2023年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

創立150年記念 国宝 東京国立博物館のすべて

会期:2022/10/18~2022/12/11

東京国立博物館[東京都]

東博の創立150年を記念して、所蔵する国宝89点すべてを公開する特別展。会場に入るといきなり長谷川等伯の《松林図屛風》が現われる。東博だけに等伯から始めたか。国宝というからなんとなく絢爛豪華なお宝をイメージしていたのに、いきなり余白だらけのモノクロ絵画が現われたもんだから、どこが国宝やねんとツッコミたくなる。同じ部屋には久隅守景の《納涼図屛風》、渡辺崋山の《鷹見泉石像》といった教科書でおなじみの超有名作品もあるが、同時代のバロック美術やロマン主義絵画に比べればどれも地味で貧乏臭く感じられて申しわけない。

展示はその後も書跡、法隆寺献納宝物、漆工、考古、刀剣と国宝が延々と続く(ただし展示替えがあるため、この日見られた国宝は61点)。国宝オタクなら狂喜するだろうけど、ぼくが見たかったのは国宝とは関係のない、第2部の「東京国立博物館の150年」の展示。ここでは、博覧会に端を発する「博物館の誕生」、宮内省が管轄した帝室博物館(帝博)時代の「皇室と博物館」、戦後に東京国立博物館として再出発した「新たな博物館へ」の3章で、東博の150年を振り返っている。

展示品のなかでも目を引くのが、キリンの剥製だ(現在は国立科学博物館所蔵)。東博というと日本の古美術専門館のイメージが強いが、大正時代までは動物の剥製をはじめ植物の標本や化石、鉱物などの自然の産物も「天産資料」としてコレクションしていた。これは東博の前身である湯島聖堂での博覧会から受け継がれたもので、おそらくロンドンの大英博物館に倣ったのだろう。大英博物館は1881年に自然史博物館が分離するまで自然史コレクションを有しており、幕末・維新期の遣欧使節団はこれを見て、わが国でもキリンの剥製を飾ったミュージアムがほしいと願ったに違いない。しかし関東大震災で本館が建て替えられるのを機に、天産資料は東京博物館(国立科学博物館)に移管された。

ほかにも、湯島聖堂の博覧会や上野の内国勧業博覧会を描いた錦絵や写真、三代安本亀八による生人形、関東大震災の被害状況と復興本館の建設資料、皇紀2600年記念の「正倉院御物特別展」に並ぶ長蛇の列を描いた戯画、松方幸次郎がパリで一括購入し帝博に渡った浮世絵コレクションなど、珍しい資料を一気にご開帳。博覧会時代の玉石混交の見世物から組織改変、コレクションの取捨選択、施設の増改築を経て、国宝89点に至るまで縦覧できて興味は尽きない。


公式サイト: https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2529

2022/10/17(月)(内覧会)(村田真)

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鉄道と美術の150年


会期:2022/10/08~2023/01/09

東京ステーションギャラリー[東京都]

今年は新橋─横浜間に日本初の鉄道が開通して150年。だけではない。150年前の1872(明治5)年というと、裁判所が設置され、戸籍調査が実施され、郵便制度が始まり、グレゴリオ暦が導入されるなど、日本が西洋の諸制度を採り入れて近代国家への歩みを始めた時期。東京国立博物館も今年設立150年を迎えるが、これは150年前に「博物館」ができたのではなく、その前身である「博覧会」が開かれたということだ。そしてこの「博覧会」は翌年のウィーン万博への出展準備を兼ねたもので、その準備の過程で「美術」という日本語も生まれたのだった。つまり日本に「美術」という概念が成立したのも150年前ということになる。この展覧会が、出品作品の大半を絵画が占めるのに「鉄道と絵画」とせず、「鉄道と美術の150年」と謳っているのはそのためだ。

展覧会は、幕末の1854年にペリーから贈られた蒸気機関車の模型を描いた木版画に始まる。新橋─横浜間が開通してからは歌川広重(三代)、月岡芳年、小林清親らが機関車や沿線風景を錦絵に描いている。これらは鉄道を描写した絵画というより、報道用の挿絵といった趣だが、河鍋暁斎の《極楽行きの汽車》(1872)は装飾過剰の車体の後を天女が追いかけるなど、とても実物を見たとは思えないほど奔放だ。珍しいものでは、勝海舟が宮中で鉄道について説明するために描いた水墨画や、高橋由一が愛宕山あたりから蒸気機関車の煙だけをスケッチした「写生帖」などもある。

