノクロームに近かった画面に豊かな色彩をもたらした。ここらへんは大作が多く、また色彩や形態が多様化しているので見応えがある。

もともとピカソとブラックはカーンワイラーという画商がついていたが、それ以外の画家はサロン・デ・ザンデパンダンやサロン・ドートンヌといった公募展を唯一の発表の場としていたため、前者を「ギャラリー・キュビスム」、後者を「サロン・キュビスム」と呼ぶらしい。ギャラリー・キュビストは発表の場が限られていたので社会的広がりをもてなかったが、サロン・キュビストのほうはサロンを舞台に集団で展示を行ない、運動としてのキュビスムを推進していく役割を果たした。こうしてキュビスムは芸術的にも社会的にも大きな広がりを持つようになった一方で、運動がポピュラー化し、拡大解釈されて「だれでもキュビスム」化していったように思えてならない。

さらにキュビスムはデュシャン3兄弟、クプカ、ブランクーシ、シャガール、モディリアーニらパリに集う外国人画家たち(のみならず彫刻家たち)、いわゆるエコール・ド・パリの連中にも感染。もはやパリの芸術家にとって、キュビスムは避けて通れないハシカのような流行性疾病となり、やがて免疫がついて血肉化され、そこから立体未来派や抽象が誕生し、近代美術史に組み込まれていく。というような進歩史観はもう古いのか。


パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展─美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ : https://cubisme.exhn.jp

2023/10/02(月)(内覧会)(村田真)

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横尾忠則 寒山百得展

会期:2023/09/12~2023/12/03

東京国立博物館 表慶館[東京都]

東博というと日本の古美術のイメージが強いが、忘れたころに現代美術もやる。5年前の「マルセル・デュシャンと日本」は記憶に新しいが(デュシャンはもはや古典かも)、表慶館では20年ほど前に東京国立近代美術館の企画で「美術館を読み解く:表慶館と現代の美術」を開いたこともある。前者は日本美術とのつながりを示し、後者は建築空間に触発された作品を展示するという点で、どちらも純粋な現代美術展というより、東博および古美術との関係を強調するものだった。今回もなんで横尾忠則が東博で? と思ったが、「寒山拾得」をモチーフにした作品だと知って納得。

寒山拾得は奇行で知られる中国の超俗的なふたりの僧のこと。伝統的に寒山は巻物、拾得は箒を持ち、どちらもボロを身にまとい、妖しい笑みを浮かべた姿で描かれる。横尾はこの寒山拾得を自由に解釈し、徹底的に解体し再構築してみせた。巻物をトイレットペーパーに置き換え、箒の代わりに電気掃除機を持たせるのは序の口。便器に座らせたり、箒にまたがって空を飛ばしたり、大谷翔平やドン・キホーテを登場させたり、マネの《草上の昼食》や久隅守景の《納涼図屏風》を引用したり、やりたい放題。古今東西、現実と虚構を超えた世界が展開しているのだ。その数102点、これを85歳から約1年半で描き上げたというから驚く。

画家は年老いてくると自分のスタイルを繰り返したり(自己模倣ともいえる)、筆づかいや色づかいが奔放になったり(成熟とも衰退ともいえる)するものだ。ティツィアーノしかり、モネしかり、ピカソしかり。ところが横尾はもともと自分のスタイルがあったというより、既存の図像やスタイルを寄せ集めて独自の世界観を築き上げるスタイルだった。だから1980年代初めに画家としてデビューしてからも、当時流行していた新表現主義をベースに、美術史のさまざまな様式を引用・模倣しながら(タダノリ?)横尾ワールドを展開してきた。今回は表現主義風あり印象派風ありシュルレアリスム風あり抽象風あり水墨画風まであって、まったくスタイルというものに執着しない。むしろそれが横尾スタイルというものだろう。

ただ最近は身体的な衰えが明らかで、筆づかいも色づかいも奔放を超えて荒っぽく、もはやグズグズといっていいような作品もある。だが、だれもこれを批判することはできないだろう。なぜならこれらはもはや従来の絵画の価値観から逸脱し、いわば治外法権のアウトサイダーアートの領域に踏み込んでいるからだ。アウトサイダーアートというのは目指してできるものではないが、横尾は明晰な意識を持ってアウトサイドに踏み出しているように見える。いや、ここはやっぱり寒山拾得の境地に達したというべきか。



展示風景[筆者撮影]



公式サイト:https://tsumugu.yomiuri.co.jp/kanzanhyakutoku/

2023/09/11(月)(村田真)

