artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
アルファヴィルの建築
[京都府、大阪府]
ゴダールの映画タイトルを事務所名とするアルファヴィル(竹口健太郎+山本麻子)が設計した作品を2つ訪問した。彼らは京都に拠点を置き、甲殻類のような《カトリック鈴鹿教会》など、幾何学的な形態をもちながら、環境と応答するデザインで知られる建築家のユニットだ。なお、現在、フランスのFRACセンターで開催中の筆者がキュレーションした「かたちが語るとき-ポストバブルの日本建築家たち(1995-2020)」展にも、アルファヴィルは参加している。
以前、外観のみ見た《絆屋ビルヂング》は、京都の中心市街地、路地の角にあり、注文を受けて、一品ものをデザインするジュエリー・アーティストのアトリエ、住居、ギャラリーが入っている。これは対比や切断を抱えた鋭い建築だ。南北の長手方向は開口をもたず、やや立体的に浮かぶ菱形フレームを反復する木の耐力壁/東西の面は全面サッシの開口とし、透過するガラスの風景を生みだす。東からアプローチすると、アトリエ+住居とギャラリーは二棟に切断されるが、上部がブリッジでつながることによって、門型にも見える。
路地のような両者の隙間から南側のアトリエに入ると、中心部の上昇する階段によって、内部空間は東西に切断されるが、その上部はやはりブリッジで接続する。この階段は、南北軸を貫く象徴的な柱と、頂部にトップライトを備えた、聖なる空間のようであり、実際、上ったところが、儀式の場、すなわちジュエリーに遺髪などの最後の封入作業を行う対面制作室となる。一方、南北の二棟が連続する最上階は、生活空間だが、施主によってかなり自由にカスタマイズされていた。またギャラリーは天井が高い吹抜けの大空間とし、そこに幾何学的なヴォリュームのトイレが独立したオブジェのように置かれている。ここでは企画展が開催され、《絆屋ビルヂング》は創造の場として京都に埋め込まれている。
続いて、アルファヴィルの《ホステル翆》を訪れた。これは《中銀カプセルタワー》や《9Hours》などの工業的なプロダクトのカプセルと違い、立体パズルのように組み込まれた複数のカプセル空間をもつ大きな木製家具のようなユニット群が、船底天井の下に、様々な居場所を創出する。未来的なデザインのカプセルではなく、むしろ懐かしさや、子どものときに遊んだ秘密基地を感じさせるだろう。また、それぞれのユニットにつけられた小窓がかわいい。なるほど、これは小さな都市である。学生の京都旅行にもオススメのホステルだ。
2020/12/28(月)(五十嵐太郎)
ベートーヴェン「第九」と『音楽の危機』
会期:2020/12/26
横浜みなとみらいホール[神奈川県]
年末になって、ようやく生のドラムが入った音楽をライブで聴くことができた。コロナ禍において執筆されたすぐれた芸術論である岡田暁生『音楽の危機—《第九》が歌えなくなった日』(中公新書)が指摘したように、「録楽」と違い、聞こえない音も含むような、リアルな空気の振動こそ、ライブの醍醐味である。そして同書が問題にしていた三密の極地というべき近代の市民文化の音楽とホールの象徴が、年末の風物詩となっているベートーヴェンの交響曲「第九」だった。壇上の先頭中央に指揮者と4人のソリスト、これを囲むようにオーケストラのメンバーがところ狭しと密集し、さらにその背後にひな段を組んで、合唱団がずらりと並ぶ。すなわち、大人数を前提としたスペクタクル的な作品である。無言の演奏だけならともかく、ハイライトの「歓喜の歌」では、一斉に飛沫が発生するだろう。果たしてコロナ禍において「第九」は可能か、というのが、『音楽の危機』の問いかけだった。また同書は、音楽の時間構造のほか、それが演奏される空間=ホールの刷新も提唱した芸術論でもある。筆者は2020年の暮れ、横浜みなとみらいホールにおいて、読売日本交響楽団の演奏による「第九」をついに聴くことができた。
