artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

せんだいデザインリーグと卒計イベント

[宮城県]

筆者が学部生だった頃、卒業設計の最優秀というのは、ただ結果のみが発表されるもので、それを決めた経緯や議論、あるいは講評などは一切示されなかった。しかし、90年代からDiploma× KYOTOFukuoka デザインリーグなどの自主イベントが登場したり、在野で活躍する建築家が大学の教員に就くことが増えたことによって、卒計を講評する文化が浸透している。そして21世紀に入り、卒業設計日本一決定戦を銘打ったせんだいデザインリーグ(SDL)が始動し、各地でも類似のイベントが次々に誕生した。背景としては、一級建築士の受験資格のための学校が、大型のスポンサーとして参加するようになったことが挙げられるだろう。また伊東豊雄が設計したせんだいメディアテーク(smt)というシンボリックな建築を会場としたことも、わかりやすく、効果的だった。もっとも、今年は改修の時期にぶつかったため、仙台の繁華街にある百貨店、仙台フォーラスの7・8階を初めて展示会場として使い、ファイナルの審査のみsmtの1階を用いている。居抜きの店舗でも展示されたり、同じフロアのすぐ近くには、「もふあつめ展」(猫写真展)、ポケモンカード店、ダンススタジオなどが混在する、シュールな風景が目撃され、空きスペースが目立つ百貨店の活用事例として興味深いものになった。



せんだいデザインリーグ 作品展示 会場風景




せんだいデザインリーグ 作品展示 会場風景




せんだいデザインリーグ 作品展示 会場風景


ただし、今年も続くコロナ禍対応でもあるが、ポートフォリオ審査で出品数をあらかじめ100作品に絞るシステムゆえに、アベレージの質はあがるが、優等生的なものが増え、なんじゃこれ? という風変わりな凸凹の作品は減った。もともとSDLはアンデパンダン的な祝祭性が重要だったと思うが、この部分の魅力は大きく削がれている。また条件付きとはいえ、せっかく3年ぶりにファイナルの審査会場を公開したものの、100選に入った学生、関係者、スポンサーのみといった入場制限をかけたために空席が目立ったのは、もったいない。今回はファイナルに選ばれた作品をsmtに移動する時間を考慮し、初の審査員完全2日拘束となったが、初日のセミファイナルにえらく長い時間をかけ(通常は当日の午前のみ)、その後の飲み会でもすでに熱い討議が展開したせいか(通常は全審査が終わってから飲む)、かえって本番は最初の投票で趨勢が判明し、その後も大きな番狂わせや下剋上はなく、わりとすんなりと決まった。ただし、SDLでは価値観の対決となる審査員同士のバトルも(例えば、過去の山本理顕vs古谷誠章、石山修武vs青木淳など)、歴史に残るハイライトになっているが、今年の10選はツートップの構図にならず、熱い議論が生まれにくく、セミファイナルの方が、意見の衝突が多かった。

近年、SDLは輸送費が高額になる問題が指定されている。最初は学生によるそれぞれ自己搬入であり、本人の交通費ですんでいたが、イベントの規模が大きくなると、会場で混乱をきたしだし、輸送業者を入れざるをえなくなり、高くなったのが実情である。その後、模型破損の事件が起き、賠償金を払えというトラブルが生じたことを受け、保険料も上乗せすることになった。ただ、今年は100作品のみの展示だったので、筆者は昔のように自己搬入に戻せばよいのでは、と意見した(SDLのピーク時は500~600作品に到達)。ちなみに、これまで審査員として参加したDiploma× KYOTOやFukuoka デザインリーグなどは、150程度の作品数なので、そこまでシステム化せず、1日で全作品を見るのにちょうどいいスケール感である。イベントはあまり大きくならない方が、懇親会も可能であり、審査員と学生との意見交換も密接になる。

 

筆者は数年前からSDLのファイナルの審査員を担当しなくなったが、今年の10選で印象に残ったのは以下の通り。空間認識のフレームを独自に発見して設計手法に展開した平松那奈子の《元町オリフィス ─分裂派の都市を解く・つくる─》(審査に参加した今年のDiploma× KYOTOのDAY2でも、高い評価を獲得し、2位となった作品)と、戦火にあるウクライナを題材としてフォレンジック・アーキテクチャー的な手法を導入した村井琴音の《Leaving traces of their reverb》である。

