2019年05月15日号
次回6月3日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

福沢一郎展 このどうしようもない世界を笑いとばせ

会期:2019/03/01~2019/05/26

東京国立近代美術館[東京都]

福沢一郎というと、戦前シュルレアリスムを採り入れた奇妙な絵を描き、開戦直前に瀧口修造とともに検挙され、釈放後一転して戦争画に手を染め、敗戦後は大作の群像を描いた画家、くらいの知識しかなかった。この回顧展は、まさにそんなありきたりのイメージを払拭するために企画されたもの。
個人的な体験をいうと、ぼくは子供のころ家にあった画集に載っていた福沢の《よき料理人》がさっぱり理解できず、しゃくに障ったことを覚えている。実はそのとき、意味がわからないだけでなく、生意気にも見た目に色が地味で、絵もあまりうまくないなと感じたものだ。今回《よき料理人》を含むパリ滞在時の初期作品を見て、やっぱりあまりうまくないという印象は変わらなかった。特に人物が無表情で、苦手としていたんだろうな。これは彫刻をやっていたせいかもしれないし、シュルレアリスムの手法ゆえかもしれない。
しかし帰国後の作品を見るとそんなことは気にならなくなる。長いこと日本を離れていたせいか、浮世絵風の女性を描いた2点は奇天烈だし、《牛》や《人》は絵として力強いだけでなく批評精神が秘められているし、《風景》や2点の《花》は靉光を彷彿させる独特の空気感がある。そして軍に委嘱された作戦記録画の《船舶兵基地出発》。これは本気で描いたのか? この絵は戦争映画の宣伝用写真に基づいて描かれていることが判明したが、それは誰でもやっていたこと。それより戦争画だけに、誰にも気づかれないように巧妙に批判的な細工を施したかもしれないし、逆に大真面目に描いたのかもしれない。いずれにせよこの戦争画が彼の長い生涯のちょうど半分、つまり人生の折り返し点で描かれていることは示唆的だ。

敗戦後は《世相群像》をはじめ、代表作ともいえる《敗戦群像》など群像の大作を何点か手がける。50年代には中南米旅行で得たプリミティブな色彩と形態、60年代のアメリカ旅行では抽象表現主義に感化されたが、いずれも完全に染まることなく、再び社会的な風刺を利かせた群像の大作に戻っていく。《トイレット・ペーパー地獄》《ノアの方舟》《倭国大いに乱れる》《倭国内乱》、そして最晩年の《悪のボルテージが上昇するか21世紀》などだ。まるで美術界のリーダーとしての義務であるかのように、社会に警鐘を鳴らす大作を描き続けたようにも見える。その意味ではこれらも、戦後の戦争画といえるのではないか。

2019/03/11(月)(村田真)

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ART in PARK HOTEL TOKYO 2019

会期:2019/03/09~2019/03/10

パークホテル東京[東京都]

この時期は「アートフェア東京」に合わせて、秋葉原の3331 Arts Chiyodaと汐留のパークホテル東京でもアートフェアが開かれている。パークホテルのほうは見たっつーか、今年のテーマ「1980年代」に合わせて「バック・トゥー・ザ・80年代美術」というレクチャーをやらせてもらったんで、ついでにのぞいたって感じ。その分3331のほうを見る時間がなくなってしまった。ホテルでのアートフェアというと、10年くらい前に東京でもやっていたけどいつのまにかなくなってしまったが、関西では続いていて、このアートフェアも事務局はART 
OSAKA(一般社団法人日本現代美術振興協会)がやっている。

ホテルのアートフェアのおもしろいところは、ギャラリーがそれぞれ客室を借りて、壁だけでなくベッドの上やテーブル、窓、床、シャワールームにまで作品を展示すること。ホテル側としてはたくさんの人に客室を見てもらえるし、客側はブースでの展示より生活空間に近い空間での展示なので身近に感じられ、ギャラリー側としては期間中その部屋に泊まればいいわけだから一石三鳥、とはいかないまでもメリットは少なくない。今回は42軒のギャラリーが参加したが、東京からは15軒だけで、あとは関西、中京、台湾、韓国などとなっている。

2019/03/10(日)(村田真)

アートフェア東京2019

会期:2019/03/07~2019/03/10

東京国際フォーラム[東京都]

2005年に始まり、今年14回目を迎えたアートフェア。あれ? 数えてみると15回目でね? と考えた人は注意深いけど素人。アートフェア東京は1992年に横浜でスタートしたNICAF(日本国際コンテンポラリーアートフェア)を前身とするが、始まったのがバブル崩壊直後で徐々に出展数が減り続けたため、1995年から隔年開催となり、東京に移って「アートフェア東京」に一新してからも隔年開催は受け継がれることになった。そのため2006年は開催しなかったが、2007年に海外のアートバブルのあおりで売り上げが急増したため、3回目には再び毎年開催に戻したというわけ(ところが直後にリーマンショックが起こり、再び低迷を余儀なくされた)。

今年は国内外29都市から160軒のギャラリーが出展。驚いたのは、入場料がなんと5,000円もすること。いつの間にこんなに高騰したんだ(ちなみに昨年は3,500円)。
いくらなんでもこれから作品を買ってもらおうという人に、5,000円も払わせるか(ぼくはプレスパスで入ったので文句をいえる立場ではないが)。今年の入場者数は60,717人。昨年の60,026人をわずかに上回ったが、これを増加と喜ぶべきか伸び悩みと見るべきかビミョーなところ。その前年も57,800人だったので、この6万人前後という数字が日本のアートピーポーの総数ということになる。入場料5,000円でも6万人が訪れるのだから裕福になったものだ。ちなみに売り上げは29億7,000万円で、これも昨年の29億2,000万円より微増。これもビミョーだなあ。

会場で目についたのは、岡本太郎や山口長男、猪熊弦一郎、熊谷守一といった日本近代または昭和の洋画家の作品だ。そんなに数が多いわけでもないが、こうしたアートフェアでは珍しいのでつい気になってしまった。ひょっとしたら具体やもの派が再評価されているので、その前の「近代洋画」を対外的に売り出そうという魂胆か?