当然、通常の演奏形態ではない。パイプオルガン前の高所の座席に観客の姿はなく、代わりにソーシャル・ディスタンスをとりながら、通常の半数に厳選された合唱隊を分散配置する。また独唱の4名も最前線ではなく、小編成になったオーケストラの後に並ぶ異例のパターンだった。それゆえ、正面の席は、いつもより遠くから声が聴こえ、人数も少ないことから、音圧の迫力は足りなかったかもしれない。が、逆に筆者が座っていた、指揮者がよく見えるオーケストラ真横の二階席は、思いがけず、最高の特等席と化した。なぜなら、第四楽章で合唱隊が起立し、全員が一斉に黒マスクを外して歌いだすと、すぐ斜め前から同じ高さでダイレクトに声が突き刺さる。しかも正面の真下からはオーケストラの音が湧き上がるのだ。まるで「第九」の音空間の只中にいるような、忘れられない貴重な体験となった。平常時であれば、絶対にこんな聴こえ方はしない。また読響としても年末の最後の公演であり、この一年は音楽が抑圧されていたことを踏まえると、それが解放されたかのような喜びが爆発した演奏だった。
2020/12/26(土)(五十嵐太郎)
日本のたてもの—自然素材を活かす伝統の技と知恵
会期:2020/12/08~2021/02/21
東京国立博物館・表慶館、国立近現代建築資料館、国立科学博物館[東京都]
現代建築の展覧会はめずらしくなくなったが、東京における国立の施設で、それぞれ役割を分担しながら、建築の歴史をたどる特別展「日本のたてもの—自然素材を活かす伝統の技と知恵」が3箇所でほぼ同時に開催されるのは初めてかもしれない。
まず東京国立博物館・表慶館の「古代から近世、日本建築の成り立ち」展は、1/10のスケールによる巨大な模型が勢揃いし、圧巻の会場だった(《大嘗宮》以外は撮影可)。こうした伝統的な建築は、近現代建築の模型と違い、架構や木組も正確に再現されるのだが、さらにそれがよくわかる断面模型が多かったことも印象的である。ただし、キャプションが一般向けで、構造や構法など、細部の解説がほとんどないのはもったいない。またおそらく展示の候補として検討された他の建築模型も、写真パネルで紹介していたが、もっと広い会場でさらに数を増やしての展覧会も見たかった。
もっともシブい内容だったのが、国立近現代建築資料館の「工匠と近代化—大工技術の継承と展開—」展である。通常、近代といえば、洋風化や様式建築、あるいはモダニズムの萌芽が注目されるが、これは雛形書、詳細図、実測図などによって、主に明治・大正期に洗練された大工技術と建築史を貴重な図面群によって紹介するものだった。実際、日本は開国し、いきなりすべてのデザインのチャンネルが変わったわけではなく、むしろ大工の技は発達を続けたのだが、近代における非建築家の大工活動に注目する展示は希有だろう。それゆえ、伊東忠太ですらも脇役になる。数多く出品していた滑川市立博物館には、ぜひ訪れてみたいと思った。
そして国立科学博物館の「近代の日本、様式と技術の多様化」展は、常設展示の一室を使う企画だったため、限られた作品の模型によって、近代から現代までを一気にたどる。点数が少ないだけに、さすがに多様性を示すのは難しく、どうしても恣意的にならざるをえないが、逆に戦後の3章の「新しい都市の姿」は《霞ヶ関ビル》と《新宿都庁舎》の2作品、4章の「建築と自然、これから」は《光の教会》と《京都迎賓館》のみで、ばっさりと切ったのは興味深い。この企画も、本来ならば、もっと大きい会場での開催が望ましい。
「古代から近世、日本建築の成り立ち」展
会期:2020/12/24〜2021/02/21
会場:東京国立博物館・表慶館
「工匠と近代化 大工技術の継承と展開」展
会期:2020/12/10〜2021/02/21
会場:国立近現代建築資料館
「近代の日本、様式と技術の多様化」展
会期:2020/12/08〜2021/01/11
会場:国立科学博物館
2020/12/18(金)(五十嵐太郎)
長崎のハウステンボスをまわる
[長崎県]
およそ四半世紀ぶりに長崎のハウステンボスを訪れ、広場に面する《ホテルアムステルダム》に宿泊した。前回の訪問はまだ学部生だった頃なので、その後、ヨーロッパ各地の古建築をだいぶまわってから改めて見学したのだが、意外と悪くない。おそらく、オランダという設定が絶妙だったのだろう。もしこれが古典主義の本場であるイタリアならば、コピー建築の細部や装飾がおかしかったり、プロポーションが狂っていると、だいぶ気になったはずである。だが、ヨーロッパの様式建築は一枚岩というわけではなく、イタリアから遠くなると少しずつ崩れていく。したがって、オランダ風という意匠は、そもそも正確さが強く求められるわけではない。例えば、《パレス ハウステンボス》は、イタリアやフランスではなく、いかにもオランダならありそうな北方のバロック宮殿だと思いながら見ていたが、説明を読むと、完全なフィクションではなく、デン・ハーグにオリジナルがあって、そのコピーだということがわかり、妙に納得した。つまり、池田武邦をはじめとする日本設計のデザインによって、かなりがんばってつくられた建築のテーマパークなのである。
