2023年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

ライアン・ガンダー われらの時代のサイン

会期:2022/07/16~2022/09/19

東京オペラシティアートギャラリー[東京都]

ギャラリーの入り口付近の床には、一辺が5〜10センチ程度の黒い紙片が散らばっている。これは紙幣や各種カード、航空券などをかたどったもので、《野望をもってしても埋められない詩に足りないもの》(2019-2020)という作品。こうして見ると、紙幣や金券というのはみんな似たようなサイズなんだな。壁際には白い服を着た2体の黒い人体彫刻がもたれかかり、服も壁も黒ずんでいる。彫刻はグラファイト製だそうで、あたかもこの彫刻が動き回ったかのような印象だ。タイトルは《タイーサ、ペリクルーズ:第5幕第3場》(2022)と《脇役(バルタザール、ヴェニスの商人:第3幕第4場)》(2022)で、どちらもリハーサルの舞台裏で出番を持つ脇役という設定だ。

奥には、ある抽象彫刻のレプリカが天井から落ちてきたかのように、壊れた台座の上に鎮座している。これは《編集は高くつくので》(2016)というタイトルで、2016年の「岡山芸術交流」で見たときには、あたかも駐車場に不時着したかのように半ば埋れていたので笑った。その隣には《摂氏マイナス267度 あらゆる種類の零下》(2014)と題する作品があるはずだが、見当たらない。解説を読むと「ヘリウムで膨らんだ風船の実物大のレプリカ。展示室の天井まで飛んで行ったようです」とあるので見上げると、確かにあった。

次のギャラリーの壁には、その名も《最高傑作》(2013)と《あの最高傑作の女性版》(2016)の2点が並んでいる。マンガチックな男と女の目玉がくるくる動く作品で、2017年に大阪の国立国際美術館での個展で見たときは感激した。いいのかこんなにおもしろくて。《ひっくり返ったフランク・ロイド・ライト+遠藤新の椅子、数インチの雪が積もった後》(2022)と、無意味なタイトルの多いなかでも珍しく説明的な題名の作品は、そのとおりライトと遠藤がデザインした椅子の上に、雪が積もったように大理石を載せたもの。同じデザインの椅子を使った作品に《すべては予定通り》(2022)があり、座面の上で小さな蚊がうごめいているように見えるが、これはアニマトロクスという技術で動かしているそうだ。このアニマトロクスを使った作品には、《僕は大阪に戻らないだろう》《2000年来のコラボレーション(予言者)》(2018)というのもあり、どちらも壁に開けた穴から機械仕掛けのネズミが顔を出す。

今日は内覧会のせいか、奇妙な2人組を見かける。赤いシャツを着た男性と緑のシャツを着た女性のカップルだが、なんと同じカップルが2組もいるではないか。実は彼らは双子同士で、《時間にともなう問題》(2022)という作品。本来はそれぞれ会場の入口と出口に立っているはずだが、つい任務を忘れてしまったのか、4人一緒にいるのでよく目立つ(しかも出品作品の大半がモノクロームなので、補色のカップルはなおさら映える)。 とまあ、こんな具合にふざけた作品が続く。まるでギャグの小ネタ集、イタズラの百貨店、笑いのクラスター爆弾みたい。別にけなしてるわけではない。そもそもギャグもイタズラもお笑いも、常識や既存の価値観を転倒するという意味ではアートのもつ機能と似ている。違うとしたら、アートはもったいぶった理屈をつけて知を装ったりするものだが、ライアン・ガンダーはそんな小賢しいことはしない。いや、したとしても無視するにしくはない。それがもっとも彼の作品に近づける道だと思うからだ。

ちなみに、この個展は2021年の開催予定がコロナ禍により1年延期されたもので、昨年は個展の代わりに「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵作品展」を開催。今年も再び同様の収蔵作品展が上階で開かれている。昨年の収蔵作品展は見逃したが、写真を見る限り同じようだ。すなわち、コレクションのなかから内容を問わずモノクローム作品ばかりを選び、壁面に左右対象になるように並べるというもの。収蔵作品を使ったライアン・ガンダーのインスタレーション作品といっていい。これは考えてもみなかったなあ。素材にされた個々の作品からすればひどい扱いだが、はっきりいってふだんスルーされてきた収蔵作品が注目されたというだけでも効果はあったはず。



