artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
前橋の地域活性 JINS PARKと煥乎堂
[群馬県]
すでに二度、その空間を体験しているが、一度泊まってみたかった《白井屋ホテル》(2020)を予約したので、前橋を訪れた。少し街の中心部から離れていたため、未見だった永山祐子による《JINS PARK》(2021)にも足を運んだ。もちろん、JINSの店舗なのだが、よくあるビルの中のお店ではない。銅板にくるまれた本体の手前に庭をもち、ベーカリー&カフェを併設した独立した建築である。内部に入って驚かされるのは、非店舗の部分が多いこと。中央に座れる大階段があり、登った先はテーブルと椅子が並び、さらに屋外テラスに続く。大都市の中心部では、稼ぐための空間が求められるため、こうした余裕のある空間は難しいだろう。実際、これは地域に貢献する公園のような場所として構想されたプロジェクトである。《白井屋ホテル》も、通常のスキームならば、もっと部屋数を増やすと思われるが、そうではないからこそ、贅沢な空間を味わえる。ほかの宿泊客がいない朝食のときは、吹き抜けの大空間を少人数で占有できた。
一連のプロジェクトは、前橋でJINSを創業した田中仁が展開しているものだ。彼は各地の店舗デザインでも建築家を起用してきたが、近年は積極的に地元の街を活性化することにも取り組んでいる。現在の日本では、あちこちの地方都市で百貨店が消えているが、特に前橋では、民間の側からどのように再生できるのかが注目されている。
ところで、今回、店頭に大きく記されたラテン語の文章「QVOD PETIS HIC EST」を見て、初めて気づいたのが、《煥乎堂》の位置だった。これは明治初年に創業した書店だが、かつて1954年に白井晟一が設計した本店が建てられ、文学者が集まったり、展示なども行なわれ、文化の中心だったらしい。白井の空間はもう壊されていたことは知っていたが、建て替えによって、書店のビルは存在していたのである。3階の古本屋もなかなか良い品揃えだった。なお、建物のファサードをよく観察すると、右側の壁に白井の建築についていた小さな水栓が残っている。
関連レビュー
群馬の美術館と建築をまわる|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)
2022/07/18(月)(五十嵐太郎)
ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで
会期:2022/07/16~2022/10/16
東京都現代美術館[東京都]
「土地に痕跡を残さない建築をつくりたい」。本展を観ていてハッとした言葉がこれだった。ヴィトラから復刻家具が発売されるなど、ジャン・プルーヴェは現代においても世界的に人気の高いデザイナーのひとりである。もちろん家具のみならず、建築でもその手腕を発揮した人物であることは知っていたが、本展を観て改めて、そのものづくりへの独特な姿勢を痛感した。「家具をつくることと家を建てることに違いはない。実際、それらの材料、構造計算、スケッチはとても似通っている」という言葉が証明するように、プルーヴェにとって家具と建築との間に境はなかったようだ。つまり家具は小さな建築であるし、建築は大きな家具である。だからこそ、「土地に痕跡を残さない建築」という発想が生まれたのだろう。
実際にプルーヴェが設計した住宅のほとんどが、解体・移築が可能な建築物だった。しかも第二次世界大戦後、母国フランスの戦後復興計画の一環として複数のプレファブ住宅を考案したというから、住宅の工業化にいち早く目を付けていたことがわかる。戦中はレジスタンス運動に積極的に参加したという経歴からして、プルーヴェは庶民が安心して暮らせる住宅を大量に広めることに価値を置いていたのだろう。とはいえ、それは安かろう悪かろうの類ではない。人間工学に基づくシンプルで合理的で美しい形を追究し続け、それを独自の構造で成立させようと試みてきた。「構造の設計こそが建築の設計である」という根幹部分は建築も家具も同じで、そこにプルーヴェらしい美意識を見ることができる。
