artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

「日の丸」を視る目 石川真生 展

会期:2009/05/23~2009/06/12

GALLERY MAKI[東京都]

石川真生の写真展。さまざまな人たちに日の丸を使って自己表現をしてもらう「日の丸を視る目」シリーズをおよそ10年ぶりに再開し、モノクロを中心とした旧作とカラーで撮影された新作をあわせて数十点発表した。被写体となったのは、右翼から左翼、運動家からノンポリ、在日からアイヌまで、有名無名、老若男女を問わず、文字どおり多種多様な人たち。たとえば歩道橋の上から眼下の「豚ども」をライフル銃で狙撃する構えを見せる見沢知廉など、写真としての完成度が高いものももちろんあるにせよ、このシリーズの醍醐味は石川による写真の質というより、むしろ被写体の人びとによる豊かな自己表現にある。左右を問わず、いずれの写真にも見受けられるのが、誰にとっても等しく該当するはずの「日の丸」という象徴にたいしてどのように自己を位置づけるのか、その態度を世間に表明する厳しさに耐える彼ら自身の強度である。それが、いわゆる「一般人」では到底なしえない類稀な特質であることはいうまでもないが、しかしそれを個人が引き受ける強さがなければ(逆にいえば個別の身体を欠いた抽象的なレベルだけでは)、日の丸をめぐる議論は何も生産しないことを石川は鋭く見抜いている。撮影者である石川と被写体である人びとが、ともに責任を負った写真は、だから安易なイデオロギー闘争の道具としてではなく、写真を見る者にとっての「日の丸」を問い返すメディアとして、「見る責任」をこちら側に突きつけてくるのだ。甘ったるいだけの自己表現に完結しがちな昨今の写真とは対照的な石川真生の写真こそ、まことの意味で社会に開かれている。まさしく、「日本の自画像」である。

2009/05/23(土)(福住廉)

近藤等則パフォーマンス公演

会期:2009/05/17

BankART Studio NYK[神奈川県]

フリージャズのトランペッター、近藤等則の公演。原口典之の作品「ファントム」の前でトランペットを演奏した。アルミニウムの機体に音が反響するせいか、迫力のあるパフォーマンスだった。80年代に来日したヨーゼフ・ボイスが講演で話した音声とあわせて、いかにもフリージャズ的なトランペットを奏でていたものの、大半はむしろ演歌のようで、そのギャップがこの上なくおもしろい。(こういってよければ)哀愁を帯びた中年親父の背中を見た気がした。

2009/05/17(日)(福住廉)

ブラッドレー・マッカラム&ジャクリーヌ・タリー「思い通りに消せない記憶」

会期:2009/04/11~2009/05/17

トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]

黒人と白人のパートナーであるというブラッドレー・マッカラムとジャクリーヌ・タリーの個展。2008年に東京に滞在しながら、ちょうど40年前の1968年に報道された社会問題のイメージを加工した作品を発表した。それらはヴェトナム反戦運動、公民権運動、3億円強奪事件などの報道写真の上にレースのようなレイヤーを重ねてつくりだした朦朧としたイメージ。一見すると、歴史的なパブリックイメージの輪郭が薄れつつある現在の窮状を暗示しているようだが、しかし現在のウェブ社会がそれらのイメージを瞬時に召喚することができることを考えれば、むしろその固定化されたパブリックイメージに束縛されていることのほうが問題ではないだろうか。1968年のファントムが忘却されることに歯止めをかけようとするのではなく、それらを相対化しながら別のリアリティと出会おうとすることが課題である。

2009/05/17(日)(福住廉)

筆墨の美──水墨画展 第一部中国と日本の名品

会期:2009/04/04~2009/05/17

静嘉堂文庫美術館[東京都]

中国と日本の水墨画を紹介する展覧会。日中あわせて40点の水墨画と、筆や硯など14点の文房具が展示された。日本絵画20点のなかに国宝は一点も見当たらないのにたいして、中国絵画20点のうち、国宝が2点(伝馬遠《風雨山水図》、因陀羅《禅機図断簡 智常禅師図》)入っている事実だけを見ても、いかに日本の水墨表現が中国の影響下にあったかがよくわかる。なかでも、日本の水墨画に決定的な影響を与えたとされる牧谿の《羅漢図》は、後の様式化された山水画と見比べてみると、水墨の技法の面でも構図の面でも、明らかに異質であり、この歴然としたちがいを目の当たりにすると、牧谿が長谷川等伯を大いに刺激したという説も頷ける。解説文も要点を押さえた平明な文章で、じつにわかりやすかった。

2009/05/17(日)(福住廉)

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田中泯パフォーマンス公演

会期:2009/05/16

BankART Studio NYK[神奈川県]

原口典之展にあわせて催された田中泯のパフォーマンス公演。暗い会場に入ると、空間の片隅に田中泯が仰向けに横たわっている。局部は辛うじて隠されているものの、全身素っ裸で、衣服や履物は一切身につけていない。自然美ともいえる筋肉の美しさとは対照的に、全身の皮膚は不自然に着色され、黒ずんでいる。来場者が凝視するなか、徐々に手足を持ち上げ、首を傾け、腰をひねり、立ち上がると見せかけては、また寝転ぶ動作を繰り返す。ようやく立ち上がったと思ったら、両手で天を仰ぎながらゆっくりと歩き出し、原口の油のプールに静かに入る。鏡面のような油の上で踊るうちに、漆黒の油が黒ずんだ身体をさらに塗り変えていき、ついには真っ黒になってしまった。白い眼球と赤い口内がやけに目立つ。足元に手を伸ばす黒い男は、油の表面に映りこんだもう一人の黒い男になにか語りかけ、両者の接点が溶け合っているようにも見える。しかし、油の上に横たわり、右腕一本だけで身体を円状に回転させる動きは、その同一化が決してかなわないことを物語っているようでもある。油から上がった黒い男が、先ほどと同じように天を仰ぎながらゆっくりと会場を移動し、海に抜ける出口の前で、ひとこと「ありがとうございました」と呟くと、来場者から万感の思いを込めた拍手が鳴り響き、しばらくやまなかった。

2009/05/16(土)(福住廉)