artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

指田菜穂子

会期:2011/09/27~2011/10/22

西村画廊[東京都]

指田菜穂子が取り組んでいるのは、百科事典の絵画化である。共通しているのは中国の年画のような華やかな色彩だが、一つひとつの絵には、「酒」「箱」「糸」「子ども」といったようにテーマが設けられ、その項目に沿った図像や記号がそれぞれ画面に密集している。例えば《こんな夢を見た》(2010)を見てみると、富士山と鷹、茄子をはじめ、獏、夜の街並み、梟と蝙蝠、ユング、涅槃像、眼を閉じたオランピア、黒澤明の映画『夢』、落語の「芝浜」など、「夢」にまつわる古今東西のイメージがふんだんに盛り込まれており、絵の中に分け入りながらそれらを読み解いていく経験がじつに楽しい。子どもたちが放り投げた枕がいつのまにか羊に成り代わっていく様子をストップモーションで描く工夫もおもしろいし、「はかない夢」を花言葉とするアネモネなのかどうか、可憐な花々が描いているのは無限大のかたち(∞)だ。つまり、睡眠中の「夢」だけでなく、将来的な願望を意味する「夢」も隠されているわけだ。百科事典が幾度も読み返すための書物であるように、指田が描き出しているのは、見れば見るほど新たな発見を期待させ、そこからさらに見ることを誘うような、文字どおり何度も見返すことのできる絵画である。そして何よりすばらしいのは、そうして画面の隅々に視線を運んでいると、さまざまなイメージを嬉々として配置する指田の心の躍動感がたしかに伝わってくるところだ。このような絵を描く原初的な喜びは、禁欲的で理論的、あるいは心神耗弱的な日本の現代絵画の伝統において長らく不当に抑圧されてきた、絵を描く者にとっての心の「よすが」である。指田菜穂子はそれを健やかに取り戻してみせた。百科事典の絵画化というプロジェクトは、絵を見る者の心にも、やがてそれを復活させるだろう。

2011/09/29(木)(福住廉)

千代田芸術祭2011

会期:2011/09/03~2011/09/19

3331 Arts Chiyoda[東京都]

3331 Arts Chiyodaによる芸術祭。今回は展示部門の「3331アンデパンダン」のほかに、ステージ部門とマーケット部門が加わって規模が大きくなった。展示部門に出品されたのは300点あまり。床から壁面の隅々まで、所狭しと作品が展示された光景は圧巻だ。とりわけ際立っていたのは、Hi! LEGによる《有名になりたいプロジェクト》。映画のチラシをシミュレーションした作品で、登場人物に扮して撮影した写真をもとに本物そっくりのチラシに加工して、偽物と本物をあわせていくつも展示した。おもしろいのは、シミュレーションを集団性によって行なっていることと、その完成度を(おそらくは)あえて求めていない(ように見える)こと。ふつう、なりきりポートレイトといえば、森村泰昌にしろ澤田知子にしろ、ほとんど単独性によって成立しているが、ユニットのHi! LEGは複数の人物が共同で取り組んでおり、しかも特定のメンバーにスポットライトが当てられるということもない。言い換えれば、シミュレーションを実行しつつも、模倣を極限化するのではなく、むしろシミュレーションによって本来の華のなさを逆に浮き彫りにしようとしているかのようだ。律儀に本物と並置することで、偽物のまがまがしさを強調しているのは、彼らのシミュレーションが文字どおりのシミュレーションではないことを如実に物語っている。スターや女優を気取ってオンリーワンを嘯くのではなく、どこまでも庶民の自分を肯定しようとする健全な心意気が感じられた。アンデパンダンの時代ならではの作品である。

2011/09/14(水)(福住廉)

引込線 所沢ビエンナーレ2011

会期:2011/08/27~2011/09/18

所沢市生涯学習推進センター、旧所沢市立第2学校給食センター[埼玉県]

