artscapeレビュー
小吹隆文のレビュー/プレビュー
後藤靖香個展「必死のパッチ」
会期:2016/12/16~2017/01/21
京都精華大学ギャラリーフロール[京都府]
後藤靖香は、祖父や大叔父など親族の戦争体験をもとに、戦争の時代を生き抜いた人々や、さほど知られていないエピソードを描く若手作家だ。作品の特徴は、丹念な取材を行なうこと、画風が漫画調なこと、極端な構図を用いる場合があること、巨大な作品が多いこと、である。筆者は後藤の作品に対し、魅力と疑問の両方を感じてきた。魅力は、先に述べた作品の特徴による。疑問は、戦争を知らない世代が戦争を描くことである。戦争を否定するのであれ賛美するのであれ、未体験者が戦争を扱うのはいかがなものかと。しかも彼女は1982年(昭和57)生まれ。義務教育中に東西冷戦もバブル景気も終わっていた世代なのだ。しかし最近、考えが変わった。戦後世代が戦争をテーマにした例などいくらでもあるし、むしろ若い世代のほうがイデオロギーの呪縛が希薄なので、ニュートラルかもしれない。しかも後藤はきちんと取材を行なっているし、描く内容も一個人に密着している。いわばオーラルヒストリーとしての絵画であり、イデオロギーが前面化した人たちとは一線を画した、新しい戦争画なのである。
2017/01/13(金)(小吹隆文)
アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国
会期:2017/01/11~2017/02/26
兵庫県立美術館[兵庫県]
アドルフ・ヴェルフリ(1864~1930)は、アール・ブリュットを代表する作家であり、ジャン・デュビュッフェがアール・ブリュットという概念を提唱するきっかけとなった作家の一人でもある。彼は精神病院で全45冊・25,000ページにおよぶ膨大な物語を綴った。それらは絵、文字、楽譜などで構成されており、本展では彼の最上級の作品74点を見ることができる。その感想を一言で述べると、やはり「圧巻」の一言。妄想的イマジネーションによるディープな物語世界が、凄まじい強度と執拗さで展開されており、画面を埋め尽くす図柄、文字、楽譜から目が離せなくなる。一方、彼の作品にはある種の中毒性があり、没入するのは危険だとも思った。現在日本では、アール・ブリュットを単に障害者アートとして取り上げることが多い。そこでしばしば語られるのはSMAPの楽曲『世界に一つだけの花』的な心あたたまる世界だが、そんな価値観を持つ人にこそ、本展を見てもらいたい。アール・ブリュット(生の芸術)とは本来どういうものかが分かるはずだ。
2017/01/11(水)(小吹隆文)
中原浩大 Educational 前期
会期:2017/01/07~2017/01/21
ギャラリーノマル[大阪府]
本展は中原浩大の個展であり、もちろん彼の作品が展示されている。しかし、そのほとんどは幼児から少年時代の中原、つまり美術家になる前の彼が描いた作品である。展覧会は前後期に分かれていて、筆者が取材した前期では、彼が2歳から幼稚園の頃に描いた絵が展示されていた(現在の作品も別室で展示)。そこで見られるのは幼児ならではの自由なものだが、幼稚園に入るとテレビ番組のヒーローが登場するようになり、同時に一種の定形化というか、社会的矯正のようなものが混じってくる。なるほど、人は幼稚園の頃から社会化が始まるのか。一方でこれら幼児期の絵には現在の中原のエッセンスが詰まっているようにも見え、一人の芸術家が形作られていく過程として興味深く見ることができた。後期(1/23~2/4)には小学校以降の作品が展示される。少年・中原浩大の絵がどのような軌跡をたどっていくのかに注目したい。それにしても彼のご両親は、よくもこれだけ大量の絵を保存していたものだ。確か父母ともに教師だったと記憶しているが、我が家とは大違いだ。
2017/01/10(火)(小吹隆文)
わだばゴッホになる 世界の棟方志功
会期:2016/11/19~2017/01/15
あべのハルカス美術館[大阪府]
本展は昨年11月から行なわれていたが、記者発表日に別の仕事が入ったため取材が出来ず、そのまま年を越してしまった。本当のところをいうと、新年早々に出かけたのは正月ボケを直すため。つまりウォーミングアップであり、さほど思い入れはなかったのだ。しかし、棟方の作品を見た途端、筆者の心に火がついた。なんだ、この感情は。それは芸術鑑賞というより、祝祭の高揚に近い。理屈ではなく、身体の奥底から熱い塊がこみ上げてくるのだ。過去に何度も棟方の作品を見たことがあるのに、これほど盛り上がったことはなかった。きっと大作や連作が多かったからだろう。特に展覧会中盤の、《大世界の柵》(天地175.4×左右1284cmの2点組)や《鷲栖図》(天地275×左右803cm)などの超大作が並んだあたりは大迫力で、心のなかで何度も雄叫びを上げてしまった。年始から自分の根っこにあるジャパニーズ・ソウルをこれほど意識させられるとは。おかげで新年の良いスタートが切れたと思う。
2017/01/06(金)(小吹隆文)
茶碗の中の宇宙 樂家─子相伝の芸術
会期:2016/12/17~2017/02/12
京都国立近代美術館[京都府]
樂焼の茶碗で知られる樂家の歴史を、各代の茶碗でたどる展覧会。樂焼といえば初代長次郎の名は知っていたし、当代(15代)樂吉左衞門の作品は何度も見たことがある。しかし、ほかの代についてはまったくと言ってよいほど不勉強だった。本展を見て驚いたのは、代による作風の違いが思いのほか大きかったこと。樂家では初代や先代の踏襲を良しとせず、各代が独自の世界を追求してきた。本展ではそれを「不連続の連続」と呼んでいるが、なるほど確かにその通りだ。斬新な方向に振る代があったかと思えば、伝統に回帰する代もある。しかし、外見がいくら変化しようとも、核となる精神は微動だにしないのである。展示について述べると、照明の当て方が効果的で、小さな茶碗に気持ちを集中させることができた。会場全体に心地良い緊張感がみなぎっていたが、これも照明によるところが大である。展示構成は、全体の約2/3が歴代の作品、残る約1/3が当代の作品だった。筆者としては歴代の作品をもう少し多く見たかったが、このあたりは見る者によって評価が異なるだろう。
2016/12/24(土)(小吹隆文)