ところで、本人に教えてもらい、気づいたのは、昔、筆者が依頼された全国設計行脚のプロジェクトを企画していたのが、当時学部生であり、今回審査員をつとめたサリー楓さんだった。ただ既存の企画にのるのではなく、学生がお金を出し合い、講評者を選び、各地をまわり、東京で展覧会を開催するというものだった。あとにも先にも、こういう独自企画を知らない。いまは与えられた器が多いけど、現状に不満がある場合、学生が自ら企画して、講評の場を創造したっていいと思う。

せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦2023 作品展示

会期:2023年3月5日(日)~3月12日(日)
会場:仙台フォーラス 7F・8F(宮城県仙台市青葉区一番町3-11-15)

せんだいデザインリーグ卒業設計日本一決定戦2023 ファイナル(公開審査)

会期:2023年3月5日(日)
会場:せんだいメディアテーク 1Fオープンスクエア(宮城県仙台市青葉区春日町2-1)

2023/03/04(土)、03/05(日)(五十嵐太郎)

「ゲリラ・ガールズ展『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」、女性建築家

[東京都]

3月8日の国際女性デーにあわせて、ゲリラ・ガールズ展が開催されると聞いて、渋谷に出かけた。サブタイトルは、「『F』ワードの再解釈:フェミニズム!」である。30年ほど前に筆者が院生として参加したイメージ&ジェンダー研究会の発表を聞いて、初めて知ったアクテヴィスト的な現代美術フェミニズムの活動である。ゲリラ・ガールズは1985年に結成され、ゴリラのマスクをして活動し、女性はヌードの素材として裸にならないと、美術館で展示されないのか(男性作家ばかりで、女性作家の作品がほとんどない)、と抗議したことはよく知られているだろう。小規模ながら、なんとパルコの一階で展示される日がやってきたことに驚かされた。ゆっくりとだが、時代は変わる。


ちょうど建築学会のウェブ批評誌「建築討論」では、「Mind the Gap──なぜ女性建築家は少ないのか」の特集が話題になった。もちろん、過去にもこうした企画がまったくなかったわけではないが、具体的なデータを示した特集が、ようやく登場した、という感じもある。特に注目を集めたのは、長谷川逸子へのインタビューだった。彼女は女性建築家の草分け的な存在だが、東工大の篠原研に入って、いきなりゼミで「女性は建築家としてやっていけるか」が議論されるような洗礼を浴びたり、コンペで公共建築の仕事をするようになって、「建築家の男性の嫉妬深さにいじめられていました」という発言など、多くの苦労があったことが赤裸々に語られている。

イタリア文化会館では、1階のエントランスの空間を用いて、「ガエ・アウレンティ 日本そして世界へ向けた、そのまなざし」展が開催されていた。会場となった建築本体を設計したイタリアの女性建築家の展示である。デザインの特徴は、ポストモダンに分類され、はっきりとした色を使うが、そのために赤が強いイタリア文化会館は、皇居の近郊ということで景観論争が起きた。彼女はオルセー美術館、バルセロナのカタルーニャ美術館、サンフランシスコ・アジア美術館など、リノベーションの名手として有名だが、家具や展示構成からカドルナ駅(ミラノ)の広場などの都市デザインまで、幅広く作品を紹介していた。なお、建築以外のプロダクトやインテリアの仕事が少なくないのは、アウレンティが女性だからではなく、イタリアの男性建築家も同じ状況である。展示でもアウレンティが「女性」ということは、それほど強調していない。ちなみに、来場者に小さなカタログが配布されるのはありがたい。



ゲリラ・ガールズ展




ゲリラ・ガールズ展 展示風景




ゲリラ・ガールズ展 展示風景




ガエ・アウレンティ展 展示風景




アウレンティ設計のイタリア文化会館




アウレンティのプロダクト




カドルナ駅前広場


ゲリラ・ガールズ展 「F」ワードの再解釈:フェミニズム!