したがって家具のみならず建築物も同様に展示されていた本展は、非常に見応えがあった。地下2階の広い空間には《F 8×8 BCC組立式住宅》が建っており、中に入ることはできないが、上から横から眺めることができた。また《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》は「ポルティーク」と呼ばれる門型フレームの構造体とファサードが別々に展示されており、組立式住宅であることが強調されていた。建築の展示というと、どうしても図面や模型、写真などで紹介されることが多いが、こうして生の部材を目にすると迫力がある。おかげでプルーヴェの素材への執着や構造に対する探究心などを肌で感じることができた。
公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/
2022/07/15(金)(杉江あこ)
山元町の復興建築
[宮城県]
311の被災地となった宮城県の東南部にある山元町を久しぶりに訪れた。現在は、CAtが設計した明るく開放的な空間、《山元町役場》(2019)や、ユニセフの復興プロジェクトとして25間に及ぶ細長い木造平屋、手塚建築研究所の《ふじ幼稚園》(2012)などが完成している。とりわけ、注目すべきは、グッドデザイン賞のベスト100に選ばれた震災遺構 中浜小学校だろう。2020年から公開され、一時は落雷を受けて、しばらく休館した施設だが、地震、津波、落雷に耐えた建築でもある。すでに当時の被害状況が除去された震災遺構 仙台市立荒浜小学校と違い、ここでは破壊の状況がかなり保存された内部空間をまわる体験が強烈である。すなわち、用途を博物館に変更せず、条例を制定して建築基準法の適用除外となる保存建物とすることによって、破壊された学校という特殊な状態のまま、来場者が瓦礫が残る教室に立ち入ることも可能にした。またこうした震災遺構は、過剰な情報によって混沌としがちだが、1階は必要最小限のキャプションにとどめ、展示のデザインも統一されている。東北大学の本江正茂らがディレクターとなって実現したプロジェクトである。
中浜小学校の位置は、海岸線から400m程度であり、約10mの津波に襲われたが、90人の児童、教職員、保護者が避難し、全員が助かった場所だった。もともと敷地全体を約2mかさ上げしていたことも大きいが、傾斜した屋根をもつ外観からは存在がわかりにくい屋上があったことが幸いした。実はそこは子どもも存在を知らない空間であった。住民は資料室に隠れていた狭い階段からいったん屋上に逃げ、そこからさらに移動し、電気が途絶えた屋根裏で震える一夜を過ごしたあと、翌日にヘリコプターで救助されたという。1989年に竣工した中浜小学校は、シンボリックな屋根や装飾をもち、金のある時代につくられたポストモダン建築だった。が、それゆえに、三角の切妻屋根の下に、ほとんど物置くらいの用途しかない無駄な空間が存在している。おそらく設計者も最後の避難所になるとまでは考えていなかったと思われるが(震災時、建築家はすでに死去)、結果的にポストモダン建築の冗長性が功を奏した。
2022/07/12(火)(五十嵐太郎)
「木で創る─その蓄積と展開─」/金沢21世紀美術館コレクション展1「うつわ」
[石川県]
谷口吉郎・吉生記念金沢建築館の第5回企画展「木で創る─その蓄積と展開─」は、同館が2019年にオープンして以来、大型の模型がもっとも数多く集まった内容だった。導入部では、金沢工業大学の学生が制作した壁が出迎え、その向こうにやはりこれまでになく大きな断面図(1/10の妙成寺五重塔や1/100のW350計画=木造超高層建築物)、映像、そして実物の杉板材が控える。展示室の内部は、左側に「伝統木造の蓄積」、奥に震災や台風の災害を紹介する「都市化と木造建築」、右側に「新木造の展開」という構成だった。すなわち、石川県のチカモリ遺跡環状木柱列や福井県の一乗谷朝倉市遺跡朝倉館跡など、古建築から、金沢駅鼓門、金沢エムビル、ニプロハチ公ドーム(大館樹海ドーム)、スイスのSWATCH新本社など、現代木造の挑戦まで、北陸の事例を交えながら紹介している。