artscapeレビュー
五十嵐太郎のレビュー/プレビュー
杉浦貴美子『壁の本』
発行所:洋泉社
発行日:2009年9月3日
カバーに「街中に絵があふれている」と書かれたように、壁を撮影する「壁嬢」(石川初・談)こと、杉浦貴美子による初の写真集である。壁の写真といえば、筆者が編集委員長を担当している『建築雑誌』の表紙である、赤や緑など、全体がひとつの色に塗られたさまざまな壁を撮影する、佐々木光のシリーズもそうだが、杉浦のそれはさまざまな要素といろいろな色がせめぎあうキャンバスとして壁を切りとる。その結果、厳選された写真は、偶発的に生まれたコラージュだったり、抽象絵画のような美しさをもつ。巻末の絵解きも愉しい。一方、写真家の小山泰治は、超高解像度のデジタル写真によって東京の表面をスキャンしていくが、もとの意味を引きはがし、宇宙の誕生を目撃するかのような壮大なイメージを与える。こうして比較すると、杉浦の『壁の本』は、壁の履歴に注目し、路上観察学にも通じる対象への愛を強く感じさせるものだ。
2009/09/30(水)(五十嵐太郎)
Christian Holstad『Fellow Travelers』/Buku Akiyama『Composition No.2 "an exceptional state": with equipments owned by hiromiyoshii』/Eiki Mori+Komichi Kobayashi『Crows and Pearls』
発行所:edition nord
発行日:2009年
これらはデザイン事務所のschtüccoが、edition nordという出版レーベルを立ちあげて、手がけた本である。一冊目は、Hiromi yoshiiのクリスチャン・ホルスタッドが用いた素人写真を再現し、箱詰めにしたもの。本というよりは、限定の美術作品である。二冊目は、秋山ブクのインスタレーションを山本真人が写真におさめたドキュメント。いったん製本されたものを手作業によって表紙を剥がしているから、厳密に言うと、まったく同じ本は存在しない。三冊目は写真家の森栄喜と小説家の小林小路のコラボレーション。カードの集積になっており、作家らが包装を行なう。本ではあるが、大量生産の印刷物ではない。アーツ・アンド・クラフト的というか、手の痕跡を強く残した贅沢な書物たちである。部数が多くないからこそ、製作が可能になっており、限定版を所有する愉しみが感じられる。
2009/08/31(月)(五十嵐太郎)
星裕之『建築学生の「就活」完全マニュアル』
発行所:エクスナレッジ
発行日:2009年8月21日
星裕之『建築学生の「就活」完全マニュアル』エクスナレッジ
筆者の編著による『建築学生のハローワーク』が業種の広がりと読み物的な要素をめざしていたとすれば、こちらはタイトル通り、面接のポイント、エントリーシートやポートフォリオなどの書き方もとりあげ、具体的な就職活動の「マニュアル」に徹底し、建築系の業種における必勝法を説く。参考書のような体裁、鈴木茜のイラストなどもユニーク。
2009/08/31(月)(五十嵐太郎)
都築響一『現代美術場外乱闘』/『デザイン豚よ木に登れ』
発行所:usimaoda
発行日:2009年6月6日
エロ・グロの秘宝館やラブホテルなど、アートの越境線を疾走する事例の数々が紹介され、「かっこ悪い」と「かっこいい」のあいだをゆさぶられ、ぐるぐるめぐり、(良識的な人は)目眩をおこしそうな本である。実際、以前にフィレンツェの動物学博物館を訪れたとき、医学解剖の人体標本をつくる職人と芸術家が紙一重であることを痛感した。実は、これらの本は筆者の仕事と重なりあう部分も多く、『過防備都市』でとりあげた排除型ベンチや『ヤンキー文化論序説』の先駆者として、都築の仕事からは目が離せない。
2009/08/31(月)(五十嵐太郎)
大山顕『高架下建築』
発行所:洋泉社 2009
発行日:2009年3月4日
先日、別府を訪れたとき、高架下にアジア的なマーケットが展開されている風景に感心したが、新しい景観への感性を表明した『工場萌え』の大山顕が高架下の建築を紹介した本である。高架下の額縁に入れられた絵のようという表現は言い得て妙。神戸、大阪、首都圏のフィールドワークを通じて、土木と親密な空間の接合を探る。考えてみると、ル・コルビュジエのアルジェの計画も、高架下建築だった。
2009/08/31(月)(五十嵐太郎)