2023年12月01日号
次回12月15日更新予定

artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

建築学生ワークショップ宮島2022

会期:2022/08/27~2022/08/28

嚴島神社とその周辺[広島県]

毎年、楽しみにしている建築学生ワークショップ宮島2022の講評に参加した。今回は朝早くに集合するのが難しいため、初めて前泊する形式を採用し、池原義郎が設計した《グランドプリンスホテル広島》(1994)を堪能することができた。エントランスのホールでは、装飾的な天井の吹き抜けの中央に水盤をはり、螺旋スロープが囲む。まだお金が使えた時代の建築とはいえ、デザインの手数が多く、村野藤吾を想起させる細部も認められる。このホテルからは直接、宮島への高速艇が出発する。

今年は嚴島神社とその周辺が敷地となって、学生の10チームによる1日だけの仮設の構築物が制作された。限られた条件でのインスタレーションは、どうしてもワンパターンになりがちだが、今年は蝋燭、牡蠣、FRP、水そのものなど、これまでにない素材を導入したデザインに注目作が多い。一方、構造ぎりぎりの緊張感ある作品が少なかったのは残念である。このワークショップの見ものは、構造系のクリティークだからだ。もっとも、最優秀となった蝋燭の作品は、あとで熱で溶けて、倒れたらしい。



group 1 移ろいを織りいだす




group 4 源




group 7  うやむや(蝋燭の構築物)


さて、講評の会場となった千畳閣という木造の巨大な吹き放ちの空間の使い方は圧巻だった。このワークショップは、回を重ねるごとに、伊勢神宮、東大寺を含む各地の寺社関係者など、ゲストが豪華になっているが、今年は複数のSPに警護されながら、国土交通大臣の斉藤鉄夫が来賓として訪れたことに驚く(コロナに感染していなければ、広島ということで、岸田首相があいさつする可能性もあったらしい)。最後の締めくくりには県知事も登場した。

翌日、三分一博志による《弥山展望休憩所》(2013)を見学するために、宮島に残り、もう一泊した。ロープウェイを乗り継いだあと、30分以上山道を登るため、往復で最低2時間が必要となることから、広島に来て、何度も訪問を断念していたからである。参拝中の滑落でときどき本当に人が死ぬ、投入堂(鳥取県)に比べると、だいぶ楽だったが、それでも到着すると、空気や景色が心地よく、よくここに建てたと思う(建設では、ヘリコプターを使ったようだ)。たどり着くまでの過程も含めた体験の空間であり、そこに存在するだけで感動をもたらす建築だ。




《弥山展望休憩所》




《弥山展望休憩所》


建築学生ワークショップ宮島2022 公式サイト:https://ws.aaf.ac

2022/08/28(日)(五十嵐太郎)

三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー

[東京都]

荒川修作+マドリン・ギンズにより2005年に建てられた「極彩色の死なないための住宅」。いずれ見に行こうと思いつつ先延ばししていたが、かーちゃんが見学の予約をしてくれたのでようやく重い腰を上げる。武蔵境駅からバスで10分ほど、大沢で下車してまっすぐ歩くと、右手にカラフルな奇妙な建築が見えてくるのですぐわかる。入り口で受付を済ませ、3棟9部屋あるうちの3階の一室へ案内される。ガイドしてくれるのは、映画「アートなんかいらない!」にも出演していた本間桃代さん。昔どこかでお会いしたことがあるような……。



三鷹天命反転住宅外観[筆者撮影]


外壁だけでなく、エレベータ内も各室内もカラフルに色分けされて楽しいけど、ここで暮らすとなると落ち着かないだろうなあ。いや色彩だけじゃない。床が傾斜しているうえ細かい凹凸までついているので、歩くたびに意識し、緊張してしまう。もっともそこにこの住宅の設計意図があるらしいのだが。ともあれ、足裏のツボに効くと考えれば悪くない。日常生活がそのままエクササイズにもなるという稀有な住宅なのだ。



三鷹天命反転住宅内部[筆者撮影]


間取りとしては、円形の空間の中央にキッチンを据え、周囲に球体と立方体の部屋、バス・トイレがついていて、一般的にいえば3LDK(2LDKもある)。面積は約60平方メートル(2LDKは約50平方メートル)ほど。コンセントやスイッチは定位置にないので、探さないとわからない。また収納スペースもないが、天井にたくさんのフックがあり、衣類やバッグなどはここから吊り下げるんだそうだ。なるほど、頭上から天井までの空間はたいてい余っているから有効利用できるってわけだ。一見、風変わりな芸術家が伊達や酔狂で建てた非合理建築のように見えるが、実に合理的に考え抜かれている。



