artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
トム・ハール「Karuizawa Dreamscape」

会期:2012/08/31~2012/09/28
PAST RAYS PHOTO GALLERY[神奈川県]
トム・ハールと会ったのは1980年代半ばで、彼は父親のフランシス・ハールが撮影した写真を何とか日本で展示しようとしていた。僕の記憶では、1985年に開館した「つくば写真美術館」の会場でその展覧会が開催されたはずだ。ハンガリー出身のフランシス・ハールは、国際文化振興会の招待で1940年に来日し、翌年東京でトムが生まれた。ところが太平洋戦争が激しくなった1943~46年に、ハール一家は軽井沢に強制疎開させられる。その「厳しい冬と食糧難に明け暮れた三年間」のことを、トムはほとんど覚えていないという。だが、そこで体験したことは自分の原風景として彼のなかに残り続けていたようだ。2008年になって失われた記憶を再構築するために、軽井沢で新たなシリーズを制作しはじめる。それが今回横浜のPAST RAYS PHOTO GALLERYで展示された「Karuizawa Dreamscape」である。
トムは軽井沢で撮影した風景写真の白黒を反転し、バラバラに切り離したりつなげたりしながら、淡い影の連なりのような綴れ織りのイメージを編み上げていく。その手つきは繊細だが、意表をついた画像の組み合わせや大胆な画面構成は、父譲りの1930年代アヴァンギャルド写真の手法を受け継いでいるようにも思える。もっと大きなプリントに引き伸ばして展示する場合もあるようだが、今回はキャビネ判くらいの小さな作品でまとめていた。それが夢の小宇宙にふさわしい雰囲気を醸し出していた。こうなると、フランシスとトムのハール父子の作品を一緒に見ることができる機会もほしくなってくる。
2012/09/13(木)(飯沢耕太郎)
トラック
会期:2012/05/12~2012/09/16
S.M.A.K.周辺+ゲント・シントピータース駅[ゲント(ベルギー)]
朝早くカッセルを出発、フランクフルト、ブリュッセルで乗り換えて午後ゲントに到着。ホテルにチェックインしてさっそくS.M.A.K.(現代美術館)へ。ゲント市内の37カ所につくられた作品を見て歩く展覧会「トラック」はここからスタートする。その前に館内に展示されていたマリオ・メルツやダニエル・ビュレンらの作品を見る。はて、これはなんの企画展だろうと思ったら「シャンブル・ダミ」のコレクション展ではないか! 「シャンブル・ダミ(友達の部屋)」とは1986年、ヤン・フートがゲント市内の約50軒の民家に作品を設置した画期的な展覧会で、その後のミュンスター彫刻プロジェクトや越後妻有アートトリエンナーレなど野外展の先駆となった伝説的な展覧会だ。「トラック」は当時16歳でこの展覧会を体験したフィリップ・ファン・カウテレンがキュレーターとなって企画したという。つまりS.M.A.Kは「トラック」の源流として「シャンブル・ダミ」を回顧しているのだ。さて、地図を片手に美術館を出ると、公園に落ち葉を展示した陳列ケースが置かれている。エルムグリーン&ドラッグセットの作品だが、落ち葉は金属製らしい。Leo Copersは芝生に数十基の墓を設置。墓碑銘は「MoMA」「ルーヴル美術館」などすべて美術館の名前になっている。なるほど、美術館は墓場だといわれるからな。日本の美術館を探したら2基あった。森美術館と奈良国立博物館……どういう選択だ? そこから5分ほど歩いてシント・ピータース駅に行くと、古い時計塔が工事中だ。と思ったらこれが西野達の作品(西野は数年おきに名前を変え、今回はTazu Rousで参加)。円筒形の塔の回りに足場を組み、最上階の巨大な時計を囲むようにコジャレた部屋をつくって、「ホテルゲント」として泊まれるようにしてある。日本なら重要文化財級の建物のてっぺんにこんなラブホまがいの宿泊施設をつくるなんて、とても考えられない。ゲント市もよく許可したもんだと感心するわ。じつは駅周辺は工事中なので、頭の固い人たちには「時計塔は修復中」とかごまかしているのかもしれない。でもこれが人気で新聞や雑誌の一面に載り、会期終了後もしばらく「営業」を続けることになったというからごまかしようがない。そもそもゲントは中世から栄え、15世紀にファン・エイクが活躍したことで知られる古都。そんな歴史ある街だからこそ最先端のアートも「ぶつけがい」があるというものだ。