空港から船を経由してアクセスしたが、親水空間としての運河をはりめぐらせながら、庁舎のある広場、遠くからも見えるシンボルとしての塔、パサージュのある一角など、都市計画もよくできている。また1992年のオープンから30年近い歳月が経ち、リアルな時間の経過によって街らしさも増強されたように思われた。
もちろん、ハウステンボスは、《ホテルアムステルダム》のほかに、《ホテルヨーロッパ》や《フォレストヴィラ》なども抱え、宿泊者が住人のように過ごすことができる。さらに興味深いのは、隣接して、分譲や賃貸による本物の高級住宅街《ワッセナー》も含んでいることだ。別荘として使っている人も多いのではないかと思われるが、ここでは自邸の前に船を係留することができ、すぐにクルージングを楽しめる。ハウステンボスは、おそらくバブル期だからこそ遂行できたとんでもないプロジェクトだった。逆に今の日本では、途中でストップがかかり、実現できないだろう。だが、決して安普請ではない、お金をかけた建築群は確実に資産となり、未来に残るのではないか。
2020/12/12(土) (五十嵐太郎)
横浜の3つの建築展をまわる
[神奈川県]
横浜にゆかりがある3人の建築家の展覧会が同時期に開催された。横浜市市庁舎の新旧を担当した2人の巨匠を組み合わせた「M meets M 村野藤吾展 槇文彦展」(BankART KAIKO、BankART Temporary)と、倉敷から巡回した「建築家・浦辺鎮太郎の仕事展・横浜展 都市デザインへの挑戦」(横浜赤レンガ倉庫)である。
BankART KAIKOの「村野藤吾展」は、以前の村野展にも出品されていたビルやホテルなどの模型が再び並んでいたが、今回のポイントは、やはり《横浜市旧市庁舎》に関する図面や映像だろう。特に手描きによって、原寸大で描かれたドア・ノブや照明のドローイングが味わい深い。なお《旧市庁舎》は、保存されるかどうかが注目されていたが、星野リゾートがホテルにリノベーションすることになり、幸い解体されないことになった。今後、どのように再生されるか期待したい。
BankART Temporaryの「槇文彦展」は、1階の吹き抜けにおいて《横浜市新市庁舎》の超大型の断面図や細部で使われた素材、横浜近郊のプロジェクト群、そして《ヒルサイドテラス》の試みを紹介する。そして3階では、アメリカや中国など、海外の作品や、これまでの国内の代表作の模型とパネル群を展示していた。改めて、彼の作品の実物をけっこう見ていたことを確認する(欲を言えば、《岩崎美術館》も入れてほしかった)。なお、林文子市長の意向により、2020年に開催予定だったオリンピックに間に合わせるように急いで完成させた《新市庁舎》は、室内化された広場やストリート、そして川沿いのデッキなどを備え、立体的な都市空間を内包している。
さて、これらの「M meets M」展がわりとあっさりしていたのに対し、浦辺鎮太郎の展示は、リサーチを踏まえ、大学時代や若き日の貴重な資料とともに、多面的な切り口を提示し、濃厚な内容だった。彼の独特なかたちも面白いのだが、大原總一郎の意志を継ぎ、一連の建築プロジェクトを通じて倉敷の街を形成してきた浦辺の軌跡と、横浜の都市デザインとの接点も紹介されていたことが印象に残った。
なお、彼は横浜で《横浜開港資料館》や《大佛次郎記念館》などを手がけている。また、アーティストによる倉敷の鳥瞰図や、デザイン・サーヴェイの図面など、浦辺本人から少し引いた展示が組み込まれていたことも興味深い。本展は、浦辺の生涯の作品を網羅的に紹介していたが、個人的には《黒住教新霊地神道山大教殿》のスケッチ、ドローイング、模型を見ることができたのがよかった。
M meets M 村野藤吾展
会期:2020/10/30~2020/12/27
会場:BankART KAIKO
M meets M 槇文彦展
会期:2020/10/30~2020/12/27
会場:BankART Temporary
建築家・浦辺鎮太郎の仕事展・横浜展 都市デザインへの挑戦
会期:2020/11/14〜2020/12/13
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館
2020/12/08(火)(五十嵐太郎)