会期:2023年3月3日〜3月12日(日)
会場:渋谷PARCO 1階(東京都渋谷区宇田川町15-1)

ガエ・アウレンティ 日本そして世界へ向けた、そのまなざし

会期:2022年12月11日(日)~2023年3月12日(日)
会場:イタリア文化会館 東京(東京都千代田区九段南2-1-30)

2023/03/03(金)(五十嵐太郎)

近江八幡の建築

[滋賀県]

最寄りの駅からタクシーで10分ほどの《ラコリーナ近江八幡》を訪れた。もちろん、藤森照信の建築が存在しているからだが、その後、土塔や銅屋根の本社など、エリア内にだいぶ藤森建築が増えており、1月にはバームファクトリーがグランドオープンしたばかりで、今後もさらに拡張するらしい。新しい施設は、バウムクーヘンを生産する工場を見学し、そこで食べたり、購入できたりする場であり、長蛇の列が生まれていた。この賑わいを見ると、大成功のプロジェクトであり、リング状の回廊、棚田、ワイルドなランドスケープ、フードコート、ギフトショップなども備え、まさにジブリ的な建築群による食のテーマパーク状態に成長していた。それにしても、藤森建築は、一般人に刺さる表層の素材感は徹底的だが、逆に「空間」はない。また不思議な造形だが、大胆な構造など、テクトニックで勝負するタイプでもない。建築家による建築家のためのデザインとは違う。ある意味で潔い態度かもしれないが、そのことによって圧倒的な人気を獲得していることは興味深い。



《ラコリーナ近江八幡》




《ラコリーナ近江八幡》


近江八幡はおそらく学生のとき以来であり、かなり久しぶりの再訪だった。商家などの古い街並みがよく残るなか、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが定住したことから、郵便局、教会や学校の関連施設、住宅、病院など、彼の手がけた近代建築群が数多く点在しており、魅力的な風景を形成していることに改めて感心する。確実に街の個性的なイメージをつくりだしており、建築家冥利につきる仕事だろう。なお、《ヴォーリズと少女の銅像》も2003年に設置された。六角塔屋をもつ《白雲館(旧八幡東学校)》(1877)も修復され、立派なランドマークだった。また出江寛による《かわらミュージアム》(1995)は、装飾や構成が凝ったポストモダン建築であり、展示の内容も充実している。特に余白だらけの二階が、贅沢な空間の使い方だった。これは現在の安普請が重視される風潮なら、批判されそうな建築だが、デザインの密度は高く、きちんと残せば、街の資産になるだろう。ヴォーリズの建築だって、決して安いものをつくったわけではなく、当時としては高価だが、長く維持することで価値を高めたものである。



ヴォーリズ設計の近江兄弟社学園《ハイド館》




ヴォーリズ設計の郵便局




ヴォーリズと少女の銅像




《白雲館(旧八幡東学校)》




《かわらミュージアム》


2023/02/25(土)(五十嵐太郎)

バンコク・アート・ビエンナーレ2022と国立美術館

会期:2022/10/22~2023/02/23

バンコク芸術文化センター、JWDアートスペース、サイアム博物館ほか[タイ、バンコク]

バンコク市内の複数の会場を用いて、コロナ禍を意識したバンコク・アート・ビエンナーレ2022が開催されていた。メイン会場は、ニューヨークのグッゲンハイム風に吹き抜けのまわりに螺旋スロープの空間をもつバンコク芸術文化センター(BACC)である。外壁にはアマンダ・ピンボディバキア(Amanda Phingbodhipakkiya)の作品が大きく描かれていた。BACCでは、館内の上層を会場に用い、タイの作家が多いのは当然として、ダミアン・ジャレ(Damien Jalet)、キムスージャ(Kimsooja)、片山真理ほか、ロシア、モンゴル、ドイツ、オーストラリア、イタリア、インドネシアなどから参加しており、思いのほか賑やかだった。そして身体の痛みを伴う作品が目立つ。ビエンナーレの全体テーマは「カオス」であり、35ヵ国から参加している。なお、入場は無料だが、街中でも分散展示していた。今回、全会場をまわる時間はなかったが、おそらくワット・ポーやワット・アルンなどの有名寺院では、作品を見るために、拝観料を支払う必要がある。またサムヤーン・ミッドタウンセントラル・ワールドなどのショッピングモールでは、屋外に作品を展示していた。



バンコク芸術文化センター




バンコク芸術文化センター(左はキムスージャ)