ライアン・ガンダー《摂氏マイナス267度 あらゆる種類の零下》[筆者撮影]



ライアン・ガンダー《あの最高傑作の女性版》(左)と《最高傑作》(右)[筆者撮影]


公式サイト:http://www.operacity.jp/ag/exh252/

2022/07/15(金)(村田真)

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小山利枝子展 LIFE BEAUTY ENERGY

会期:2022/06/30~2022/10/11

池田20世紀美術館[静岡県]

まぼろし博覧会からタクシーで10分ほどで、「小山利枝子展 LIFE BEAUTY ENERGY」へ。俗界から天界へ這い上った気分になるのは、エアコンが効いてるのと、花がいっぱい描かれているからだ。

花を描く女性画家は少なくない。特に目立つのは、ジョージア・オキーフのように性的なニュアンスを感じさせる花の絵だ。小山も40年近く「花」を描き続けているけれど、あまり性は感じさせず、むしろ花のもうひとつのシンボルである「生(のはかなさ)」のイメージにあふれている。それは具体的にいえば、つぼみが花開き、香りを発散し、やがてしおれていくまでのプロセスを、ストロークを生かした流麗なタッチで1枚の画面に表わしていることだ。だからぼんやりぼやけたようなイメージは、花が咲く過程を長時間露光で撮影するのにも似て、「生」の時間をたっぷり含んだ表現と見ることができる。

しかし「生」の時間の先には「死」が予感されるのも事実。カタログの作品リストによれば、今回の出品は1993年から2022年の最新作まで、ドローイングを含めて82点。うち1990年代は4点、2000年代は8点のみで、大半は2010年以降の近作ということになる。そのなかで、忠実に花を描いたドローイングを別にして、明確に花とわかるタブローは1993年の《花93-2》くらい。あとは形態的にも色彩的にも花から徐々に離れて、湧き上がる水や燃え上がる炎のような流動的あるいは破裂的イメージが展開されていく。

これらのイメージが30年以上にわたって花を観察し、繰り返し描くことで得られたものであることは疑いえないが、鑑賞者の勝手な見方としては、たとえば《おだやかな夢の香り》(2002)に見られるあふれる水のような流動的イメージは、大津波を、あるいは《夢をみた》(2009)のような中心から放射状に広がる爆発的イメージは、ツインタワーの崩壊過程や原発事故を、つい想像してしまうのだ。つまり「生」を描きながら、それが「死」に裏返るカタストロフの瞬間を図らずも捉えてしまっているのではないかと。こじつけもはなはだしいが、しかし見るほうが勝手な解釈を膨らませられるほど豊かな作品だと思うのだ。

残念なのは美術館。伊豆高原という環境的には申し分ないロケーションにあるため、足の便が悪く、つい「まぼろし博覧会」に寄り道してしまうのだ。いやそれは僥倖というべきかもしれないが、美術館で気になるのは、展示室の壁の一部がいまだ等間隔に穴の開いたパンチングボードだったり、小山の肩書きが「洋画家」となっていたり、開館した1970年代のまま時間が止まってるんじゃないかと感じられること。まあ館名のとおり「20世紀」を体験できる美術館と考えれば納得だけど。

2022/07/11(月)(村田真)

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まぼろし博覧会

まぼろし博覧会[静岡県]

池田20世紀美術館に行こうとしたらバスの待ち時間が長かったので、たまたま駅の案内所でパンフレットを見つけた「まぼろし博覧会」とやらへ、先に行ってみることに。パンフには「ニューカルチャーの聖地」としておびただしい量の画像が満載され、好奇心を刺激してやまない。ここはどうやら出版社のデータハウスの社長が館長を務めるB級スポットとして知られているらしく、館長自身も「セーラちゃん」として時折コスプレして登場するそうだ。ぼくは幸か不幸か出会わなかったが。

