2022年07月01日号
次回7月15日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展

会期:2022/02/10~2022/04/03

東京都美術館[東京都]

これは楽しみにしていた展覧会。もちろん17世紀オランダ絵画に興味があるからだが、なによりフェルメールの《窓辺で手紙を読む女》が見たかった。一時は開催延期になってヤキモキしたけど、無事開催されてほっとした。この作品、日本で公開されるのは確か3回目だが、今回はなんと、これまでとは違う《窓辺で手紙を読む女》が来るのだ。どういうことかというと、近年の修復によって背景の壁に塗り込められていた画中画が「発掘」されたからだ。以前から壁に画中画が隠されていることは知られていたが、上塗りされたのが画家の死後であることが判明したため、オリジナル画面に戻したというわけ。だから今回は、装いも新たな《窓辺で手紙を読む女》の来日ということになる。

フェルメールは、窓辺で手紙を読んだり楽器を弾いたりする女性像を何点も残しているが、この作品がその出発点といわれている。だが、ほかの女性像と違って頭部が画面の中心よりやや下にあり、その上の壁の空白がやけに広く感じられたものだ。この空白が気になって、画面の上半分だけ模写したことがある(「上の空」シリーズ)。ところが今回、キューピッドの画中画が現われた画面を見ると、逆に上半分が窮屈に感じられた。しかもキューピッドは「愛」を暗示するため、女性の読む手紙が恋文であることが示唆され、絵のテーマが明確になってしまう。これだったら修復前の空白のほうが情緒が感じられるし、絵の意味も曖昧なままで、むしろフェルメールらしかったかもしれない。そう考えれば、画家の死後に壁を塗り込めた人の気持ちもわからないではないが、しかし画面のど真ん中にL字型の黒い額縁が加わることで、より強固な幾何学的構成が蘇ったのも事実だろう。

ひとつ気になったのは、画面上端の部分。修復前はカーテンを吊るレールの数センチ上まで描かれていたのに、現在は額縁に隠れて見えなくなっているのだ。あれ? と思ってカタログをよく見ると、上端だけでなく、下端も左右端も数センチずつ狭まっているではないか。つまり画面全体が微妙に縮んだというか、額縁の縁が内側に寄っているのだ。これも画面の四辺がフェルメールの死後、何者かによって描き加えられたことがわかったため、額縁で隠したのだという。この修正によってカーテンがより手前に迫り、錯視的効果が強まったように感じられる。それにしても、世界的に知られる古典的名作でこれほどの変更があるというのも珍しい。絵が描かれてから時間が経つほどオリジナルの状態に戻すのは難しくなりそうなもんだが、しかし一方で、時代が進むにつれて検査機器や修復技術が発達するため、復元しやすくなる面もあるのかもしれない。

関連レビュー

フェルメール展|村田真:artscapeレビュー(2018年10月15日号)

2022/02/24(木)(村田真)

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宝石 地球がうみだすキセキ

会期:2022/02/19~2022/06/19

国立科学博物館[東京都]

宝石は美術品か、工芸品か、それとも自然物か? もし宝石が美術品か工芸品なら美術館で扱うべきだし、自然物なら博物館の管轄だ。そもそも宝石というのは、美しい鉱石を加工して装飾などに使用するものなので、元は自然物であり、そこに手を加えて製品化した美術・工芸品でもある。言い換えれば、加工される前の原石はいくら美しくても芸術でもなんでもないし、逆に、宝石として加工されたものは石彫や木彫と同じく自然物とは言えない。だから、もし博物館で扱うなら宝石の成り立ちや種類の多様性を伝えるべきだし、美術館で見せるなら見た目の美しさや装飾技術の見事さを強調すべきだろう。だとするなら、科博で見せる今回の展覧会は外観の華やかさや美しさより、質実剛健でストイックな展示になるのではないか……。そんな余計な心配をしながら見に行った。

展示は、「原石の誕生」「原石から宝石へ」「宝石の特性と多様性」「ジュエリーの技巧」「宝石の極み」の5章立て。予想どおり、前半は宝石の成り立ちや種類にスペースが割かれていたが、けっして退屈なものではない。岩の塊にへばりついたガーネットやアマゾナイトの原石は、まるで癌のようで鳥肌が立ちそうだし、円柱の上に球体がついているマラカイトは、まさに名前どおりの男根状でつい見入ってしまった。また、原石が削られ磨かれて宝石になる技術は見事なもので、とりわけダイヤモンドに目を奪われる。同じサイズ、同じカットのダイヤモンドとクリスタル(水晶)を並べているのだが、輝きがぜんぜん違う。これまで、ダイヤモンドも水晶もガラスも大して変わらないじゃないか、を口実に妻に宝石を買ったことがなかったが、ここまで違いを目の当たりにすると、女性が(いや人類が、というべきか)ダイヤモンドに惹かれる理由が少しはわかった気がする。

