2020年11月15日号
次回12月1日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

末永史尚「ピクチャーフレーム」

会期:2020/08/29~2020/09/27

Maki Fine Arts[東京都]

額縁だけが掛かっている! などと思う素朴な人はいまどきいないだろうが、なかなか得がたい光景ではある。パネルに綿布を貼り、外縁に額縁装飾を描いた絵が9点。額縁の内側は1色でフラットに塗りつぶされているため、絵を外した状態に見えなくもない。じつはこれらの額縁は現在、内外の美術館で実際に使われている額縁なのだそうだ。例えば、MoMAのゴッホ《星月夜》とか、東近の岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》とか。いずれも原寸大で、しかも内部に塗られている色彩はその絵の平均的な色なので、額縁から作品を類推できるかもしれない。

末永はいくつかのシリーズを並行して制作しているが、代表的なシリーズに「日用品をモチーフにした立体絵画(THREE-DIMENSIONAL PAINTING)」がある。例えば本とか箱とか消しゴムとか付箋紙とか、四角くて厚みのある身近な物体を「絵画化」したもので、その物体を描くのではなく、その物体に描くのでもなく、その物体と同じサイズの立体をつくり、同じ色を塗るのだ。制作方法からいえば彫刻ともいえるが、あくまで四角くて厚みのある物体に色を塗ったものだから「絵画」なのだ、と思う。今回はその延長上で、額縁込みの絵画を「絵画化」したものだ。と思ったら、それとは別に、美術館にある名画(の額縁)を描いた「ミュージアム・ピース」というシリーズがあるので、その系列だろう。このシリーズは、2014年に愛知県美術館で初めて発表したそうだが、そういえばぼくも見た覚えがあるわい。

ところで、これらの作品は絵の入っていない額縁と見ることもできるが、見方を変えれば、額縁に入った「モノクローム絵画」と捉えることも可能だ。そもそも額縁とは、絵を保護する役割と同時に、描かれた図像と現実の壁を分け隔てるクッションの役割も果たしていた。ところが、絵画の抽象化が進むにつれて絵画自体が壁に近づき、額縁は必要とされなくなった。だからこれらの「モノクローム絵画」に額縁は似合わず、それゆえ「得がたい光景」になっているのだ。さらに滑稽な事態を想定するとすれば、これらの作品を購入した人が屋上屋を架すがごとく、額縁をつけてしまうことだ。作者はそこまで意図していないだろうけど。

2020/09/03(木)(村田真)

ヨコハマトリエンナーレ2020 AFTERGLOW—光の破片をつかまえる

会期:2020/07/17~2020/10/11

横浜美術館[神奈川県]

すでに2回も行ったのに、横浜美術館の向かって左側にあった旧レストランでやってる展示を見逃していたので、それだけ見に行った。ジャン・シュウ・ジャンの《動物物語シリーズ》。これはおもしろい。ここだけならタダで見られるし、空いてるし。みんな見逃しているんじゃないか? もったいない。

作品はパペット・アニメと、それに使ったパペットやジオラマの展示。ジャングルに囲まれた川か湖にワニ、ブタ、カニが浮かび、その上でガムランの演奏に合わせてキツネやネズミが踊るというもの。ちょっと因幡の白ウサギを思い出してしまったが、オチはない。おそらくアジア各地に似たような伝説があるのだろう。パペットはよくできているし、ガムランのノリも抜群にいい。作者はインドネシア人かと思ったら、台湾人。アニメはループ再生されていて、繰り返し見ても見飽きない。入場無料なので、横浜美術館やプロット48はパスしてもいいから、ここだけはぜひ。

2020/08/29(土)(村田真)

遠見の書割─ポラックコレクションの泥絵に見る「江戸」の景観

会期:2020/06/24~未定

JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク[東京都]

先日まで日本民藝館で柳宗悦コレクションの泥絵を展示していたが、今度は東大が所蔵しているポラック・コレクションの泥絵展だ。泥絵とはその名のとおり泥絵具で描かれた絵のことだが、江戸時代の洋風画の1ジャンルであり、稚拙ながら遠近法を駆使したリアルな描写を特徴とする。今回は東海道五十三次を含む泥絵と、富士山や大名屋敷が見える江戸の街を描いた都市景観図が中心。いずれも藍色が多用されているが、これは1820年代にプロイセンから化学染料の藍(プルシャンブルー)が持ち込まれ、植物染料より便利ということでふんだんに使われるようになったという。

富士山にしろ屋敷にしろ、人にしろ木にしろ、描写はすべて簡略化された紋切り型で、どこか風呂屋のペンキ絵と通底するものがある。また、大半は江戸名物として大量生産されていた匿名の土産品であり、芸術的には価値のないものと考えられてきた。でもそうやって忘れられていくうちに外国人の目利きが買い集め、逆輸入のかたちで再発見・再評価される例は、浮世絵をはじめ枚挙にいとまがない。泥絵もどうやら同じ道を歩んでいるらしい。そもそも当時、こうした都市景観図を買い求めたのは、江戸から帰郷する地方出身者たちで、品川宿の手前の芝明神前に店が並んでいたという。そのため「芝絵」とも呼ばれるそうだ。ちなみに、泥絵の作者で珍しく名前が残っている司馬口雲坡は、地名の芝と画工の司馬江漢にあやかったネーミングだとか。泥絵も奥が深い。