Tazu Rous, Hotel Gent
2012/09/13(木)(村田真)
ドクメンタ13
会期:2012/06/09~2012/09/16
カッセル中央駅+カールスアウエ公園[カッセル(ドイツ)]
昨夕中央駅に寄ってみたら、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーの受付の前に長い行列ができていたので(今回は入場制限のある作品が多く、あちこちに行列ができている)、今朝は開場1時間前に駅へ。ところがすでに20人ほどの列が! みんな考えることは同じなのだ。と、列の前のほうにY美術館のA野太郎氏がいて、おいでおいでしているので前のほうへ。こうして開場まもなく体験することができた人気の作品とは、受付でiPodとヘッドホンを借り、音と映像に従って駅構内を移動していくというもの。iPodには中央駅を舞台にしたドラマが流されていて、観客は映像と同じ場所を探して歩き回る仕組み。ヘッドホンが高性能なので、右側から車の通る音がすると実際にはなにも走ってないのに左によけてしまうのだ。こうして20-30分間、虚と実のあいだを行き来することになる。情報通信機器を利用して情報通信の落差や危うさを突いている。これはよくできてるなあ、彼らは2005年のヨコトリにも出ていたけど、あのときはいかにも手を抜いてたからな。このあと自転車を借りて、カールスアウエ公園に点在する野外作品を見に行く。最初に見たのは、ブロンズ製の木の上に大きな岩がのっているジュゼッペ・ペノーネの彫刻。こんな野外彫刻が公園中に並んでいるのかと思ったら大間違い、多くのアーティストはそれぞれ小さなパビリオンを設け、そのなかで展示しているのだ。ずいぶんお金かけてるなあ。でもパビリオンを単に展示室ととらえ、内部で映像を流すだけみたいなつまらない作品も多かった。その点、ガラクタを詰め込んだボロ小屋から音や煙が流れ、周囲の木に小舟が引っかかっている大竹伸朗のインスタレーションはなかなかの力作。その近くのちょっと荒れた廃材置き場みたいな場所には片足が赤い犬が徘徊し、頭部がハチの巣におおわれた裸婦彫刻が置かれている。この奇妙な作品はピエール・ユイグ。また、ライアン・ガンダーとジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーはここにも出していて、前者は地面にハッチを取り付けて、あたかも地下クラブから流れてくるかのようにポップミュージックが聞こえてくる作品、後者は森の木に環状に設置されたスピーカーから流れてくる音楽を聞く作品だ。そういえば今回はほかにもスーザン・フィリップスやシール・フロイヤーなど音を聞かせる作品が目立った。全体に未知のアーティストが多かったが、さすが国際展の常連作家は見ごたえ(聞きごたえ)のある力作を出していて、だれも手を抜いてない。ここらへんにドクメンタの底力を感じるなあ。冷戦崩壊後しばらく低調に感じていたドクメンタだが、今回は大げさにいえば、みずから推し進めてきた20世紀のモダンアートの流れに異議を唱えつつ、作品の商品化やアートマーケットの過熱ぶりに背を向けるかたちで復活を遂げたという印象だ。これを「ドクメンタの逆襲」と呼びたい。

Janet Cardiff & George Bures Miller, Alter Bahnhof Video Walk
2012/09/12(水)(村田真)
ドクメンタ13
会期:2012/06/09~2012/09/16
カッセル市街地[カッセル(ドイツ)]
今日は肌寒い小雨のなか、市街地に点在する作品を訪ね歩く。デパートの上階の空きフロアにスピーカーを置いて鼓動のようなリズムを響かせるCevdet Erekのサウンドインスタレーション、ハードカバーの本を開いて表紙と裏表紙をキャンヴァス代わりに絵を描いたPaul Chanの絵画、廃ビルに住み込み建具を使って建物内全体を模様替えするTheaster Gatesのインスタレーション、真っ暗な部屋から歌声が聞こえるので近寄ってみると生身の人間が歌ってるというティノ・セーガルのパフォーマンス、崖の下に掘られた防空壕のなかをヘルメット着用で歩かせるAman Mojadidiの体験型作品、サロンのような吹き抜けの部屋にアフガンの山々の絵を飾ったタシタ・ディーンの黒板絵など、意欲的で見ごたえのある作品が多い。感心したのは、作品の多くに「Commissioned by dOCUMETA13」と表示されていること。つまり既製の作品ではなく、今回のドクメンタのために委託制作されたオリジナルということだ。これは国際展なら当たり前と思うかもしれないが、世界中に国際展が林立するようになった昨今(とくに日本では)既製作品を持ってきて展示するだけの手抜きが少なくないのだ。また今回は、ドクメンタの成り立ちやフリデリチアヌム美術館の過去、カッセル市史などを参照した自己言及的な作品が少なからず見られたことも付け加えておきたい。ちなみに毎回ドクメンタはロゴを変えるが、今回はいつもと逆に頭文字が小文字であとは大文字になっている。勝手に解釈すれば、これまでのドクメンタとは正反対を向いているという意思表示か。いずれにせよ今回は意気込みが違う。

Tacita Dean, Fatigues
2012/09/11(火)(村田真)
陶世女八人 展

会期:2012/09/01~2012/09/23
ギャラリー器館[京都府]
京都を拠点に活動する若手女性陶芸家8人(稲崎栄利子、今野朋子、篠崎裕美子、高柳むつみ、田中知美、楢木野淑子、服部真紀子、村田彩)を集めたグループ展。彼女たちの造形はさまざまだが、共通する特徴は偏執的なまでの装飾がオブジェや器の全面を覆っていることだ。それは技術礼賛というよりは本能的なものであり、アールブリュット作家に見られる細密志向にも似た強迫観念めいたものが感じられる。これは京都の陶芸界全体の傾向ではなく、あくまで局所的な流行に過ぎない。しかし、なぜいまこのような作家たちが大勢現われるのかを考えることは大事だろう。本展により、その扉が開かれたのかもしれない。
2012/09/11(火)(小吹隆文)


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