artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

川俣正「Expand BankARTのためのプランとドローイング」

会期:2012/11/27~2012/12/17

GALERIE PARIS[神奈川県]

BankARTの個展のために制作したスケッチ、コラージュ、マケットなど数十点の展示。川俣は現在パリに家があるので、これらはBankARTの一部屋をアトリエにしてインスタレーション作業の合間にこしらえたものだ。こうしたスケッチやマケットはプロジェクトを実現していくための大まかな設計図みたいなものだから、作業が始まる前につくるのがふつうだが、今回は作業と並行して制作していた。もちろん商品として売る目的もあるからだが、おそらくプロジェクト全体の見直しや作業の確認といった意味もあるに違いない。それにしても手慣れたもの、ほとんど迷うことなく短時間でつくり上げてしまったという。

2012/11/27(火)(村田真)

村山春菜 展

会期:2012/11/20~2012/12/02

同時代ギャラリー[京都府]

日本画らしからぬ大胆な画風で注目を集めている若手画家が、2年ぶりに個展を開催した。高速道路や高層ビルなどの都市風景を、個性的な線描と鳥瞰の構図で描くのは相変わらず。本展でも2.3×6メートルの大作《お・で・か・け─ちょっと圏外まで─》を筆頭に、10数点が出品された。彼女はスケッチを重視しており、独特の個性的な線は、スケッチを本画のサイズに拡大コピーし、カーボン紙でトレースして描かれている。そんなライブ感を重視する画風が、彼女の個性を一層際立たせているのかもしれない。とにかく、絵に淀みがないのがこの人の魅力だ。今のフレッシュな感覚を保ちながら、さらに画風を発展させてほしい。

2012/11/27(火)(小吹隆文)

「国立デザイン美術館をつくろう!」第1回パブリック・シンポジウム

会期:2012/11/27

東京ミッドタウンホール HALL A[東京都]

三宅一生氏(デザイナー)と青柳正規氏(国立西洋美術館館長)を呼びかけ人として、2012年9月に「国立デザイン美術館をつくる会」が設立された。10月末にはウェブサイトが開設され、設立趣意の公表とシンポジウムの開催を告知。定員650名があっというまに埋まったことで、この動きが多くの人々の関心を集めていることがわかる。当日はUstreamの中継を視聴した人も多かったようだ。
 11月27日に開催されたシンポジウムの登壇者は、佐藤卓(グラフィック・デザイナー)、深澤直人(プロダクト・デザイナー)、工藤和美(建築家)、皆川明(ファッション・デザイナー)、田川欣哉(デザイン・エンジニア)、鈴木康広(アーティスト)、関口光太郎(アーティスト)の各氏。その肩書きからは、ここでいう「デザイン」が非常に広い領域を包摂しようとしていることがうかがわれる。2時間半に及んだシンポジウムには、「だから今、デザインミュージアムが必要だ!」「みんなに愛されるデザイン・ミュージアムとは?」「デザイン・ミュージアムとアーカイブ」という3つのテーマが設定されていたが、実際の進行はゆるやかなブレイン・ストーミングの趣きであった。「経済以外に生活の質を計るための基準をつくる」(深澤氏)、「デザインとは何かという気づき、体験の場」(佐藤氏)、「デザイナーたちが自分たちの足跡を残し、未来をつくる場」(三宅氏)、「デザイン・ミュージアムにとってモノは生活の質を考えるための入口」(皆川氏)、「モノとのつきあい方をプロデュースする」(鈴木氏)、「モノとモノをつなぐ発想法のワークショップ」(佐藤氏)などのコメントからは、「歴史」「観察」「教育」「機能」「技術」「環境」といったキーワードが浮かび上がってきた。
 「国立」であることの意義としては、継続性という点で登壇者の意見は一致。21_21 DESIGN SIGHTを実現させた三宅一生氏の次の願いは、アーカイブ機能を持った施設をつくること。これまでにも私企業によるデザイン・ミュージアムはあったが、業績の変動によって存続不能になったり資料が散逸する恐れがある。国の施設にすることで、そのようなリスクを排除したいということである。
 「デザイン」の定義については直接の話題にならなかったが、むしろその枠組みを取り払いたいとの意見も見られた。ただし、企画展ではさまざまな試みが可能としても、この構想が「アーカイブ機能」を持つとなると、なにを収集・保存するかが問題となる。デザインとアート、デザインと工芸、デザインとものづくりの関係のとらえ方は、この構想と既存の美術館・博物館との重要な差別化要因になるだろう。
 立地、規模、形態などは現時点では未定。どんなに順調にいっても、実現には最短で5年。今後シンポジウムを重ねると同時に、広くサポーターを集めて「みんなでつくる美術館」を目指しつつ、国会議員連盟を形成して実現への足掛かりとしてゆく(青柳氏)とのことであった。2013年秋には、21_21で主旨を反映した展覧会開催が予定されている。
 日本には包括的にデザインを収集・紹介するミュージアムが存在しないこと、そしてそれが必要とされていることは、デザインに関係する人々には共通の認識で、これまでにも日本デザイン団体協議会(D-8)の「ジャパンデザインミュージアム構想」や、武蔵野美術大学美術館の試みが存在する。しかし、ここまで多様な人々の関心を集めたことはなかったのではないだろうか。これまでに行なわれてきた議論の蓄積や海外での事例を生かし、よりよいミュージアムが実現されることを期待したい。[新川徳彦]

