artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

現代の水墨画2009 水墨表現の現在地点

会期:2009/04/21~2009/05/31

練馬区立美術館[東京都]

水墨表現の可能性を追求している美術家たちを紹介する展覧会。伊藤彬、中野嘉之、箱崎睦昌、正木康子、八木幾朗、呉一騏、尾長良範、浅見貴子、マツダジュンイチ、三瀬夏之介、田中みぎわの11名が参加した。これだけの人数がそろえば、たいていの場合、墨絵という同一性にもとづきながらも、それぞれ独自の異質性が際立つものだが、むしろ同一性のほうが前面化しているから不思議だ。それは、おそらく出品作品の大半が、山水画に代表される定型化された水墨表現の伝統を継承しているからだと思われるが、だからといってその伝統を刷新するほど高度な技術を達成しているわけでもないようだ。だから、ただ一人、異質性を発揮していた三瀬夏之介が突出して見えたのは、他の作品が凡庸な同一性に貫かれていたからなのかもしれない。(こういってよければ)「マンガ的に」過剰に描きこむ三瀬の絵は、濃淡やにじみ、かすれ、たらしこみといった墨絵独特の抽象表現の伝統にある程度依拠しつつも、同時にそれをはっきりと切断し、ジャンルとしての墨絵を同時代の地平にまで押し上げることに成功している。それが、今後「三瀬流」として新たに定型化される恐れがないとはいえないけれど、水墨表現の現在地点を確実に打ち込んだことはまちがいない。同時代の水墨画は、「マンガ」というジャンルに依拠しながら水墨表現の可能性を果敢に切り開こうとしている井上雄彦と、三瀬夏之介の2人によって力強く牽引されるだろう。

2009/05/02(土)(福住廉)

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梅田哲也 迷信の科学

会期:2009/04/25~2009/05/23

オオタファインアーツ[東京都]

アーティスト・梅田哲也の個展。照明を落とした空間に、既製品を組み合わせた作品がひそやかに点在していた。ゆっくりと回転する扇風機の羽が微かに散らす火花を見下ろしていると、工作に没頭していた幼少期の記憶が呼び起こされるかのようだった。

2009/05/01(金)(福住廉)

万華鏡の視覚──ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団コレクションより

会期:2009/04/04~2009/07/05

森美術館[東京都]

内覧会ではうかつにも見逃してしまったが、傑作があった。それは、リテュ・サリンとテンジン・ソナムによる《人間の存在に関する問答》(2007年)という作品。チベット仏教の修行僧たちが繰り広げる弁証法的な問答を映し出す短い映像作品だが、これがほんとうにおもしろい。一方の修行僧が両手を打ちながらテンポよく次々と問いを発し、軽いプレッシャーを与えながら他方の修行僧に応えさせる訓練法だ。三段論法にもとづいているらしいが、おもしろいのはその応酬の論理的な整合性というより、むしろそのやりとり自体がある種の「芸」として研磨されているところ。文字どおり坊主頭の修行僧たちは一見するとどれも同じように見えるが、彼らの所作や身ぶり、言葉づかいを注意深く見てみると、ある一定の型式を踏まえながらも、それぞれ異なる「芸」を身につけていることがよくわかる。こんな修行であれば、ぜひやってみたいと思わせるほど、楽しそうだ。

2009/04/29(水)(福住廉)

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6+│アントワープ・ファッション展

会期:2009/04/11~2009/06/28

東京オペラシティアートギャラリー[東京都]

マルタン・マルジェラを筆頭に、アントワープシックスと呼ばれるデザイナーたち、さらにはその後の新世代までを含めて、アントワープ・ファッションの全貌に迫る野心的な企画。図録は写真資料とテキストともにたいへん充実しており、堅実な研究にもとづいていることがよくわかる。とくに言説分析の手法によって、当地の新聞記事からアントワープ・ファッションの変遷を丁寧に浮き彫りにするなど、すぐれた研究内容が反映されていたように思う。けれども、じっさいの展示は、まったくもって落第点。衣服、写真、解説パネル、映像などで構成していたが、空間の容量にたいして作品の点数が圧倒的に乏しいから、貧相で寒々しい展示になってしまっていた。ファッションショウを見せる映像も、壁に埋め込んだモニターを狭い通路にただ並べているだけだから、鑑賞しにくいことこの上ない。展覧会のプロフェッショナルが関与したとは到底思えない、じつに粗悪な展示だった。しかも、一部のデザイナーの日本語表記が一般的に流通している表記と異なっていた点も気になった。すでに「クリス・ヴァン・アッシュ」として定着している表記をわざわざ「クリス・ヴァン・アッス」と書き表わすことの意義がよくわからない。たえず微細な差異を捏造することで正統性を牛耳ろうとするアカデミズムのいちばん悪い部分が露呈してしまっていたのではないか。

2009/04/28(火)(福住廉)

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横浜開港アンデパンダン展

会期:2009/04/21~2009/04/26

BankART Studio NYK[神奈川県]

横浜市内18区からプロ・アマを問わず、ジャンルも問わず、美術作品を公募した上で無審査で作品を展示するという展覧会。しかし、じっさいの展示はいかにも団体展系の作品のオンパレードで、アンデパンダン展の売りである「自由」がじつに一面的で薄っぺらいものになってしまっていた。そうしたなか、辛うじて異彩を放っていたのは、透明なグラスに入ったビールとウィスキーとバーボンを描き分けた、蕨岡省三の平面作品。三つの作品はそれぞれ構図もタッチも色彩もほとんど同じで、タイトルがなければアルコールの種別を見分けることは難しいが、酒を見つめる愚直な視線がほほえましくもあり、なにやら偏執的な匂いも感じさせた。

2009/04/26(日)(福住廉)