2020年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

新型コロナ時代のアート

新型コロナウイルスの勢いが止まらない。外出自粛の要請が出され、劇場やライブハウスなどは次々と休止を余儀なくされ、ついに緊急事態宣言まで出てしまった。大きな美術展は2月末以降再三にわたり延期を繰り返し、当分のあいだ再開しそうにない。この春の目玉だった国立西洋美術館の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」(3/3-6/14)をはじめ、国立新美術館の「古典×現代2020」(3/11-6/1)、東京国立博物館の「法隆寺金堂壁画と百済観音」(3/13-5/10)などは、展示が完了しているにもかかわらず開けられない状態が続いている。このままだと、開催できないまま会期が終了してしまう可能性も出てきた。もったいない。また、4月初旬までは入場者を制限したり、開館時間を短縮したり、週末を休館にするなど工夫しながら開けていた中小規模の美術館も、緊急事態宣言を受けて大半は休館せざるをえなくなった。



[筆者撮影]


ギャラリーも、売買を目的とする大手画廊は3月中旬から休廊が目立ち始め、3月19日から予定されていたアートフェア東京も中止に追い込まれた。売買を目的としない中小の貸し画廊などは、もともと観客が少ないこともあってアポイント制にして細々と続けていたところもあるが、そんな努力も気概も空しく、現在はほぼ壊滅状態。もはや美術界(だけではないが)全体が休止状態に追い込まれているのだ。東日本大震災および原発事故のときも似たような状況だったが、今回は自粛の空気に抗う姿勢を、応援することも非難することもできないのが歯がゆい。

ただ美術に関していえば、ほかの文化ジャンルに比べれば、まだ希望が持てるほうかもしれない。というのも、音楽にしても演劇にしても映画にしても、ひとつの密閉空間にたくさん人が集まって鑑賞するものなので、感染の危険性が高いといわれる「密閉空間」「密集場所」「密接場面」の三つの密に当てはまるが、美術はそうでもないからだ。「三つの密」とはいかにも代理店の考えそうなキャッチフレーズだが、語呂がいいので使わせてもらう。以下に、観客の「密」度の違いをジャンル別に表にしてみた。音楽はライブハウスでのロックから大ホールでのクラシックまで幅が広いので二つに分け、また、スポーツ、博覧会、デモなどの大規模イベントも加えた。


ジャンル別「密」度比較 (◎きわめて高い ○高い △ほどほど ✕低い)

イベント 密閉度 密集度 密接度
ロック系コンサート(屋内)
演劇(演芸、ミュージカルを含む)
スポーツ(サッカー、野球など)
デモ
クラシック系コンサート
映画
博覧会・見本市(アートフェア)
展覧会(美術館、ギャラリー)
芸術祭(屋外)

基本的に音楽、演劇、映画は音や光が漏れないように密閉した空間で行われるのに対し、展覧会や博覧会は空間的に密閉されているものの、出入口はそのつど開閉されるため比較的開放的だ。また音楽、演劇、映画は不特定多数の観客が固定席で鑑賞するため密集度は高く、とくにスタンディングのコンサートでは、人々が密着したり叫んだりするため密接度も上昇する。逆にクラシック音楽や映画は座席が一定の距離を保ち、静かに鑑賞するため、密接度はそれほどでもない。その点、展覧会や博覧会は固定席がなく、人々もまばらに移動していくだけなので、密集度も密接度も比較的低い(ただし「ゴッホ展」のような人気展は例外だが)。

もちろんだからといって、美術は感染の可能性がないということではない。現にアートフェアも展覧会も芸術祭も延期・中止を余儀なくされているのだから。とくにアートフェアや芸術祭は、グループでわいわい言いながら見て回ることが多いので、密接度は美術館より高いかもしれない……。なんてことを考えていたとき、ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーのディレクターであるハンス・ウルリヒ・オブリストが、新型コロナウイルスの影響で仕事の減ったアーティストを支援するため、数億円規模の「パブリックアート・プロジェクト」を提唱しているという記事をネットで目にした。一読して「なるほど」と思ったのは、1930年代にニューディール政策の一環として実現したフェデラル・アート・プロジェクトを思い出したから、というだけでなく、メディアとしての「パブリックアート」に着目しているからだ。