錦絵が廃れる20世紀になると、洋画による表現が増えてくる。よく知られているのが赤松麟作の《夜汽車》(1901)だ。木製の車内や和服の乗客、タバコを吸いながら語らう姿などはいまでは想像できない。やがて鉄道が電化されると、都市の風景も変わってくる。ここで思い出されるのが、昨年練馬区立美術館で開かれた「電線絵画展─小林清親から山口晃まで─」展だ。同展は電信柱が描かれた絵ばかりを集めたユニークな企画展で、近藤浩一路の《京橋》(1910)、小絲源太郎の《屋根の都》(1911)、神阪松濤の《暮れゆく街道》(1922)など、今回と何点かが重なっている。両展に共通するおもしろさは、近代文明の産物を古典的なメディアである絵画で表わしていること。とはいえ、西洋ではターナーやモネ、未来派などが鉄道のスピード、エネルギー、それがもたらす風景の変容などを絵画に反映させ、モダンアートの発展を後押ししたのに対し、日本ではそこまでのダイナミズムは見られず、むしろ旅情やロマンなど叙情に訴える傾向が強いように感じる。

戦後になると、中村宏やタイガー立石を例外として、鉄道をモチーフにする絵画は減り、電車内や駅を使ったパフォーマンスが増えてくる。その代表例が高松次郎や中西夏之らが行なった《山手線事件》(1962)だろう。しかし彼らが山手線を舞台に選んだのは、人(目撃者)が多いからであり、通勤通学という日常を異化したかったからであって、別に鉄道でなくてもよかったのではないか。ちなみに、前述の中村と立石が自身の絵画を担いで、東海道新幹線が開通したばかりの東京駅前の雑踏を練り歩いた写真も出品されているが、これなどは「文明の利器」としての鉄道と「古臭い」美術との対比を浮き彫りにした好例といえる。

最後のほうに、プラレールを使ったパラモデルや、東京の地下鉄路線が皇居を回避していることを示した柳幸典らの作品とともに、岡本太郎の巨大壁画に原発事故を描いた絵画を無断で付け足したChim↑Pomの《LEVEL7 feat.『明日の神話』》(2011)が展示されていた。最初なぜこの作品が出品されているのかわからなかったが、なんてことはない、ただ渋谷駅の通路に設置したからだった。「鉄道と美術」というには無理があるなあ。


公式サイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202210_150th.html


関連レビュー

電線絵画展─小林清親から山口晃まで─|村田真:artscapeレビュー(2021年04月15日号)

2022/10/07(金)(村田真)

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南三陸311メモリアル

南三陸311メモリアル[宮城県]

リボーンアート・フェスティバルを見に行ったついでに、といったらなんだが、震災・津波の遺構や伝承館などをいくつか見て回った。最初に訪れたのは、石巻市の震災遺構門脇小学校(1)、近くの復興祈念公園内に建てられたみやぎ東日本大震災津波伝承館(2)。そこから北上して、気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館(3)、リアス・アーク美術館(4)。そして帰りに寄ったのが、南三陸311メモリアル(5)だった(正式オープンはぼくが訪れた翌日の10月1日だったので、準備で忙しいなか特別に見せていただいた)。

これら5つの施設を大別すると、被災した小学校や高校の校舎跡をそのまま残した遺構(1、3)、被災状況を文章や映像で伝えるために新たに建てられた施設(2、5)、被災物や記録写真などの常設展示室を設けた美術館(4)となる(1と3の遺構は伝承施設も備えている)。これをメディア別に見ると、遺構や被災物などの「モノ」に語らせる、被災者の証言や記録などの「コトバ」で伝える、写真や映像などの「イメージ」に訴える、の3つに大別できる。南三陸311メモリアルがユニークなのは、これに「アート」を加えたことだ。

311メモリアルでまず目立つのは、地元の杉材を斜めに組んだ鋭角的な建築だ。設計したのは、この地区のグランドデザインを手がけた建築家の隈研吾。館内では南三陸町の被害の実態や町民たちの証言なども紹介しているが、ユニークなのは「メモリアル」と題されたアートゾーンを設けていること。入ると、暗がりのなかから山積みになった無数の箱が浮かび上がってくる。昨年亡くなったアーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーの遺作ともいうべきインスタレーションだ。



[筆者撮影]


箱がいくつあるのか、なにが入っているのかわからないが、だれもがこれを見て死を連想するに違いない。ボルタンスキーはこれまでにも子供たちの顔写真や影絵、心臓の鼓動音などを使って生と死を表象してきた。アートによって理不尽な大量死に普遍性を与える──これがナチス政権下のパリに生まれたユダヤ系のフランス人ボルタンスキーの意図であり、それに共感した南三陸の思いでもあるだろう。