とくに迫力があったのは、いずれも縮尺1/10の正福寺、南大門、光浄院の巨大模型である。所蔵は東京国立博物館だが、普段は金沢工業大学のキャンパスに設置されているものだ。近年、建築界では、木を使うことが注目されているが、改めて過去から現在、そして未来への展望をつなぐ試みである。戦災や震災がなく、木造建築が多く残る金沢ならではの企画だろう。実は金沢は、全国でもめずらしい金沢職人大学校が運営されており、各種の職人技や、歴史建造物の修復などを学ぶことができる。しかも学費が無料だ。
金沢21世紀美術館では、コレクション展1「うつわ」において、金沢らしい建築家の作品が展示されていた。奈良祐希による「Frozen Flowers」シリーズのインスタレーションである。彼は金沢に拠点を置く建築家であり、昨年は期待の若手が集うU-35の展覧会にも参加していた。そこでも陶芸作品を展示していたが、陶芸家としても活動している。東京藝大の大学院のときに休学し、多治見市の陶芸学校に行ったことがきっかけらしい。金沢21世紀美術館では光庭において炎のゆらぎをイメージさせる作品群を並べている。これらはCADを用いた造形だが、今回そのドローイングもとても美しいことに気づいた。会場では、白い壁にドローイングを貼っていたが、2次元だからこそ不安定な線が想像力を膨らませる。
第5回企画展「木で創る─その蓄積と展開─」
会期:2022年6月25日(土)~11月27日(日)
会場:谷口吉郎・吉生記念金沢建築館
(石川県金沢市寺町5-1-18)
コレクション展1 うつわ
会期:2022年5月21日(土)~10月16日(日)
会場:金沢21世紀美術館
(石川県金沢市広坂1-2-1)
2022/07/09(土)(五十嵐太郎)
名古屋造形大学と「just beyond」展
会期:2022/05/21~2022/06/25
名古屋造形大学[愛知]
今春、名古屋造形大学が都心に移転し、新しくつくられた名城公園キャンパスを訪れた。設計者の山本理顕は、これまでにも埼玉県立大学、公立はこだて未来大学、宇都宮大学、横浜国立大学において教育施設を手がけてきたが、今回のプロジェクトはグリッドにもとづく白い空間が全面的に展開し、実験的な場を探求した傑作である。いわゆる塀や正門はない。地上レベルでは、四隅に大きなヴォリューム(カフェテリア、図書館、ホール、体育館)を配しつつ、街並みの延長のように、大小の直方体群が散りばめる。これらの上部に5つの領域(美術表現領域や地域社会圏領域など)が交差する開放的な大空間をのせ、四方にテラスを張りだす。ストリートのような幅が広い廊下、各種の工房、教員のスペースなど、徹底した透明な空間である。必然的に各領域の学生や教員が、互いの創作の現場を意識し、コラボレーションを生みだすことが想定される。さらに今後、大学の活動が、まわりの集合住宅や近くの商店街とも連携をはじめると面白くなるだろう。
名古屋造形大学ギャラリーのオープニング企画展「just beyond」も開催されていた。地上レベルのギャラリーのほか、2つの独立した直方体のスペースも会場に用いており、あいちトリエンナーレの街なか展開にも使えそうな空間だろう。作品としては、白い半屋外の空間を意識した渡辺泰幸による無数の小さな陶製の鈴を吊り下げたインスタレーション、屋外ギャラリー平面構成チーム(建築・デザイン系の教員ら)が再構成した旧キャンパスにあった廃棄予定の什器群、蓮沼昌宏による旧キャンパスのイメージをもとにした絵画があり、圧巻はホワイトキューブに展示された登山博文の大きな絵画だった。名古屋造形大で教鞭をとり、昨年末に亡くなった登山のあいちトリエンナーレ2010に出品した大作を12年ぶりに展示するにあたっては、彼のアトリエから運びだし、関係者が苦労して設営する記録映像も、小さい別棟で紹介している。すなわち、「just beyond」展は、旧キャンパスの記憶と新キャンパスの未来をつなぎ、バトンタッチする試みと言えるだろう。
2022/06/10(金)(五十嵐太郎)