artscapeレビュー

五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

カセットテープ・ダイアリーズ

主人公の幼少時代を振り返る冒頭のシーンで、いきなりルービックキューブとメン・アット・ワークの固有名詞が語られるように、1980年代のカルチャーにあふれた映画である。もっとも、カセットテープやウォークマンなど、懐かしいアイテムを振り返るだけの作品ではなく、社会と文化の関係にも切り込み、想像以上に素晴らしかった。

イギリスに急増するパキスタン移民の長男ジャベドは、強権的な父や差別の圧迫を受けていたが、ブルース・スプリングスティーンの音楽と出会うことで覚醒し、文章の表現にめざめるという物語だ(これは実話をもとにしており、のちに彼はジャーナリストになる)。嵐の夜、絶望の淵で彼が、初めて「ダンシング・イン・ザ・ダーク」を聴いて、その歌詞に衝撃を受けるシーンは印象的である。クィーンのフレディ・マーキュリーも、「パキ」と罵られたらしいが(実際の彼はパキスタン系ではないが)、主人公の境遇は、アメリカの労働者の状況を題材とするブルースの歌詞とシンクロしたからである。それは本来の状況と違う文脈に置かれても、強い意味や新しい解釈を獲得する言葉の普遍性ゆえだろう。

個人的に映画を観ながら思ったのは、ジャベドの姿は昔の僕であるということだった。もちろん筆者はほぼ同年齢で、1980年代を過ごしたことで親近性も感じたが、決して彼のような厳しい環境ではなかった。だから、歌詞への共感という意味ではない。では、なぜそう思ったのか。音楽との出会いから、文章で表現することに向かった経緯が、彼と同じだったからである。筆者の場合は、もっとハード・ロック寄りだったが、アルバムのライナーノーツや音楽雑誌を読み漁り、そこからバンドの系統図や影響関係などに興味をもち、建築を学ぶ前に、作品を言語化したり、歴史的に位置づけることをおのずと学んでいった。現在は、建築やアートに関する文章を執筆することがメインだが(『200CDロック人名事典』、『200CDザ・ロック・ギタリスト』、『文藝別冊 ピンク・フロイド』、『文藝別冊 アイアン・メイデン』など、音楽について書く仕事も稀にあるのだが)、間違いなく、自分の原点にロックがあったことを思い出させる映画だった。

公式サイト:http://cassette-diary.jp/

2020/07/10(金)(五十嵐太郎)

ARTPLAZA 磯崎新パネル展、坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで

大分市アートプラザ、大分県立美術館[大分県]

大分市と由布院を訪れ、師弟である磯崎新と坂茂を比較する機会を得た。前者が手がけた《大分市アートプラザ》(旧大分県立大分図書館)では、公共建築を中心とした「ARTPLAZA 磯崎新パネル展」が、後者による《大分県立美術館》では、開館5周年記念事業として1階のフロアをまるごと使いきる大型の個展「坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで」が、それぞれ開催されていた。いずれも自作における展覧会であり、会場の建築そのものが最大の展示といえるだろう。

興味深いのは、両者のプレゼンテーションの手法である。磯崎が木の模型を使用していたことはよく知られていよう。スタイロやスチレンボードなどの素材を使った、通常の建築模型がすぐに劣化するのに対し、木造の模型は長期的な耐久性をもつからだ。実際、ルネサンスの時代に制作された木の模型は現代まで残っているし、日本でも前近代の木造雛形が文化財になっている。とすれば、100年以上存在できるかあやしい現代の日本建築よりも、木の模型の方が残る可能性が高い。それゆえ、彼の模型は、建築の理念を表現する媒体になっている。


磯崎新が手がけた《大分市アートプラザ》の外観


「ARTPLAZA 磯崎新パネル展」の様子と木の模型


一方、坂の展示では、1/3のスケールなど、ときには会場の天井に届くような大型の木造模型が特徴である。それは必ずしも全体のかたちを示したものではなく、部分模型だったり、ディテールを確認するモックアップに近い。また彼は、スウォッチのオフィスなど、木を多用することでも知られているが、実際の建築でも木造に挑戦している。鉄筋コンクリートの建築を木で表現しているわけではない。すなわち、坂の場合、モノとモノがどう組み合わさるかを具体的に示すためのツールとして、木の模型が位置づけられている。また表層として木を使うのではなく、あくまでもテクトニクスを重視していることもうかがえるだろう。


大分県立美術館における「坂茂建築展」の展示風景



「坂茂建築展」に展示されていた木造模型



「坂茂建築展」に展示されていた《静岡県富士山世界遺産センター》の木造模型

由布院の駅周辺では、両者の共演を楽しめる。なぜなら、磯崎が《由布院駅舎》(1990)、坂が《由布市ツーリストインフォメーションセンター》(2018)を設計しているからだ。いずれも木を使うが、やはり二人の違いが浮かびあがる。磯崎は理念的な幾何学のかたちを優先しているのに対し、坂は湾曲する大断面の集成材によって大胆な木の架構を成立させることに主眼を置く。


