artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
田村葵「out of the fantasy」
会期:2013/01/12~2013/01/20
祇をん小西[京都府]
昨年は、京都の大河内山荘に新しく建てられた庵、妙香庵の襖絵という大作も手がけた田村葵。今回個展を開催していたのは多くの観光客で賑わう祇園花見小路の元“お茶屋さん”を改修したギャラリースペースだった。ギャラリーといってもこちらは「おくどさん」の名残りもとどめた土間もある、京都の古い家屋の佇まいをそのまま残した建物で畳の部屋が展示スペースである。今展では立体と平面による《out of the fantasy》という一連の新作がこの空間にインスタレーションされた。どの作品もほとんど色は使われておらず、余白を残した画面に墨で自然の風景、少女が遊ぶ姿などがまばらに描かれている。一見、描き方やそのモチーフに強い存在感はないのだが、近づいて見ると水面やシャボン玉に周囲の景色が映り込む情景、輪郭ははっきりしているが映像を重ねたように図と背景が溶け合うイメージなど、墨の濃淡と筆使いによる表現が繊細であるのがわかる。さらに、描かれたそれらの儚げなイメージは、例えば一面の窓ガラスや台座など、展示空間のあちこちに鏡面反射し、映り込むようにも意図されていた。現実と幻想のあわいというイメージを実際の空間にも創出しようというその試みは興味深い。できれば他の会場空間でも見てみたい。
会場風景
田村葵《out of the fantasy》(部分)
田村葵《山1302》
2013/01/19(土)(酒井千穂)
コレクション×フォーマートの画家 母袋俊也「世界の切り取り方」
会期:2012/12/01~2013/01/27
青梅市立美術館[東京都]
今日は午後から立川に用があるのでその前に青梅まで足を伸ばしたが、そんなことでもなければここまで来なかったかもしれない。結論からいうと、来てよかったー! 最初はなんで青梅くんだりでやるのか、もっと都心でやってくれよんと思ったけど、来てみてわかった。これは青梅市立美術館でなければ成立しない、青梅市美ならではのサイトスペシフィックな絵画なのだ。美術館に入ると1階の奥に、木々の隙間から多摩川や遠くの丘陵を見渡すことのできるガラス窓のホールがあり、母袋はここに6台の《絵画のための垂直箱窓》を設置している。この「箱窓」は暗箱になっていて、穴をのぞくと縦長か横長のスリット(窓)を通してガラス窓の向こうの景色がながめられる仕掛け。いいかえれば、世界を強制的に枠づけてしまうという「フレーミング装置」なのだ。これとは別にガラス窓には青いテープが矩形に貼られ、「世界の切り取り方」が例示されている。余計なお世話ともいえるが、啓蒙的に絵画の原理を説いてくれる母袋らしい展示だ。しかしここまでならこれまでにも見てきたし、予想もついたことだが、2階の展示は予想を超えていた。ふつう個展といえばその人の作品だけを並べるものだが、母袋は「世界の切り取り方」というテーマに沿って、青梅市美のコレクションから選んだ作品も並べているのだ。たとえば「縦長」のコーナーでは平福百穂や山本丘人らの掛軸を、「横長」では小島善太郎や速水御舟らの風景画を並べ、ちゃっかり自分の作品もまぎれ込ませている。また、同じ画家の同じモチーフを描いた同一サイズの、しかし縦長と横長の2種を対比的に並べたりもしている。同館には2,000点を超すコレクションがあるらしいけど、よくこれだけテーマにふさわしい作品が見つかったもんだと感心する。美術館のロケーションやコレクションを計算に入れ、自分の作品の一部に採り込んでしまった希有な個展といえる。今年のベスト1だ(ってまだ始まったばかりだけど)。
2013/01/19(土)(村田真)
岩隈力也 展 LAUNDRY
会期:2013/01/07~2013/01/19
コバヤシ画廊[東京都]
岩隈力也は、生粋の平面作家である。VOCA展に二度出品し、2011年には「ARTIST FILE」展(国立新美術館)にも参加した。色彩の美しい流動性によって対象を描く平面作家として高く評価されてきたと言ってよいだろう。ところが、今回の個展で発表された新作は、これまでの作品と激変していたので驚いた。展示されていたのは、空中にぶら下がった大小さまざまな布の数々。わずかに色が残されているのがわかるが、いずれも皺くちゃに捩れており、「LAUNDRY」というタイトルに示されているように、その見た目はまるで物干し竿に干された洗濯物のようだ。描かれていたのは、犯罪被害者や加害者、そして死者の顔。いずれも水で洗い流しているので、残された図像をはっきりと確認することは難しい。おぼろげに浮かんでくる人の顔が、薄れゆく死者の記憶と照応しているようで、思わず背筋に戦慄が走る。絵画は、描くことではなく消すことによっても成立しうる。むしろそのことに今日的なリアリティーがあることを岩隈は示してみせた。
