artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
平田晃久展 Discovering New
会期:2018/05/24~2018/07/15
TOTOギャラリー・間[東京都]
まるで建築家の頭の中を覗いたような展覧会だった。最初のフロアには無数のスチールパイプが縦横無尽に走り、そこに建築模型が絡みつくようにしてたくさん載っていた。それは複雑にこんがらかった思考のようにも見えるし、うごめく何かの細胞のようにも見える。これは建築家の平田晃久が過去10年間に取り組んだ国内外の建築作品と現在進行中のプロジェクトを、コンセプト別に体系化した展示「思考の雲」だった。このフロアだけでは収まりきらないかのように、それは中庭まで増殖し、勢いを放っていた。壁面には平田の建築哲学が記されており、「新しい自然」「新しいかたち」「新しいコミットメント」の三つに章立てされていた。そこで気になったキーワードのひとつが「からまりしろ」である。
平田は以前より「建築とはからまりしろをつくることである」というコンセプトを打ち出してきた。「からまりしろ」とは、無論、平田が考えた造語である。おそらく「絡まり」と「代」を意味するのだろう。「代」とは糊代や縫い代というように、何かの余地を指す。つまり「からまりしろ」とは建築にさまざまなものが絡まることにより、あらたな再発見があることを示している。いったい何が絡まるのか? それは主に人間の生活や社会活動、また動植物であり、広く捉えれば周囲の環境も含まれるのだろう。平田は建築を「広義の生命活動」と捉えている。建築に人々が集まり、それを利用し、また自然風土にさらされるなかで、建築はどんどん風貌を変えていく。まるで一種の生態系のように。そうしたさまざまなものが絡める場を提供するのが、建築の役割ということなのか。
平田の代表作である公共施設「太田市美術館・図書館」や、住宅・ギャラリー「Tree-ness House」はまさに「からまりしろ」によって、人々の生き生きとした活動が実現した建築だ。上階のフロアで流れていた映像を見ても、それはひしひしと伝わる。若くて、柔軟な感性に触れられたよい機会となった。
公式ページ:https://jp.toto.com/gallerma/ex180524/index.htm
2018/06/01(杉江あこ)
パッシブタウン
[富山県]
YKK AP会長の吉田忠裕が構想した黒部のパッシブタウンを見学した。第1期は住人が積極的に開口部を調整する小玉祐一郎、第2期は各住戸が3面に向き、ポーラスな空間をもつ槇文彦、単身者用の第3期はリノベーションと減築を試みた森みわが担当し、さらに宮城俊作がランドスケープを手がけている。すなわち、異なる設計思想により、パッシブデザイン(機械的な方法によらず、温熱環境を整える手法)に取り組み、その効果を測定したうえで、残りの3街区の建設に取り掛かるという。感心させられたのは、外構が豊かで素晴らしいこと。関東圏では、なかなかこれだけ緑あふれる環境を提供するのは難しいだろう(パッシブタウンでは、駐車場を地下に設けることで実現している)。しかも、ここは住民以外にも開かれており、公園のようにも使われる。街づくりという点では、道路側に飲食店を入れたストリートモール、保育所、スポーツジムなどを入れている。
これまで槇による《前沢ガーデンハウス》をはじめとして、ヘルツベルガーによる社員寮、大野秀敏や宮崎浩らによる関連施設など、建築家によるYKK関係の作品が黒部につくられてきたが、あくまでも点だった。しかし、今回は面としての街づくりに踏みだしている。パッシブタウンは、クルマ社会になりがちな地方において、あえて自動車をあまり使わないライフスタイルも提唱している。なお、黒部市は民間だけではなく、公共施設も充実しており、日本建築学会賞(作品)を授賞した新居千秋の《黒部市国際文化センター・コラーレ》、ロン・ヘロンによる《風の塔》、栗生明の《黒部景観ステーション》などが存在し、わずか4万人程度の人口とは思えない密度で、名建築が集中している。なお、新しく開通した新幹線の黒部宇奈月温泉駅の駅前の円形ロータリーも、栗生事務所出身の鈴木弘樹が設計したものだ。官民問わず、槇事務所系列の作品が多いことも特筆される。
2018/05/28(月)(五十嵐太郎)
ラ コリーナ近江八幡
ラ コリーナ近江八幡[滋賀県]
藤森照信の設計した屋根に草の生えた建物は図版で見たことあるけど、それがなんの建物なのかは知らなかった。今回は生徒が予約してくれたのでただついていくだけだが、着いてみて驚いた。まるでジブリの世界を現実化したような大人心をくすぐる世界。いやもちろん子供心もくすぐるだろうけど、どっちかというと大人のほうが喜びそうな異世界だ。
緑に覆われた三角屋根の建物に入ってさらに驚いた。なんだお菓子屋じゃねーかよ! やけに混み合ってるなと思ったら、バウムクーヘン売り場の前にできた長い行列が、もはや線ではなく面と化して幅を利かせているからだった。ここは和洋菓子の「たねやグループ」のショップ、本社、飲食店だけでなく田畑まで備えた一大ゾーンなのだ。そういえば午前中、生徒たちに連れられてお茶とケーキをいただいたクラブハリエ日牟禮ヴィレッジも、たねやグループだったのね。し、知らなかった……。