まず、規模がハンパではない。「敷地面積は甲子園球場や東京ドームと同じ広さ」で、かつて熱帯植物園だった土地を買い取ったそうだ。巨大な温室を改造した「大仏殿」に始まり、斜面に沿って「昭和の町を通り抜け」「まぼろし神社」「ほろ酔い横丁」「まぼろし島」「メルヘンランド」などの小屋が並んでいる。広さだけでなく、展示品数もまたおびただしいことこのうえない。大仏殿には巨大な聖徳太子像をはじめ、巨石人頭像や古代エジプトの神像、仁王像のレプリカ、藝大生が藝祭のためにつくった牛頭馬頭御輿、人魚のミイラなど支離滅裂な品ぞろえ。




まぼろし博覧会 正門[筆者撮影]



まぼろし博覧会 聖徳太子像[筆者撮影]


続く小屋にも各地の秘宝館やテーマパークから払い下げられたような怪しげな人形、シロクマやカンガルーなど動物の剥製、人体標本、ピンク映画のポスター、全学連の立て看やヘルメット、昭和歌謡のレコード、ストリップ劇場の看板、ミゼットやスクーター、コスプレ衣装、戦争画の複製画まで展示されている。いや展示されているというより、寄せ集められているというべきか。いちおう大まかに分類されてはいるけれど、ジャンルの境界が曖昧であっちこっち浸食し合い、全体で昭和の残骸の吹きだまりといった趣だ。この過剰感、カオス感がたまらない。



まぼろし博覧会 衛生博覧会[筆者撮影]



まぼろし博覧会 昭和の町を通り抜け[筆者撮影]



まぼろし博覧会 昭和の町を通り抜け[筆者撮影]



まぼろし博覧会 昭和の町を通り抜け[筆者撮影]



まぼろし博覧会 昭和の町を通り抜け[筆者撮影]


それにしても、これでは管理するのが大変だろうと思うが、あまり管理されている形跡はなく、小屋も展示品もホコリを被り、汚れ放題でカビ臭い。また扇風機はあるがエアコンなどはなく、もともと熱帯植物園の温室だったので蒸し暑く、展示品にとっては(観客にとっても)最悪の環境だ。もともと大して価値のないものばかりだから朽ちるに任せるのもひとつの考えだが、ある人たちにとってはとてつもないお宝だし、また10年後50年後にはとんでもなく価値の上がりそうな物件もあってあなどれない。昨日訪れた江之浦測候所とは対極をなすアナザーワールド。

2022/07/11(月)(村田真)

ACAO OPEN RESIDENCE ♯7

会期:2022/07/09~2022/07/10

ホテルアカオ[静岡県]

熱海のホテルアカオにおいて、5人のアーティストが約1カ月間滞在・制作した作品を発表するほか、これまでのレジデンスアーティスト20数人による作品も展示している。会場は、コロナ禍のためか昨年に宿泊営業を終了したニューアカオ館の客室や宴会場と、その上のアネックス(1階がニューアカオ館の15階につながっているほど高低差が激しい)のロビーやダイニングなどを使用。このプロジェクトは昨年3月に始まり、すでに7回目を迎えるので、2、3カ月に1回のハイペースで実施していることになる。主催はPROJECT ATAMIで、発起人に寺田倉庫前社長でホテルニューアカオの代表取締役会長の中野善壽氏、実行委員長にホテルニューアカオ代表取締役社長の赤尾宣長氏、総合ディレクターにアイランドジャパンの伊藤悠氏が名を連ねている。アート界とのパイプは太そうだ。

行ってみて驚いた。なにに驚いたかって、ホテルの立地。海に張り出して建つ17階建てのニューアカオ館の窓から望む太平洋や、階下のダイニングから眺める断崖下の洞窟などは、いっちゃあ悪いがそこに置かれた作品が邪魔に感じられるくらいの絶景なのだ。たとえば、3面ガラス張りの宴会場には海岸で採取した流木が並べられているが、観客の視線は作品を通り越してつい水平線に向けられる。逆に目に止まったのは、風光明媚とは対極的な場所に潜んでいる作品だ。そのひとつがゲームコーナーを作品化した小金沢健人による《ファンシーパニックラッキーウォーズ》。12台のゲーム機がひっそりと置かれたコーナーに行くと、いきなり1台が音を立て、光を発し始める。連鎖するように別のゲーム機も動き始め、無人のゲームコーナーが勝手に遊び出すという趣向だ。これは過去の作品らしい。



ニューアカオ館[筆者撮影]