2013/01/19(土)(福住廉)
胎内巡りと画賊たち──新春 真っ暗闇の大物産展
会期:2013/01/10~2013/01/20
京都伝統工芸館内 京都美術工芸大学付属京都工芸美術館[京都府]
「新しい物産」というテーマで、観光地の土産ものの置き物やこけしなど、“民芸品”をモチーフに作家たちが制作した“オリジナル民芸品”を展示したグループ展。中心メンバーは東京の画家集団「画賊」で、ゲストとして天野萌、木内貴志、木村了子など関西在住の作家も出品していた。会場ははじめに、豆電球のついた小さな提灯を持って暗がりのなかで作品を鑑賞する「胎内巡り」の空間が設えられており、それを抜けると明るい「新しい物産」展の展示室へと続く。建築ユニットmono.による「胎内巡り」は、ダンボール箱で構成した高い壁が道をつくる空間になっていて、作家たちの作品はその壁面や床に展示されていた。「新しい物産」展のほうは国内外の民芸品と作家たちによる“オリジナル民芸品”がごちゃまぜに入り混じる空間。ブラックユーモアの効いた作品もちらほらあるのだが、そのどれにもキャプションも作家名も記されていないため、どれが誰の作品なのかは不明。しかし、めいめいのマニアックなキャラクターやアクの強さがないまぜに置かれた会場は想像も掻き立てられてなかなか面白かった。
個人的に興奮したのは長崎の郷土玩具《鯨の潮吹き「善蔵型」》。長崎くんちの曳物(ひきもの)をモデルにした小さなこの伝統玩具、じつは今展の参加作家である前田ビバリーこと前田真央によって復元されるまで、30年以上も廃絶していたのだという。前田は1988年生まれのまだ若い女性だが、この復元に至るまで一人でこつこつと現地の取材や制作の研究を重ねてきたという。廃れゆく各地の郷土玩具はたくさんあるし、それを惜しむ人も多い。そんななか、すでに廃絶したそのひとつを自らの手で見事に蘇生させた前田の情熱と行動力に感服するばかりだ。さらに頼もしいのは彼女がオリジナル(張り子)作品を手がける作家であることだ。伝統に新鮮な風を吹き込む存在としての今後の彼女の活躍にも期待が膨らむ。嬉しい出会いだった。
会場風景
復元された長崎張り子《鯨の潮吹き》
2013/01/18(金)(酒井千穂)
東川町国際写真フェスティバル ポートフォリオオーディション受賞作品展
会期:2013/01/16~2013/01/20
横浜赤レンガ倉庫 1号館[神奈川県]
2012年度の北海道・東川町国際写真フェスティバルの公開ポートフォリオオーディションで選ばれた3名、小林透(グランプリ)、奥村慎、山元彩香(以上、準グランプリ)の作品展が、ヨコハマフォトフェスティバルの行事の一環として開催された。地域ごとに開催されるフォトフェスティバルもずいぶん増えてきたので、その相互交流の第一歩として重要な意味を持つ企画と言える。
僕自身も鷹野隆大(写真家)、高橋朗(フォト・ギャラリー・インターナショナルディレクター)、沖本尚志(編集者)、邱奕堅(1839富代藝廊キュレーター、台湾)とともに東川の審査に加わっていたのだが、応募のレベルはかなり高く、結果的にとても面白い作品を選ぶことができた。2009年以来、家族の写真を日々大量に撮影し続け、アルバムに貼りつけていく奥村の作品や、少女が「何かわけのわからない存在」に変身していくプロセスを刻みつけた山元のポートレートの連作(撮影地はエストニア)も意欲的な作品だが、やはり最大の問題作は小林の発達障害(自閉症)の弟をモデルにした「あの快い夜におとなしく入っていってはいけない」だろう。発作を起こして感情をコントロールできない弟にカメラを向けたり、裸にしてジャムを塗り付けたり、女性を巻き込んで「恋愛ごっこ」のような状況を設定したりする小林の行為は、見方によっては写真家のエゴや暴力性をむき出しにしたものと受け取られかねない。実際に1月17日におこなわれた審査員と受賞者とのトークでも、会場からモラル的にやや問題があるのではないかという質問が出ていた。
だが、写真を撮ることによって、自分と弟の関係が明らかにポジティブに変わってきたという小林の発言は貴重なものであり、写真の荒ぶる力をなだめつつ有効に活用していく可能性を感じさせる。むろん彼の写真行為はまだ完成途上にあり、もう少し注意深く見守っていく必要がある。それでも、このような作品が選ばれたことはとてもよかったと思う。次回も刺激的な作品に出会いたいものだ。
2013/01/17(木)(飯沢耕太郎)