2019年11月01日号
次回11月15日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

都美セレクション グループ展 2019

会期:2019/06/09~2019/06/30

東京都美術館[東京都]

「都美セレクション グループ展2019」に選ばれた3本の展覧会。それぞれ世代もテーマも異なるが、一つひとつ語るのは面倒なので、乱暴だけどまとめて紹介しちゃう。

まず、「都美セレクション グループ展」について。これは2012年のリニューアル以後に始まったもので、「新しい発想によるアートのつくり手の支援を目的として、企画公募により開催する展覧会」のこと。要するに、展示室の一部を公募で選んだ作家たちの企画展に無償提供するという、いわば「企画展」の「公募展」。これによって公募展の貸し会場という都美のイメージから脱皮し、企画展重視の美術館へと転換を図りたいのかもしれない。

そんなわけで、ただ仲間を集めただけのグループ展は落とされ、おのずと主義主張をもったメッセージ性の強いテーマ展が選ばれる傾向にある。とはいえ公共の施設なので、政治色の強い企画は通らない。ここらへんがビミョーなところで、あるメッセージを社会に届けようとすればおのずと政治的にならざるをえない。今回選ばれた3本は作家の世代もテーマも異なるが、いずれも明確なメッセージをもち、ある意味政治性も強い(だから悪いというのではなく、だからおもしろい)。

まず最初の「星座を想像するように──過去、現在、未来」は、星座を見ると過去の光が見えるように、歴史の上に立つ現在から未来を想像しようという試み。タイトルこそソフトだが、出品は平川恒太、瀬尾夏美、加茂昂ら7人で、戦争や災害の記憶と忘却をテーマにする骨太な作家が多い。とくに平川は、ネットで購入した戦争の勲章をカルダーのモビールのようにいくつもつなげ、その領収書を使って星座を描き出す。古堅太郎は偶然にも先日見た風間サチコと同じく、戦前と戦後の丹下健三の設計思想の共通点を暴き出す。もっとも興味をそそったのは、田中直子による戦前の児童画(日独伊親善図画)の展示。日常を描いたものもあれば、戦争画顔負けの戦闘図もあって、よく残っていたもんだ。

「彼女たちは叫ぶ、ささやく──ヴァルネラブルな集合体が世界を変える」は、主語が女性代名詞であることから察せられるとおり、おもにジェンダーをテーマにした女性だけのグループ展。「ヴァルネラブル」とは「傷つきやすい」という意味で、女性やマイノリティという「弱さ」「傷つきやすさ」ゆえの可能性と自由さに希望を託す。出品はイトー・ターリ、ひらいゆう、綿引展子ら8人。岸かおるは心臓型の表面にさまざまな色の布を貼り、ビーズなどで飾り立てるが、心臓に細工することを想像するだけで胸が痛くなりそうだ。また、同じ木の枝に髪の毛をつながれたヌード女性の腹が膨らみ、最後の1枚は赤ちゃんを抱えている4点連続写真を出したカリン・ピサリコヴァの《Apollo and Daphne》は、タイトルどおり男(アポロ)に追いかけられて木に変身するダフネにヒントを得た作品だが、深刻さがなくユーモラスに受け取れる。

最後の「ヘテロトピア」には松浦寿夫や白井美穂ら5人が出品。ヘテロトピアとは、現実には存在しない理想郷を意味するユートピアと違い、現実に異質な時間・空間が共存する場所のことで、美術館もそのひとつだ。「東京都美術館のただなかに、もうひとつ別のヘテロトピアを出現させること、あるいは、美術館という場所が備えるべきヘテロトピアという性質を回復させること」(松浦)を主旨とする。伊藤誠は上面が鏡の装置を顔に装着し、下を見ても上しか見えない状態で歩いてもらう作品を出品。こんな「彫刻」をつくっていたんだ。吉川陽一郎はテーブルや本棚を出品しているが、その本棚に「聖戦美術展」のカタログをはじめ、戦争中の雑誌などが並んでいて、日独伊の児童画とともに貴重な資料だ。

3本それぞれ異質の展覧会だが、しかしあちこちで部分的に共鳴し合い、それこそヘテロトピアのごとくひとつの展覧会として見ることも可能だろう。

2019/06/14(金)(村田真)

