2020年01月15日号
次回2月3日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

四國五郎展

会期:2019/10/01~2019/12/27

平和祈念展示資料館[東京都]

敗戦後、大陸にいた日本兵のうち、ソ連軍に連行されて極寒のシベリアで強制労働させられた者は57万人以上といわれ、うち約1割の5万5千人が飢えや寒さで死亡したとされる。無事帰還した人のなかには画家もたくさんいたはずで、とりわけ抑留体験を描いたことで知られるのが、香月泰男、宮崎進、そして四國五郎だ。

彼らに共通するのは、帰国してすぐにつらかった抑留体験を描くのではなく、それを絵にするまでに何年もの歳月を要したことだ。香月は帰郷後まもなく2、3点描いてみたものの納得がいかず、本格的に手がけるのは10年ほど経た50年代末から。宮崎も自らの体験を描いてはいたけれど、公表するのは90年代半ばからのこと。四國にいたっては、退職後の90年代にシベリアに慰霊の旅をしたのがきっかけで描き始めたというから、実に半世紀近くを要したことになる。ことほどさように時間がかかったのは、それほどシベリア体験が彼らに大きくのしかかっていたからで、それを自分のなかで咀嚼し、芸術に昇華するには何十年もの歳月を必要としたということだ。

特に四國は、香月や宮崎と違って美術学校を出ておらず、市役所に勤めながら絵を描いたアマチュア画家。したがって制作活動に専念できたのが退職後だったこともひとつの理由だろう。また、彼は1947年に帰国命令を受けたものの、日本を目前にしたナホトカに1年間自らの意志で残り、雑誌の表紙絵やカットを描くなど宣伝活動に従事したという。詳しいことはわからないが、抑留中に社会主義思想に染まってソ連に残留した元日本兵はけっこういたらしい。おそらく四國も、シベリアで栄養失調で死にかけたとはいえ、病院で絵を学ぶなどそれなりの恩恵も受けたようで、香月ほどの強い恨みを抱かなかったのかもしれない。

だが、それより四國の心を動かすもっと大きな出来事があった。それが原爆だ。彼は生まれが広島で(ちなみに香月も宮崎も隣の山口県出身)、帰国後実弟が原爆で亡くなったことを知る。そのため戦後はシベリア抑留という個人の体験を封印し、はるかに過酷で切実な被曝問題に向き合わざるをえなかったのだ。1955年には仲間とともに「広島平和美術展」を組織し、同展を舞台に代表作である「母子像」を発表することで、平和のメッセージを送り続けた。その彼が抑留体験を描き始めるのは、67歳のときシベリアに墓参りと鎮魂の旅に出てからのこと。そのときのスケッチとそれを元にした油絵などが今回の展示の中心となっている。したがって油絵は抑留体験から約半世紀を隔てて描かれたものばかり。

どれも空は鈍色で、捕虜の兵士たちは一様に暗く、風景はほとんどモノクローム。現地を再訪して記憶が蘇った部分もあるのだろう、陰鬱な空気が漂う。香月も宮崎も同じく抑留体験の絵はモノクロームに近かったが、この2人が具象に限界を感じ、マチエールを重視した半抽象で表現したのに対し、四國はあくまで愚直なまでの具象で表わそうとした。その点で四國の絵は「記録画」、いや「「記憶画」というべきだろう。

興味深いのは《シベリアに連行される捕虜を写生する私》と題された作品。画面の左4分の3にソ連兵の監視下で連行される日本兵を描き、4分の1に1991年に墓参りに訪れたときの自分たちを描き込んでいるのだ。抑留中の自分を45年後の自分がスケッチしている「異時同図法」。会期後半に出品される《1946年埋葬者を運ぶ私を写生する1993年の私》もタイトルどおり、半世紀近い時差をひとつの画面に収めている。記録画のなかに記録する現在の自分まで記録しているわけで、二重の記録画になっている。

関連レビュー

四國五郎展─シベリアからヒロシマへ─|高嶋慈:artscapeレビュー(2019年07月15日号)

2019/10/25(金)(村田真)

リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展

会期:2019/10/12~2019/12/23

Bunkamuraザ・ミュージアム[東京都]

リヒテンシュタインといえばモナコ、サンマリノなどと並ぶ最小国のひとつだが、こんな名画を秘蔵していたとは知らなかった。と驚いたのは6年前に開かれた「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展のとき。タイトルはたいして代わり映えしないが、前回がルーベンスをはじめとするバロック絵画に焦点を当てたハイライト展だったとすれば、今回は東洋磁器も多数出ていて、より繊細な工芸的作品が見どころとなっている。ま、小粒になったともいえるが。

繊細といえば、フランツ・クリストフ・ヤネックの《室内コンサート》や、ヨハン・ゲオルク・プラッツァーの《雅な宴》などロココ期の雅宴画が目を引く。これらの繊細で艶やかなマチエールはどこから来るのかと思ったら、銅板に油彩で描いているせいだった。もっと驚くべきは、19世紀のビーダーマイヤー期の細密画。とりわけヴァルトミュラーの《磁器の花瓶の花、燭台、銀器》は、みんな目が釘付けになっていた。素っ気ないタイトルからは想像できないほど細密かつ華麗な描写は、芸術を通り越してもはやキッチュの領域にはみ出している。ちなみに、同作品の制作年はダゲールが写真を発明したのと同じ1839年のことだが、写真がこの作品を超えるクォリティを獲得するには150年を要した。ビーダーマイヤー様式は美術史の主流からは完全に外れているが、もっと光が当たってもいい。

2019/10/11(金)(村田真)

ゴッホ展

会期:2019/10/11~2020/1/13

上野の森美術館[東京都]