もうひとつは、旧大浴場における冨安由真の《Unison_Circle》。すでに閉鎖された大浴場の入り口に新たに壁をつくり、ドアを設置している。観客はドアを開けて解体中の更衣室を見ることはできるが、それより奥は立ち入り禁止で、浴室にあるはずの冨安の作品は見ることができない。消化不良のまま、もうひとつ冨安作品があるという階上の一室に行くと、VRのゴーグルを渡され、廃墟となった大浴場のインスタレーションを仮想空間で体験できるという仕組み(実際に見た順は逆だが)。いったい、廃墟の大浴場でインスタレーションしたかったのか(でも見せられないからVRを使ったのか)、それとも、VRでその場にはない作品を見せたかったのか(そのために立ち入り禁止の浴場に作品を置いたのか)。冨安がどちらを先に発想したのか知らないが、この場合は両者が過不足なくぴったり一致している。そこがすばらしい。

2022/07/10(日)(村田真)

江之浦測候所

江之浦測候所[神奈川県]

なかなか行く機会がなく、ようやく訪れた江之浦測候所。相模湾を見渡すみかん畑の斜面を丸ごと作品化したそれは、美術館でもなければ博物館でもない、ましてやテーマパークなんぞでは断じてない。そこは宇宙の時間を観測する「測候所」であり、壮大な「アースワーク」とも呼ぶべきものだった。

JR根府川駅から朝一の送迎バスで15分ほど。バスを降りて坂道を上る途中、赤沢蜂巣観音という小さな祠がある。江之浦集落で信仰を集めた赤沢観音堂を再建したもので、中央には蜂が巣をつくった円空仏が祀られている。ヒェ~本物かよ。開門と同時に入場して、荷物を預けるため全面ガラス張りの待合棟に寄る。ここの大テーブルには樹齢千年を超える屋久杉が使われているという。少しも手を抜かないなあ。まずは夏至光遥拝100メートルギャラリーへ。その名のとおり夏至の日に朝日が真っ直ぐに射すように設計された細長い空間だ。その脇に光学ガラスを敷き詰めた舞台と、イタリアで実測し再現した古代ローマの円形劇場をしつらえ、その下を冬至光遥拝隧道が通る。円形劇場の上には能舞台の寸法に基づいた石舞台が築かれ、舞台の橋掛りには23トンの巨石が据えられ、その軸線は春分秋分の朝日が相模湾から昇る軸線と合致する。基本設計は古代遺跡と同じく天体の運行に合わせてあるのだ。



江之浦測候所「光学硝子舞台」[筆者撮影]



江之浦測候所「京都市電の軌道敷石」[筆者撮影]


小道に沿って斜面を下っていくと、道端に各地から運び込んだ石柱や石仏、地蔵の類が置かれ、古い道具小屋を改装した化石窟に着く。内部にはアンモナイトや三葉虫、ウミユリなどの見事な化石のほか、古代ペルシャの青銅斧、楔形文字の刻まれた粘土板、この小屋に残されていた道具類などが展示されている。なんなんだこの数億年のタイムスリップは。さらに下ると、国東半島の五輪塔や信貴山の道標などに混じり、《数理模型0004 オンデュロイド:平均曲率が0でない定数となる回転面》《数理模型0010 負の定曲率回転面》といった杉本の幾何学彫刻が置かれている。見晴らしのいいみかん道を行くと、奈良円城寺の春日堂を再現した柑橘山春日社が建ち、この春めでたく奈良の春日大社より御霊を勧請したと「日曜美術館」でも紹介されていた。ほかにもそこかしこにいわれのある物件がさりげなく置かれ、無料のガイド本はウンチクまみれ。

先に「アースワーク」と述べたが、その理由は3つある。まず、山の斜面を文字どおり「土木工事」によって造成したこと。また、石や植物、化石など地球(アース)がつくった造形(ワーク)で成り立っていること。これを自然の「アースワーク」とすれば、ここはストーンサークルなどの古代遺跡や現代のランドアートのように、自然素材を組み合わせて人間がつくり出した芸術としての「アースワーク」でもあることだ。このアースワークはまだまだ現在進行形で続いているという。いわば「みかんのプロジェクト」。

2022/07/10(日)(村田真)

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