2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

南相馬の震災10年 岡部昌生 余震

会期:2021/06/01~2021/06/06

トキ・アートスペース[東京都]

広島、夕張、パリ、ローマなどさまざまな歴史を刻む場所を、紙に鉛筆で擦りとるフロッタージュの手法で記録してきた岡部昌生の個展。今回は東日本大震災後から福島県南相馬市に足を運び、被災した建造物や石碑などの表面をフロッタージュで写しとってきた作品を展示している。

写しとられたのは、破壊された巨大な防波堤の断面(高さが5メートルくらいあって会場に収まらないので横倒しに展示)、津波に襲われた小学校の教室の床、災害復興祈願で建てられた「おらほの碑」をはじめとする石碑など。鉛筆で擦りとるのではなく、紙を置きっぱなしにして雨水や砂、風、日光などの自然に表面を擦らせた《風の、光の、空気のフロッタージュ》もある。フロッタージュは物(ブツ)の表情を直接写しとるものだから、絵画や写真と違って対象を突き放した描写はありえず、物質感をダイレクトに伝える強度がある。ひょっとしたら、その場に付着していたかもしれない放射能や新型コロナウイルスまで写しとってきちゃったんじゃないかってくらい臨場感があるのだ。ちょっとたとえが悪かったですか。

同展はこの春、南相馬市博物館で開かれた「南相馬の震災10年」の巡回展。タイトルに「余震」を加えたのは、3.11から10年目の今年2月に起きた最大震度6強の福島県沖地震(震度6強といえば烈震だが、そんな地震あったっけ? てくらい珍しくなくなったことに驚く)のことを指すようだが、「本震で歪んだ地殻を安定させ整えようとするのが余震だとすれば、ときに、痛みや怖れを想起させる文化、芸術も人間の歪みを緩やかに回復させる余震なのだと思います」という、福島県立博物館の川延安直氏の言葉に感化されてのことでもあるだろう。



展示風景[筆者撮影]


2021/06/01(火)(村田真)

チームラボ & TikTok, チームラボリコネクト:アートとサウナ 六本木

会期:2021/03/22~2021/08/31

TikTok チームラボリコネクト[東京都]

六本木の再開発予定地の一画に兵舎みたいな細長い仮設建築が建てられているなと思ったら、チームラボのサウナになった。合言葉は「ととのい、アートと一体になり、リコネクトする」。美術館みたいな高級な場所でアートを鑑賞するのではなく、見る人自身がサウナで最高級な状態になってアートを体験しようという試みだそうだ。「リコネクト」というのは、脳神経のシナプスを再結合させて覚醒させ、活性化させることだろう。しかしハイな状態でアートと一体化するって、なんかアブなそうな気もするけど、それだけに興味も湧く。平日4,800円もするのでためらっていたが、おもしろ半分ひやかし半分で妻と出かけた。

予約時間に行くと、一室に通され、説明を受ける。まず着替えてサウナに10分浸る。冷水を浴びて水を飲み、アートを10分体験。これを3回繰り返すという。サウナは男女一緒で、照明が赤、青、緑、黄色などいくつかの部屋に分かれている。ロウリュもあるが、サウナとしては特に変わったところはない。シャワーを浴びて、奥にあるアートのエリアに向かう。アート作品は3種類で、最初は長さ10メートルほどの壁2面いっぱいに、紅白、黄色、青紫の花が次々に咲き乱れ、散っていくまでのプロセスが映し出される。壁の両端は鏡になっているので、花畑が無限に続いているように感じられる。これは美しい。次の部屋は直径2メートルほどの球体が上下左右に移動しながら赤、青、紫に色を変えていく。おもしろいのはどの角度から見ても立体感のないフラットな円に見えること。これは不思議。最後の部屋はシャワーのように天井から落ちる水滴に光を当て、虹色に輝かせるインスタレーション。これは作品の中に入れるので、身体が虹色に染まる。これも見事。

チラシによれば、「『ととのう』ことによって感覚が鋭くなり、頭はすっきりし、美しいものは、よりいっそう美しく感じられ、普段の感覚では気がつかない体験を得ることができる」そうだが、けっこう楽しんだ割に「ととのう」ことができたかは疑問。ついこの作品はどういう仕掛けなのかとか、経済効果はどのくらいだとか、平日なのに若者が多いのはヒマだからなのかとか、マスクをしてサウナに入るのはツライとか、ここでコロナに感染したらシャレにならないなとか、頭が煩悩に支配されてハイになれず、リコネクトできませんでした。



