artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
『シャルロット・ペリアン自伝』
発行所:みすず書房
発行日:2009年6月10日
ル・コルビュジエのもとでしばらく働いたシャルロット・ペリアンのチャーミングな自伝である。ほぼ20世紀と重なる、一世紀に近い生涯は、彼女にモダニズムの現場の証言者としての役割を与える。大河ロマンのごとき、劇的な物語のなかに、著名な建築家や芸術家を散りばめ、素晴らしい脇役というべきもうひとつの視点から20世紀のデザイン史を追いかけられる。スタッフの立場から、ル・コルビュジエの仕事ぶりや緊張感あふれるアトリエの様子を記述していることも興味深い。また男ばかりの建築界において、女性のデザイナーがどのように活動していたかを知ることができ、ジェンダー論の視点からも読めるだろう。そしてペリアンが工芸の指導のために来日し、ブルーノ・タウトのごとく滞在していたことから、異国人の目から日本近代のデザインの状況が理解できる。彼女は、フランスでは創造のブレーキとなる過去のスタイルを背負いこまないために、日本では白紙の状態からフォルムを生みだせる可能性を指摘している。わかりやす過ぎるタウトの日本論とは違う。伝統的な建築における規格化と標準化という現代性を発見した。
詳細:http://www.msz.co.jp/book/detail/07444.html
2009/06/30(火)(五十嵐太郎)
『震災のためにデザインは何が可能か』
発行所:NTT出版
発行日:2009年5月29日
震災は日本にとっていつも重要なテーマである。一秒でも早く予知するためのシステムづくりにも大量の研究費が投じられる。だが、本書はカタストロフィーとしての地震に悲壮感をもって立ち向かうものではない。デザインという知的な営為を通じて、いかに震災がもたらす具体的な場面とつきあうのかを考えさせる。デザインとは視覚的なカッコよさを追求するだけではない。むしろ、生活と全般的に関わることを改めて教えてくれるだろう。ランドスケープ・デザイナーの山崎亮が関わるStudio-Lと、Hakuhodo+designがワークショップを行ない、その成果をもとに本書が執筆された。
詳細:http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100001978
2009/06/30(火)(五十嵐太郎)
難波和彦『建築の四層構造』
発行所:INAX出版
発行日:2009年3月1日
サステイナブル・デザインをめぐる論考。ヴィジュアルなテクノロジー志向ではない。全編にロジカルな思考の手続きを貫く。とくに物理性、エネルギー性、機能性、記号性という建築の四層構造論は、著者にとっての重要な分析装置であると同時に、サステナブル・デザインを導くための理論的枠組になっている。最終章は、アルミエコハウスや箱の家シリーズなど、実践的な事例を紹介する。未来への技術的な提案に富む、実建築論。
詳細:http://www.inax.co.jp/publish/book/detail/d_154.html
2009/06/30(火)(五十嵐太郎)
隈研吾『自然な建築』
発行所:岩波書店
発行日:2008年11月20日
20世紀の建築は、コンクリートという均一な技術によって世界を覆いつくした。それは場所に関係なく、自由な造形を可能にする魔法の材料である。しかし、こうした普遍性は、世界の同一化を推進し、建築の多様性を失う。またコンクリートは、どう見えるかという外観を重視し、モノの存在のあり方を軽視する。が、人間にとっての豊かさを回復するには、生産や構法のレベルから「自然な建築」を再考すべきだ。本書は、隈の手がけた作品を通し、地域の自然素材をいかした、現代的なデザインを提示している。
詳細:http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0811/sin_k443.html
2009/06/30(火)(五十嵐太郎)
井上章一『伊勢神宮 魅惑の日本建築』
発行所:講談社
発行日:2009年5月14日
しばらく文化史的な仕事が続いていたが、久しぶりに井上章一による本格的な日本建築論が登場した。かつて桂離宮や法隆寺でも試みたように、本書でも文献にもとづく実証主義により、伊勢神宮をめぐる言説の変遷や分析を行ない、精神史を追跡していく。
興味深いのは、神秘的ではない、合理主義的な解釈がすでに江戸時代から始まっていたという指摘である。その近代精神は、同時に伊勢神宮からさかのぼる始源の小屋という新しい幻想をもたらすが、18世紀のヨーロッパの建築界でもウィトルウィウス批判を通じて同じ現象が起きていた。また井上は、1900年に伊東忠太が初めて骨格をつくったとされる神社建築史も、江戸時代に用意された知の枠組にのっていたとみなす。
一方で伊勢神宮を芸術として評価する近代的なまなざしは、明治を迎え、西洋との交流から獲得したという。他にも、伊勢神宮は日本特有か、アジアの影響があるのか、あるいは対照的な考えをもつ東大と京大の建築史家など、興味深いトピックが続く。ラストは、最近の考古学批判にも及ぶ。彼の個性でもある意地悪な語り口は気になるが、建築界における最高級の知性を感じる。
詳細:http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2154927
2009/06/30(火)(五十嵐太郎)