3回目を迎えた「引込線」。会場をこれまでの西武鉄道旧所沢車両工場から所沢市生涯学習センターと旧所沢市第2学校給食センターに移し、参加作家の選考も実行委員会による合議制から4人の美術家(伊藤誠、海老塚耕一、遠藤利克、岡崎乾二郎)による責任選考制に切り替えられた。そして、何より「文化庁主催事業」というお墨付きが加えられたところに、今回のもっとも大きな特徴がある。ただし、この展覧会がこれまでそうだったように、今回も作品の質より空間の魅力が際立っており、とりわけ給食センターはそれ自体が見事な造形美を誇っていた。その反面、生涯学習センターの会場は体育館の茫洋とした空間に作品が埋没していたが、同会場内のプールに設置された遠藤利克の作品だけは、例外的にその場と調和していたように見えた。プールの広い空に打ち立てられた黒い木枠のインスタレーション。それは焼け野原に残された廃墟のようでもあり、遠景に垣間見える集合住宅の未来像を予見しているようでもある。3.11以後という第二の戦後を迎えた今、未来と過去を同時に幻視させる、きわめて霊性の強いインスタレーションである。

2011/09/13(火)(福住廉)

岡本信治郎 展「空襲25時」

会期:2011/08/09~2011/09/19

渋谷区立松濤美術館[東京都]

美術家・岡本信治郎の個展。1933年生まれで、60年代の反芸術の現場にも立ち会っていた画家だから回顧展というかたちでも展覧会は十分に成立するはずだが、近年盛んに取り組んでいる戦争絵画《空襲25時》のシリーズを一挙に展示したところに、画家としての気骨を大いに感じさせる好企画だ。その《空襲25時》は、情感を退けた機械的な線と鮮やかな色面によって構成された大作だが、随所に文字や記号をふんだんに取り入れているため、全体的な印象としてはタブローというより曼荼羅や絵図に近く、「見る快楽」より「読む楽しさ」が勝っているところに大きな特徴がある。事実、正直に言って、もっとも強く印象に残ったのは、展示には含まれていなかったが、会場に置かれたファイルに収録された絵本だった。癌を告知された娘と共同で制作された絵本に、岡本は絵を提供しているが、物語と組み合わさることで、その絵は自立した絵画の状態よりいっそう生き生きとしているように見えた。美術館や美術大学のなかにいまだに蔓延っているモダニズム絵画論とは別のところに絵の可能性が宿っていることを高らかに宣言する展覧会である。

2011/09/11(日)(福住廉)

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9・11新宿原発やめろデモ!!!!!

会期:2011/09/11

新宿一帯[東京都]

3月11日からちょうど半年にあたる日に行なわれた脱原発デモ。新宿駅の周囲を反時計回りに周回するコースをおよそ1万人あまりが歩いた。前回の銀座・新橋に引き続き、警察による警備は過剰で大仰だったが、結果的にデモの参加者を12名も逮捕するという異常な事態を招いてしまった。私たちの目の前で、デモ参加者の手足を家畜のように持ち運んだ私服警官の姿は、それが「警備」という名を借りた「弾圧」であることを如実に物語っていた。デモの最後に新宿アルタ前で開かれる恒例の集会では、柄谷行人をはじめとする知識人や政治家、音楽家などが次々と発言したが、飛び抜けてすばらしかったのが、いとうせいこう×DUB MASTER X。原発の廃炉を訴えるポエトリー・リーディングによって、無粋な警察のせいで沈みかけた空気を鮮やかに盛り上げてみせた。「廃炉せよ! 廃炉せよ! 廃炉せよ!」と叫ぶいとうせいこうの言葉は、もちろん原発の廃炉を要求するメッセージだが、音楽的なリズムとともにその鋭い声が空間に何度も反響し、聴衆が熱を帯びて高揚してくると、次第に「ハイロセヨハイロセヨハイロセヨ!」とまるで念仏のように聞こえてきたから不思議だ。「ナムアミダブツナムアミダブツナムアミダブツ」と誰もが口にできるように、いとうせいこうは脱原発を願う者であれば誰もが念じることができる詩的な言葉を生み出そうとしたのではないだろうか。いまのところ、3.11以後の世界を生きるためのもっともすぐれた文化表現だと思う。

2011/09/11(日)(福住廉)