後半は宝石の美しさに焦点を当てた展示で、いかにも高価そうな指輪、ネックレス、ブローチなどを並べて、もはや美術展というか宝飾店のノリ。値札をつけたらより興味が湧くんじゃないかと思うが、そんなことしたら招かざる客までおびき寄せることになってしまいかねない。展示品にはレプリカもあるが、大半は本物の宝石なので、めちゃくちゃ金がかかっているはず。いったい保険評価額はいくらくらいなんだろう。そういえば今回はいつもより会場にスタッフが多く配置されていたような気がするのは、警備も兼ねているからだろうか。

蛇足ながら同展には、古代から現代までの指輪を集めた国立西洋美術館の橋本コレクションも出ているが、考えてみたらなぜ橋本氏は西洋美術館に寄贈したのか。西美は周知のように、ルネサンスから近代までの絵画、彫刻、版画をコレクションの軸とする。橋本コレクションは西洋の指輪が中心なので、東博でもなければ科博でも東近でもないのは納得できるが、西美も少し違うような気がする。おそらく、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館のような、宝飾品も含めた広い意味でのデザイン専門の国立美術館が日本にないことが問題なのだ。


公式サイト:https://hoseki-ten.jp

2022/02/18(金)(村田真)

Chim↑Pom展:ハッピースプリング

会期:2022/02/18~2022/05/29

森美術館[東京都]

Chim↑Pomが森美術館で回顧展を開く、と聞いたときの違和感はなんだろう。「美術館」と「回顧展」はすぐに結びつくが、「Chim↑Pom」と「美術館」、「Chim↑Pom」と「回顧展」が接続しづらいのだ。Chim↑Pomといえば、渋谷に徘徊するネズミを捕まえてピカチュウみたいな剥製にしたり、広島の空に飛行機雲で「ピカッ」と書いたり、岡本太郎の壁画《明日の神話》に福島原発事故の絵を無断で付け加えたりと、お騒がせの芸術確信犯との印象が強い。もっともいま挙げた3つは、17年に及ぶ彼らの活動のなかでは初期の「作品」にすぎないが、しかしその後も、新宿歌舞伎町のビル全体を作品化したり、福島の原発事故による帰還困難区域内での国際展を立ち上げたり、とても美術館には収まらない「ストリート」な活動を続けている。それがいまさら美術館でなにを、とも思うが、まあ新しいもの好きの森美術館だからうなずけないでもない。

Chim↑Pom自身も違和感は承知のうえで、「芸術実行犯を自称するChim↑Pom17年間の全活動を振りかえろうだなんて正気の沙汰とは思えませんが、さすが森美術館というか、それでこそ東京イチの美術館というもの。(中略)とにかく森美術館と共に、歴史的な展覧会を作り上げていければと考えている所存でございます。お楽しみに」と前口上を述べている。しかし最近は「公」について積極的に問いかけるアーティストだけに、私設の森美術館より国公立美術館でやってほしかったという思いもある。確かに新作だとなにをしでかすかわからないから、どこも腰が引けるだろうけど、回顧展だったらできるんじゃないか。もう遅いけどね。 などと考えながら会場に入ると、いきなり天井高6メートルの展示室が上下2層に分けられ、下層は鉄パイプで支えられている。おお、すばらしい導入部。下層では、前述の渋谷のネズミを剥製にした「スーパーラット」や、新宿のビルの床を貫通させた「また明日も観てくれるかな?」、台湾の美術館の内から外までアスファルトで舗装した《道(Street)》など、主に都市や公共空間をテーマにしたプロジェクトを写真、映像、マケットなどで紹介。雑然としたディスプレイが路地裏の空気を醸し出している。階段を上ると、上層は床にアスファルトが敷かれ、ところどころマンホールや通気口があり、下をのぞける仕組み。つまり下層でうごめくわれわれは、地下を這いずり回るネズミかゴキブリみたいな存在だってことに気づくのだ。これは見事。回顧展でありながら、展示構成自体が新作インスタレーションとして成立しているのだ。やっぱりただの回顧展ではない。