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『東京計画2019』vol.2 風間サチコ

会期:2019/06/01~2019/07/13

gallery αM[東京都]

東京都現代美術館学芸員の薮前知子氏をゲストキュレーターに迎えたαMプロジェクト2019の第2弾は、いまどき珍しいアナクロ・アナログなモノタイプの巨大木版画を制作する風間サチコ。タイトルの「東京計画2019」は、かつて丹下健三が東京湾に海上都市を建設するという大風呂敷を広げた「東京計画1960」に基づく。というわけで、今回は丹下健三に矛先ならぬ彫刻刀の刃先を向けた作品群。

最大の作品は幅640センチにもおよぶ《ディスリンピック2680》で、2680は皇紀の年号だから西暦に直すと2020年、つまり次の東京オリンピックの開会式を揶揄したものだ。画面はほぼ左右対称で、大げさなつくりものの足下で整然と行進する人々はアリのように小さく、ファシズム臭がプンプン漂う。

ちなみに、皇紀2600年は最初の東京オリンピックが開かれるはずだった年。同じ年には万国博覧会も計画されていたが、どちらも幻に終わった。また、満州平原を走っていた超特急あじあ号を朝鮮半島、対馬海峡を経て東京までつなげようと「弾丸列車」の計画を立てていたのも同じころ。これらの計画は戦後20年ほどを経て、東京オリンピック、大阪万博、新幹線というかたちでゾンビのごとく復活・実現していく。そしてこれらに深く関わり、成功に導いたのが丹下健三だった。丹下はまた戦時中、国威発揚のための大東亜建設記念営造計画で一等を獲得するが、戦後かたちを変えて真逆ともいうべき広島平和記念公園として復活させていく。これらを踏まえて作品を見ると、また格別の味わいがある。

たとえば、青焼き風・絵巻風戯画《青丹記》。土星型UFOの環が外れて中心の球体が海に落下、それを漁師たちが陸に引き上げて、格子状に組んだヤグラの上に載せるというもの。この格子上の球体から、お台場に建つフジテレビ本社を連想してしまうのは、もちろんそれが丹下最晩年の作品のひとつだからだ。歴史を読み直す視線や、ひと味違った風刺精神もさることながら、それを白と黒だけの力強い大作に彫り込んでしまう技量も見事というほかない。

2019/06/08(土)(村田真)

BankART AIR 2019 オープンスタジオ

会期:2019/05/31~2019/06/09

BankART Station、 BankART SILK[神奈川県]

みなとみらい線の新高島駅に直結するBankARTの新スペースBankART Stationと、関内のシルクセンター1階にオープンしたBankART SILKの2カ所をアーティストたちに活動の場として提供、計31組60人以上が2カ月間制作し、その成果を見せている。BankART Stationのほうは人工光に照らし出された新しい地下空間、BankART SILKのほうは坂倉準三設計のモダンなオフィス空間で、どちらも古い倉庫を利用したBankART Studio NYKのような強固なたたずまいはなく、制作のとっかかりが少なそうな雰囲気。そんなわけで、この場所自体を主題にしたり、空間そのものから発想した作品は少ない。

おもしろかったのは、この地下空間から地上にはい出て、更地に1坪程度の白い小屋を建て、内部を真っ黒に塗って四方の壁に小さな穴を開けたカメラ・オブスクラをつくった細淵太麻紀のプラン。カメラ・オブスクラ自体は珍しいものではないが、照明を消せば真っ暗な地下のスタジオを出て日光の下でわざわざブラックボックスをこしらえるというのは、ある意味コミカルなリプレイスメント・プロジェクトと捉えることもできる。ということは逆に、BankART Stationの空間自体を巨大なカメラ・オブスクラに見立てることも可能かもしれないという思考実験でもあるはずだ。