磯崎新が手がけた《由布院駅舎》の外観



坂茂が手がけた《由布市ツーリストインフォメーションセンター》

ARTPLAZA 磯崎新パネル展
会期:2020/06/01〜2020/08/30
会場:大分市アートプラザ(大分県大分市荷揚町3-31)

坂茂建築展 仮設住宅から美術館まで
会期:2020/05/11~2020/07/05
会場:大分県立美術館(大分県大分市寿町2-1)

2020/07/05(日)(五十嵐太郎)

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弘前れんが倉庫美術館「Thank You Memory─醸造から創造へ─」

会期:2020/06/01~2020/09/22

弘前れんが倉庫美術館[青森県]

新型コロナウイルスの影響によってオープンが遅れていた弘前れんが倉庫美術館を訪れた。この場所は奈良美智の「A to Z」展(2006)以来なので、14年ぶりの再訪になる。これは注目の若手建築家、田根剛による日本国内の最初の公共施設となるが、およそ築100年になる建物の外観はほとんど変えていない。彼の署名のように、エントランスに特殊な煉瓦積みを試みたり、金色に輝く屋根に葺き替えたりしたくらいだ。また内部も長い歴史の記憶をとどめるかのように、壁の質感を残し、二階の旧事務室・旧研究室では木造の壁やガラスなど、来館者が見えない部分でもオリジナルを保存している。



田根剛による日本国内初の公共施設、弘前れんが倉庫美術館


弘前れんが倉庫美術館のエントランス


美術館二階の左手が旧事務室・旧研究室にあたる

日本のリノベーションは、完成すると小綺麗になってしまいがちだが、遺跡のように残った倉庫の雰囲気をよくとどめた空間だ。そういう意味では、ヨーロッパ的なスタイルを感じさせる。もっとも、ただ保存したわけではなく、美術館において新しく挿入した階段をあえてエイジングしたり、カフェ・ショップ棟は正面の外壁以外は新築だが、既存の倉庫と調和する煉瓦を用いるなど、いろいろ工夫をしている。



手前の建物がカフェ棟


美術館のエントランスホールに、奈良の《A to Z Memorial Dog》が展示されている

さて、同館のオープニング展は、もともと酒造工場だったことから「醸造」というキーワードが用いられ、弘前という場所の記憶をめぐる作品群によって構成されていた。特に冒頭の畠山直哉+服部一成は、倉庫の歴史をリサーチしつつ、過去に使われた建築の断片を紹介していた。天井高が15mに及ぶ展示室3の大空間に面するナウィン・ラワンチャイクンと尹秀珍も、弘前の人物や街をテーマに作品を新規に制作していた。もっとも、コロナ禍のため、海外在住の作家はリモートでの設営となり、大変だったらしい。地元出身の奈良美智は、めずらしく写真の作品を展示していた。潘逸舟は、かつて弘前にて芸術で暮らした経験と記憶をもとにインスターレションを出品していた。

この美術館は特別なコレクションをもってスタートするわけではなく、こうした展覧会を通じて新規に制作された作品を収集するという。とすれば、活動を継続することによって、弘前の地域資産を掘り起こしながら、それを蓄積していくことになるはずだ。



「Thank You Memory」展示風景(畠山直哉と藤井光の部屋)


「Thank You Memory」展示風景(手前が笹本晃、奥がナウィン・ラワンチャイクン)

2020/06/28(日)(五十嵐太郎)

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「クラシックホテル展─開かれ進化する伝統とその先─」、高山明/Port B「模型都市東京」

会期:2020/02/08~2020/08/23

建築倉庫ミュージアム[東京都]

建築倉庫ミュージアムでは、2つの旅の展覧会が開催されている。ひとつは「クラシックホテル─開かれ進化する伝統とその先─」展であり、文字通り、日光金谷ホテルや富士屋ホテルなど、12の建築を詳しく紹介するものだ。展示スタイルもクラシックで、最初の壁に大きな年表を掲げ、模型、図面、写真、家具などを使い、赤を基調とした会場デザインも効いている。



建築倉庫ミュージアムの外観


「クラシックホテル」展に展示されていたホテル年表


「クラシックホテル」展、会場風景

そしてもうひとつは高山明/Port Bの「模型都市東京」展だ。これまで建築展を開催してきた建築倉庫ミュージアムとしても異例のラインナップだろう。事前の情報をあまり仕入れずに訪れたので、彼が具体的に「どんな展覧会をするのか?」という疑問を抱きながら会場に入ったが、すぐに「ああなるほど!」と納得した。建築模型は一切ない。むしろ、ブースを設けて、それぞれの個室で映像を見せる、いつもの手法が用いられている(ただし、今回はイヤホンでインタビューの音声を聴く)。すなわち、ここが倉庫であることを生かし、市橋正太郎、榎本一生、キュンチョメ、吉良光、ケン・ローら、12人の「利用者」の私物を各部屋に持ち込み、逆説的に「模型都市東京」を表現しているのだ。