[筆者撮影]


[筆者撮影]


[筆者撮影]


2021/05/28(金)(村田真)

李晶玉「記号の国」

会期:2021/05/17~2021/05/22

Gallery Q[東京都]

昨年「VOCA展」でVOCA奨励賞を受賞した《Olympia2020》をはじめ、富士山、白頭山、海などを描いた大作を出品。《Olympia2020》は、巨大な競技場の内部に月桂冠を頭に載せた白装束の女性がひとり立ち、空に赤い太陽が浮かんでいる構図。タイトルからして新国立競技場かと思ったら、1936年のベルリン・オリンピックで使われたオリンピアシュタディオンだという。

ベルリン・オリンピックといえば、ナチスが国威発揚に政治利用したことで知られるが、日本の統治下にあった朝鮮出身の孫基禎(ソン・ギジョン)が日本代表としてマラソンで優勝したものの、日本人として金メダルをもらうことに抵抗し、問題視されたこともあった。女性の白い衣装が孫の体操着だと知れば、背後の太陽は日の丸に見えてくる。

横長の画面に富士山を雄大に描いた《Mt. Fuji》。その手前には朱色の傘をさすキモノの女性らしき人物が後ろ向きに立ち、その下には逆さ富士を映し出す湖(海?)が描かれている。この朱の傘も日の丸だろう。んが、奇妙なことに、水面には富士山は映っているのに、傘と人物は映っていない。オリンピアシュタディオンの女性もこの人物も幻影だろうか。また、朝鮮民族の聖地である白頭山を描いた絵は2点あって、1点は無人、もう1点は手前に帽子で顔を隠した男がひとりたたずんでいる。この男が誰なのかわからないが、奇妙なのは、男がたたずむ背景は色鮮やかに描かれているのに、男性自身はわずかに見える顔の一部を除いて線描のみの無彩色であることだ。

波立つ海面の中央に防護服と防護マスクの人物がひとり立っている絵もある。空は青のグラデーションだが、海面は細かい線描のみで描かれ、男もうっすら青い陰影がつけられているだけ。海の上に立つ彼の身体は波濤の線が透けて見えるので、明らかに幻影だ。ところで海に防護服といえば、福島第一原発の事故で出た「処理水」の海洋放出問題を連想してしまうが、だとするとこの男はいったい誰? この作品は海洋放出に強く反対しているようには見えないが、かといって賛成しているわけでもないだろう。

さて、オリンピック競技場も富士山も白頭山も、ある人たちにとって「聖地」だろう。福島第一原発だって、とてつもないエネルギーを放出する近寄りがたい場所という意味では聖地かもしれない。これらの聖地に共通しているのは、空っぽであることだ。競技場は中身が巨大な空洞だし、富士山は中心が空洞のカルデラで、白頭山はカルデラが空を映す天池になっている。第一原発はメルトダウンで内部が空っぽのハコと化してしまった。空っぽの聖地、といえば、東京の「空虚な中心」を思い出させるが、それは考えすぎだろうか。

どの作品も紙に鉛筆で輪郭線を引き、一部をアクリル絵具で着彩した繊細な線描画だ。もう1点、李は2015年に彼女の通っていた朝鮮大学校と、隣接する武蔵野美大とのあいだに橋を架けるプロジェクト「突然、目の前がひらけて」を行なったが、その橋を描いた作品も出ている。一点透視図法で描いた見事な線描画で、パースを利かせた図面のような精密さから、山口晃を思い出してしまった。聖地、境界、ナショナリティなど切実なテーマと卓越した描写による作品は、一見繊細で弱々しい見た目とは裏腹の強度をもつ。

2021/05/22(土)(村田真)

大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師

会期:2021/04/10~2021/07/04

千葉市美術館[千葉県]

緊急事態宣言で都内および近辺の美術館、ギャラリーが軒並み休館を余儀なくされるなか、唯一、見たい展覧会で予約不要だったのがこれ。出品点数約200点、しかも眺めるだけでなく読み解く絵画が多いので、久々に見応えのある展覧会だった。