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2012/11/27(火)(SYNK)

青梅ゆかりの名宝展

国立奥多摩美術館[東京都]

会期:2012/11/10~2012/11/12、2012/11/17~2012/11/19、2012/11/23~2012/11/25
少なくとも東京のアートシーンにかぎっては、昨今ますます「西高東低」の傾向が続いているのではないだろうか。JR青梅線の軍畑駅から徒歩20分ほどの山奥の川沿いに新たに誕生した国立奥多摩美術館のオープン記念展を見て、なおさらその印象を強くした。
国立奥多摩美術館は、しかし、「国立」でも「美術館」でもない。その実態は、ふだん数人のアーティストによって共同スタジオとして使われている空間をそのまま展示会場にした、ある種のオープン・スタジオである。山奥のスタジオならではの広い空間を存分に使い倒した展示と、何より「奥多摩」以外の情報を詐称する大胆な発想がすばらしい。
出品したのは、太田遼、河口遙、永畑智大、二藤建人、原田賢幸、山本篤、和田昌宏、Katya and Ruith。同館館長の佐塚真啓が、彼らの作品を「青梅ゆかりの名宝」として見せた。太田が建物の棟木の真下に狭小空間をつくり、来場者にはしごで登らせて内部のフローリングとスリッパを見せれば、永畑は1階と2階を貫くかたちで巨大な鹿威しを設え、数分に一度無意味に大きな水しぶきを上げさせた。
また、無意味といえば、徹底的にナンセンスなパフォーマンス映像で知られる山本篤は、奥多摩近辺で伝統として根づいているとする「キャタラ祭」なる架空の祭りをでっち上げ、自ら地元民に扮してインタビューに答えながら、ハリボテの神輿をひとりで「キャタラ! キャタラ!」と叫びながら元気よく担ぐ映像インスタレーションを発表した。展示された神輿の表面には燃え盛る炎のイメージが貼りつけられていたが、よく見るとそれはバーベキューで用いる金網を接写した写真だった。山本が無意味の追究によって見出そうとしていたのは、おそらく燃え上がり盛り上がる祭りという理想郷であって、それを求めれば求めるほど、燃え上がることすらできない澱んだ現状が逆説的に浮き彫りになるところが、おもしろくもあり、悲しくもある。
さらに、このような狂騒的な展示にあって、ひときわ異彩を放っていたのが、河口遥だ。階下の「ビッチカフェ」でお茶や軽食を販売していたが、何かを買おうとして料金を渡すと、そのお客が男であれ女であれ誰であれ、河口はいきなり強烈なビンタを食らわした。体重の乗ったそれは、ものすごく痛い。あの痛烈な一撃にどのような狙いがあったのか、いまでも理解に苦しむが、けれどもある種の感覚が研ぎ澄まされたことは否定できない事実である。それぞれの来場者の脳裡で何かの突破口が開けることを期待していたのかもしれないし、あるいは、ただたんにビンタをかましたかっただけなのかもしれない。そういえば、昨年の6月、武蔵野美術大学近辺の「22:00画廊」で催した「そんなロマンティックな目つきをするな。」展でも、河口は両手で抱えた生肉の塊を引き千切りながら肉片を会場の床にばらまき、それらを食材にしたシチューを来場者に振舞っていたから、今回のパフォーマンスは、やはり身体の奥底にひそむ感覚を暴力的に覚醒させる作品の、きわめてミニマルなバージョンだったのだろう。いま思い出してみれば、胃の中でなかなか消化されない肉のえぐ味と、じんじんと脈打つ頬の痛みが、ともにふだんはなかなか機能することのない感覚の現われだったことが理解できる。
いずれにせよ、本展は、若手のアーティストを集めたグループ展としては、近年稀に見るほど充実した展覧会だった。コンセプチュアルであることを自称しながら、そのじつ自分好きなだけの鬱陶しい傾向や、ギャラリストの眼を意識しながら「置きに行く」志の低い傾向が東東京を席巻するなか、奥多摩の山奥で奏でられたこの狂騒曲は、ひとつの希望である。

2012/11/25(日)(福住廉)

大屋和代 個展

会期:2012/11/20~2012/11/25

ギャラリーモーニング[京都府]

大屋和代の個展。大学では彫刻を学び、これまではおもに、収集した の抜け殻や、種子、種などをブロンズや真鍮で鋳造した作品を発表していたのだそう。今展には、そのような鋳造の小さなオブジェに紙や糸などを組み合わせた作品が展示されていた。エンボスされた紙の隅にドングリの殻斗(帽子の部分)の鋳造オブジェを配したもの、原稿用紙のところどころに糸を縫い付けフレームに収めた作品、小さな虫が這った跡と飾り紐の水引をモチーフにした作品など、自然が生み出すかたちに、音楽のようなリズミカルな要素をさりげなく加えた作品はどれも美しく、見ていると言葉のイメージも膨らんで連想が掻き立てられる。詩的な趣きとそのあじわいのおもしろみが印象に残る展覧会。


大屋和代《十を聞いて一を知る》

2012/11/25(日)(酒井千穂)