バンコク芸術文化センターの吹き抜けの展示


倉庫のフロアを転用した本格的なギャラリー、JWDアートスペースは、作品数が多く、第2会場というべきエリアだった。ここは東南アジア、アフリカ、ギリシア、ロシア、南米の作家でかため、辺境へのまなざしが強い。サイアム博物館も、ビエンナーレの街なか会場として活用され、敷地内の別棟や屋外に宮島達男らの作品を展示している。なお、これは1922年に竣工した洋風近代建築を保存した施設だが、展示はインタラクティブな仕かけが多い分、内容は薄い。もっとも、タイ的とは何かという全体テーマの設定は興味深く、もしこれを日本でやったら、どうなるか考えさせられる。

ところで、タイの美術の流れを知るために訪れた国立美術館は、西洋の様式建築の外観をもつ。ここは改修中のため入れないエリアが多かったため、こじんまりとした展示だったが、1949年に開催された政府主導の美術展を起点に、アートの洋風化と近代化の流れを紹介していた。またアートの教育活動に貢献したイタリア人の彫刻家シン・ピーラシーに関する企画展を開催していた。




JWDアートスペース。Nengi Omukuの作品展示風景




ビエンナーレ 会場風景、サムヤーン・ミッドタウンの屋外展示。Maitree Siriboonの作品




宮島達男の作品 展示風景、サイアム博物館




シン・ピーラシーの作品 展示風景、国立美術館


公式サイト:https://bab22.bkkartbiennale.com

2023/02/16(月)〜2023/02/19(木)(五十嵐太郎)

バンコクのショッピングモール

[タイ、バンコク]

12年ぶり、3回目のバンコクは、コロナ禍の入国ハードルがないことと、浅子佳英による近年のショッピング・モール報告が気になって訪れた。したがって、これまでと違い、寺院はほとんど見学しなかった。到着した初日は、大雨だったため、屋外を歩かなくてもすむように、丸一日かけて、サイアム・センターターミナル21など、スカイトレインの駅と連結する商業施設をいくつかまわり、なんと2万5千歩も歩いた。美術館をはしごしても、なかなかこの数字には到達しない。外部なき都市空間、すなわちひたすら巨大な室内空間に飲み込まれるような体験だった。ともあれ、エムクオーティエマーブンクロンセンター(MBK)など、駅とモールのあいだに外部空間が存在する場合、透明な折りたたみ式の構築物を広げることによって、濡れずにアクセスできる。またスカイトレインが高架であるため、ショッピング・モールの基準となるフロアは基本的に2階だ。豪雨や洪水などにより、チャオプラヤー川の水位が上昇し、バンコクがときどき浸水することを踏まえれば、合理的な計画だろう。



アイコンサイアム




アイコンサイアムのなかのアイコンラックス




サイアム・ディスカバリー




サイアム・パラゴンのシネコン




駅のホームからターミナル21が見える




エムクオーティエ 中庭の屋外通路にも雨避けの構築物


こうしたショッピング・モールが郊外ではなく、都心で発達するのは、もちろん熱帯の環境ゆえに、冷房が効いた空間が求められるからだろう。タイ、インドネシア、ベトナムなどの東南アジアでは、しばしばモダニズムのピロティが風通しがよい日陰として活用される事例も目撃してきたが、やはり空調の方が快適なのだ。こうした駅直結モール群は、ドバイでも観察され、しかも屋内スキー場や巨大な水槽を備えるなど、凄まじい進化を遂げているが、まわりは砂漠に囲まれた街であり、日本とはあまりに状況が違う。だが、バンコクは電線が多い、ごちゃごちゃした街並みのアジア的な環境ゆえに、日本と比較しやすい。それだけに、ありえたかもしれない未来を想像し、近年の東京における再開発デザインの遅れを痛感した。空間の大きさ、ダイナミックな吹き抜け、プランやテーマの多様性、力が入ったデザイン、そして元気であること。いずれの点においても、バンコクの方が東京に優っている。バンコクでは、中国、台湾、シンガポールの商業施設などで試みられた手法もとり入れているが、それらを総合しつつ、実験的な空間にも挑戦している。



スキー・ドバイ


2023/02/16(月)、18(水)、19(木)(五十嵐太郎)