2019/03/09(土)(村田真)

生誕130年 佐藤玄々(朝山)展

会期:2019/03/06~2019/03/12

日本橋三越本館1階[東京都]

もう40年くらい前、なにかの用で日本橋三越本店に行ったら、売り場中央の吹き抜け空間にとんでもなく大きくてハデな彫刻が目に入り、思わず涙が出そうになった。なぜ涙が出そうになったのか思い出してみると、当時70年代末だったと思うが、もの派の呪縛で美術界が低迷し、銀座や神田の画廊を回ってもモノクロで貧相な作品にしか出会えなかった時期に、いきなりキッチュでアナクロでしかもダイナミズムにあふれた彫刻が目に飛び込んできたため、パニック状態に陥ってしまったのだ。いや、そんなもっともらしい理由ではなく、ただ異形の存在に圧倒されただけだったのかもしれないが、とにかく想像もしなかった表現に不意討ちを食らったのは事実だ。

そのとんでもない彫刻をつくったのが佐藤玄々(1888-1963)で、彫刻は《天女(まごころ)像》というそうだ。知らなかった。展覧会はこの天女像につながる1階の売り場フロアで開催。出品は天女像を含めて35点だが、高さ11メートルのこの巨大彫刻を除けばほとんど小品ばかり。初期のころは《達磨》《如来像》《観音像》など仏教彫刻が目立つが、1930年前後には大きなヒキガエルを重石のように彫った《冬眠》、木をタケノコに変えた《筍》、原寸大の《鼠》《子》など、橋本平八を彷彿させる秀作が並ぶ。ところが戦後は《天女(まごころ)像》に集中していたせいか、その派生物みたいな装飾的な動物像が増え、彫刻というより置物みたいな工芸的作品に堕していく。なぜ三越はこの彫刻家にこんなデカイ天女像を任せたのか、理解しがたい。いやそれより、なぜ彼はこんなとんでもない彫刻を実現することができたのか、不思議でならない。

2019/03/07(木)(村田真)

雨ニモマケズ(singing in the rain)

会期:2019/03/01~2019/03/24

BankART Station+R16 Studio[神奈川県]

BankARTの新しい拠点、みなとみらい線の新高島駅に直結する「Station」と、国道16号線沿いの東横線の廃線跡をスタジオに再利用した「R16」。この2カ所をつなぐ展覧会が「雨ニモマケズ」だ。なんでこんなタイトルかというと、行けばわかるが、R16は高架下の吹きっさらしの場所で、雨にも風にも冬の寒さにも負けそうになるハードな空間なのだ。ちなみに英語タイトルは "singing in the rain" と、なぜか明るい。

まずR16のほうは、土屋信子、渡辺篤、金子未弥、マツダホームらここをベースとする作家を中心に作品を公開。そのためオープンスタジオ的な普段着の展示だ。その点、Stationのほうは外からアーティストを招いている上、空間が大きく密閉されているせいか、気合いが入った見ごたえのある作品が多い。その両方に出しているのが小田原のどかで、長崎の爆心地に立てられた矢形の標柱をネオンで再現したもの。爆心地に記念碑を建てるという発想はだれでもするが、まさか矢印を立てるとは! グーグルマップじゃあるまいし。小田原はこの爆心地と記念碑(彫刻)を巡って『↓(2019)』という小冊子も出しているので、一読を勧めたい。Stationのほうの作品はいちばん奥まった倉庫のような暗い空間にポツンと立っているので効果的だ。

山下拓也は、高さ2メートルほどもあるマンガのキャラクターみたいな版画を対にして10体くらい立てている。巨大なケヤキの切り株を輪切りにした衝立を版木にして、表裏に彫って刷っているのだ。ダイナミックな版表現と、描かれたひょうきんなキャラとのギャップがすばらしい。西原尚は2枚の薄い金属板を帆のように張った車を前後に行き来させ、金属板の奏でるホワンホワンという音を聞く作品。無用の装置と無用の音が周囲を脱力させる。村田峰紀は、ウィーンウィーンとつぶやきながら仮設壁にボールペンでぐりぐり穴が開くまで引っ掻き、そのまま線を引きながら裏に回って同じように引っ掻くパフォーマンスを披露。その痕跡を見るだけでも、彼が優れた造形センスを有するアーティストであることがわかる。

「Station」はその名のとおり駅に隣接する、というより駅に付随する空間なので制約も多いが、逆に可能性も高い。通行人を呼び込んだり、近隣企業を巻き込んだり、ここだけでなく別の駅とつないだ企画展も考えられるだろう。消滅したBankARTスタジオNYK以上の活動も期待できるぞ。つーか、期待してね。


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