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石内都 初めての東京は銀座だった

会期:2023/08/29~2023/10/15

資生堂ギャラリー[東京都]

「初めての東京は銀座だった」というタイトルがいかにも昭和でグッとくる。ぼくは都内のはずれに住んでいたから、子どものころ(昭和30年代後半)何度か親に連れていかれたが、ちょっといい服を着せられて訪れる銀座はやはり別格の華やかさがあった。横須賀に住んでいた石内が初めて銀座を訪れたのも同じころ、当時ファンだった飯田久彦のショーを見に、銀座4丁目のライブハウスに行ったという。1962年、石内15歳のこと。その後、美大生になってからは泰明小学校向かいの月光荘に画材を買いに行き、1977年には銀座ニコンサロンで初めて個展を開く。以来ほぼ毎年のように同サロンで個展を開いていた。石内にとって銀座は特別な街だったのだ。そんな石内が撮った銀座の断片を展示している。

同展の直接のきっかけは、資生堂の企業文化誌『花椿』のウェブ版に連載された「現代銀座考」の第2章「銀座バラード」において、石内が銀座の老舗の商品を撮り下ろし、その写真から森岡書店の森岡督行氏が物語を紡ぎ出したこと。被写体となったのは、前述の飯田久彦のレコードや月光荘の絵具をはじめ、昭和まで男女を問わず普通に被っていた銀座ボーグ帽子サロンの帽子、壹番館洋服店の生地やミタケボタンのボタン、銀座もとじの草履、新橋芸者の着物で仕立てたスカジャン、銀座天一の天ぷら、寿司幸本店の蛸引き包丁、資生堂パーラーのオムライス、資生堂の「香水 花椿」まで。レコードと絵具を除けば衣食に関するモチーフばかりで、いずれも高級品だ。これらをアップで撮った写真をそれぞれ2、3点ずつ選んで展示している。

奥の展示室にはニコンサロンでの石内の個展の案内状が並び、石内と森岡氏との対談の映像も上映。パンフレットには森岡氏による解説があるのだが、これが写真撮影にまつわるエピソードだけでなく、老舗の商店や商品に関するウンチクの詰まった銀座案内になっている。



展示風景[筆者撮影]



公式サイト:https://gallery.shiseido.com/jp/exhibition/6383/

2023/09/07(木)(村田真)

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杉本博司 火遊び

会期:2023/09/05~2023/10/27

ギャラリー小柳[東京都]

コロナ禍でしばらく留守にしていたニューヨークのスタジオに戻ると、大量の印画紙が期限切れになっていることに気づいた、と杉本はいう。印画紙は期限が過ぎると劣化し、微妙なトーンが飛んでしまう。そこで杉本写真の売りのひとつである美しいグレーゾーンを諦め、明暗のコントラストの強い写真表現を試みることにした。それが印画紙に直接描く「書」だ。最初は暗室のなかで現像液を筆につけて印画紙に字を書き、一瞬光を当てると、文字が黒く浮かび上がってくる。次に定着液を筆につけて書いてみると、黒地に白い文字が現われてきた。暗室は文字どおり暗闇なのですべては手探りで進めなければならない……。杉本自身によるコメントを読むと、作品に至るまでの過程が手に取るようにわかり、説得力がある。

杉本が書に選んだ文字は「火」。なぜ「火」なのか、写真なら「光」ではないのか。とも思うが、あらためて比べてみると「火」と「光」はよく似ている。それもそのはず、「光」という字は「火」を「人」が上に掲げているかたちなのだ。もともと「火」は象形文字だし、「光」より絵画的でもあるから、書くとしたら「火」だろう。あるいはひょっとしたら「火遊び」というタイトルから先に思いついたのかもしれない。齢を重ねてからの火遊び、手遊び。最近はホックニーにしろ横尾忠則にしろ、超老芸術家の火遊びが盛んだし。

作品は大小合わせて14点。火以外にも「炎」や「灰」もあるが、いずれも力強い筆致で、撥ねや擦れや飛沫を強調するかのように運筆している。人が両手両足を広げて踊っているような火の字もあり、かつて抽象表現主義と張り合おうとした前衛書を思い出す。それにしても真っ暗闇のなか手探りでよく書けたもんだ。おそらく失敗した印画紙はこの何倍、何十倍もあるに違いない。帰りにエレベーターに乗ろうとして振り返ったら、入り口の脇に朱で「火気厳禁」の手書き文字が目に入った。あれ? こんなの前からあったっけ。


公式サイト:https://www.gallerykoyanagi.com/jp/exhibitions/

2023/09/07(木)(村田真)

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