「模型都市東京」展、展示風景

高山によれば、演劇と模型は相性がよい。なぜなら、演劇は身振りの模倣から始まったものだからだ。だが、今や活きのいい模型は舞台の上ではなく、街の中にある。そうした目で東京を観察すると、オリジナルの建築は少なく、いわば模型に溢れているという。つまり、模型は会場ではなく、都市に偏在する。そこで都市の模型=建築やインフラをオリジナルに使いこなす、移動が多い、非定住的な人たちのアクティヴィティに注目し、前述の12人を「利用者」として召喚した。おそらく彼らの活動によって、貸し倉庫のような状態になった会場の展示物は刻々と変化するのだろう。


渡邉颯のブース


キュンチョメのブース

建築模型が展示されている場合、それを見た鑑賞者は、実際の街にたつオリジナルの建築を想像する。同様に、われわれは、今回の展示において、会場に並ぶ各部屋のさまざまなパターンの私物と所有者の語りから、彼らが都市の中でどのように活動しているかを思い描く。とすれば、会場に置かれているのは、「利用者」の生活の模型だろう。そもそも模型とは何か、を考えさせる企画である。


「模型都市東京」展の会場模型スタディ

2020/06/24(水)(五十嵐太郎)

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《WITH HARAJUKU》とユニクロ建築

[東京都、神奈川県]

今年はユニクロと建築の関係が興味深い。まず、三井アウトレットパーク横浜ベイサイドに隣接して、藤本壮介の基本構想とデザイン監修による《UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店がオープンした。筆者が訪れたときは、あいにくコロナ禍の影響で使用禁止となっていたが、地上から連続し、斜めにせりあがる屋上に、すべり台やボルダリングなどの遊具が散りばめられていた。


《UNIQLO PARK》のすべり台

また6月にオープンした《UNIQLO TOKYO》は、ヘルツォーク&ド・ムーロンが手がけ、マロニエゲート銀座2のビルを大幅にリノベーションし、外壁やスラブを切断する減築によって、気持ちのよい外部空間や吹き抜けの内部空間を創出した。もっとも、《UNIQLO TOKYO》では余計なものをそぎ落とし、構造美をあらわにするデザインの手法ゆえに、吹き抜けまわりでは、防煙対応の苦労もうかがえる。ちなみに銀座ソニーパークでも減築を試みていたが、都心の大型商業施設でもそれが実施されたことは画期的だ。これは海外の著名建築家のネームバリューゆえに可能になったリノベーションかもしれないが、日本の若手建築家に思い切り任せるようなプロジェクトも見てみたい。


ヘルツォーク&ド・ムーロンが手がけた《UNIQLO TOKYO》の外観


《UNIQLO TOKYO》の内部空間

また新規オープンのユニクロ原宿店が入る《WITH HARAJUKU》は、竹中工務店と伊東豊雄が設計を担当した複合施設である。両者は、ザハ・ハディド案がキャンセルになった後、新国立競技場の仕切り直しのコンペでも組んだチームだが(隈研吾+梓設計+大成建設との一騎打ちとなり、敗れた)、そのときの案と同様、木を積極的に用いていることが特徴だ。植栽もあちこちで導入されている。


原宿駅前に新規オープンした《WITH HARAJUKU》の外観

だが、この《WITH HARAJUKU》でもっとも印象的なのは、歩いて楽しい空間になっていることだ。すなわち、複雑な地形を縫い合わせるかのように立体的に回遊路がつくられており、JR原宿駅から目の前の《WITH HARAJUKU》に入り、内部を散策すると、地下1階レヴェルで竹下通りの方に抜けていくルートが用意されている。また駅や明治神宮の杜を眺められるデッキが設けられたり、駅と反対側では、3階から2階のレヴェルにおいて屋外の空中広場や段状のテラスもある。《WITH HARAJUKU》は、周辺の環境と応答する共有空間が実に魅力的だ。建築学生の卒業設計を見ていると、こうした駅前の都市的なプロジェクトを見かけることはあるが、本当にそれが実現されている。


《WITH HARAJUKU》内部の立体的な回遊路


《WITH HARAJUKU》のデッキから原宿駅と明治神宮の杜を眺めることができる


《WITH HARAJUKU》の屋外デッキの空中広場にある段状テラス

2020/06/22(月) (五十嵐太郎)