なるほど、パブリックアートは基本的に屋外に設置され、周囲に人々が集まる機会もほとんどなく、その前で議論したり騒いだりすることもないだろう。密閉度、密集度、密接度のどれをとっても低い。上の表に当てはめるとこうなる。


イベント 密閉度 密集度 密接度
パブリックアート

つまりパブリックアートは、鑑賞する側にとって感染の危険性が低い芸術形式であり、新型コロナ時代にこそ有効性を発揮できるメディアではないか、ということだ。これはもちろん半分本気だが、半分冗談でもある。パブリックアートが密閉度、密集度、密接度ともに低いのは、いいかえれば、吹きっさらしのなかでだれの気にも留められず、無視されていることの証なのだから。逆にいえば、「密」度の高い音楽や演劇やスポーツはいずれも関心度が高く、観客とプレイヤーおよび観客同士の一体感や連帯感が味わえるイベントだということにほかならない。それゆえに感染の危険性が高いのだ。そう考えれば、新型コロナウイルスというのは、人々の「ふれあい」や「きずな」を食い物にしてわれわれの連帯感を断ち切り、世界を分断する反動的災禍と捉えることができるかもしれない。

そこでパブリックアートが有効性をもつとしたら、果たしてどのようなパブリックアートなのだろうか。駅前でしばしば見かける女性ヌード像や、どこでも似たり寄ったりの抽象彫刻などは論外として、近年のリレーショナル・アートにしても、ソーシャリー・エンゲイジド・アートにしても、不特定多数とリレーションしたりエンゲージすることが忌避される現状では有効性をもたない。分断されつつある世界において、距離を保ちながらつながり、連帯できる「公の芸術」とはなにか。そんな「パブリックアート」の概念を更新するような新たなパブリックアートが求められているのだ。なんてことを書いているうちにも、事態はどんどん進んでいる。

2020/04/09(木)(村田真)

ネオ・ダダの痕跡

会期:2020/03/18~2020/04/04

ギャラリー58[東京都]

1960年に結成され、わずか半年ほどで解体した前衛芸術集団ネオ・ダダの、結成および解散60年を記念した展覧会。出品は元メンバーの赤瀬川原平、風倉匠、篠原有司男、田中信太郎、吉野辰海の5人。昨年田中が亡くなったので、現役はギューちゃんこと篠原と吉野の2人となった(その数日後、メンバーではないが彼らと親交の深かった秋山祐徳太子の訃報が届いた)。

出品作品はネオ・ダダ時代のものではなく、1970年に出たウィルヘルム・ライヒの『きけ 小人物よ!』(太平出版社)の挿絵として描いた赤瀬川のペン画から、ニューヨーク在住のギューちゃんがこの春に制作した最新作まで、素材もサイズも制作年もバラバラ。そこがネオ・ダダらしいけど。なかでも目立つのが、パリ旅行の思い出を描いたギューちゃんの大作ペインティング《パリだぜ! 牛ちゃん─親友、木下新に捧げる》だ。パリへはこの1月、ルーヴル美術館の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」を見るために訪れたそうで、巨大画面にはルーヴルのピラミッドやサンジェルマンで食事する夫妻などが描かれているらしいが、なにがなんだかさっぱりわからない。画廊の人がギューちゃんに図解してもらったそうだが、そのスケッチを見ても、ピラミッドらしきものは認められたものの、後はさっぱり。でも色彩とタッチは以前にも増して激しい。

今年米寿を迎えるギューちゃんは、メンバーのなかでも最年長だが、元気いっぱいで毎日ニューヨークから電話をかけてくる、という話を画廊の人がしていたら、本当にかかってきた。なりゆきでぼくもお話しさせてもらったが、声に張りがあってトシを感じさせず、驚いた。いま新型コロナウイルスでニューヨークもパリも大変な騒ぎで、ルーヴルも閉鎖され、飛行機にも乗れないから、1月に行っといてよかったという話だった。ギューちゃん、コロナに気をつければ100歳までいけそう。

2020/03/28(土)(村田真)

VOCA展2020 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─

会期:2020/03/12~2020/03/30

上野の森美術館[東京都]

上野の美術館や博物館が2月末から次々と休館するなか、なんとか開催にこぎつけた「VOCA展」だが、最後の週末はやむをえず休館するというので、あわてて最終日に駆けつけた。同じような駆け込み組が多数いて入場制限されるんじゃないかと思ったが、やっぱりそんなことはなく空いてた。安心したけど、ちょっと寂しくもある。