三鷹天命反転住宅内部[筆者撮影]


当初はここだけでなく、各地に天命反転住宅を増やしていく計画だったらしいが、今後の建設予定はないという。家賃やショートステイプラン、見学料などで運営されているものの、コロナ禍で収入が激減して経済的に苦しく、修繕もままならないようだ。伝統的な建物だったら古びても味わいが出るけど、こうしたウルトラモダン建築だと時代が変わればレトロフューチャーな遺物になりかねない。そんなものを残して楽しむ文化が日本に根付いているかというと、あの黒川紀章の中銀カプセルタワーでさえ解体されているのだから予断は許さない。たとえ住宅は古びても、「死なないための住宅」というコンセプトは人間が死ぬ限り古びることはないのだから、これはやはり永久に残しておくべき建築であり、文化遺産でもあると思う。


公式サイト:http://www.rdloftsmitaka.com

2022/07/24(日)(村田真)

大宮区役所、大宮図書館

[埼玉県]

大宮駅からバスで10分ほどの《大宮区役所・大宮図書館》(2019)を見学した。ポストモダンの時代とは違う、とても現代的な日本の公共建築である。すなわち、外部に対してはあまり大げさな形態はなく、シンプルな箱型としてまとめ、コストを抑えて、無駄な税金を使うなという批判からも逃れている。もっとも、ただのハコというわけではなく、地元の製糸業の歴史を踏まえ、繊細な白い絹糸スクリーンがガラスのファサードを覆うことによって、特徴的な表情がつくられている。隈研吾をはじめとして現代建築の重要な手法となったルーバーのバリエーションともいえるだろう。デザインは、久米設計+シーラカンスK&H+大成建設が担当した。



《大宮区役所・大宮図書館》外観



《大宮区役所・大宮図書館》ファサード


一方、内部に入ると、立体的な空間構成が展開し、豊かな経験をもたらす。核となるのは、1階の開放的な室内広場から座席にも使える大階段を経由し、螺旋状に旋回しながら空間が上昇していく動線だろう。これに派生する、隣の氷川参道に面する屋外のテラスも、気持ちが良い。これは区役所と図書館の複合施設だが、完全にフロアを分けず、1〜2階は両方のプログラムが共存することで、相互利用の促進をうながす。最近の図書館では、待ち時間に使ってもらえるよう駅前を敷地とする事例が増えているが、大宮では区役所に寄ったついでに図書館、あるいはその逆の機会が生まれるというわけだ。



《大宮区役所・大宮図書館》図書館エリア



《大宮区役所・大宮図書館》広場から図書館へ



《大宮区役所・大宮図書館》の2階フロアマップ


図書館に行く途中、バスの車窓から、髙島屋のはす向かいに完成したばかりの《大宮門街》(2022)を発見したので、立ち寄る。デパートの跡地において、山下設計が手がけたものだ。大型の再開発ながら、異なるサイズの箱をランダムに組み合わせ、ヴォリュームを崩していくような外観は、やはり現代的である。門街広場、飲食店、コンビニ、スーパーマーケット、各種のクリニック、大小のホール(市民会館)、スタジオ、展示室、銀行、オフィスを含む、官民複合の施設だ。もっとも、共有スペースにもう少し華が欲しい。なお、一応は2022年の春に大宮門街はオープンしているが、筆者は全店舗が開業する前に訪れたので、今後、印象は変わる可能性がある。



《大宮門街》外観



《大宮門街》吹き抜け


2022/07/20(水)(五十嵐太郎)

前橋の地域活性 JINS PARKと煥乎堂

[群馬県]

すでに二度、その空間を体験しているが、一度泊まってみたかった《白井屋ホテル》(2020)を予約したので、前橋を訪れた。少し街の中心部から離れていたため、未見だった永山祐子による《JINS PARK》(2021)にも足を運んだ。もちろん、JINSの店舗なのだが、よくあるビルの中のお店ではない。銅板にくるまれた本体の手前に庭をもち、ベーカリー&カフェを併設した独立した建築である。内部に入って驚かされるのは、非店舗の部分が多いこと。中央に座れる大階段があり、登った先はテーブルと椅子が並び、さらに屋外テラスに続く。大都市の中心部では、稼ぐための空間が求められるため、こうした余裕のある空間は難しいだろう。実際、これは地域に貢献する公園のような場所として構想されたプロジェクトである。《白井屋ホテル》も、通常のスキームならば、もっと部屋数を増やすと思われるが、そうではないからこそ、贅沢な空間を味わえる。ほかの宿泊客がいない朝食のときは、吹き抜けの大空間を少人数で占有できた。