実はこの上下2層のインスタレーションは展示全体の序盤で、10あるセクションのうち「都市と公共性」「道」の2つを占めるにすぎない。その後も「Don’t Follow the Wind」「ヒロシマ」「東日本大震災」と興味深いプロジェクトが続くのだが、ここでは割愛。それより、あとで知ったのだが、虎ノ門でも「ミュージアム+アーティスト共同プロジェクトスペース」として、森美術館では展示できなかった作品をいくつか公開しているらしい。「本スペースは、本展実現までのプロセスにおいて、作家と美術館のあいだでさまざまに生じた立場や見解の相違をきっかけとし、多様な観点からの議論を発展的に深めることを目的とした場所です」とのこと。まだ見ていないが、やはり「美術館」や「回顧展」にはすんなりと収まらなかったようで、かなりの攻防が繰り広げられたことが想像される。それで空中分解も妥協もせず、第3の道を探り、発展的に議論を深めていこうとするところが、さすがChim↑Pom。


「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」展 会場風景[筆者撮影]


2022/02/17(木)(村田真)

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ハリナ・ディルシュカ『見えるもの、その先に ヒルマ・アフ・クリントの世界』

つい10年前まではまったくといっていいほど無名だったスウェーデンの画家、ヒルマ・アフ・クリント(1862-1944)。2013年にストックホルム近代美術館を皮切りにヨーロッパで巡回展が開かれて一躍注目を浴び、2018-19年にはグッゲンハイム美術館で回顧展が開催され、同館最多の約60万人の動員を記録したという。なぜそんなに話題になったのか? それはクリントが、抽象絵画の先駆者とされるカンディンスキーやモンドリアンより早くから抽象画を描いていたからであり、そして女性だったからだ。この2点は密接に結びついて、ある疑念を生じさせる。つまり、クリントは女性ゆえに「最初の抽象画家」の名誉に与れなかったのではないかと。この映画は、クリントの生涯をざっくり振り返りつつ、そうした疑惑についての論争を紹介するもの。

クリントは、似たような名前の画家クリムト(1862-1918)と同じ年にスウェーデンに生まれ、同じ北欧の画家ムンク(1863-1944)と同時代を生きた。ついでにいうと、カンディンスキー(1866-1944)やモンドリアン(1872-1944)も同じ年に亡くなっている。ストックホルムの王立芸術アカデミーで学び、そこで知り合った4人の女性と「ザ・ファイブ(De Fem)」を結成。彼女たちはスピリチュアリズムに関心を抱き、神智学に傾倒し、しばしば降霊術も行なっていたという。こうした神秘的思考を絵画に反映させ、1906年から植物の枝葉や記号を思わせる抽象的な図像を描き始めた。カンディンスキーが初めて抽象絵画を描いたのは1910年頃とされるから、それより数年早いことになる。

こうしたことから、抽象絵画を始めたのはカンディンスキーでもモンドリアンでもなく、ヒルマ・アフ・クリントであり、美術史は書き換えなければならないといった意見や、そうしないのは彼女が女性だからだといった主張が展開されていることを映画では紹介している。確かにそのとおりだが、しかし一方で、映画を見る限り、植物的な形態の残る彼女の絵画が果たして純粋抽象といえるのか、あるいは、降霊術を用いて描いたとされる絵画がモダンアートとしての抽象と認められるのか、といった疑問も湧いてくる(カンディンスキーもモンドリアンも神智学の影響を受けたことは知られているが、降霊術を用いて描いたとは聞いたことがない)。もしそうだとしたら、例えばアウトサイダーアートの代表的存在であるアドルフ・ヴェルフリが、1904年から始めたドローイングが史上初の抽象絵画になるかもしれない。いや、そもそも抽象図像ならそれこそ古今東西どこでも見られるものだ。

そう考えていくと、抽象絵画を創始したのはいつ、だれかといった問題は些末なものに思えてくる。確かに、クリントはカンディンスキーより早くから抽象化を進めていただろうし、にもかかわらずそれが美術史に記載されないのは彼女が女性だったからかもしれない。そのことが重要ではないとはいわないが、でもこの映画はそんな論争を超えて、「抽象」とはなにか、「絵画」とはなにか、人はなにに突き動かされて絵を描くのか、といった根源的な問題にまで思いを馳せさせてくれるのだ。そこがすばらしい。