今年のVOCA賞は、何百枚も重ねた写真を彫って作品にしたNerhol。田中義久と飯田竜太の二人のアーティストによるユニットで、ひとりがアイディアを練り、もうひとりが彫るから「ネルホル」と読むそうだ。同一写真ではなく連続写真を重ねて彫っていくため、部分的に時間の推移が読み取れる。いわば4次元の世界における写真ともいえるが、べつに錯視的なおもしろさを追求しているわけではなく、積層した時間を即物的に掘り起こしていくことで、イメージと物質の対比を際立たせようとしているようにみえる。確かにサブタイトルに謳われているように、「新しい平面の作家たち」ではある。

奨励賞は菅美花と李晶玉で、彼女たちも写真を用いた作品で受賞している。菅のほうは二人の女性が左右対称に並んだダブルポートレート。よく見ると二人は同一人物(作者自身)で、片方はホンモノ、片方は精密な人形だそうだ。修整が施されているので、どっちがどっちかほとんど見分けがつかない。ドッペルゲンガー、いやクローンというべきか。いまのデジタル技術を使えば、わざわざ人形をつくらなくてもできるはずだが、あえて人形にして並んで撮るところに菅の狙いがあるのだろう。でも修整をどんどん加えると、どちらも等しくヴァーチャルな存在に近づいていく。

李の作品は、巨大な競技場を前にひとりの女性がたたずみ、背後に赤い太陽が浮かぶ図。女性が着ている白い服は、1936年のベルリン・オリンピックに出場し、マラソンンの日本代表として金メダルを穫ったソン・ギジョン(孫基禎)の体操服だそうだ。背後の競技場はてっきり新国立競技場かと思ったら、ベルリンのオリンピアシュタディオンだという。さまざまな政治的意図を含んだ作品。

あと気になったものを2、3点。佳作賞の黒宮菜菜は、草花や雪が舞い散るような一見にぎやかな画面だが、よく見るとその奥に人物像が浮かび上がる。油彩にアクリル、さらにシルクスクリーンも併用し、重層的なイメージをつくり出すことに成功している。高山夏希はパネルに糸をびっしりと水平に張り、上から絵具を盛り上げた作品。一見、絵具がぐちゃぐちゃに混ざり合って汚らしく見えるけど、これが自然の風景を描いたものだとわかると、にわかに美しく感じられ、崇高ささえ漂ってくるから不思議だ。

今回いちばん感心したのは水木塁の作品。紙ヤスリのようなザラザラした画面に白い絵具が塗られ、上から記号のようなものが印されている。画面は紙ヤスリではなくスケボーの表面に使う素材で、絵具は道路用の塗料、記号は工事関係者が使う符号だそうだ。つまりこれ、道路に描いたストリート絵画をはがして垂直に立てたようなもの、ともいえるが、推薦者の遠藤水城氏によれば「絵画の道路化」だという。これは納得。

2020/03/27(金)(村田真)

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第23回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)

会期:2020/02/14~2020/04/12

川崎市岡本太郎美術館[神奈川県]

新型コロナウイルスの影響で美術館や展覧会が次々と閉鎖されるなか、開いててよかったー! 岡本太郎美術館。駅から遠いし、観客もまばらだから感染の恐れは少ないだろうと判断したのかもしれない。道中、平日は人もまばらな生田緑地に子供たちの元気な声が響いていた。君たち、安倍首相に感謝するんだぞ。なに? ほんとは学校に行きたかったって? そりゃ安倍のせいだ。

さすがに美術館内は閑散としているかと思ったら、意外や若者のカップルが多かった。ほかに行くところがないんだろう。展覧会は相変わらず元気だ。数ある公募展のなかで、いつもここだけ熱を感じる。岡本太郎の名を冠しているだけあって、エクストリームな作品が多いのだ。その最たるものが、岡本太郎賞の野々上聡人《ラブレター》。中央に木彫りの彫刻を積み上げ、それを囲むように3面の壁に100点を超す絵画をびっしりと飾り、自作アニメも流している。