《JINS PARK》外観



《JINS PARK》非店舗エリア



《JINS PARK》屋外テラスに続く



筆者が宿泊した客室の塩田千春の作品


一連のプロジェクトは、前橋でJINSを創業した田中仁が展開しているものだ。彼は各地の店舗デザインでも建築家を起用してきたが、近年は積極的に地元の街を活性化することにも取り組んでいる。現在の日本では、あちこちの地方都市で百貨店が消えているが、特に前橋では、民間の側からどのように再生できるのかが注目されている。




白井屋ホテルの隣も開発予定


ところで、今回、店頭に大きく記されたラテン語の文章「QVOD PETIS HIC EST」を見て、初めて気づいたのが、《煥乎堂》の位置だった。これは明治初年に創業した書店だが、かつて1954年に白井晟一が設計した本店が建てられ、文学者が集まったり、展示なども行なわれ、文化の中心だったらしい。白井の空間はもう壊されていたことは知っていたが、建て替えによって、書店のビルは存在していたのである。3階の古本屋もなかなか良い品揃えだった。なお、建物のファサードをよく観察すると、右側の壁に白井の建築についていた小さな水栓が残っている。



白井晟一設計の《煥乎堂》の水栓



関連レビュー

群馬の美術館と建築をまわる|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)

2022/07/18(月)(五十嵐太郎)

ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで

会期:2022/07/16~2022/10/16

東京都現代美術館[東京都]

「土地に痕跡を残さない建築をつくりたい」。本展を観ていてハッとした言葉がこれだった。ヴィトラから復刻家具が発売されるなど、ジャン・プルーヴェは現代においても世界的に人気の高いデザイナーのひとりである。もちろん家具のみならず、建築でもその手腕を発揮した人物であることは知っていたが、本展を観て改めて、そのものづくりへの独特な姿勢を痛感した。「家具をつくることと家を建てることに違いはない。実際、それらの材料、構造計算、スケッチはとても似通っている」という言葉が証明するように、プルーヴェにとって家具と建築との間に境はなかったようだ。つまり家具は小さな建築であるし、建築は大きな家具である。だからこそ、「土地に痕跡を残さない建築」という発想が生まれたのだろう。


展示風景 東京都現代美術館 ©︎ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


実際にプルーヴェが設計した住宅のほとんどが、解体・移築が可能な建築物だった。しかも第二次世界大戦後、母国フランスの戦後復興計画の一環として複数のプレファブ住宅を考案したというから、住宅の工業化にいち早く目を付けていたことがわかる。戦中はレジスタンス運動に積極的に参加したという経歴からして、プルーヴェは庶民が安心して暮らせる住宅を大量に広めることに価値を置いていたのだろう。とはいえ、それは安かろう悪かろうの類ではない。人間工学に基づくシンプルで合理的で美しい形を追究し続け、それを独自の構造で成立させようと試みてきた。「構造の設計こそが建築の設計である」という根幹部分は建築も家具も同じで、そこにプルーヴェらしい美意識を見ることができる。


展示風景 東京都現代美術館 《「メトロポール」住宅(プロトタイプ、部分)》Lourence and Patirick Seguin collection ©︎ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924


したがって家具のみならず建築物も同様に展示されていた本展は、非常に見応えがあった。地下2階の広い空間には《F 8×8 BCC組立式住宅》が建っており、中に入ることはできないが、上から横から眺めることができた。また《「メトロポール」住宅(プロトタイプ)》は「ポルティーク」と呼ばれる門型フレームの構造体とファサードが別々に展示されており、組立式住宅であることが強調されていた。建築の展示というと、どうしても図面や模型、写真などで紹介されることが多いが、こうして生の部材を目にすると迫力がある。おかげでプルーヴェの素材への執着や構造に対する探究心などを肌で感じることができた。


展示風景 東京都現代美術館 《F 8×8 BCC組立式住宅》Yusaku Maezawa collection ©︎ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 C3924



公式サイト:https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/

2022/07/15(金)(杉江あこ)

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