生誕何年でも日蘭友好何年でもなく、サブタイトルもないストレートな「ゴッホ展」。ただ「人生を変えたふたつの出会い」というキャッチコピーがあるだけ。「ふたつの出会い」とは、ひとつは、さまざまな職業を転々とした後、画家として再出発して間もないころのハーグ派との出会いであり、もうひとつは、パリに出てからの印象派との出会いだ。同展はこの二つの出会いを軸に、両派の作品も交えて構成されている。ゴッホがいわゆるゴッホらしい絵を描くようになるのは、パリを経て南仏アルルに旅立ってからのことだから、この展覧会はいわゆるゴッホらしさが発揮される以前の初期作品に焦点を当てたものといえる。だから特に前半は、いわゆるゴッホ好きには物足りないかもしれないが、もっと奥を知りたい人には向いているかもしれない。

展示は初期のころのドローイングから始まる。労働者や農民らの貧しい生活を描いた拙い絵は、作者がゴッホでなければとっくに捨てられていただろう。急にうまくなったと思ったら、ヨゼフ・イスラエルスやアントン・マウフェ、アントン・ファン・ラッパルトといった、ゴッホの伝記にも名前が出てくるハーグ派の画家たちだった。パリに出ると色彩は徐々に明るくなっていくが、ここでもモンティセリ、モネ、ゴーガンら影響を受けた画家たちの作品が並んでいる。そして最後のほうはアルル以降のよく知られたゴッホだ。

これまで大がかりな「ゴッホ展」といえば、ゴッホのコレクションで知られるファン・ゴッホ美術館かクレラー・ミュラー美術館からごっそり借りてきたものが多かったが、初期の作品が中心の今回は、ハーグ美術館からの作品が24点、全体の3分の1強を占める。ちなみにファン・ゴッホ美術館からは1点、クレラー・ミュラーからは7点で、いずれも晩年の作品だ。

2019/10/10(木)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00050732.json s 10158229

バスキア展 メイド・イン・ジャパン

会期:2019/09/21~2019/11/17

森アーツセンターギャラリー[東京都]

最近、1980年代の美術が見直されているが、世界(欧米)的にいうと、モダンアートが行き詰まった70年代の後を受けて、ポストモダンな新表現主義が唐突に花開いた時代。そこに合流したのが、アンダーグラウンドなグラフィティから浮上したジャン=ミシェル・バスキアだ。でも彼はアートワールドに食い込んでいったとはいえ、ゲームとしての新表現主義とは一線を画し、アフリカ系でグラフィティ出身という出自を作品に反映させた。その結果、新表現主義の画家の多くが21世紀を迎える前に消えていったのに対し(その代表がシュナーベルだが、彼が90年代に映画監督に転身して『バスキア』を撮ったのは示唆的だ)、バスキアは本人が消えても、作品は消えるどころかますます評価が高まり、世界各地の美術館で回顧展が開かれるようになった。もちろん単に作品が再評価されたというだけではなく、差別に苦しみ、わずか27歳で夭逝したという伝説も再評価に貢献しているはすだが。

バスキアの絵画のいちばんの特徴は、画像と文字が共存していること。もともとグラフィティは文字をデフォルメすることから始まったが、バスキアの文字はデフォルメされず、むしろ画像のほうが記号化しており、両者の関係はつかず離れず曖昧だ。なんとなく絵画というより書画と呼びたくなってくる。その画像は即興性やスピード感にあふれ、表現主義的というより「落書き」的といったほうがふさわしい。既成のキャンバスだけでなく、ドアに描いたり、木枠を井桁に組んで布を張った上に描いたり、ストリート感も満載。しかしそれも初期の一時期に限られている。作品の制作年を見ると1981-85年が多く、晩年の1986-88年はわずかしかない。とりわけ1982-83年に集中し、質的にも高い。それ以降はコピーやコラージュを多用し、画面の密度も薄くなり、明らかに失速していくのがわかる。

展覧会のタイトルは「メイド・イン・ジャパン」。約123億円で作品を購入した前澤友作氏をはじめ、日本人コレクターや日本の美術館のコレクションが出品されていること、五重塔や空手、マンガのキャラクター、「YEN」など日本ゆかりのモチーフを描いた作品も多く出ていることによる。ゴッホもそうだったように、100年後のバスキアも日本に憧れていたのか。

2019/10/08(火)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00050345.json s 10158228

CAF賞 2019

会期:2019/10/01~2019/10/06

ヒルサイドフォーラム[東京都]

全国の美大をはじめとする学生を対象にしたアートアワードの6回目。主催は前澤友作氏が会長を務める現代芸術振興財団で、最優秀賞に選ばれれば賞金100万円のほか、個展開催の機会が与えられる。ジャンルは絵画、彫刻、インスタレーション、メディアアートなど多彩で、審査員はなにを基準に選んでいいのか迷うだろう。今回の入選作家は12人だが、東京芸大と武蔵野美大が各5人を占めている。偶然にしては偏りすぎてないか。

いくつか目についた作品を挙げると、自転車を漕ぐのではなく、自転車自体を回転させる東弘一郎《他転車》、パリの美術学校で男性彫刻の下腹部に欠けている突起を勝手に付け加える敷根功士朗の映像、四畳半の和室をしつらえ、その奥にひと回り小さな部屋をつくり、さらにその奥にもひと回り小さな部屋をつくり……を4回繰り返す浅野ひかり《四畳半を想う》、50個の青いチープなハンガーを曲げて人の手のようにし、その上に卵を置いたサカイケイタ《命がけ》。これらはいい悪いという以前に、しっかりつくっていて好感が持てた。

2019/10/04(金)(村田真)

文字の大きさ