タイガー立石こと立石絋一は1941年生まれなので、今年が生誕80年。1963年に最後の「読売アンデパンダン」展でデビュー。以後、中村宏と「観光芸術」を提唱し、ポップでキッチュな前衛絵画を制作する一方で、ナンセンス漫画も描き始め、タイガー立石をペンネームとする。しかし本人によれば「売れっ子になりそうな危機を感じて」1969年にイタリア移住。ミラノでオリベッティ社のデザイナーとして働き、絵画、イラスト、漫画などで生計を立てる。このへんのダイナミズムはほかの日本人作家にはないところだ。1982年に帰国し、立石大河亞に改名。晩年は絵画、漫画、絵本に加え、陶芸にも手を出す。1998年に56歳で死去。

こうして見ると、数年ないし10数年にいちど大きな転機が訪れているのがわかる。改名もそのきっかけづくりなのかもしれない。おもしろいのは、そのつど活動の場は広がるものの、作品内容はあまり変わっていないこと。例えば、1963-64年の《東京バロック》と、1992年の《香春岳対サント・ビクトワール山》を比べてみると、両者には30年近い時差および東京と福岡(と南仏)との風景の違いがあるのに、どちらも富士山、蒸気機関車、動物、フェンスなどがごちゃごちゃとコラージュ風に描かれ、パッと見よく似ている。

進歩がなかったのではない。イタリア滞在でトポロジカルな発想や宇宙的ナンセンス、絵画と漫画の融合というべきコマ割り画法などを我がものとし、確実に世界観を広げた。しかしそれは漫画やイラストに生かされ、絵画ではあえて昭和ポップな画法にこだわったようにも見える。その集大成が平成に入ってから描かれた《明治青雲高雲》《大正伍萬浪漫》《昭和素敵大敵》の3部作だろう。3作合わせて幅20メートル近い大パノラマだ。これは圧巻、これを見られただけでも満足じゃ。もし生きていたら、続編の「平成」はどんな絵柄になっただろう。タイガー立石、もっと評価されてもいいアーティストだと思った。

2021/05/03(月)(村田真)

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イサム・ノグチ 発見の道

会期:2021/04/24~2021/08/29

東京都美術館[東京都]

昨秋開催予定だったのがコロナ禍で半年間延期になり、ようやく開かれたと思ったら、緊急事態宣言発令のためわずか1日の公開で閉じてしまった悲運の展覧会。会期は8月29日までたっぷりあるので、まさかこのまま終了にはならないと思うけど……。イサム・ノグチの作品は、これまで展覧会やニューヨークのノグチ美術館などで目にしてきたが、どこかユーモラスな彫刻もさることながら、照明デザインやモニュメントなども手がけていることもあって工芸的に見え、あまり興味が持てなかった。でも今回の展覧会はおもしろかった。どこがおもしろかったのかといえば、作品そのものではなくディスプレイだ。

地階の入り口を入ると壁がすべてとっぱらわれ、だだっ広い展示室に作品を点在させている。ほほう、そうきたか。中央には球形の「あかり」が100点以上ぶら下がり、その下を歩くこともできる。それを囲むように石や金属の抽象彫刻が一見ランダムに置かれている。1階、2階もほぼ同様の展示だ。制作年代もまちまちなので、彫刻の発展過程を学ぶとか、作品の意味を考えるみたいな教養趣味の押しつけがましさはなく、奇妙な形のオブジェの周囲を自由に巡り歩く楽しさがある。ちなみに1階では、隅にソファと「あかり」が置かれていたため、まるで家具のショールームのようにも見えてしまった。それはそれでイサム・ノグチの本質が現われているのかもしれない。

このように壁に沿って作品を展示するのではなく、床に点在させているため、キャプションの位置が難しい。キャプションを床に置けば見苦しいし、歩行の妨げにもなるので、ここでは当該作品に近い壁にキャプションを貼っている。でもそれだけではどの作品のキャプションかわかりづらいので、作品の略図まで載せているのだ。ただ相手は彫刻なので、略図はキャプションの位置から見た姿でなければならず、いうほど簡単なことではない。いろいろ工夫しているなあ、と感心する。

2021/04/23(金)(村田真)

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