3時すぎ、ツアー担当のおねえさんが登場し、敷地内を案内してくれる。おねえさんは、お菓子をつくりたくて入社したのに、なんで田舎者を連れてツアーやんなきゃいけないのかしら? みたいな素振りはいっさい見せず、ニコニコと草屋根の裏に広がる田んぼ、銅屋根の本社最上階の展望室と藤森ミュージアムなどを案内してくれた。最後の藤森ミュージアムには、ラ コリーナのスケッチやマケットなどが展示されていて、ツアー客でないと入れないという。これは得した気分。田んぼに4つの巨岩が並んでいるのを見て「もの派」を思い出したが、藤森の発想は案外もの派に近いというか、もの派をメルヘンチックに味付けした世界観ではないか。世代的にももの派のほんの少し後だし。
2018/05/27(村田真)
《ハルニレテラス》《ピッキオビジターセンター》《ドメイヌ・ドゥ・ミクニ 軽井沢(旧飯箸邸)》
[長野県]
《星のや 軽井沢》は、宿泊エリア以外にも、外部の人が出入りできるレストランの「村民食堂」や「トンボの湯」などの施設をもち、さらに審査のときにはなかった新しい施設もいろいろ増えていた。例えば、川と車道に挟まれながらリニアに続く、《ハルニレテラス》(2009)も、東利恵とオンサイトがタッグを組み、屋外空間や自然と絡みながら、物販や飲食店が入る9棟が散りばめられている。クリエイター(障がい者)と支援者が作品を制作するRATTA RATTARRのプロダクトを販売しているNATURなど、興味深い店舗が入っていた。なお、いずれの建築も、宿泊棟と共通するのは、切妻屋根のヴォリュームである。
2016年に開業した《ピッキオビジターセンター》は、クライン・ダイサム・アーキテクツが建築を担当し、その正面に広がるケラ池スケートリンクはオンサイトによるものだ。これは曲線の輪郭をもつ池に沿って、弧を描く湾曲した建築が配置されている。造形言語としては、建築が外部空間と相互貫入するバロック的な手法だが、けっして重々しくない。むしろ、クライン・ダイサムらしいセンスで軽快さを演出しながら、自然環境に開いていく。ここは昼と夜を体験したが、それぞれ異なる表情に出会う。おそらく、冬に池がスケートリンクになると、全然違う状態になるだろう。
チェックアウトしたあと、《ドメイヌ・ドゥ・ミクニ 軽井沢》に移動した。坂倉準三が戦前に手がけた世田谷の《旧飯箸邸》を移築・保存し、レストランとして活用している建築である。江戸東京たてもの園に移築された《前川國男邸》のように、大きな切妻屋根の木造モダニズムだが、白い直方体の空間は、吹き抜けによって上に伸びるよりも、大きな開口で庭に接続していく。興味深いのは、引き戸ではなく、外側にくるりと回転し、テラスの石の上でぴたっと止まる大きなガラス戸である。飲食しながら楽しめるモダニズムの空間だった。
2018/05/19(土)(五十嵐太郎)
《星のや 軽井沢》
[長野県]
およそ10年前の冬、日本建築大賞の現地審査で《星のや 軽井沢》を訪れたとき、システム上は仕方ないのだが、昼に2時間ほど滞在するだけでは、魅力が十分にわからないと感じ、いつか泊まってみようと思い、それがようやく実現した。むろん、劇場建築も、そこで実際に音楽や演劇を鑑賞する体験なしに、空っぽのホールを見るだけでは物足りない。一方で美術館は、視覚中心の施設ゆえに、日中に2時間も滞在すれば、おおむね事足りる(それでも、季節や日時によって変化する光の状態はすべてチェックできない)。こうなると、住宅の場合は暮らしてみないとわからないという話になり、それはさすがに無理だが、宿泊施設はそもそも一時的な滞在を前提にしている。ましてや星のやは、ビジネスホテルと違い、飲食を含めて贅沢な時間を過ごすという体験を提供することが目的だ。さすがにいい値段だったが、リピーターがいるだろうと思わせる、それに見あう内容である。
ここで朝を迎えたら素晴らしいだろうという印象をもっていたので、水辺の部屋を選んだが、新緑の季節に朝昼晩を過ごす体験は格別だった。《星のや軽井沢》は、部屋を集積したホテルではなく、集落をイメージした分棟の形式を特徴とし、豊かな地形にあわせて、路地があったり、山側だったり、いくつかの個性的なエリアに分かれているが、とりわけ池を囲む空間は小世界をかたちづくり、集落らしさを強く感じる。全体としては、いったん自動車からのアクセスを遮断してから展開するランドスケープと建築の融合が絶妙だった。前者はオンサイト計画設計事務所、後者は東利恵が担当している。したがって、敷地を散策する楽しみが増幅し、建築だけでは到達できない空間の体験をもたらす。それなりに時間がかかるので、2泊が推奨されている意味もよくわかった。完全に人工的なテーマパークではなく、軽井沢の自然と地形を活かしながら、巧みにつくりこまれたことが最大の魅力だろう。
2018/05/18(金)(五十嵐太郎)