館内にはほかにも、写真家の浅田政志が地元の人たちとアイディアを出し合いながらつくり上げた写真が展示され、壁や床には「天災は忘れた頃にやってくる」といった名言が掲げられている。具体的な被災物や住人の証言は重々しく、生々しいが、時とともに風化し、忘れられてしまいがち。だからこそ残しておかなければならないのだが、そこにアートを加えることで普遍性が与えられ、モノやコトバとは違った説得力が生まれるはずだ。

関連レビュー

石巻の震災遺構|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2022年04月15日号)
大船渡、陸前高田、気仙沼をまわる|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2020年09月15日号)

2022/09/30(金)(村田真)

リボーンアート・フェスティバル 利他と流動性(後期) 

会期:2022/08/20~2022/10/02

石巻市街地(石巻中心市街地、復興祈念公園周辺、渡波)、牡鹿半島(桃浦・荻浜、鮎川)[宮城県]

東日本大震災で大きな被害を受けた石巻の市街地と牡鹿半島を舞台に繰り広げられる芸術祭。3回目となる今回は新型コロナの影響により、昨年と今年の2期に分けての開催となった。ぼくは初めて訪れるので、過去作品も含めて見て回った。

まず市街地では、空き家になった建物を使うインスタレーションが多かった。これは過疎地かつ被災地なので予想できたこと。ていうか、空き家が増えたからそこをアートで充填したいという発想が、地方で芸術祭を生み出す原動力になっているのだろう。旧銭湯を会場にした笹岡由梨子の映像インスタレーション、旧サウナに作品を点在させたプロダクション・ゾミアのキュレーションによるアジア作家6人の作品、民家の納屋を活用した梅田哲也のインスタレーションなど、作品ともども場所そのものにも興味が向かう。

なかでも熱量を感じたのが、小説家の朝吹真理子とアーティストの弓指寛治によるコラボレーションだ。魚屋兼住居だった2階建ての大きな建物内を、住人へのインタビューをまとめた文章と勢いのある絵で埋め尽くしている。当然、文章は朝吹、絵は弓指の役割分担だと思ったら、制作しているうちに次第に互いの仕事が浸透し合い、朝吹の絵や弓指の文章も混じっているそうだ。出口近くでは魚(の絵)の叩き売りまでやっていて、場所ともども楽しめる展示だった。



朝吹真理子+弓指寛治「スウィミング・タウン」[筆者撮影]


日和山公園の旧レストランを会場にした雨宮庸介の《石巻13分》(2021)は、高台に位置するロケーションを最大限に生かしている。建物はガラス窓に覆われ展望がよさそうだが、ブラインドが下されているので薄暗く、背後にはテーブルや椅子などレストランの備品が積み上げられている。床に電光掲示板、柱に映像が流され、ベルリンで手のひらに「石巻」というタトゥーを彫ったこと、高速道路で事故ったことなど、「リボーン」に参加するまでの作者の日常が淡々と語られる。話が終わりに近づいたころ、ブラインドが徐々に開けられ、津波に襲われた南浜地区と向こうに広がる海が目に入ってくる。おおこれは感動的。作者はこの場所を訪れてまずエンディングを思いつき、逆算してストーリーを組み立てたのではないか。

南浜の津波復興祈念公園では、目[mé]がいい仕事をしている。予約した時間に行くと、トラックを改造したバスに乗せられる。内部は旅館の客室仕立てで、両サイドが全面窓になっているので、ソファに座って外の景色を見ることができる。参加者が着席したら出発し、復興祈念公園内を一周巡るという「作品」だ。被災地を観光する「ダークツーリズム」というのがあるが、ここは甚大な被害を受けたとはいえ現在その面影はほとんどなく、巨大な堤防や津波伝承館が見られるくらい。ダークを明るくポップにしたようなツーリズムだ。これを不謹慎と感じる人もいるかもしれないが、それが許されるほど復興したという証でもあるだろう。



目[mé]《repetition window 2022》 バス車内。窓から巨大堤防が見える[筆者撮影]


復興祈念公園のはずれ、北上川河口に架かる日和大橋のたもとに作品を設置したのがSIDE CORE。工事現場のような四角い囲いをつくり、内部に人やハンマーや給水塔のようなかたちのスピーカーを置き、さまざまな場所から集めてきた電車や雑踏などの音を流している。津波でぽっかり空白になった更地にストリートを移植する試みか。