入り口付近に1点だけ、昭和初期の泥絵があった。東京帝大を出て富士山の雲の研究を続けた阿部正直による「富士山宝永の噴火」の図。宝永の噴火は1707年のことだから、阿部の時代より200年以上も前の話。想像力だけで描いた絵特有の奇想にあふれている。これはレアもの。

2020/08/28(金)(村田真)

Unknown Image Series no.8 #2 鈴木のぞみ「Light of Other Days―土星の環」

会期:2020/07/31~2020/08/21

void+[東京都]

アンティークな鼻眼鏡のレンズに文字がプリントされている。文字は英文で、ベルファスト出身のSF作家ボブ・ショウが、短編『Light of Other Days』の中で引用したアイルランドの詩人トーマス・ムーアの詩の一節だという。同じく骨董市で入手した虫眼鏡のレンズにプリントされているのは、シェイクスピアの『冬物語』のミニアチュール本から撮ったもの。年代物の眼鏡に文字が映るといえば米田知子を思い出すが、鈴木は印画紙にではなく実物の眼鏡のレンズ面に直接プリントする。イメージではなく物質だから、フェティシズムをくすぐるのだ。

ほかにも、アイリッシュ海を渡るフェリーから見えたであろう水平線を焼き付けた丸い舷窓、1851年のロンドン博の会場となったクリスタルパレスをプリントした眼鏡、子供が太陽光を集めて焼くのとは逆に、レンズに太陽を焼き付けた虫眼鏡など。眼鏡にしろカメラにしろ望遠鏡にしろ、レンズで光を調節することで鮮明なイメージが得られる。そのイメージをレンズ表面に凍結する試みともいえるかもしれない。ちなみに、今回の素材とモチーフは、ベルファストとロンドンに滞在していたときに得たものだそうだ。イギリスには文明・文化の掘り出し物がたくさんあるからね。

それにしても昔の眼鏡は小さい。とりわけ鼻眼鏡は日本人にとっても小さく感じるが、鼻の高い西洋人にはうまくはまったのかもしれない。あるいは鼻を挟むだけでなく、眼窩に食い込ませるようにかけていたのではないか。いずれにせよレンズがいまより眼球に近く、まさに身体の延長物だったことを思わせる。だとすれば、鈴木の次の展開は、眼球内の水晶体か網膜そのものに画像を焼きつけることだろう。窓、鏡、眼鏡と徐々に身体に近づいてきた素材がとうとう体内に入り込む。って、そこまでいくとホラーでしょ。

2020/08/21(金)(村田真)

1930ローマ展開催90年 近代日本画の華~ローマ開催日本美術展覧会を中心に~

会期:2020/08/01~2020/09/27

大倉集古館[東京都]

いまでは毎年のように海外で日本の現代美術展が開かれているが、その嚆矢こうし ともいうべき展覧会が90年前の1930年、ローマで開催された。その名も「日本美術展覧会」。通称「ローマ展」とも呼ばれるこの展覧会は、ムッソリーニ率いるイタリア政府が主催し、横山大観をはじめ日本画家80人による160件以上の作品が出品され、好評を得たという。これを全面支援したのが旧大倉財閥の2代目、大倉喜七郎で、今回はそのうち大倉文化財団が所蔵する作品を中心に25点を展示している。

1930年といえば、満州事変の前年であり、日独伊が三国同盟を結ぶのはまだ10年先のこと。なので、戦争を予感させたり不穏な空気を感じさせる作品はないけれど(今回は出ていないが、前田青邨の《洞窟の頼朝》は一種の戦争画で「ローマ展」に出品された)、ものが日本画で、しかも場所が外国なので、おのずとナショナリズムを高揚させる効果はあったはず。参考資料として出ていたローマでの集合写真を見ると、みんなスーツでキメているのに、横山大観だけが和服姿。空気を読めないのか、読んだうえでの戦闘モードなのか。

展示は「描かれた山景Ⅰ~日本の里山~」「描かれた山景Ⅱ~モノクロームによる~」「美の競演~花卉・女性~」「動物たちの姿~生命の輝き~」の4部構成。出品は大観のほか、橋本雅邦、菱田春草、川合玉堂、伊東深水、鏑木清方、竹内栖鳳ら、日本美術院を中心に官展系の画家がズラリと並ぶ。しかし、大観は型通りの日本画だし(それが大観スタイルなのだが)、玉堂は水墨画に西洋画法を折衷させたキッチュな風景画だし、古典美術の親分ともいうべきイタリア人から見れば屁みたいなもんだが、案外プリミティブなオリエンタリズムとして珍重されたかもしれない。少なくとも当時の日本の「洋画」を見せるより新鮮味はあっただろう。

といいつつ、感心した作品もいくつかあった。ボタニカルアートよろしく虫食い穴まで克明に描いた並木瑞穂の《さやえんどう》は、西洋の古典的な静物画を思わせないでもないし、2羽の闘鶏を描いた竹内栖鳳の《蹴合》は、日本画らしからぬ見事な筆さばきを見せる。この2人は油絵に進まなかったことが惜しまれる。ていうか、油絵に進んでも惜しまれただろうけど。

2020/08/15(土)(村田真)

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