作者によれば、「絵が完成し変化をやめた時、死体のように思えて淋しくて、動く絵(アニメーション)を作り始めた。またそれらを握りしめたい、撫で回したいという思いが立体作品になった」。そうした無軌道な軌跡を盛り込んだものだという。1点1点の絵画はスズキコージの絵を彷彿させる密度の濃い画風で、完成度が高く、全体として濃密なインスタレーションと捉えることもできるが、これまでの作品を並べた個展会場として見ることもできる。その対面の壁には、本濃研太(特別賞受賞)による段ボール製のカラフルな仮面がびっしりと飾られ、この周辺だけきわめて濃密な空気が漂っていた。

もうひとつ感心した作品が、特別賞の村上力《㊤一品洞「美術の力」》。「弊社の軍船で掻き集めた、古今東西の美術品を展示するギャラリー」との設定で、絵画、彫刻から木工、陶芸まで、幅広く展示している。絵画も彫刻も素材は粗い麻布でできていて、絵画は風景画から抽象画まで幅広く、このブースの展示風景を入れ子状に描いた画中画もある。ちょっと久松知子を思い出した。彫刻は阿修羅像から岡本太郎、ボブ・ディランらしき肖像まであり、テクニックは確かだ。これも全体でひとつのインスタレーションをなしていると同時に、グループ展内個展(公立美術館内私設ギャラリー)を実現させている。

新型コロナウイルスの影響は同展にもおよんでいる。そんたくズのコントライブ「死ぬのはお前だ!」が中止になった。ライブが作品なのでこれはツライ。「首相から言われたのでコントライブが出来なくなりました」と恨みがましく書いてある。もうひとつ、コロナとは関係なさそうだが、大木の芯をくり抜いた藤原千也《太陽のふね》(特別賞)が「メンテナンス中」とのことで展示中止になっていた。別に機械仕掛けの作品でもないのにメンテナンス中とはどういうことだろう。朽ち木だからカビか虫が発生したのだろうか。美術館は表現内容に関しては包容力があるが(ないところもあるが)、物理的な脅威には弱いようだ。そういえば今日は東日本大震災から9年目。

2020/03/11(水)(村田真)

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生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・昭和

会期:2020/02/21~2020/04/12

練馬区立美術館[東京都]

日本の美術史上、洋画も日本画も手がける画家はしばしばいるし、絵を描きながら図案で稼ぐ画家も少なくないが、図案から始めて日本画を学び、洋画に転向してフランスに留学、後半生は文人画に没頭した画家は珍しいと思う。明治・大正・昭和を生き、98歳の大往生を遂げた津田青楓だ。

津田は1880年、生け花の家元の次男として京都に誕生。生活のため図案制作をしながら、日本画家に師事したり、染織学校で学んだりしたが、20歳で徴兵されて日露戦争に従軍。除隊後は一転して関西美術院でデッサンを学び、本格的に油絵を習得するため1907年にパリに留学。帰国後、保守的な洋画壇に背を向け、1914年に二科会を創立し、フォーヴィスムの画風で会を盛り立てていく。と、ここまででもめまぐるしく仕事が移り変わっていくのがわかるが、このあとさらに大きな変化が訪れる。

1923年、関東大震災をきっかけにマルクス経済学者の河上肇と知り合い、次第に社会運動に目覚め、プロレタリア美術にのめり込んでいくのだ。ぼくがこれまで知っていた津田青楓の作品は《研究室に於ける河上肇像》と、拷問を受けた左翼運動家を描いた《犠牲者》の2点だけだが、いずれもこの時期の作品だ。しかし《犠牲者》を制作中に治安維持法違反で検挙され、拘留中に社会運動から身を引くことを誓約させられる。この「転向」は、同時に油絵の断筆宣言でもあった。油絵は社会的関心をリアルに絵に表わすものだと考えられていたからだ。以後、第2次大戦を挟んで半世紀近く、浮世離れした水墨画や書に親しんでいくことになる。

図案、日本画、油絵、文人画、書と多様な仕事を展開した画家の回顧展なので、作品も多彩きわまりない。しかも油絵だけでもフォーヴ風のヌードから社会主義リアリズムまで振れ幅が大きい。だから見ていて退屈しないけど、図案とか水墨画とか興味ない部分はスルーしたから、しっかり見たのは油絵だけで、全体の3分の1にも満たなかった。

2020/02/28(金)(村田真)

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