市街地から離れると、牡鹿半島の根元にあたる渡波地区では、旧水産加工場に置かれた小谷元彦の彫刻《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント2)》(2022)が圧巻。背に羽をつけ、両手を横に広げてサーフボードに乗る水着姿の巨大な少女像だ。羽はサモトラケのニケからの引用で、頭部には幾何学形のネオンが被せられている。そのポーズから船首像、さらに映画『タイタニック』のワンシーンも連想され、古代芸術と現代風俗をシャッフルしたものになっている。



小谷元彦《サーフ・エンジェル(仮設のモニュメント2)》[筆者撮影]


白い樹脂製の巨大彫刻といえば、もう少し先の荻浜にある名和晃平の《White Deer(Oshika)》(2017)も圧倒的。モチーフは神の使いといわれる鹿で、金華山に多く生息し、牡鹿半島の名の由来にもなった動物だ。この作品は初回に制作・設置され、「リボーン」のシンボル的存在としてしばしば目にしていたが、実際に見ると想像以上にでかい。でもそのわりに表面が白くて波打っているせいか、実在感に乏しく、白昼夢のような印象だ。なにしろ神獣だからね。

その彫刻の近くの洞窟を作品化したのが伊勢谷友介の《参拝》(2022)だ。穴の奥に丸い鏡を置き、手前に据えた台から双眼鏡で覗けるようにしている。洞窟に鏡というと、天の岩戸に引きこもった天照大神を誘い出すため、岩戸の隙間から鏡を入れて開けさせたという日本神話を思い出す。これにヒントを得て、洞窟の内(神)と外(人)の立場を逆転させて人間の傲慢さを表わそうとしたのかもしれない。

さらに牡鹿半島の突端、金華山の対岸まで行く。ここでは島袋道浩が、金華山の見える海岸までの道を整備している。題して《白い道》(2019)。階段や柵を整え、植栽を切りそろえ、道に白い小石を敷くだけ。なにか作品を置くわけでも風景を変えるわけでもないが、場所の意味や見え方を変えてしまう。これに近い感覚を以前どこかで味わったことがあるなと思ったら、若林奮の《緑の森の一角獣座》だった。若林はゴミ処分場の建設反対のため、予定地だった日の出町の森に道や階段をつけ、下生えを払って整備した。作品を置くだけだと撤去されたらおしまいだから、土地全体にさりげなく手を加えて作品化することで森を守ろうとしたのだ。目的は違うけど、島袋も最小限の手を加えることで、霊場として知られる金華山への細道を「神道」に変えてしまった。作為がミエミエの大仰な作品も嫌いではないが、こうした労力を費しながらさりげなくたたずむ作品にも心を動かされる。



島袋道浩《白い道」[筆者撮影》


(鑑賞日:2022年9月28〜30日)

公式サイト:https://www.reborn-art-fes.jp

2022/09/28(水)(村田真)

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入江早耶「東京大悪祭~Happy Akuma Festival~」

会期:2022/09/22~2022/10/09

CADAN有楽町[東京都]

入江は印刷物の表面を消しゴムで擦り、出てきたカスをこねて立体物をつくる。今回はコロナ禍への応答として、日本の古い薬箱や薬袋など病に関連するイメージを用いた新作を見せている。《青面金剛困籠奈ダスト》は、薬箱の表面を擦って出た消しゴムのカスを色分けしてつくった小さな青面金剛像を、元の薬箱のなかに置いたもの。青面金剛とは日本の民間信仰のなかで発展した神で、本来は病を撒き散らす悪鬼だが、あえてそれを祀ることで病の拡散を防ごうとした風習に基づく。また、《薬魔地蔵ダスト》はレトロな薬袋の表面を消してアマビエをつくるなど、コロナ禍を意識した作品となっている。

ただそれ以上に感心したのは、掛け軸仕立ての日本画を用いた2点の作品。1点は、描かれた4匹の鯉が消しゴムのカスとなって5つの頭を持つ竜に、もう1点は2匹の子犬が3つの頭を持つケルベロスに、それぞれ変身を遂げているのだ。絵を消して立体化する発想もすごいが、ここでなにより驚くのは、いかに安物とはいえ(いくらで買ったか知らないけど)、曲がりなりにも掛け軸仕立ての日本画を消して自分の作品に変えてしまう豪胆さだ。かつてラウシェンバーグはデ・クーニングの素描を消して自作としたが、入江はさらに一歩進めて、消しカスで彫刻という新たな価値を生み出しているのだ。



《青面金剛困籠奈ダスト》 (2020) [Courtesy of the artist and Tokyo Gallery+BTAP. Photo: Yoshihiko Shikada]


公式サイト:https://cadan.org/cadanyurakucho-tokyogallery/

2022/09/23(金・祝)(村田真)

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