で、実際に中に入れてもらった。まずは地上に出て、日産、資生堂、京急などのビルを横目に見ながら1ヘクタールはあろうかという雑草の生い茂る更地に入り、ブラックボックスの中へ(こうしたプロセスが重要だ)。内部は完全な闇で、ピンホールを開けると反対側の壁に倒立像が映る……はずだが、小雨で光量が少ないせいかすぐには映らず、2、3分してようやくうっすら光が見え始める程度。全体像が浮かび上がるには(つまり目が闇に慣れるまで)5分以上かかった。撮影するときも相当の時間がかかるそうだ。ピンホールは4面の壁にひとつずつ開けられているので、四方向すべてを撮影することができる(ただし開けるのはひとつずつ)。

闇の中でふと思い出したのは、元ひきこもりのアーティスト渡辺篤が、光を閉ざした箱に1週間ほど閉じこもったこと。この小屋に閉じこもって倒立した世界を見ていたら、どんなひきこもり人間が生まれるだろう。

2019/06/07(金)(村田真)

プロジェクト#04 利部志穂 Piazza del Paradiso

会期:2019/05/11~2019/06/09

アズマテイプロジェクト[神奈川県]

ぼくのアトリエから徒歩5分ほど、イセザキモールに面した伊勢佐木町センタービルの3階に、今年初めアートスペースがオープンした。横浜の繁華街には、3階建てで1階が商店という戦後まもない時期のビルがまだ残っているが、ここもそのひとつ。階段を昇ると、エッシャーを思わせる歪んだ階段が現出したり、いまどき珍しいレアな看板やポスターが貼られていたりして、昭和レトロな雰囲気を濃厚に漂わせている。その3階の奥のなぜかロフト付きの部屋と、元は印刷所だったという壁がボロボロの一室がアズマテイプロジェクトだ。

ここは名前から察せられるように、東亭順を代表とする4人のアーティストらが立ち上げた「創造的実験場」。その最初のチラシには、「貸しスペースでもなく、作品売買を目的としているわけでもなく、若手美術家を支援するつもりもなく、支援を受けて町興しに協力するわけでもなく、純粋にいま我々が観たいものを観せてもらい、我々が見せたいものを見せ、聴きたいものを聴き、会いたい人に会う機会の場として運営していく」とある。つまり社会的な義務や責任を負わず、誰からも文句をいわせず、自分たちがやりたいことをやっていくという宣言だ。これはいまの窮屈な世の中である意味とても賢い選択だと思う。大変だけどね。

今回4回目の企画展は利部志穂。天井から針金でモノを吊るしたり、床に廃材を老いたり、壁に絵を掛けたり、詩のような文章を掲げたり、この場の空気に反応したインスタレーションを見せている。2年間イタリアに滞在していたそうで、タイトルはイタリア語で「天国の広場」という意味。

2019/06/01(土)(村田真)

「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」記者発表会

会期:2019/05/27

東京国際フォーラムD7[東京都]

この秋、森アーツセンターギャラリーで予定されている「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」の記者発表会。初めにフジテレビジョン・イベント事業局長の宇津井隆氏があいさつ。「バスキア展」をやるきっかけは2000年頃、とんねるずの木梨憲武に「いまバスキアが大変なことになっている」と言われたからだそうだ。ノリさんだけに、テレビ業界っぽいノリだなあ。確かにバスキアの亡くなった1988年前後は画家としての評価はあまり芳しくなかったが、シュナーベルの監督した映画「バスキア」が公開された1990年代後半から再評価の気運が高まってきたのは事実。近年は前澤友作氏が62億円、123億円と立て続けに高額で落札したり、パリのルイ・ヴィトン財団美術館で回顧展が開かれたり(同時開催していたのは同じく満28歳で亡くなったエゴン・シーレ展)、話題にこと欠かなかった。

で、今回は「メイド・イン・ジャパン」というタイトル。作品が日本でつくられたからではなく、バスキアが勢いのあった80年代の日本に憧れ、何度か来日していたからであり、画面に「MADE IN JAPAN」と描かれた作品が出品されるからであり、また、意外と日本の公立美術館がたくさん持っているからでもある。つまり評価の低かった1990年前後のバブル期に日本が買っていたのだ。出品数は約130点。中身はともかく、点数ではルイ・ヴィトンに引けをとらない。

会期:2019年9月21日(土)〜11月17日(日)

2019/05/27(月)(村田真)

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