artscapeレビュー

福住廉のレビュー/プレビュー

知子の部屋

会期:2011/09/04

新港ピア[神奈川県]

横浜発のフリーペーパー「HAMArt!」が企画したトークイベント。BankART 1929が主催する「新港村」の一角を借りて、日本ソーラークッキング協会代表の鳥居ヤス子をゲストに招いて話を聞いた。ソーラークッキングとは、文字どおり太陽の光を熱に変換して調理すること。鳥居は、さまざまな装置をみずから開発することで太陽光エネルギーを暮らしのなかに取り入れており、そのユーモアあふれる温かな話を聞くと、おのずと自分でもやってみようという気になる。エネルギー問題は社会的公共的な問題であると思いがちだが、じつはきわめて個人的な問題でもあるわけだ。その意味で言えば、ソーラークッキングはDIY文化の一部としても考えることができるし、脱原発運動にとってのモデルにもなりうることがわかった。脱原発運動にとって重要なポイントが、これからの未来社会を構想していくことと、これまでのライフスタイルを反省していくことにあるとすれば、鳥居がすでに実践しているソーラークッキングは、電力に依存した現在の暮らしを個々の水準で塗り変える可能性を含んでいるからだ。今後は「ソーラークッキング」を、「スローライフ」や「ロハス」、あるいは「マクロビオティック」といった文化や暮らしをめぐる思想とともに、たんに消費のためのキーワードに終始させるのではなく、脱原発社会という目標に向けて練り上げる実践が必要とされるのではないだろうか。

2011/09/04(日)(福住廉)

ハウスメイド

会期:2011/08/27

TOHO CINEMAS シャンテ[東京都]

韓国映画の十八番といえば、何よりもまず復讐劇。本作も家政婦として働く主人公の女による雇い主への復讐を描いた映画だが、これまでの豊かな伝統には到底及ばない中途半端な代物に終わってしまった。物語の構成はいかにも直線的で、人物描写も甘く、復讐の表現形式もほとほと理解に苦しむものだ。たとえばパク・チャヌク監督による『復讐者に憐れみを』『OLD BOY』『親切なクムジャさん』にあるすぐれた構成力や展開力、キャラクターの面白さやユーモアは微塵も見られないから、結果として際立つのは、だらだらと間延びした時間と主人公の女の信じ難いほどの鈍感さ、そして成人映画のような濡れ場のみ。せめて昼メロのような抑揚があれば、まだ見るに耐えたかもしれないが、こんな体たらくでは復讐の想像力を鍛え上げることもままならない。ようするに、復讐というかたちによって人間を描写することに失敗しているわけだ。放射性廃棄物を撒き散らしたばかりか、それらを体内に取り入れながら生活することを余儀なくされている現在、「人間」の根拠は以前にも増して疑われつつあるのだから、復讐によって「人間」の輪郭と内実を再確認する芸術表現は今後ますます必要とされるにちがいない。

2011/09/01(木)(福住廉)

ツリー・オブ・ライフ

会期:2011/08/12

丸の内ルーブル[東京都]

テレンス・マリック監督、ブラッド・ピットとショーン・ペン主演による映画。厳格で世俗的な父親と慈愛に満ちた母親のもとで暮らす3人兄弟の物語だ。典型的な白人中流家庭を舞台にしていることから、いわゆる「ホームドラマ」であることは確かだが、「神に生きるか、世俗に生きるか」を問う思想性や随所に織り込まれる宇宙的で壮大な映像が、この映画に人間の悲喜劇を描く「ホームドラマ」以上の厚みと深みをもたらしている。だからといって難解な思想映画や映像美に拘泥するアート映画というわけでもなく、あくまでも人間の暮らしの基盤である「ホーム」を出発点としながら、神と世俗のあいだを切り開くところに、テレンス・マリックのねらいがあるように思われた。邸宅の内外を嬉々として走り回る少年たちの身体動作や、理由もなく弟を痛めつける兄の幼い狂気、近隣の邸宅に忍び込む戦慄と高揚感。熟年を迎えた主人公が少年時代を回想するシーンには、誰もが思い当たる節があるはずだ。そのようにして見る者にとっての「ホーム」の記憶をそれぞれ甦らせながら、「神か世俗か」を改めて問い直すこと、つまり現在の生き方をもう一度再考させることが、この映画の醍醐味である。

2011/09/01(木)(福住廉)

鈴木省三 展 天空が近づく

会期:2011/08/25~2011/08/27

The Artcomplex Center Tokyo[東京都]

画家、鈴木省三の個展。100号ほどの大きな抽象画20点あまりをずらりと並べ、あわせていくつかの小品も一挙に展示した会場には、抽象画ならではの緊張感と迫力がみなぎっていた。発表されたのは、色彩が乱舞する背景の上に黒く太い直線を構築した絵画。黄緑色の曲線が浮遊感のある柔らかな運動性を、黒い直線が激しく上昇する運動性をそれぞれ別々の水準で感じさせているため、見る者の視線は画面の隅々まで異なるリズムで誘導される。抽象画とはじつに音楽的な絵画であることを改めて感じさせる展覧会だ。

2011/08/27(土)(福住廉)

加藤翼 展 深川、フューチャー、ヒューマニティ

会期:2011/07/23~2011/08/27

無人島プロダクション[東京都]

地域住民や参加者とともに共同で巨大な木箱を引き倒し、引き起こすプロジェクトを手がけている加藤翼の個展。画廊内の空間をそのままトレースした木箱を、画廊近くの公園で引き起こすプロジェクトを行ない、その木箱を再び画廊の中で組み立てなおし、木箱の内部でプロジェクトの記録映像を見せた。力いっぱいロープを引いた末、ようやく木箱が立ち上がると、その表面に貼られたフィルムミラーが周囲の風景を映し出すせいか、あるいはその映像を木箱の内部で鑑賞しているせいか、屹立する木箱が思いのほか大きく見えることに驚きを禁じえない。寝かせられたものを苦労して立ち上げる達成感は、たとえ現場で経験を共有していなくても、たしかに伝わるほど力強い。加藤の作品には、もともと「引き倒し」と「引き起こし」の二面性があったが、今回の個展で発表された作品では「引き起こし」のほうにあえて重心を置いていたようだ。それが震災で傷つき、疲弊した私たちの心を回復させようとするものなのかどうかはわからない。けれども、時勢に敏感に反応するのはよしとしても、加藤の作品の醍醐味はあくまでも「引き倒し」と「引き起こし」の両面にあることに変わりはないように思う。

2011/08/19(金)(福住廉)