公式サイト:https://trenova.jp/hilma/(2022年4月公開予定)

2022/02/08(火)(村田真)

美術の眼、考古の眼

会期:2022/01/22~2022/03/06

横浜市歴史博物館[神奈川県]

横浜市歴史博物館というと、なんとなく文化施設の集中する関内にありそうな気がするが、市の中心部からけっこう離れた港北ニュータウン(都筑区)に位置する(関内にあるのは神奈川県立歴史博物館)。なんでこんな郊外につくられたのかというと、新興開発地区で土地が取得しやすかったのかもしれないが、それよりおそらく、隣に弥生時代の大塚・歳勝土遺跡があるというロケーションが大きいだろう。この遺跡では以前アートプロジェクトが行なわれていて、ぼくもその帰りに博物館に立ち寄ったことがある。その歴史博物館で、横浜市出土の縄文土器と現代美術のコラボレーションが行なわれるというから見に行った。

縄文土器と現代美術の組み合わせは唐突に感じられるかもしれないが、例えば弥生土器や鎌倉彫刻などに比べて現代美術との相性がよく、岡本太郎をはじめ縄文に刺激を受けたアーティストは少なくない。それは縄文土器が持つダイナミックな形態や普遍的な渦巻文様が、時代を超えて現代のアーティストにも訴えるからだろう。日本美術史の最古と最新はぐるっと回って、それこそ縄文のようにつながっているのかもしれない。あるいは、縄文から栄養を吸収しようという意味ではウロボロスにたとえるべきか。

出品作家は松山賢、薬王寺太一、間島秀徳、それに縄文人たち。松山は少女像や虫の絵で知られるが、以前から縄文風の渦巻文様を描いたり、野焼きによる土偶もどきも制作してきた。今回は人や獣の身体に渦巻文様を刻んだ「土器怪人」「土器怪獣」シリーズ、それらを絵にした大作《土器怪人怪獣図》などを出品。クマやイノシシやサンショウウオなどを模した小さな土器も多く、売店でも売られている。ホンモノの縄文土器と間違えて買うやつがいるかもしれない。間違えるといえば、薬王寺の土器もホンモノと間違えかねない。薬王寺は南仏で見たメソアメリカの土器や土偶に衝撃を受け、縄文風の土器を制作するようになったという。とはいえ、単なる模倣では意味がないので、土器の形を球体にしたり、現代的な紋様を試みたりしている。それでも本物の縄文土器と並んでいるのを見ると、色も質感もそっくりなので紛らわしい。歴史博物館もこんな冒険をするんだ。

主に水をテーマにする日本画家の間島の作品は、縄文とは直接関係ないが、美術を目指すきっかけになったのが岡本太郎の著書『日本の伝統』(光文社、2005)だと語り、また、八ヶ岳美術館での個展では、村内で出土した縄文土器とともに自作を展示した経験があるということから選ばれたようだ。会場では、間島による長尺の絵巻に松山の土器を載せたコラボも見られるが、引き立て役になっている感は否めない。ホンモノの縄文土器では、高さ40センチほどの阿久和宮腰遺跡出土土器(深鉢)をはじめ、市内で見つかった土器が30点ほど並ぶ。なかには「太陽の塔」によく似た原出口遺跡出土土偶もあって、横浜市にもこんなに縄文人が住んでいたんだと驚く。

さて、考古資料と現代美術を同時に見せる企画展はじつは珍しいものではなく、これまでにも何度かあったし、同展も3年前の「土器怪人土偶怪獣 松山賢展」(津南町農と縄文の体験実習館なじょもん)がきっかけになったと、学芸員の橋口豊氏がカタログに書いている。興味深いのは、それを見た橋口氏が「居心地の悪さに近い違和感を覚え」「この感覚を多くの人と共有できたら面白そうだ」と考えて同展を構想したこと。つまりこの展覧会は、学芸員が調査研究した成果を発表するというより、はしょっていえば「違和感を共有できたら面白そうだ」から始めたものだという。これは目からウロコ。しかも、縄文土器を現代美術として見てもいいし、現代美術を考古資料として見てもいいし、出品作家や学芸員の意図どおりに見ても、無視してもいいと、見方を見る者に丸投げしているのだ。これはもちろん見る者に思考停止を迫るものではなく、逆に自由な思考や想像を促すための仕掛けというべきかもしれない。本来ミュージアムとはそうあるべきだろう。

2022/02/05(土)(村田真)

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